お父ちゃんに拍手
お父さんって、子供が見ている番組に登場するヒーローって嫌いだね。だって、みんなはそのかっこいいヒーローと、自分のお父さんを比べるでしょう?
僕なんか、番組の前半、悪者がヒーローをやっつける場面なんかで、歓声を上げて悪者を応援したくなっちゃうね。この物語は、そんなお父さんの和夫のそばでテレビを見ている息子の繁がいる一家団欒の居間から始まる。
怪獣が大阪に現れると、たいていは通天閣か大阪城を壊す。この場面でもそうだった。大阪上空には地球征服をたくらむ悪のトキョー星人の宇宙船が飛行していて、宇宙船の艦橋では、5人のトキョー星人が、破壊され折れ曲がった通天閣を始めスクリーン上に広がる惨状にほくそえんでいた。
「我々の地球征服達成も間もなくですね。ふっふっふ。!!!!」
防衛軍は勇敢な抵抗を続けていたが、トキョー星人が操る怪獣の前に全滅寸前だ。
息子の繁は夢中でテレビの画面に見入っていた。宇宙戦士オーケイハンが姿を現したのはこの時だ。オーケイハンの活躍でトキョー星人の野望は、今週も打ち破られてしまった。父親の和夫は、むしゃくしゃした表情で、テレビをちらりと盗み見しながらトキョー星人を応援した。
(たまには、まともに地球征服したらんかい)
そして、ガサガサ音を立てて新聞を折り畳んだ。繁は画面から眼を離して父親を振り返った。父親がこの番組が嫌いなのは知っていた。父親は息子に言った。
「あほらし。そんなもんどこがええんや。いつもと同んなじパターンやないか」
「そやけど、かっこええもん。スマートやしな」
繁は父親の肥満した腹を指でつついた。父親の和夫には反論の余地がない。助けを求めるように妻の智子を振り返った。だいたい、女の人は、「妻」っていう立場から「母親」という立場に変わる頃から、夫で父親の男の権威を信じなくなるばかりではなくて、中立を棄てて子供の味方につくことも多い。これは決して男のひがみじゃない。この時の智子もそうだった。夫をあっさり見捨てて、息子の繁の味方についた。
「あなたも宇宙戦士になってみたら?」
「あんなモン。ほんまにおるわけないやろ」
「かっこよかったら、ええんや。お父ちゃんもマネしてみるか?」
家族から見放されて、父親の和夫はこの家の中で独りぼっちだった。土曜日の夜がふけて、家の外はもう真っ暗だ。決して、仲が悪いわけではないけれど、家の中から聞こえる会話は和夫に分が悪い。でも、この時は、その和夫にも秘策があった。
翌朝の台所のテーブルでは、和夫がくつろいだ雰囲気を装って、新聞を広げていた。既に時計は朝の8時を回っているのに、いつものように慌ただしくないのは、今日が日曜日で和夫の会社も、繁の学校も、休みの日だからだ。台所の窓から明るい朝日が差し込んでいて、時々、スズメの鳴き声が聞こえる。
母の智子は、何か腑に落ちないように首を傾げて、フライパンでベーコンを炒め、そこに卵を2つ、割り落とした。自分と夫の朝食だ。平和な朝の光景なのだけれど、何かおかしい。物事には、慣れ親しんだ順番というのがある。
いつもの休日の場合なら、まず、朝食が出来上がっている。心を込めて作った朝食を、テーブルの上に並べても、我が家の男どもは起きてこない。起こしに行かなきゃいけないのだけれど、和夫は自分の睡眠不足が妻の責任みたいにぶつぶつ文句を言って起きてくる。息子の繁はパジャマのまま食事をしようとする。食事が終わったらまたベッドに潜り込むつもりだからだ。そんな息子を叱りつけて、着替えさせ、顔を洗わせなきゃいけない。男って言うのは、飼っておくにはハムスターより手間がかかる存在だ。その夫と息子が今朝は既に起きていて、行儀良くテーブルについて、彼女が作る朝食を待っている。
「繁ちゃんは、スクランブルドエッグの方がいいのね」
智子はちゃんと確認したのだけれど、繁は全然聞いてない。テーブルについてせわしなくテレビのリモコンをいじってチャンネルを変えている。さっきは夫がそうだった。新聞を広げて『タイガース連勝!!』とかいうスポーツ面の見出しを見ていて、智子が声をかけても返事がなかった。
息子はテレビのリモコンを弄ぶ振りをしているけれど、時々、父親の方を盗み見るようにちらりちらりと振り返っている。父親の方は、目の前に広げた新聞を時々傾けて息子の方を盗み見ている。
智子の目から見れば男って言うのは単純で分かりやすい。
(原因は良く分からないけれど、この二人はきっと喧嘩をしたんだわ。きっと、仲直りしたいのに、きっかけがつかめないのよ。)
「どう? 二人とも朝食の後の散歩なんて。きっと気分がほぐれるわ」
