夜の街へ向かえ
堂々「理由探しの旅」と掲げたものの、漠然としていて、どこに行って何をすればいいのかよく分からないことにはティーチの方もなんとなく気づいていたらしく、俺の方に尋ねてきた。
「………それで……結局のところ、どうするんだ……?」
本日3回目くらいの台詞だ。しかも今までと違い、痛いところを突いてくる。俺も今ちょうど考えていたところなのに。
「うるせえな!!どこまで受け身なんだよ!!ちょっとくらい自分で考えたらどうだよ、オッサン!!!!」
少々、声を張り上げてしまった。
「失礼な、まだ21だぞ」
衝撃のカミングアウトが来た。俺の目測では20代後半から30代前半と踏んでいたティーチは、まさかの本人情報21歳らしい。どんな成長の仕方をすれば、こんな年季の入った21歳が作れるのかと内心驚いたが、その驚きを噛み殺すようにして開けかかった口を閉じた。
「すまない。しかし、具体的な目標が欲しい。何でもいい、どれだけ小さなことでも、積み重ね、それに向かって走り続けていけば、その"理由"に辿り着けるような、そんな小さくとも、芯のある目標が今の俺たちには必要だと思うんだ」
ティーチは自信なさげに呟いた。
「…………んなもん、決まってんだろ」
「このタカオカの元締め、クソったれの国王の顔面にグーパンをキメる。そしてボコす。そして、なぜダイモン人を迫害するのか、吐かせる」
ティーチは驚いたような顔をするも、最初会ったときから、ずっとこんな調子のヤツだったなと言わんばかりにため息をついた。
「……そういえば、アンタはダイモンに帰らなくていいのか」
ティーチは少し黙った後、答えた。
「………俺はもともと傭兵だった。タカオカでのある作戦のとき、俺たちの部隊はタカオカ人に見つかって、俺以外の隊員は全員殺された」
「アイツらには"忠誠心"があった。ダイモンを、故郷を尊び、愛する心があった。だから反抗的と見なされ殺された。俺にはそれがなかった。いや、なかったワケじゃない。俺だって生まれ育ったダイモンを今でも愛しているし、帰りたいと思っている。でも怖かったんだ」
「結果として皮肉にも俺だけが生き残った。そしてあの商館に売り払われた。こんな話、恥ずかしくてダイモンに帰れないし、俺なんかが帰る資格もない。今の俺には"帰るべき場所"がない」
ティーチの拳が強く握られた。
「でも、その……アンタが言ってた"理由"を探す旅の中で、俺の"帰るべき場所"が見つかる気がする……だから、俺もアンタについていこうと思う」
少し暖かい風が、俺たちの間を通った気がした。
「そか」
「それじゃあ、お前も俺と一緒に国王にグーパンだからな」
俺は笑った。ティーチも半分呆れたようで、半分照れたように笑った。
◆◆◆◆
「そういや、アンタらの部隊は何をしにタカオカに来てたんだ?」
「ああ、とある調査だ」
ティーチは前方に広がる海の方に指をさす。
「ここから、ちょうど西へ130kmほど先へ行ったところに、『トイデ地区』というところがある。そして、そこの町外れの山麓に、とある"古城"がある」
「そこには、人呼んで"吸血鬼"と言われる伯爵が住んでいる」
「吸血鬼って……あの!?ドラキュラ!?」
「そうだ。そして、そこに住む伯爵は毎月決まった日に人間を要求してくるんだ。それも、幼い子供や処女、ときには赤子と注文をつけてな。まあ考えずとも食事のためだろう」
「そこで、トイデ地区、ひいてはタカオカの政府も困るわけだ。何もせず放っておけば、自分たちの街の人々が喰われかねないからな。だから、政府は伯爵との約束通り、毎月生け贄を食糧として古城に捧げている」
「もしかして………」
嫌な予感が脳裏に走る。
「そうだ。その生け贄のほとんどは、あの商館等で買われた、我々"ダイモン人"だ。恐らく、殺された俺の仲間たちも、あの古城でケーキやワインになって、吸血鬼のディナーに成り果てちまったんだろう………」
最悪なことに、予感は見事的中した。
「まあ、俺たちダイモンの傭兵としては、見過ごすわけには行かなかったからな。それで調査してたってな顛末だ」
怒りが沸々とこみ上げる。
