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夜明け前が最も暗い  作者: 富永 真一
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危うい視界


「時代が違いすぎます」


吹きこぼれる鍋に冷水を注すように敬道は言った。


「いや、たしかに・・・・・・しかし、時代の常識に全て沿っていたら今の教育は、これほどおかしくはなっていなかったはず。」


「時代というのは、そういう文脈で言ったのではありません」


思わず、敬道は万吉の言葉を遮っていた。


「まあ、聞いてくださいな」


湯気の出なくなった茶を啜って万吉が続ける。


「時代に大きく遅れをとったからこそ、こうなったとも考えられます。ここまで大きくずれてしまったからには、教育界の常識によりそっていては、何も始められない」


いけません、ちょっと熱くなりました。万吉はそう恥じらいながら、残りの茶を飲み干した。


「お茶をもらいましょう」


敬道がそう言うと

「あいすみません。少し長居しすぎました」そう言っていそいそと立ち上がり、応接室を出て行った。万吉の背中からは高揚感が漂っているのが見えるようだった。敬道は廊下に出て行く背中を見て、万吉の教育への思いに触れたのは久しぶりだと思った。算数サークルの主催者として多くの教師たちの中心に立ち、教師仲間たちを鼓舞し続けた熱心な教育者の心音を聴いたような気がした。


 たとえ、校長が変わってどうなる。校長のできることに、どんなことがあるのだろうか。敬道は、万吉の高まった気持ちに触れた分だけ、自らの内に横たわる冷めた気持ちに気づかされる思いがするのだった。


小俣小の校長と前校長が荒廃した校内の状況に、相次いで療養を取るための休暇に入り休職に追い込まれた。一人は回復せず復職は困難と見て、定年退職まで八年を残して教職から退いたと聞いている。その過程がありありと従道の視界に映し出され、気が滅入りそうになる。


水かさの増した川が堤防と破り田畑や家々を濁流が飲み込んでいく画を見ているようだった。職員室のこれから座ることになる教頭の机には書類が崩れそうなほどに積まれていた。そんな時に、新しい校長に思いを馳せるなどできないのだと、敢えて自分に言い聞かせた。今は一つ一つ目の前の仕事を滞りなく進めることに専念する。それが有望視される新校長を向え新年度を始めるために何より大切なことなのだと。


「有望な若者ならば、初めからこんな難しい学校で校長なんてやらせることはないだろう? もっとやりやすいとことで経験を積んでからウチに来たって悪くない」

 敬道は、誰に向けるべきか分からない言葉を吐いて、冷えたお茶を飲み干した。


                   つづく


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