男二人は、何か内心を見透かされたようにビクッとした。
「そ、、そうやな。繁、散歩に行こか?」
「うん、、、、ボクもそう思うてたんや」
食事の後、家を追い出されて、和夫と繁は早朝のまだ人気のない道路を歩いていた。初春の風はまだひゅうひゅう冷たく、体だけではなくて気分まで凍り付いてしまいそうだ。
そんな中を二人は黙ったままだ。何処へ行くのか相談しなきゃいけないんだけれど、二人とも、話のきっかけがつかめなかった。黙っているのに耐えきれないように、父親の和夫は自分の後をついてくる繁を振り返った。その時、繁は何かに気付いたようだ。
「お父ちゃん……」
「なんや? 言うてみい」
「お父ちゃんのお腹って、歩いたら揺れるんやな」
繁の観察の通りだ。父親の肥満した腹は、たしかに揺れているように見える。和男は息子に何も答えることが出来ない。どちらが決めたというわけではなく、二人は自然に公園に向かっていた。
繁は何か気付いたように、ため息をついて、父親の腹を撫で上げた。ぶよんぶよんで空気が抜けかけたサッカーボールみたいな感触だ。宇宙戦士オーケイハンとは大違いだった。
「あほっ。男は腹とちゃうわい。強かったらええんや」
「ほんまに強いんか?」
「ほんまや。お父ちゃんの強さ、知らんかったんか?」
「それやったら、トキョー星人みたいなヤツが出てきても大丈夫か?」
「あたりまえや!。まかせとけ」
この瞬間を待っていたような、絶好のタイミングだ。突然に、空に不快な金属音が響いた。和夫と繁が空を見上げると、トキョー星人の宇宙船が、ワープでもしたように突然に親子の上空に現れた。
「お父ちゃん。トキョー星人やで、地球侵略に来よったんや」
言われるまでもなく、テレビの「宇宙戦士オーケイハン」に出てくるトキョー星人の宇宙船だ。いつものパターンなら、何処からともなく宇宙怪獣を呼び寄せてこの町を破壊するのだ。この町の最大の危機だった。この町を破壊から救うのは和夫の活躍にかかっていた。
さっきの父親の言葉に嘘はなかった。この後の、和夫の活躍ぶりは、繁の期待通りだった。トキョー星人が操る宇宙怪獣を、まるで風船みたいに弄んでやっつけてしまったかと思うと、宇宙船から出てきたトキョー星人が発射した殺人光線を分厚い皮下脂肪で跳ね返してのけ、逆に、足下にのびていた怪獣を頭より高く持ち上げて、トキョー星人に向けて投げつけた。信じられないほどの怪力だ。
悪魔のように残忍なトキョー星人は、卑怯にも逃げ出した。和夫を振り返りながら怯え、慌てて転びながらも宇宙船の中に逃げ込んだ。そのトキョー星人の哀れなほど格好悪い姿は、息子の繁に、和夫の勇敢で強い父親像を引き立てるようだった。
宇宙船は出現したときのようにフッと姿がゆらめいて消滅した。逃げ足の早い連中だ。残念ながらトキョー星人は取り逃がしてしまったが、和夫は息子の前でこの町をトキョー星人の侵略から守ったのだった。
外見はともかく、活躍ぶりは宇宙戦士オーケイハンに劣らない。ガッツポーズの和男を繁は飛びついて褒め称えた。
「お父ちゃん、凄い」
「まあな……」
家族を守る存在感のある父親と、父親を尊敬する息子、仲の良い親子の光景だった。
二人が帰宅したときに、智子は朝食の後かたづけを終えて、お菓子を頬張りながら寝っころがって、雑誌を読んでいた。若くハンサムでスタイルが良く、金持ちの夫を持った女優が、流行の衣装で着飾っていた。忙しい主婦業の中で、智子がそんな女優と自分を重ね合わせて夢を見る時間だった。
そんな夢が、男どもの声で打ち切られた。玄関の方から夫と息子の笑い声がするのが聞こえ、二人が帰宅したのに気付いたのだった。繁が居間に駆け込んできた。智子を見上げてこみ上げてくる嬉しさを噛みしめているようだ。
「お母ちゃん。お父ちゃんがすごいねんで。宇宙怪獣もトキョー星人もイチコロやったわ。」
智子は驚いてみせた。
「へえー。すごいやんか」
繁は父親が怪獣を、こてんぱんにやっつけた時の仕草やトキョー星人の殺人光線を跳ね返したときの父親をまねて見せた。父親の偉大さを母親にも認めさせたいのだ。
智子は夫と息子を眺めて微笑んだ。きっかけはどうあれ、二人が仲直りしたことは喜ばしい。和男は自分を認めてくれた息子に満足していたし、母親に自分の活躍を認めさせようとする努力に感謝してもいる。父親も、母親も息子も、一体となって努力して仲の良い家族を作り上げようとしていた。見ていて飽きないほど微笑ましい。
