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泥に塗れたそれは  作者: 天空 浮世
泥に塗れたナニカ

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『ピンポーン』

 

「はいはーい」

 なにか頼んでいたかな? 

 チャイムに付いたモニターを見て、一瞬だけ心臓がドキッと跳ねたが、すぐに落ち着きを取り戻して、応答ボタンを押した。


「あ、どうも〜小岩(こいわ)です」

 紺色のレインコートを羽織った青年が和やかに笑って、モニター越しに会釈をしていた。

 

「今開けるね」

 私は急いで玄関に向かい、扉を開けた。まだ土砂降りの雨のなか、肌寒い風が室内に入る。

「こんな雨の中、来なくても良かったのに」

「ははは……ちょっと色々ありましてね」

 

 居間に通してお茶を出す。彼は小岩久雄(ひさお)、この町で偶然再開した幼馴染で、近くの交番で働いている……警察官だ。

 脳内では池での出来事が何度もフラッシュバックしていた。

「それで、今日はどうしたの? 急に来るなんて」

「いや、それが……」

 何巡か目線を巡らせたのち小岩は答えた。

 

供儀(くぎ)って覚えてます? あの人の遺体が川で見つかって、しかも他に一人、男の人が遺体で見つかったんですよ。皐月(さつき)さんには一応伝えとこうと思って」

「……え、二人? 供儀だけじゃないの?」

「……どういう事です? まるで、供儀は死んでるのが分かってるような言い方……もしかして皐月さん」

 しまった。流石警察官といったところだろうか。どんどん深刻そうな顔に変わっていく。

「違う! ってのも違うけど……分かった分かった! 順番に話すから」

 

 青を通り越して白くなったその顔に折れて、池と病院のあれこれ、深谷(ふかや)さんという人が私を助けるために供儀を池に落としたこと。

 私が覚えている全てを話し終えると、彼は顎に手を当てて渋々口を開いた。

 

「皐月さん……深谷さんって、深谷竜地(りゅうじ)さん?」

「そうだけど、知ってるの?」

「知ってるもなにも……川で見つかったのがまさにその深谷さんですよ」

 

「……え?」

 理解が追いつかない。冗談だと笑いたいが、目の前の幼馴染がそういうことをする人間ではないということは、嫌になるくらい理解していた。

 それでも脳が理解を拒否している。だって、彼は昨日まで、時間にしてほんの十時間足らず前まで、確かに生きていたんだ。

 

「み、見間違いじゃない? 他人の空似とか」

「いや、身分証も持ってたしDNAも一致してたからそれはないです。けど、まさか皐月さんの知り合いだったなんて」

「私、あの人に命を救われてるの。それも、多分二回……」


 池で供儀に襲われたときだけじゃない。ぼやけた視界の中で、確かにあの人が救ってくれたことを覚えている。

「……もし、あの人がいなかったら、私は今ごろ池の中よ」

「そっか、でもそんな人がどうして……やっぱり、人を殺した自責の念に駆られて――」

「違う!」

 そこまで聞いた私は思わず声を荒げた。

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