メメント・モリ
俺達は今、このクラインと名乗る革命派の男に街を案内されている。というのも先程革命派の紹介が終わった後に出身地を聞かれ、少し考えた後に『ナカダから来たばかりだ』と伝えると、『おお、それなら僕がこの街を案内しよう!』と言ってきたからだ。今はダウンとセーラをコテージに置いて、3人で街を歩いている。
「―――に使われている施設なんだ」
先程から指を差しながら丁寧にクラインが解説してくれている。考え事をしていてあまり聞いてはいなかったが。
「分かったかい?シーク」
「え、ああ、よく分かったぜ」
「それは良かった」
「そう言えば、伯爵の住んでいる古城とやらはどこにあるんだ?」
動揺を隠す為、つい話を逸らしてしまう。
「古城か、それなら」
指を差して続ける。
「トイデの西端にある。丁度あの方角だ。あの方角に憎き吸血鬼が住んでいる。我々は一刻も早く古城に向かい、奴を殺し、トイデを永遠の夜から解放せねばならない」
そう話すクラインの目は“覚悟”が決まった男の眼だった。
「奴を倒す算段はあるのか」
「ああ、あるさ。それはこの―――」
クラインが何か言いかけたその時。
ドン! という音がした。見知らぬ口元に布を巻いた少年がティーチにぶつかってきたのだ。ティーチの方に目をやると、やはりと言うべきか、こいつは平気な顔をしていた。一方の少年はというとティーチの足元に転がっている。
「大丈夫か?」
ティーチが優しく声をかけるも少年は足早に去っていった。
「何だったんだあいつ……」
ティーチの方に視線を戻すと何やら慌てている様子だった。
「無い! 無い!」
「急にどうした? そんなに慌てて一体何が無いって言うんだ?」
「金貨の入った巾着が無い!」
「何だって!?」
3人で辺りに巾着が落ちていないか見回す。すると一つの事に気付いた。
「あの少年だよ! あの少年、何かを抱えながら走っているぞ!」
「何!」
そう言ってティーチは振り返り、目を細めて少年を観察する。
「俺の巾着だ! あの少年が持っているのは俺の巾着だ!」
「今すぐあいつを追いかけるぞ!」
俺の声と共に男3人、夜の街に駆けて行った。
少年は道を左に曲がり路地裏に入る。俺達もそれを追いかけて左に曲がる。
「少年! 諦めて金を返せ!」
路地裏に入ると同時に少年へ勧告した、はずだった。どういうわけか少年はそこにいなかった。
「どこだ?あいつは確かにここに逃げたはず……」
「上にいるぞ! あの少年!」
クラインの言う通りに見上げてみると、3階建ての建物の屋根の上で走っている少年が見えた。
「あんな所に……あの少年只者じゃないぞ……」
傭兵をやっていたというティーチでもこの驚きようだ。俺とクラインはというと、驚きすぎて声が出なかった。
「驚いている場合じゃねぇ! あの少年を追いかけるぞ!」
「追いかけるったって、俺の体重で建物の上を歩いたら建物にが傷付いてしまうぞ」
「まじかよ……」
こいつ、デカいなとは思ってはいたがそれ程とは。だが、一つの名案を思いついた。
「ティーチ! 俺をあの屋根の上めがけて投げろ!」
「はぁ?いくらティーチさんの力が強くてもそんな事できる訳無いだろう」
クラインが何を言っているんだコイツは、という顔でこちらを見ながら言う。
「あの屋根の上に乗せる感じで良いんだな?」
驚いた顔でクラインがティーチの方に振り返る
「ああ、宜しく頼むぜ」
ティーチはひょいと頭の上まで俺を持ち上げる。今の俺は例えるなら赤ん坊の高い高いされている状態だ。
「よいしょ、っと」
彼はそう言いながら振りかぶって俺を投げた。彼の投擲能力は素晴らしく、そのおかげで屋根の上に難なく着地することが出来た。
「っと」
足場の安全に配慮しながら少年を視界に収める。少年の真上には十六夜が輝いていた。夜の象徴とも言うべき黄金の輝きを前に思わず見惚れていた。
「綺麗だ……」
「ぐへぇ!」
見惚れているのも束の間、今度はクラインが屋根の上にやってきた。投げる方が悪いのか、投げられる方が悪いのか、腹から着地していたが。
「何をボサッとしているんだ! 早くあの少年を追いかけるぞ!」
恥ずかしさを覆い隠す為か、彼はそう急かす。
笑っては悪いと思い、必死に笑いを堪えながら彼に同調した。
「ああ、そうだな」
「何だその顔は! シーク、君は着地に失敗した僕の事を馬鹿にしているんだろう!」
中途半端に笑いを堪らえた結果、ニヤケ顔になっていたらしく、恥ずかしさでいっぱいのクラインに問い詰められてしまった。
「悪い悪い」
「まったく……行くぞ!」
ティーチを下に残して二人で屋根の上を駆ける。既に少年との間にはかなりの距離ができていた。
「やべぇな……だいぶ離されてるってのに、一向に距離が縮まんねぇ」
「何か策はあるのか? シーク」
「今考え中だ」
