表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】悪役令嬢の遺言状  作者: 巻村 螢
■翻弄される候補者
16/32

★ゴシップ専門『ローゲンマイム社』の新人記者・ハイネの取材日記④

 あれだけ自信満々に『印章を持っている記事を出してくれ』と言っていたのに、まさかその印章が偽物だっただなんて。

 もしかして、ここまで詳しく確認されるとは思ってなかったとか?

 貴族の世界は嘘が当たり前なの?

 もうどうなっているのか、さっぱりだ。

 でも、これで残る候補者は二人になった。

 イースさんと、目の前の王子様だ。


「――それで、先ほどの話は本当か」


 場所を変えて、王宮のおそらく談話室とか言われるような場所に通された。十数人で過ごすだろう部屋を、たった二人だけで使ってしまって申し訳なく感じ、少々居心地が悪い。

 それに殿下と向かい合って座っているのも落ち着かない。床に膝をついた方がまだ安心できると思う。まあ、やろうとしたら止められたんだけど。


「先ほどというと……ルベル川の水死体の?」

「そうだ。確かに王宮に貧民街にいるような少年が来たことはある。溺れ死んでいたのか?」

「いえ……まあ、そうとは言われてますが、僕は他殺のような気がして……。あの、その少年の用事はなんだったんです?」

「それは……」


 殿下は言い淀んだ。目線を足元に落とし、逡巡しているようだった。


「記事にはしないでほしいんだが……」

「もちろん、秘密とあらば守りますよ」

「少年は印章を見つけたと言って、私に買い取ってほしいと持ってきたんだよ」

「ええ!? ふてぶてしい! じゃなくて、え、まさかその印章が……!」


 だから、ハルバート様の印章を確認させてほしいと言ったのかも――と、思ったが、殿下は苦笑して手を横に振った。


「いやいや当然真っ赤な偽物だったわけだが」

「な、なぁんだ。そうですよね。シュビラウツ家とは縁もゆかりも無さそうな貧民街の少年が、印章なんか持ってるわけありませんもんね」


 道ばたに落ちていれば話は別だが、こんな厳重に管理されている物を落とす馬鹿はいないだろう。

 それにしても、その少年も命知らずというか、楽天的というか。


「それで、その少年はどうされたんです?」


 イースの溺死時の特徴の話が蘇ってきて、勝手に喉が上下してしまった。ペンを持つ手はいつの間にか力んで、メモにじわりとインクが広がる。


「もちろん、その場でお引き取りねがったよ。残念そうに王宮を出て行ったと、侍従からは聞いている」

「そう……ですよね。じゃあ、やっぱりその後にうっかり何か……あったのかなぁなんて……」

「貧民街は治安が悪いからね。もしかすると、その後何かあったのかもしれないね。国王陛下も治安についていつも頭を悩ませておられるが、いくら対処しても陰の部分というのは生まれるもので……」

「さすが賢王陛下です」

「真似して王宮に殺到されると困るから、記事にはしないように。偽造印については、今回のハルバート卿のことを記事にすれば充分釘は刺せるしね。それで、他に質問は?」


 少年のことを書き終えたページに『記事不可』と書き込んで、メモを新しいページにかえる。


「殿下はリエリア様とはどのようなご関係だったのですか? 途中で婚約者を変えられ、結婚式では以前の婚約者であるミリス様と……」


 すると、途端に殿下の顔に悲壮感が浮かんだ。

 眉間はキュウと寄り眉尻は下がり、とうとう手で目元を覆い隠してしまった。


「まさか、私の一時の気の迷いがあんなことになるとは……。実のところ、彼女とは婚約者らしい関係を築けてはいなかったんだ」


 話を聞くと、どうやら殿下の知らないところで、陛下とリエリア様の間で何かあって、いつの間にか婚約者が変わっていたらしい。

 以前の婚約者であるミリス様への感情をなかなか捨てきれなかったらしいが、この三年で少しずつ向き合っていたという。しかし、どうやらリエリア様の方が殿下と会うのを拒んでいたらしい。段々と寂しさを募らせ、そして結婚式当日にやって来たミリス様に会って魔が差したんだとか。


「どうして、リエリア様は婚約者になることを了承していて、殿下に会われなかったのでしょうか?」

「私が知るものか。こちらが聞きたいくらいだ」

「では、王家とシュビラウツ家との関係は?」

「王家と? ……シュビラウツ家がロードデール王国からこちらの国に来たときの王は、厚遇したとは聞いたことはあるが……それ以降は、普通の貴族と変わりない距離感だったようだし……」

