炭鉱夫の男vsダウン
相対する信仰派の男二人とティーチとダウン。コテージの書斎にはしばし沈黙が流れるが、それを破るように信仰派の男の一人が書斎から走り出た。
「ティーチ!君は逃げた男の方を追ってくれ。もう一人の方は俺が相手する…ッ★」
ティーチは頷くと、男の後を追うようにして斧を手に下げながら書斎から出ていき、最終的に書斎に残されたのはダウンともう一人の信仰派の男となった。
「この毒ガスはお前の能力か?…★」
「そうだとも。私の職業、『炭鉱夫』さ。まあ安心してれたまえ、下にいるヤツらと同様に君の意識もすぐに飛ぶのだからな」
「それはお前のほうだなッッ★」
ダウンは男へ思い切り拳を振りかぶった。
毒ガスとは言えど、それは所詮初見殺しにすぎない。現に出来合いのマスクでなんとか動けるくらいまでは毒ガスを軽減できている。
「(しかし、このマスクがいつまで持つかは分からない以上、地下で倒れているクラインやシークのことも考えると、早急にコイツとは決着をつけるべきッッ!★)」
ダウンが殴りかかる瞬間、男は懐からツルハシを取り出した。ダウンはそれをすぐさま察知し、出しかけた手を引き、身体を思い切りのけ反る。男が一薙ぎしたツルハシは、ダウンの顔をかすめ、口元のマスクを引き裂いた。
「……ッぶねェ!!武器持ちかッッ!?★」
はっと口元を手で押さえる。呼吸をしてしまえば、自分もクラインたちのように気絶してしまうからだ。
「おやおや、いつまでそうして息を止めているつもりかな?」
「………ッ!!オラァッ!!★」
負けじと男へ蹴りかかる。しかし、動きを読まれていたのか男はそれを楽に躱してみせた。
「ふふふ、ひと呼吸も許されない極限状態で動きも鈍って来ているようだね?ほら、素直に大きく息を吸って楽になりたまえよッ!」
しかし、飛び蹴りは男から外れて後方の窓に直撃し、ダウンは勢いのままガラス片と共に外へ飛び出た。パラパラと散る窓ガラスの中、ダウンは大きく息を吸いながら立ち上がる。
「もともと狙ってたのはお前じゃなくて窓の方だ。お前の能力は強力だが、それは密閉された屋内という条件のもとのみ。こうして開け放しの屋外ではお前の能力は無力、ゴミ同然よッ!!★」
ダウンが手招きするようなジェスチャーで挑発すると、男は窓から身を乗り出し、ダウンの後を追うようにコテージの中庭へと降り立った。
場には再び、静寂が流れた。冷たい夜の風が対峙する二人を包み込む。形勢は覆り、ペースはダウンのものとなったと思われた。しかし、ダウンの中に男に対する正体不明の恐怖と不安が依然、渦巻いていた。
パチンッ
男が指を鳴らした。その音が夜の街に響き渡ると、ダウンは本能的にその危険性をすぐさま直感で理解し、身構えた。
ドゴオオンッッ!!
