檻の中の攻防
「アンタ、改めて聞くけど、本当にここから出たいと思わないのか?」
職業について話していたときの少なからず勢いのあったティーチとは打って代わり、終始無言で、石の壁を見つめるばかりになったティーチにシークがそう尋ねる。
「出ても無駄だし、その説明はもうした。罠仕掛けるたってどうするんだよ、どうしようもないだろ。俺たちダイモン人はこうして大人しくタカオカ人に利用されて人生を終えるくらいがちょうどいいんだよ。はは」
ちょうどよくないだろ。全く、どこまで行ってもコイツはその図体に似合わず小心者だ。
これほどの恵体ならば、自然と筋肉とともに自信もセットで付いてくるだろうに、その自信はどこへ流れていくのかと逆に問いたい。
「そもそも、ここから出ようたって無理な話だ。館長がいなくとも、俺たちは常に両手両足は鎖に繋がれている、にも関わらずさらに館長の射程に入っていれば能力で押さえつけられる。俺たちがつけ入る隙はない」
「それに抵抗しようとすれば、さっきみたいにまた壁に打ちつけられるぞ。それが嫌ならジッとしているべきだ」
ティーチは至って冷静に話した。
「……いいや、"隙"はあるはずだ。必ず」
牢に繋がる扉が重々しい音を立てて開いた。
そこには、あのクソ奴隷商人ともう一人。見知らぬ大柄な男が堂々とした足取りで入ってきた。
「さぁさ、こちらへどうぞ。二体とも捕まえてからまだ日の経ってない、ダイモンの新鮮な男の奴隷です」
館長は恭しくその男に話す。俺たちへの態度とは全く大違いだ。また、その相手が俺たち奴隷を買いにきたこの商館の"客"であろうことも、二人のやり取りから容易に分かった。
「ふゥ〜ん…なるほどねェ……」
男は下顎を指で撫でながら、迫力のある剣幕でシークたちを睨みつけている。
「今度はさァ、城前に流れる川の上に橋を造れって話でよ。規模もかッなりデカくてよ、国王からの勅命だからカネはあんだけどさ、ヒトがまた全ッ然足りねェんだわ」
どうやら、この男は建設作業の人員補給のためにこの商館へやってきたらしい。
「奴隷一体につき、銀貨六十枚。抵抗したり、脱走したり、死んでしまっても、当館は売買成立後の責任はいっさい取りかねますのでご注意を」
館長は丁寧な言葉遣いで説明する。
「分かってら、分かってら」
「そういえば、前買ったヤツさァー……マジ不良品だった。ずっと働かせてたら一週間しないうちに動かなくなっちまったからよォ。土葬するのも面倒だから適当なところに捨ててきたんだけど……今回は生きのいいのを頼むよ、いやホント!」
そう言って男はゲラゲラ笑った後、手持ちのワインボトルを開けて豪快に飲み出した。
話からするに、俺たちの前にもこの男に買われた人がいたのだろう。そして死んだ。
人を人として見ず、まるでモノ同然に扱い、使えなくなれば捨て、新しく調達する。コイツらは本当に人間なのだろうか。人間たりうる良心があるならば、こんな残忍な行動はできないはずだ。人間でない、本当の"モノ"なのはココロの欠落したコイツらの方なのではないか。
怒りがシークに沸々とこみ上げる。
「こっちのヤツはなァ〜……結構いい身体つきをしているな。力も本職の俺ら以上にありそうだし、コイツならすぐ動かなくなるってことにはならなさそうだな」
男はティーチの方を品定めするように、まじまじと見つめながら言った。
「でもなァ…コイツ、すげェ筋肉があるのがなァ〜、本気で抵抗されたらこっちが危ねェって気がする。確かに誰よりも使えそうだけど、反逆されたときのこと考えたらブルっちまうよ」
ティーチはずっと黙ったままで、俯いている。
男はティーチからシークの方へ視線を変えた。
「こっちはこっちで、若いけど弱そうだしよォ。まあ三日で使えなくなるなこりゃ。コイツらはダメだな。他のヤツを当たるか……」
男がこの場を離れようとしたそのときーー。
「お゛願゛い゛し゛ま゛す゛ぅ゛ぅ゛!!!な゛ん゛で゛も゛す゛る゛の゛で゛こ゛こ゛か゛ら゛出゛し゛て゛く゛だ゛さ゛ぃ゛ぃ゛!!!」
「僕゛を゛買゛っ゛て゛く゛だ゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
シークは全身全霊で懇願した。
手と足を繋ぐ鎖をガジャガジャと鳴らしながら、身体をこれでもかと前に出し、もうここから去らんとするその男に檻の内側から必死にその誠意を伝えようとした。
「バカ野郎!お前、アイツの話を聞いてなかったのか!?あんなヤツに買いとられたら、百パーセント生きて帰れない!!」
ティーチが小声で諭すように言った。
「ゴルァ!!お客様の前では静かにしとれッ!!この所詮、ダイモンの肉人形風情がァ!!!!」
瞬間、口を慎めと言わんばかりの館長の能力で、シークは思いきり壁に叩きつけられた。
「グォへァッ!!!」
「まあまあ、館長。そう商売道具を乱暴に扱ってくださるな。俺はァ、結構コイツを気にィ入った……よし、コイツを買おう。お前、『なんでもする』って言ったな?その言葉、覚えとけよォ〜〜。猛烈に楽しみになってきたッ!!!」
男は興奮すると、ワインボトルをまた飲み出した。
「ははっ、左様ですか。でしたら、まず一体ご購入ということで。他の奴隷も見ていかれます?」
「……いや、今日ァ…とりあえずコイツだけでいいや。昼から飲んでたせいで酒も回ってきたからよォ。早く帰って寝てェんだ」
「そうですか。それでは、奴隷の受け渡しの準備を進めますので、少々お待ちを」
館長は腰に提げた鍵の束から、一つ取り出し、シークたちの檻にかかっている施錠に鍵を差し、檻戸を開けた。そして中に入ってくるなり、シークの手足に掛けられた鎖は鍵で外された。
もちろん、抵抗はできない。館長の能力は射程距離10メートル、そして今はもはやゼロ距離である。その能力に押さえつけられれば、指先一つも自由に動かせないのだから、なされるがままだ。
「それでは、銀貨六十枚になります。規約等は先に話した通りです」
「よし、それじゃまた来るァ……」
男はそう言い、銀貨の入った巾着袋を差し出し、館長はそれを受け取った。
「ゥオラァ!!!!!!」バゴォン!
瞬間、シークの迫真の右ストレートが男の顔面にぶち込まれた。
「グォォオオ!!!??」
男は突然のことに、顔を押さえ、よろめいた。
「なにっ!?なんでお前動けるんだ!?測らずとも館長はすぐそこにいるだろ!お前はどう考えても射程内のはず……っ!!証拠に今の俺は自由に身体も動かせない!何が起こった!?」
ティーチも状況を飲み込めず、混乱している。
「館長はよォ〜、半径10メートル以内、自身の支配下にある奴隷を自由自在に操ることができるって能力だが、この場において、すでに"売買"は成立済みッ!!」
「つまり、銀貨のやり取りが完了した時点で、俺の所有権は"館長"ではなく、この"男"に移った!!今の俺は奴隷であっても、お前の支配下にはない。能力干渉の射程範囲外なんだよッ!!!」
シークは唖然とし立ち尽くす館長に言い放った。