2日目の昼?
殺人司教との出会いの後、俺達は宿に泊まることになった。残っている部屋が一つしか無かったのでこの男と同部屋になってしまった事に関しては些か不満に感じられたが、長く感じられた1日の終わりを朝にいた奴隷商館とは比べ物にならない場所で迎えられる喜びですぐに上書きされた。
「明日も早い、早く寝るぞ」
俺の興奮を遮ってティーチが就寝の催促をする。
「早いって、早く起きて何をするんだよ」
「聞き込みにきまっているだろう。俺達はこの街の事を何も知らないんだから」
それ早く起きる必要あるか、と言いたくなったがこの街に来ると言い出したのは俺である為、言い返さなかった。
「ほら、ランタンの灯りを消すぞ」
多少の不満はありながらもその日は宿についてすぐに寝た。
◆◆◆◆
目が覚めた。体を起こして窓の方を見ると昨日の夜に見た色が依然として空を覆いかぶさっていた。
「本当に1日中夜なんだな……」
右のベッドの方を見ると昨日偉そうな事を言っていた男が爆睡していた。その光景を見て思うところがあったが、一つの疑問がそれを遮った。
こいつは、”早く起きる”と確かに言っていた。だが俺の方が早く起き、こいつは爆睡している。その光景を見て俺はこいつが寝坊しているんだと思い、腹がたった。だが、もしかすると“俺が早すぎる時間に目が覚めた”のかも知れない。一体どっちだろう?
そんな問を頭の中でぐるぐるぐるぐると考えていたが、『情報が足りない』という当然の結論に帰着した。
今の時刻が分からない以上、わざわざ起こすのも悪いかと思い、その後は再び布団を被り、ティーチを背に横たわった。
その数分後、まだ目が覚めている時のこと。
「おい、おい、起きろシークッ」
俺の体を左右に揺らしながら俺を起こす声が聴こえたのですぐに体を起こした。
「全く、早く起きるという話をしていただろう」
呆れた様な顔振りで話す男に対し怒りが込み上げてきた。
◆◆◆◆
「すまんって」
その恵まれた身体に似合わず申し訳無さそうにひたすら謝り続ける男と共に今はトイデの街の中を歩いている。
「だからもう怒ってないって言ってるだろ、謝んなくていいって」
「そうは言ってもな」
そう言って延々謝り続けている。いいと言っているのに謝り続けているあたり、やはりこいつは小心者だ。
「そう言えばランタンってどこで売っているんだっけ?」
この延々続く謝罪に終止符を打つべく話題を切り替えた。
「ああ、確か宿屋の主人が教えてくれたな。確か……あの教会の近くじゃなかったか?」
ティーチは記憶を掘り起こしながら少しばかり向こうにある教会を指し示した。
「うわ、何だあの悪趣味な教会は」
「凄いな…………」
思わず二人とも息を呑んでしまうほどの悪趣味な教会だった。壁色が紫であり、さらに入口の上の壁にはドラキュラの羽らしきものがデザインされている。お陰で何を信仰しているか丸分かりだ。
「ランタンを買って早いとこ離れちまおうぜ」
「ああ、そうだな」
ティーチの同意も得られたことで足早に店を探し、入店した。入店するや否やティーチが口を開いた。
「ランタンが沢山のあるぜ! こんな多くの種類のランタンを見たのは初めてだ!」
そう話す男の目は輝いている。確かに店内を見渡してみると、形から大きさまで様々なランタンが置いてある。流石は夜の街と言ったところか。
「なんでランタン如きにそんな興奮してんだよ」
「こういうのを見ると楽しくならないか?武具とかもそうだが、色んな道具を見るとつい興奮してしまうんだ」
お前は自分で武器を出せるんだから武具を見る必要は無いだろう、という言葉が喉のかなり上の方まで出かかったが、楽しそうな所を邪魔するのは良くないと思い、飲み込んだ。
「ふーん、まぁ自由に選んでな。俺はこの街について聞き込みをしてくる」
そう言って店主の方へ行き、聞き込みを開始した。
「こんにちは、うん?『こんばんわ』か?」
「『こんにちは』で合ってるぞ。今は昼だからな」
「昼か夜か分かるのか!?」
「ああ、お前さん余所者か。時刻なら分かるぞ、水時計があるからな。トイデには幾つか水時計が設置されているんだ」
「ここから一番近いのは?」
「すぐそこだよ、近くに教会もある」
水時計があると聞いて行ってみたくなったが、その情報を聞いて途端に行きたくなくなった。
「なんだぁ、変な顔をして。」
俺の行きたくないという気持ちが顔に表れていたのか、店主に突っ込まれてしまった。
「そうか、お前さんはこの街のもんじゃないから知らないのか!」
何か合点がいったような表情の後に店主は続ける。
「伯爵様の素晴らしさを!」
あぁ、こいつは信仰派だったのか。鏡が近くにあるなら見てみたい。多分今の俺はさっきよりも変な顔をしているだろうから。
その後は延々延々といかに伯爵様とやらが素晴らしいかを一方的に語ってきた。途中でティーチが『もう買う物決まったので買って帰ります』と言っても一向に帰してくれなかった。話の内容を纏めると次の様な感じであった。
・伯爵がやってきたのは数十年前
・太陽が出なくなったのもその頃
・伯爵は滅多に古城から出て来ない
・あの司教は信仰派のトップで、唯一伯爵の住んでいる古城に入ることを許された人間
・革命派はクソ
あんまりにも話が長引くもんで、話の途中だったが、無理矢理代金を置いてランタンを持って店を出てきた。
「疲れたな……」
「お疲れさん」
例の水時計がありそうな方向に足を運ばせながらそんな会話をする。長い間店主の話を聞かされて疲れている俺とは対照的にティーチは満足のいく買い物が出来て上機嫌だ。
「お、教会が見えて来たな」
疲れて俯きながら歩いていたが、ティーチの声と共に体を起こした。同時に顔も下を向いていたのを前に直すと、小さな石ころを蹴りながら俺達と同じ方向に歩く少女を見つけた。10歳位だろうか、俺もそれぐらいの年にはよくやっていた。街灯こそあるものの、辺りは暗いので、このある種の通過儀礼とも言うべき遊びをやっている少女を見守りながら歩くことにした。
少女が教会の前を通ろうかという時、調子に乗ったのか思い切り石を蹴った。石を蹴って他の家の敷地内に入ることはよくある事なのだが、今回最悪だったのは“教会”の“窓ガラス”を割ってしまった事だ。
「誰だ! 神聖なる教会の窓を割ったのは! 出て来い!」
怒り狂った顔で信仰派と思わしき人が出て来た。
「あ、あの、ごめんなさい」
少女が怯えながらも出て来た人間に近付いて正直に謝った。
「ん〜〜〜?お嬢ちゃんがこの教会の窓を割ったの〜〜〜?」
「ご、ごめんなさい」
「子供だからって謝ったら許して貰えると思ってんじゃねーよッ! このクソガキがぁぁぁ!!」
怒りの拳が少女に届くことはなかった。届く前にその右腕を俺が掴んだからだ。
「待ちな、いくらなんでもやり過ぎだぜ」
「ぐっ、いきなり誰だ! お前!」
「名乗る義理はない。」
「こんのクソガキャアァァァ〜〜〜ッ!」
「今の内に逃げな」
男を掴んでいる内に少女に避難を促す。すると少女は瞬く間に逃げていった。一方の俺は残るこいつをどうしようかと睨み続ける男を見て考えていた。