ナカダの街を背にして
「もう終わり<ターミネイト>だッ!!下等な生物<ダイモン人>どもがッッ!!」
自警団の二人が棍棒を振りかぶり、こちらへ向かってきたそのときーー。
ズドォオンッ!
「なに<サノバ・ビッチ>ッ!?」「うわあああ!!」
二人は視界から同時に消えた。いや、消してやったと言うのが正しい。なにぶん、俺のお手製の落とし穴に落ちたらしいのだから。
「すでに"罠"は張っていたぜッ!」
「俺たちは何も考えずに走り回ってたワケじゃねぇ。この場所を探してたのよ!ここらへんは地盤があまりしっかりしてないようだからよォ〜、能力で罠を仕掛けるのにも全く時間はかからなかったぜ!」
穴に落ちた二人を見下しながら煽る。
「貴様っ……!卑怯者<ダイモン人>めっ!!」
男の一人が穴の中から、覗き込む俺を、凄まじい険相で睨む。俺はそれに答えるようにえっと舌を出した。
「シーク、とりあえず逃げるぞ!こいつらは腐っても自警団の連中だ。穴の結構深くまで落ちているようだが、五分も経たないうちに脱出して俺たちを追ってくるだろう。それまでにできるだけ遠くへ逃げよう!」
「ああ!」
勢いよく返事をして、またティーチと走り出したものの、トイデ行きの貨物船の出航時間まではまだまだ時間がある。一連の騒ぎで、より行動しづらくなってしまった分、時間までこの港町で身を潜めるにはかなりのリスクを伴うことになることは分かっていた。
どうしたものかな、と走りながら思考を巡らせていた最中、ティーチがその様子を見て、思い出したかのように話し始めた。
「そういえば」
ティーチが懐から巾着袋を出した。そして、その中からは走っている反動でジャラリという音が聞こえてくる。
「お前、もしかして……!」
「ああ、"カネ"だ。さっき別行動をしていたときに、ちょうど炭坑が落石して封鎖されてもう一週間経つという話を風の噂で聞いてな。その岩石を取り除いたら、コレをお礼として頂いた」
巾着袋をティーチから受け取り、紐を解いて中を開けてみると、十分な量の銀貨と申し訳程度の金貨が入っていた。この金額なら、わざわざ貨物船に忍び込まずとも、トイデ行きの船を正式に買うことができる。
それにしても、コイツは軽々しく炭坑の岩を取り除いたと言っていたが、改めてその筋肉はただの飾りではないのだということを実感させられた。実際の現場を見たワケではないから、なんとも言えないが、一週間もその落石に往生させられていたのだから、きっと相当のものだったのだろう。全く、とんだフィジカル野郎だ。
「おっしゃあッ!でかした、ティーチ!コイツでいち早くトイデ行きの船をゲットしようぜ!」
ティーチは照れたように、おうと返事をした。
二人は今度こそトイデに向かうため、港へ走り出した。
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「ククク、フハハハハハハッ!!」
「愚者<ダイモン人>……ッ、おお、憎き愚者<ダイモン人>どもよ…………殺す<クリーク>、殺す<クリーク>、殺す<クリーク>ッ!!!この手で十字架<クロス>にかけて、血祭り<ブラッディ・カーニバル>にあげてやる………ッッ!!ハッハハハハ!!!!」
自警団のウィアードは怒りを高笑いで殺しながら、落とし穴から身を乗り出し、穴から脱出した。そして、もう一方の穴に落ちている男の方へ手を差し伸べた。
「大丈夫か、フォロウ団員。この手<ホープネス>に掴まれ」
「……うぅ、すみません、ウィアード団長……俺が穴に落ちてしまったばかりに………」
「案ずるな。俺もあの愚者<ダイモン人>の罠<トラップ>に嵌められた一人なのだから、ヤツらが狡猾<クラフティ>だったのだ。故に恨むべきは己ではなく、あの愚者<ダイモン人>どもだ」
ウィアードの手に掴まり、フォロウも穴から地上へと上がった。しかし、ここまででかなりの時間を消費したことに変わりはない。現に、二人とシークたちとの距離は、今までで最も離れている。
「とうとう逃げられてしまいましたね………」
フォロウは半ば諦めたように呟いた。
「………挫けるな、フォロウ団員。まずは冷静<クール>に状況を分析しよう………」
「まず、アイツらはどこへ逃げる……?この街に潜伏し続けるのは、ヤツらにとって危険<リスク>………故にこの街からは離れるはず………ではどうやって……?やはり、総合的に考えて港<ハーバー>から船に乗るのが合理的<ラショナル>だ………故に、交通手段は船で確定<ファイナル・アンサー>……………」
「では行き先<ディスティネーション>は………?逃亡の身<ランナウェイ>として、潜伏するのに最も合理的<モスト・ラショナル>でかつ、ここの港<ハーバー>から行けるなるべく近い場所は………」
ウィアードは目を閉じて、頭をフル回転させる。そして、頭に浮かべた情報を、糸で繋いでいくように整理していくと、自ずと一つの答えに辿り着いた。
「"トイデ"だ………ッ!」