あくる日、ありふれたビジネス街の、ある会社の事務所の中では、みんな自分の席についたまま、部屋の一角を注視していた。その事務所の隅に、数人のトキョー星人がいるのだった。和男が勤めている会社だ。和夫は上着のポケットの中から財布を出して、同僚の視線を気にしながら、紙幣を何枚か謝礼に差し出した。トキョー星人はもみ手をして、その紙幣を大切そうに受け取りながら、笑顔で言った。
「お客さまのご満足が、私どもの最大の喜びでございます」
「うん。ほんまに、よかったわ」
和男は心から満足しているようだった。でも、ふと気づくように、心配な表情で言葉を付け加えた。
「そやけど、息子には内緒やで。絶対に」
トキョー星人は人のよさそうな微笑みを、まじめくさった表情に変えて、ドンッと自分の胸を叩いて言った。
「おまかせ下さい。お客様の秘密は、必ず守ります」
そして、彼らは凶悪な顔に笑顔を浮かべながら、手分けして事務所の中にチラシを配った。
『あなたも、父親の尊厳を取り戻しませんか?』
いかにも、世の中のお父さんの興味を引きそうな文句だ。
その後、トキョー星人は同じように、何軒かの会社を集金に回ってゆくが、どの父親もみな満足気で、不満の欠片もなかった。
いくつかの会社を回って集金を終える頃、時間はちょうど小学生たちの下校時間だ。トキョー星人たちは宇宙船を小学校に向けた。
繁が友達とおしゃべりしながら校門をくぐると、トキョー星人が彼を待ち受けていた。トキョー星人は、もみ手をしながら笑顔を浮かべた。
「おぼっちゃん。集金に参りました。」
「うん。お父ちゃんもメチャメチャ喜こんどったわ。」
「そうでしょうとも。昨今、なかなか500円でこれだけの親孝行はできませんよ」
繁は登校前に貯金箱からポケットに移した硬貨を500円分数えて、トキョー星人に渡しながら念を押した。
「そやけど……、お父ちゃんには内緒やで。絶対に」
トキョー星人は繁を安心させるように、ぎゅっと繁の手を握りしめた。
「もちろんですとも」
お客様の秘密を守るは当然のことだ。商売の信用に関わる。何より、秘密だからこそ、父親の和夫と息子の繁の両方から料金が受け取れるのだ。こうやって、トキョー星人たちは何校かの小学校を集金に回った。3年生は300円、4年生には400円って料金が決まっていて、お金を払う子は、男の子も女の子も、1年生も6年生も、みんな満足気に笑顔を浮かべていて不満を訴える子がいない。
トキョー星人たちは、無事にこの日の集金を終えた。のんびりした雰囲気の漂う住宅街の上空では、冬のしんと透き通った平和な夕焼け空をバックにして、トキョー星人の宇宙船がふわふわと上昇しつつ飛んでいた。
宇宙船の格納庫内では一人のトキョー星人が、鼻歌を歌いながら、次の仕事に備えて、怪獣に付いたハッチをあけ、中の機械類の整備をしていた。怪獣は意外に軽い。宇宙船も怪獣も大事な商売道具だ。大切に整備しなきゃいけない。
彼が機械油で汚れた手や顔を布で拭いながら、操縦室に戻ると、ほかのトキョー星人は担当する操縦席についてスクリーンを見上げているところだった。平和な町並みの上に、夕日が大きく映し出されていて、明るい夕焼けは、彼らの明るい未来を予感させる。でも、トキョー星人たちが熱心にスクリーンを見ていたのは夕焼けに感心しているわけじゃなかった。やがて、陽が落ちて一番星が見え始めた。
地表1万メートルにもなると、空気が希薄で透き通っており、無数の星が輝いていて、その光は、そっと彼らの宇宙船を包んでいるようだった。彼らは、その星の1つを拡大して、スクリーンに映し出した。
思わず、ため息をつくほど懐かしい。淡いピンクに輝いて映し出されているのは、この地球から50万光年も離れた故郷のトキョー星だった。黙って星を見つめているのは、トキョー星人たちが遠く離れた妻や子供の顔を思い浮かべているのかもしれない。目頭にうっすら涙がにじんでいるのは、出発の時に、まだ妻のお腹にいた赤ちゃんが産まれたことを知ったせいかもしれない。
「とうちゃんは、頑張って稼いで、おみやげをいっぱい持って帰るからな」
トキョー星人にとって、地球は親切な星で、金払いが良く商売は順調だった。この次の正月には、母星に戻って、親子水入らずで過ごせるかもしれない。
分類に困っちゃった。SFじゃないし、童話でもないし、すみません、とりあえず大きなくくりで文学と言うことでご容赦・・・・・
この作品の著作権は放棄していません。ただし、①著作者名の表示、②映画や舞台劇などの脚本化のために必要な変更を除いて改作は不可という条件で二次使用はOKです。二次使用に当たり連絡等は不要ですが、小説の感想などの欄から、二次使用したことを連絡していただければ嬉しいです。