自警団からの逃走<エスケープ・トゥ・フリーダム>
「トイデに向かう為の船に乗るはずが……何故こんなことになっているんだ……?」
隣にいるティーチが俺と同様に、息を切らしながら壁を背にしてそうぼやく。
「あー、何でだろうな」
きまりが悪い。原因をよーく理解しているが、それをはぐらかす俺に対する視線はとても鋭く、痛いものだった。だから、つい目を逸らしてしまった。
何故こんなことになっているのか、よーく振り返って考えてみる。
◆◆◆◆
……そう、まず俺達は船で夜の街トイデに向かうと決めたは良いものの、なにぶん金が無いないもんで、どうやって船に乗り込もうかという話をしていた。
「貨物箱の中にでも潜りこんでしまえば良くないか?」
確かそんな事を彼に訊いた気がする。中々にいい案だと思っていたのだが、彼は『万が一バレてしまったらどうするんだ』と言って気が進まないようだった。途中運賃を何かしらで稼ぐという案も出たが、ここはまだ奴隷館から離れていない場所であり、危険だ、という反論があり却下された。
そんなこんなで話は平行線を辿り、結局は当初の『貨物箱の中に入って船員の手で船に運んでもらう』という案が採用された。
……まぁ、ここまでは良かったんだ。ここまでは回り道をしながらも、正解の選択肢を選べている”確信”があった。自分の選んだ選択を信じ切れなくなったのは次の選択からだった。
そんな話し合いをしている間に、日もすっかりのぼり、港町にも到着した。しかし、出航にはまだ時間があるということで俺達は港付近を散策することにした。ティーチはこの国の情報を集めたいとのことで、俺とは別行動を取った。この時、『ここはまだ危険と言ったのは誰だ』という感想が頭をよぎったが、口には出さなかった。
……今振り返ると、それを口に出して一緒に行動すれば良かったと思う。俺はこの敵地で『仲間と行動する』ではなく『別々に行動する』という選択肢を取ってしまったのだ。
その後、ティーチと別れ、俺は港近くの市場を歩くことにした。別に特段見たいものがあった訳ではない。ただ、活発に声が聴こえて来るので、自然と足が市場へと俺を導いていったのだ。
市場に入ってまず見たのは野菜を取り扱かっている露店だった。これまた特段見たい訳ではなかったが、自然と足が俺を運んでいった為、この露店をみることになった。
「らっしゃい! らっしゃい! ん?お兄ちゃんもウチの野菜を買ってくかい?」
そんな招き声をかけてきたのはこの露店の店主であろう30代程と見られる男だった。この男は何かしら買ってくれるであろうというある種の期待を持って話しかけてきたのだろうが、生憎金は持っていない為、その期待には応えられなかった。とはいえ、この置かれている明らかに身体に悪そうな青色の野菜が視界に入ってしまい、それからというものの、この野菜が何なのか気になって仕方がなかったので、俺はこの野菜が何なのか訊いた。
「この置かれている野菜は何て野菜なんだ?」
「ああ、これか。これはコレト草って言うんだ。トイデ地区の名産品でな、昔は全く知名度が無かったんだが今じゃタカオカ中で食べられているんだぜ」
こんな気色の悪い色をした物をよくタカオカ人は食べられるな、やはりダイモン人とは何か根本から違うのだろうか、などと考えていると、どうやらその考えの内の幾つかを見透かされたようで。
「ん?やっぱり兄ちゃん外国の人間か?そりゃあそうか。タカオカでコレト草知らねぇ奴なんかいねぇもんな」
冷や汗が全身からドバドバ出た。自分が脱走奴隷と気付かれそうでつい焦っていたのだ。
「兄ちゃんはどこから来たんだ?タカオカは何日目なんだ?」
無邪気な目でこちらにそう質問してきた。
「あー……えっと……ヒ……ミです」
自信無さげにそう答えた。仕方がないだろう。地理は苦手なんだから。ヒミという国があるかもあやふやだったが、この状況を切り抜けるには思いついた単語をただ述べるほか無かったのだ。
「へー、ヒミ! それで何日目なんだ?」
どうやらヒミという国は実在していたようで、おかげで少し安心した。だから、つい、ボロが出てしまった。
「1日目です」