「タカオカ政府は、なんでそんな危険な分子を見てみぬフリどころか、そっちの要求に従ってんだよ!?国で総力を上げて潰せよ!!タカオカ無能か!?無能かよ!?ゴミだなおい!!」
「いや、タカオカも潰せるならとっくに潰してる。でも今、そうなってないってことは、色々やろうとして、でもことごとく失敗したんだろう。そして、これ以上犠牲を出すまいとして、今の形に落ち着いているんだ。それだけ、吸血鬼の力は強力なんだよ」
ティーチは俺を諭すようにそうは言うが、俺はコイツの言うようには思えなかった。
「………だってよ、吸血鬼ってあれだろ。弱点の日光を浴びたら塵とかになって死ぬやつだろ。そんなもん、日中にその古城に火でもつけて燃やしきって日のもとに立たせれば倒せるだろ。吸血鬼っていう種族とともに弱点も判明している分、対策のしようなんて山ほどあると思うが」
「いや、それは無理だ」
ティーチが食い気味に否定した。
「なぜなら、トイデは街全体が常に夜に包まれているからだ」
何を言っているんだ、コイツは。
「どういうことだよ」
「そのままだ。トイデ地区は朝や夕の境界もない、永遠の夜に囚われている。トイデの街はもう一度たりとも陽の光を浴びることはない。永久の夜だ。それは伯爵の能力なのか、はたまた古城に強力な術師がいるのかは定かではない。しかし、どちらにしろ、そこには街全体くらいなら軽々と包み込んでしまうほどの強大な"チカラ"がある、ということだけは明白な事実だ」
想定外の話のスケールに、思わず唾を飲み込む。
「まあ、さしずめ、『夜の街 トイデ』と言ったところか」
「(…………なんか、ちょっとエロくね?)」
ティーチは話終わると、はっと先刻話していたことのことを思い出したのか、少し表情が暗くなって俯いた。
「トイデは、確かこっちの方だったな。距離は………何kmだっけ、忘れた…けどまあいいや」
俺はティーチに背を向け、先ほど教えてもらった通りの"トイデ"の方向へ指をさした。ティーチはそれを見てまたはっと驚いたように顔を上げる。
「………まさか、その古城に行くつもりか…?」
「ああ。生け贄を出せと言われて、関係ないダイモン人を引っ張ってくるタカオカも胸糞悪いが、その吸血鬼も自己中で胸糞悪りい。国王潰す前に、まずはその古城を潰す…ッ!」
ティーチはやめとけと、言ったつもりだったが、その声は自分の頭に響いただけで、口からは出なかった。それは、今までのシークとのやり取りで、そんなことで止まる男ではないことを実感していたからということに気づいた。その代わりに今までで最も深いため息をついた。
「……はあ、今俺たちがいるこのナカダ地区からトイデ地区までは、港から海路を経由して行くのが最も手っ取り早いが…………本当に行くのか?」
「ああ、行く」
シークの急かすような足音と、ティーチの少し後悔めいた重々しい足音が朝に響く。
二人は「夜の街 トイデ」を目指し、港へ向かった。
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「至急、住民から通報が入りました!奴隷商館にて、館長と一般客の二名が負傷!またダイモン人奴隷二人が脱走!現在の行方は不明とのことです!」
「フッ、畜生にも満たない野菜<ダイモン人>ども……ついに我々高潔なる神の落とし子<タカオカ人>に手を出し始めたか………放ってはおけない、一刻も早く見つけだして始末<クリーク>せねば………」
「はい!しかし、事件があってから通報まで時間も経過しております!ダイモン人たちはおそらくもう近くにはいないし、今にでも遠くに逃げるつもりでしょう!我々、ナカダ地区自警団の誇りにかけて、ダイモン人をとっ捕まえたいところですが、他の地区に逃げなどされたら、連携も難しくなります!いかがしましょう!」
「ッン………そうだな。そういえば……あそこの商館の近くには港<ハーバー>があったな…………野菜<ダイモン人>からすれば、逃げるとすれば最良の一手<ヘヴンズ・セレクト>だ……直ちにそこへ向かう……!!待っていろよ……人ならざる者共<ダイモン>……!!行くぞ……ッ!!」
「はいッ!」