「それは陛下もですか?」

「ああ、そういえば……一時期はシュビラウツ家を訪ねていたこともあったみたいだが、まあ、他の辺境伯も訪ねていたし、特筆するような関わり方はしていなかったように思うな」


 婚約者にと言うくらいだから、それ以前からの関わりが深いかと思えば、案外そうでもないようだ。とりあえず全てメモしておく。


「まあ、だからこそ、生前愛してやれなかった分、リエリアを弔うのは私でありたいと思っているんだが……」

「そうですね。リエリア様も自分を愛する人に弔われた方が幸せだと思います」


 こうして、無事に殿下への取材も終えたのだった。




        ◆




 あれから、ハルバート様の偽造印の件は、しっかりと記事になり、がっつりと国民の物見高い気質を満足させた。会社の先輩達も新聞を刷りながら、お貴族様も煌びやかなのは外見だけかもねえ、と何故かしたり顔をしていた。

 こうなると恐ろしいのが、今まで一様にシュビラウツ家だけを叩いていた者達が、『実は』とルーイン子爵家の裏事情などを噂し始めたのだ。子爵家がもうシュビラウツ家の財産を手に入れるとこがないと分かったからだろう。

 編集長が『社交界っつーのは、酒の代わりに噂を交わすようなところだからな』とか言っていたが、そんな世界、僕ならゴメンだ。平民万歳。


 噂の中で、『ハルバートはリエリアを妹のように可愛がっていたというのは嘘で、それどころか、子爵家自体がシュビラウツ家に関わらないようにしていた』という話を聞いたときは、僕はどうなってるんだよと頭を抱えたものだ。

 今、ルーイン子爵家はシュビラウツの親族とばれた時よりも、肩身の狭い思いをしていることだろう。まるでリエリア様のように、今ではハルバート様が屋敷に引きこもっているらしい。

 対して、殿下は取材した記事が載るやいなや、評判を上げることとなった。

 国には、殿下こそがリエリア様と結婚するに相応しいという空気が満ちていた。

 




 僕はひとり、ルベル川のほとりをとぼとぼと歩いていた。

 色々と考えることが多くて、ひとりになりたい気分だったんだ。


「取材通りに記事は書いたけど……書いた本人がその記事を一番信じてないだなんて……ははっ……」


 とことんローゲンマイム社(ゴシップ誌)の記者でよかったと思う。

 これがフィッツ・タイムズとか、しっかりとした情報新聞社とかなら、今頃クビになっていたはずだ。

 取材した記事が、あまりにもひっくり返りすぎている。

 一応、殿下の言葉も「そうですね」と全て聞いてはいたが、心のどこかでは「とは言いつつ、どうせこれも建前なんだろうな」と捻くれたことを思っていた。


「『面白けりゃ嘘も本当』の精神の会社だから、記者としてやっていけてるってのは皮肉だよね」


 シュビラウツ家についての認識は、色々と聞いたけど、やはり家令のマルニードさんのものが一番正しいのだろう。かの家と関わりの遠い者ほど、悪い噂を口にすることが多く、取引相手やマルニードさんは良いと言う。

 であれば、信じるのは後者のほうだ。

 しかし、それでもなお分からないことがある。


「リエリア・シュビラウツ……あなたはどんな人だったんですか……」


 彼女に対して、当初僕が抱いていた街で噂されるようなイメージはもうない。

 ただ、誰の話を聞いても、彼女の姿だけが見えてこないのだ。

 とある人は、とても静かだと言った。

 とある人は、関わりを拒まれたと言った。

 彼らは間違いなく彼女とは関わりがあったのに、それでも彼らの話からでは彼女の姿は見えてこないのだ。


「どうして僕は彼女のことを調べてるんだか……」


 全てはたった一枚の遺言状からだ。

 あれがなければ、きっと今でもリエリア・シュビラウツという女性について調べようとは思わなかったはずだ。

 悪役令嬢と言われたいち貴族――その程度の認識のまま終わっていた。

 きっとシュビラウツの全ては殿下が手に入れるんだろう。

 殿下が婚姻書を提出するのを見届けて記事にして、それでまるっと一件落着……のはずなのだが。


「……僕はもうこのままじゃ終われないんだ」


 僕は誰が全てを手に入れるかよりも、本当のことが知りたいんだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