「ん?1日目?そりゃあおかしな話だ。なんでタカオカの北にあるヒミからこのタカオカ南部に位置するナカダに来ているのに1日目なんだ?」
再び冷や汗が全身からドバドバ出た。やらかした、そう思った。安心が焦りに戻って、その反動か頭が全く回らなかった。
「んんん〜〜〜?お前、もしかして」
堪らず逃げ出した。次に続く言葉がなんとなく予想出来てしまったからだ。
「オイ!!! お前やっぱりダイモン人だろ!!!」
ガヤガヤ騒がしい市場でも通るような大きな声で俺の正体が晒された。『おいダイモン人だってよ』『なんて汚らわしい』そんな声が後ろから聴こえてきたが、振り向く余裕は無かった。
その後、暫く走り回った後、ようやく人気のない場所に辿り着いた。
「はぁっ、はぁっ、ここまで、くれば、流石に、大丈夫だろ……はぁっ……」
そんな希望的観測も虚しく聞き覚えのない声が2つ耳に入る。
「大丈夫……?それは違う<ノット・コレクト>…………我らナカダ地区自警団の前ではどんな敵<デーモン>も逃げれやしないッ!」
「そうだっ!」
「あァ……?誰だおめえ…………等?」
息を切らしながら疲れすぎて俯いていた顔を上げると、いかにも自警団という見た目をした棍棒を持っている男たちが2人並んで俺から離れた所にいた。
「そうかッ! 我が名を知りたいかッ!」
いや別に、と言う前に彼は早々に名乗り出ていた。
「我が名<ペアレンツ・ファースト・ギフト>は“ウィアード”だッッ!!」
なんだこいつは、ふざけているのか…………?そう思った。置かれている状況を考えるに、やはり、こいつ等は自警団で俺はダイモン人であるとこいつ等にバレているのであろう。
「おいそこの名乗る価値もない<ノーバリュー・ネーム>ダイモン人ッッ! 大人しく我々に投降<フューチャー・オブ・ギブアップ>しろッッ!」
「そうだっ!」
そう話すと、変な言葉を話す人間とそれにやたら同調する人間が少しずつ近付いて来た。よく分からないが文脈から推測するに、どうやら投降を求められているようだった。
……この時は選択肢が2つしかないと思っていたんだ。即ち『逃げる』か『投降する』かの2択だと。いや、もっと言うと、『投降する』という選択肢はほぼないのと同義であった為、実質的に選択肢は1つしか無かった訳だ。
しかし、今よくよく考えてみると、『戦う』という選択肢があった様にも思う。それが最良の一手だったとも。だが、そんな事を知らない俺は『逃げる』という選択肢を取ってしまった。
「やだね、誰がお前らなんかに捕まるかよッ!!」
そう言って再び俺は逃げ出した。
……逃げてばかりだな俺。
「おいッ! 待て! 我々に捕まらないとかいうわけの分からない言葉をぬかすダイモン人<バルバロイ>めッッッ!」
……そんな言葉を交わしながら暫くの間逃げていると、ティーチを見つけたんだ。敵方から逃げている時に味方を見つけたら、当然助けを求めるよな?俺もそうした。
「あ! お前ティーチじゃねーか! 助けてくれ!」
視界にティーチが入るなりすぐに助けを求めた。ただ、もう少しやりようがあったようにも思う。今の俺はいかにも自警団という見た目をした男2人に追いかけられながら『オイ! ダイモン人! 大人しく投降しろ!』と自らの出自を公に晒されていた所だったのだから。
そんな状況で助け求めたので、当然ティーチにもダイモン人の疑いがかけられてしまう。『ダイモン人……?』『あの兄ちゃんもダイモン人ってことじゃあねえか……?』そんな声が聴こえてきた。彼は堪らず逃げ出した。
ティーチと並走して逃げること数分、自警団を巻いたかと思われた所で話は冒頭に戻る。
「俺が悪いな」
「よく分からないがそうなんだろう」
「あぁ……わりぃ……だけど奴らから逃げれたようで良かった」
そんな話が出来たのも束の間、再び奴らが目の前にやってきた。
「フッ、フハハハハハハハハハハハハハハハ!!! 実に、実に滑稽<アンファニー・ジョーク>だ! 我らタカオカ人<ゴッド・チョイス・ヒューマン>から逃げられると思っているとは!」
「全くですッ!」
出会ったばかりなのにも関わらず、もうこの男の発する言葉を完璧に理解<アンダースタンド>出来るようになっていた自分に少し嫌悪感を抱いていた。