「あそこは夜の街<マッド・タウン>だ。常に暗闇<ダークネス>に覆われているのだから、身を隠すには最高の条件<コンディション>…………そして、ここの港<ハーバー>を通じてトイデへ渡ることも可能………トイデだ…ッ、トイデに向かうぞ……フォロウ団員ッ!」
「わっ、分かりました!」
二人もシークたちと同様に、トイデに向かうため、港へと走り出した。
「待っていろよ……ダイモン人…ッ!!」
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シークとティーチは、港で船を捕まえたようで、すでに二人と船頭を乗せて、船は沖に出ていた。揺れる船の上で二人は、ここまでに至る流れを回想したりして、時間を潰していた。
「とりあえず、無事にトイデまで行けそうで良かったぜ。乗客も俺らだけで、定期便の時間からも外れてたから、通常よりかなり高い額を払わせられたときはムカついたけどよ。騒ぎになるのも面倒だから従ったが、とにかく、交渉も成立して船も出してもらえて、一安心だな」
「ああ」
ティーチも安心しているのか、今までになく警戒を解いているようで、船体の上に転がり、一人、波の音に包まれている。
俺も、だんだんと遠くなり、もはや肉眼では確認できないほど小さくなったナカダ地区の街並みを眺める。そして、碌な思い出もなかったその街をケッと小馬鹿にするように笑った。
「お客さ〜ん、何度も聞くようで悪いけどよォ〜、何をそんなに慌ててトイデに行く用事があるってんだい?あの街は色々と特殊だからよォ〜、お客さんも知ってんだろ?そこんとこの事情とかさ」
船頭が操縦室から顔を覗かせ、こちらに問う。
「ああ、もちろん知っている。トイデが"夜の街"と言われていることも、その原因が、街の外れに住む吸血鬼だということも」
「ああ、本当かい。じゃあなおさらなんであんなおっかない地区に用事なんかあるんだい?………あっ、もしかして実家がトイデにあるとか、そんな感じかい?だとしたら済まねェな!おっかないとか言っちまってよぉ!俺もビビりだからさァ!!ハハハ!!」
「はは、まあそんなとこで……」
なんか、よく分からんおっちゃんだ。
しかし、偶然にも俺たちダイモン人が逃げているという情報を知らなかったか、あるいは知っていても、俺たちとは無関係だと思ったのか。通常より高い金は払わせれたものの、定期便の時間から外れて無理にお願いをしたのはこちら側だし、なんだかんだとその無理を聞き入れてくれたお陰で、今、こうしてあの街とあの変な自警団とオサラバできている。性格も悪い感じじゃないし、この船頭には俺にも珍しく感謝したい気持ちだ。
しかし、そんなときに俺の脳裏によぎるのは、所詮、この人もタカオカ人という一種の防衛的な考えだ。この船頭も、我々ダイモン人を軽蔑しているのだろうか。心の底では、見下しているのだろうか。だとしたら、とても悲しい気分になるが、そんなことは今に始まったことではないと自分に言い聞かせ、落ち込む気持ちを振り払った。
ズザザザァァアアアッ
勢いよく波を立てるような音が響く。
当然、俺もティーチも、船頭にも聞こえていたらしく、全員がその音のなる方へ同時に振り向いた。
「なんだ………あの船、ウチのやつだよアレ。でもおかしいぞ……この時間にはこのナカダ、トイデ間には旅客船、貨物船は両方出てないはずだぜ…………お客さんたちみたいに、臨時で船を出してもらった人たちがいるのか……?」
船頭が怪しがる。俺とティーチは嫌な予感がして、顔を見合わせた。当然、後ろめたいことが山のようにあるワケなのだから、思い当たることしかない。
「いや、やっぱおかしいぞ。あの船…………スピードがおかしい!速すぎるぞおい!!あのままじゃコッチの船体とぶつかっちまう!!」
船頭が慌てたように舵をとる。船には緊張が走った。俺とティーチも立ち上がり、後方の船の方を再度、確認する。
「ククク、ハハハハハハ!!!見つけたぞダイモン人どもめッ!!やはり、臨時で出ていたトイデ行きの船<ジ・エスポワール>を追ってよかったッ!!!殺す<クリーク>!殺す<クリーク>!!殺す<クリーク>ッッ!!!フハハハハハハ!!!」
「そうだッ!」
そこに乗っていたのはあの自警団の連中二人だった。しかも、変な方は目がガンギマリでこちらを見てくる。アレは関わったらダメなタイプだ、二人とも直感でそう思った。
しかし、相手の船のスピードはどんどんと上がり、そしてどんどんとこちらの船に近づいてくる。船頭もぶつかるまいとスピードを上げるが、もう遅かったようで、相手の船体とこちらの船体は激しい音を立てて衝突した。
「うおおおあああッ!!」「あああッ!!!」
衝突の衝撃で船体が大きく傾き、俺とティーチと船頭は全員、甲板へ叩きつけられた。
自警団二人はその隙に、こちらの船体へ乗り込んだ。
「ハッハハハハ!!ダイモン人、もう逃げ場<サンクチュアリ>はないぞ………ッ、この広い海<オーシャン>の上へ逃げることを選択<セレクト>したのはお前らなのだからなッ!!!」