11
「はぁ。全く、今日で何回目ですかね」
私は、再び山を登っていた。全く持って災難だ。皐月さんが襲われたとしたら十中八九生贄にするためだろう。もう池に沈められてたらおしまいだが、彼女は白い着物を着ていた。生贄には大体装飾や、清めが必要とされている。もしあの女がそこを行っているならば、まだ間に合うはずだ。
池に繋がる道を通り過ぎる。向かうのは病院だ。儀式の下準備をするならここしかない。自動ドアが開くと受付の看護師が私を見てギョッと目を開いて駆け寄ってきた。
「どうされたんですか? そんな泥だらけで」
「あぁ、供儀先生のつてで、釘沢先生に呼ばれてまして。もう、急いで来ましたよ。釘沢先生は、今どちらに?」
「えっと、たしか先ほど女性を連れて奥の104号室に」
良かった。まだ間に合いそうだ。
「ありがとうございます」
私は笑顔で会釈すると、言われた部屋の扉を開けた。
「誰!」
部屋の真ん中の椅子に皐月さんが縛られており、その前には釘宮が鬼の形相で私を見ていた。
「どうしたんですか? そんな恐ろしい顔で」
「……なんのご用ですか? 忙しいのですが」
「彼女を生贄にする準備で、ですか?」
またも釘宮の顔が強張り、私を睨みつける。
「……私の妻。どこに行ったか、ご存知ないですか?」
「そんなの私が知ってるわけ――」
「ご存知、ないですか?」
私は一歩、前に踏み出した。
「……し、知らないって言ってるでしょ!」
また一歩踏み出す。
「正直に、答えて欲しいんですがね」
ポケットから折りたたみナイフを取り出す。よく磨かれており、蔦を切ったり釣った魚を切ったりと長年のフィールドワークの相棒だ。何かあったときのため、今日一日懐に忍ばせていたのだ。
今回は全く別のものを切る羽目になりそうだ。
「もう分かってるんですよ。ただ、あなたの口から聞きたいだけで」
私が歩を進めるたび、彼女は一歩、また一歩と下がる。女の目は私の持つナイフにくぎ付けだ。これを出してから、明らかに声色が怒りから怯えへと変わった。壁際まで追い込んでナイフを向けると、彼女は顔を青くして口を開けた。
「そ、そうよ! 私がやった!」
彼女は壁にピッタリ張り付いた姿勢のまま叫んだ。
「池に興味ありそうだったからね。清めが必要と言っても何の疑問も抱かずに着物を着てのこのこ付いて来たわ! 自分が生贄になるとも知らずにね!」
「それで、突き落としたのか。赤子ごと」
「そ、そうよ! でも、そうしなかったら翌日には私がそうなってたの! 仕方なかったのよ!」
仕方ない……私は頭の中で反芻した。
「仕方ない? ここまでくると滑稽だな」
「ひっな、なによ!」
私は彼女の胸元めがけてナイフを突き刺した。
「っ――!」
「それなら、私に殺されるのも、仕方ないと笑ってくれるかい?」
彼女は私を睨むも、その顔からは、血の気が引いている。
「なんで……なんで私がこんな目に! そもそも、あんたが! あんたが池に石なんて投げなければ!!!!!!!」
目一杯の大声で叫ぶ女の胸元めがけてもう一度ナイフを突き刺した。合羽に生ぬるい血がへばりつく。私はその場に河童を脱ぎ捨てた。
「私は……彼と、幸せに――――――」
「――それが、最後の言葉か?」
崩れ落ちた女の首元に手で触れる。脈が動いていないのを確認すると、顔に付いた血をぬぐい、椅子に縛り付けられたロープを断ち切って皐月さんを起こした。
「……んぅ。ここは?」
「おはようございます。体調はいかがですか?」
「――あ! 私! 殴られて!」
「大丈夫そうですね、では、早くここから出て行きましょう」
「え? はぁ。え、ここってどこで」
「ほら行きますよ」
まだぼーっとしている皐月さんの背中を押してさっさと部屋を出る。――あんなもの見る必要もない。
ほんの少しでも良いと思ったら一言でもぜひ感想お願いします。泣いて喜びます。




