天井裏の戦い
ダウンの指示で彼と離れたティーチは、逃げた男を追い、ついにコテージの天井裏へと辿り着いた。右手に戦斧、左手にランタンを提げ、一切の灯りのない闇の中を進んでいく。
「来てくれて嬉しいぜェ!!せっかくあの女を殺してバイオレンスな気分になってたのに、あのままアンタらが毒ガスでヤられてたら、バイオレンスさが足りねェと思ってたとこよォ!!」
男がランタンを灯す。それに伴い男の姿が浮かび上がる。背丈はティーチほどではないが、一般に見るとかなり大柄で筋肉質なシルエットだ。
ティーチは無言で口元のマスクを整えた。
「少しは返事とかしようや、つまんねェ…………ま、仕方ねェか。そっちはちょっとでもここの空気吸ったらアウトだからなーーー」
男が喋り終わる前にティーチは左手のランタンを捨て、斧を両手で握りしめ男のもとへ走り出した。
「(衣服の自然な流れを見るに、武器の携帯が無いことは確定だ。加えて片手に持っているのはランタンのみ。よって俺が警戒すべきは依然として漂っている毒ガスとコイツの職業だけ……!それを発動させる前に叩き込むッッ!)」
「おいおい、ソッコーかよ!!でもいいねェ、バイオレンスな雰囲気になってきたぜェ!!」
男はそう言うと、どこから取り出したのか十本ほどのナイフを手に取り、迫り来るティーチに向かってそれらを勢いよく投げた。
「なにッ!!?」
ティーチは急いで脚にブレーキをかけ、動揺しながらも飛んでくるナイフを斧で弾いていく。しかし防ぎきれなかったナイフが二本。それらはそれぞれティーチの肩と脚に刺さった。
「ぬぅッッ……!!」グラッ
「(武器の携帯はないと油断していた!!しかし、これほどのナイフをどこから……?確実に先の時点では一本すらも隠し持っていなかったはず…………なら、そのときまでは"存在していなかった"のか……?それじゃまるで………)」
「まさか、俺と同じ『兵法者』か……ッ!?」
ティーチは突き刺さったナイフを引き抜きながら、体勢を立て直した。傷口から床にポタポタと血が滴り落ちる。
「違うなァ、一緒にされてもらっちゃ困るのよ。アンタの三流職業と俺の『錬金術師』をよォ〜〜〜。アンタの能力は武器を"取り出す"イメージだが、俺の『錬金術師』は無から金属を"生成"できるッ!さっきの"純金のナイフ"もこの能力で瞬時に生成したのよッッ!!」
「どっちの能力がよりバイオレンスかは、火を見るより明らかだよなァ!!そして生成、"純銀の剣"ッッ!!」
男は手元に剣を生成すると、ティーチの方へと思い切り振りかぶった。ティーチもそれに対応するように大剣を召喚し、その一撃を受け止める。
ガキイィィン!!
金属と金属の大きくぶつかり合う音が鳴り響いた。二つの剣先がじりじりと音を立てながら拮抗している。剣を介して対峙する二人の男を夜の闇は包み込む。
「(この男………力はそこそこあるが俺には遠く及ばない。単純な力比べを続ければまず負けることはない……となれば、このまま突っ切るのみ!!)」
ティーチはさらに踏み込んだ。
「(こ、コイツ……強ェえ!!!なんてパワーしてんだ、マジで!!……でも心配することは無ェ、こっちにも奥の手があんのよッッ!!)」
バラバラと何かが崩れ落ちる。ティーチはすぐさまその正体が、自分の握っている大剣だと気づいた。男の剣と競り合っている部分にヒビが入り、そこからボロボロと素材が溢れているのだ。
「なにッ!?俺の大剣よりもコイツの純銀の剣の硬度の方が高いのか!?……いや、そんなはずはない…ッ!!」ガキイインッ
剣と剣は弾かれ合い、二人の間に距離が生じた。その隙にティーチは手元の大剣の様子を確認する。それはひどく錆びついていて、まるで大昔の古墳から掘り起こされたかのような様相だった。
「まさか、"腐食"されたのかッ!!コイツの能力はただ金属を生成するだけと思い込んでいたが、加えて金属を自由に操作できるのか!!」
「その通り、バイオレンスだろォ?そして、くたばりやがれッ!!」
男は純銀の剣を再度振り下ろす。
「俺の『兵法者』、腐食されても際限なく武器を召喚できるだけのポテンシャルはある。しかし、いちいち交換していては俺も面倒だーー」
ドゴォッッ
「ぶふぉおッッ!????」
ティーチの拳が男のみぞおちに勢いよくぶち込まれた。それを喰らって男は天井裏の隅へぶっ飛んで行く。
「(い、痛ェッ!!速い、速すぎるッ!!一切の予備動作も、何も見えなかったッ!!危ねェ、刹那の一瞬、俺の防衛本能が働いて腹回りを金属で硬化していたからよかったッ!!あんなのまともに受けていたら………ッッ!!)」
しかし、男の硬化された腹筋の、先の衝撃で入ったヒビからはパラパラと金属が落ちてくる。
ティーチは落ち着いた足取りで男の方へ歩み寄る。
「その能力、そういうふうにも使えるのか。よかったな。その腹、金属化されていなかったら今頃ぽっかり穴が空いていただろう」
「テメェ……舐めやがってッ!!生成ッッ!!」
男は立ち上がると手元に再度、純銀の剣を生成した。それを見てティーチは思い切り男の元へと踏み込んだ。そして、渾身の右フックが男へ迫る。
「(素手でもコイツのをもう一発喰らえば、たとえ身体を硬化していてでも俺はやられるだろう……しかし、今の一発でコイツの素手のリーチは掴んだッ!!今放たれている攻撃は先とは違い、かなり大振りッ!!コイツはすでにこちらへ踏み込み切っている以上、俺はこの距離ならばギリギリ躱せるッ!!そして、コイツの大振りを避けた後に反撃をぶち込めば勝算はこちらにあるッッ!!!)」
男の見立て通り、ティーチの右フックが到達する前に、男はすんでで攻撃の当たらないところまで身体を反らせられた。
「(やったッ!!これでコイツの拳の射程圏外ッ!!その勢いでは、すでに振り下ろされた拳をお前は止めることはできないッ!さあ、盛大に空振りやがれッ!!俺の勝ちだ!!)」
ティーチは今男の方へ振り下ろされんとしている拳の手を開けると、思い切り叫んだ。
「『兵法者』ッ!!」
ティーチは兵法者で武器を手の中へ召喚すると、そのままの勢いで男の方へ振りかぶった。
「コイツ、武器を瞬間的に取り出すことで足りない分のリーチを補ったッ!!?マズいッ、もう俺に躱せる隙はないッ!!こうなれば接触の瞬間に全身全霊でコイツの武器を腐食させるしか……ッッ!!!は………ッ!?!?!?」
刹那の一瞬、男が目撃したものは首元へ迫り来る、ティーチの召喚した"木刀"であった。
「非金属じゃねェかよォオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」
ドゴォオオオオン!!!!
男はティーチの渾身の木刀を受けるや否や、コテージの屋根を突き破り、中庭の方までぶっ飛んだ。ティーチはその様子を空いた穴から確認すると、そこには偶然にもダウンと、黒焦げになっているもう一人の男の姿があった。
「ティーチ!★」
「ダウン、無事だったのか」
こうして、ティーチとダウンはめでたく合流した。