ダウンの上空0.5mほどで、決して小規模とはいえないほどの爆発が起こった。直前で屈み込んだため直撃はしなかったが、威力は十分なものでダウンの左肩は赤黒く焼かれた。
「うああああッッ!!!!」
パチンッ
男が再度指を鳴らす。ダウンもそれを聞いて、左肩を押さえながらも地面へ転がり込む。その軌跡を追うように爆発は起こり、夜の街を一瞬、その明るさで包み込むのだった。
「何が……起きてんだッ!!?」
「ふふふ、私の職業、『炭鉱夫』のチカラだ。すでに君の周りには炭塵が撒かれている。そして空中に漂っている炭塵に私が任意のタイミングで"引火"させることによって爆発を起こしているのだよ」
男の能力は毒ガスだけではなかった。しかも、屋内のときよりも攻撃的でタチが悪い。まるで見えない爆弾を投げ込まれているようなものだからだ。
「(外に出たのは逆にマズかったか…ッッ!!)」
「私の能力に"弱点はない"ッ!屋内では毒ガスが…屋外では炭塵爆発が君を襲うッ!!さあ、逃げ回らず素直に爆ぜろッッ!!」
「弱点はない…?いいや、嘘だねッ!★」
ダウンは一直線に男の元へ走り駆けた。
「至近距離なら、お前は引火することができないッ!!理由は単純、自分も爆発の巻き添えを喰らってしまうからなッ!!そして、味わえッ!!俺の職業、『航海士』の妙味をッッ!!」
ダウンは男へ飛びかかる。その様子はまさしく海岸へ打ちつける波のごとき、荒々しさと大胆さ。呆気にとられた男はツルハシを振りかぶろうとするも、ダウンに蹴飛ばされ、その猛攻を身体で受ける。
「うおおおおッッ!!なんという、猛撃ッ!!一挙手一投足が私にダメージを与える、一部の無駄もない攻撃展開ッ!!一切の反撃を許さない動きの"流れ"ッッ!!」
「数多の荒巻く海の"流れ"を制してきた、俺の『航海士』、この世のあらゆる"流れ"はすべて俺の支配下にあるッッ!!喰らえ、一瞬の隙をも与えない俺の体捌きの"流れ"をッッ!!★」
ダウンの殴打ラッシュは男に着実にダメージを与えていき、ついに放たれたアッパーによって、男の守備の姿勢は崩れた。そして今、ガラ空きになった男のボディめがけてダウンの渾身のブローが放たれようとしていた。
「(マズいッ!このまま腹に一撃を喰らってしまえば、私は恐らく気絶するッ!!)」
「喰らいやがれッ!!★」
ダウンは思い切り殴りかかった。
パチンッ
男が指を鳴らす。その音を聞いて、ダウンは殴りかかっていた手を引き戻し、胸の前でクロスさせ防御した。
「(嘘だろッ!?この至近距離で、まさか"引火"するのかッッ!!?自分自身だって、タダじゃ済まねえってのにッ!!まさか、刺し違えるつもりかッ!?)」
「………いや違う、今の指鳴らしは爆破の予備動作ではなく、俺の思考をかき乱すための"ブラフ"ッッ!!マズい、"一手"遅れたッッ!!!」
ダウンは指鳴らしの正体に気づいたものの時すでに遅く、そこに生じていた明らかな隙を男は見逃さず、そのまま思い切り蹴り飛ばされた。
「うぐああッッ!!!」ザザザッ
幸い防御していたもので蹴りによるダメージは大したものではなかったが、ダウンにとってはそれよりも今の蹴りによって生じた、男との"距離"の方が脅威であった。
「……はあ、はあ。ふふ、ふふふ。ようやくお前と"距離"をとることができた……私の勝ちだ。お前の周りにはすでに大量の炭塵が舞っている。先ほどまでの爆発とは比べものにならない火力、回避するのは不可能ッ!!私の完全勝利ッッ!!」
「………」
ダウンは呆然と立ち尽くしている。
「今度の指鳴らしは偽物ではないぞ……ふふふ、爆ぜろッッ、革命派のド三流がッ!!!"引火"ァッ!!!」
パチンッ
男の指鳴らしが周囲に響く。瞬間、トイデ全体を包んでしまいそうなほどのけたたましい爆発音が鳴った。
「うわああああああああッッ!!!!!」
しかし、その爆発を受けたのはダウンではなく、その男張本人であった。
「俺の周りに舞っていた炭塵は、すでに俺が操作した空気の"流れ"によって、お前のもとまで送り届けられていたのよッ★」
「俺の勝利はすでに決まってたわけだ。そして、あの世で永遠に後悔しろ。セーラさんを殺したお前の罪を背負ってな」