罠でどうにかしようにもあれは俺の近くにしか生成出来ない為、少年を追いかけている今は無用の長物と化している。
「そっちは何かあるか?」
「…………」
クラインは黙りこくってしまった。しかし、目が死んでいない。数秒の沈黙の後、彼は答えた。
「策、―――策ならないこともない」
「何だその策ってのは?」
彼は右ポケットからそのへんの道に落ちてそうな至って普通の石を取り出して俺に見せる。
「これをっ、投げるッ!」
彼は屋根の上を駆ける足を止め、思い切り石を少年へ投げつけた。
「!」
俺が驚いたのはこの謎の行動の為ばかりではない。彼は石を少年に向かって投げつけた直後に、彼に合わせて足を止めた俺の腕を掴んできたのだ。
「一体何をしようってんだ!?」
「まぁ、見てなって」
次の瞬間、驚くべき事が起こった。俺達と少年の距離が著しく縮まったのだ。
「少年が、近付いて来た……?」
何が起こったのか分からず戸惑っていると、俺とその腕を掴むクラインの間に石が『ビュン!』と高速で通過してきた。
「あれは……石……?」
「ああ、そうだ。もう一度やるぞ!」
何が起こっているのか分からないまま、また何かが起こり、それが繰り返されていった。どんどん少年との距離は縮まっていった。
距離が縮まりきり、少年も諦めたのか足を止めて振り返る。
一方のクラインは後ろから迫る謎の石を華麗にキャッチしてみせた。
「どういう事だ、一体何が起こってるんだ?全く分かりやしねぇ」
少年も何が起こっているのか分からず、困惑している様子だった。当然だろう。完全に引き離したと思っていたのに気付いたら追いつかれていたのだから。
「簡単な話だよ」
その言葉が俺の耳に入ったと同時に彼は石を少年の頭上数メートルを通る軌道で投げ上げた。俺と少年はその石に釘付けになって目が離せなかった。
その石が少年の後ろへ回り、屋根の上に落ちていくその時、驚くべき事が起こった。俺の横にいた筈のクラインが少年の後ろへ突如現れたのだ。
「まだ何が起こったのか分からない様子だね。それなら、僕のいた場所を見てみるといい」
そこには何の変哲もないただの石ころがあった。
「! もしかして、この石は!」
「ああ、さっき僕が投げた石だ」
「”入れ替わって”いるのか!」
真実に辿り着いた喜びを隠せない。そんな俺を置いてこの男は一人淡々と説明を続けた。
「強者は弱者へ、弱者は強者へと入れ替わる。この身は万物へと。それが僕の『職業』、『革命家』だ」
クラインが少年に手招きをして続ける。
「さぁ、巾着を返して貰おうか」
少年は巾着を抱えたまま向かって右の方へ逃げ出した。が、俺の足が先回りして行く手を阻む。少年は咄嗟に左に曲がり来た道を戻ろうとする。
「おっと、そうは問屋が卸さねぇ」
少年は急に空いた穴に入り、屋根裏へと落ちていった。
「確保完了だな」
クラインの方を見ると、驚きと困惑を足して2で割った様な顔をしている。
「君のそれ、落とし穴を作る『職業』なのか?」
「ん〜〜〜まぁそんなとこだ」
「凄いな! 『職業』持ちなのか!」
「ティーチもだぞ」
「そうなのか! 君たちのお陰であの吸血鬼も倒せるかもしれないな」
子供かと錯覚する程に目を輝かせていた青年がそこにいた。
「あんま油断すんなよ、まだ少年を捕まえてないんだからよ」
「ああ!」
彼の目は今宵の空に居座る十六夜よりもずっと輝いて見えた。
「本当に分かってるのか……?」
不安になりながらもクラインと共に屋根裏へ侵入する。以外にもそこには巾着を床へ置き、両手を挙げている少年がいた。随分とあっさりとした態度に困惑しながらも質問を投げかける。
「えっと、降参って事で良いのか?」
少年はこくこくと首を縦に振る。これにて屋根上鬼ごっこは幕を閉じた。
その後、少年が金貨をくすねていないか確認した後、まだ子供だということで少年を解放した。そして俺達はティーチと合流して帰路についた。
「ティーチさんも『職業』持ちって本当ですか!?」
「ああ、本当だ。例えば……ほらっ」
彼はどこからともなく弓矢を出した。
「うわ! 凄いですね!」
さっきからずっとこんな感じだ。勘弁して欲しい。というか、よく物取りにあった直後にそんな元気でいられるな。
「クライン達、今帰ったのか★」
盛り上がっている二人に水を差すように後ろから声が聴こえてきた。喋り方で何となく分かる。この話し方は……
「ダウンか?」
俺の声と共に三人で振り返るとそこにはダウンがいた。
「当たり★」
「ダウンは何をしていたんだ?」
四人で歩きながら今度はティーチが質問する。
「買い物★」
手に持っている物を見るとコレト草と言われていた野菜があった。人気なのだろうか。そんな事を考えているとすぐにコテージに着いた。
コテージに入るなり、歓迎会をしたいとの事でセーラさんを呼んでくれとクラインに頼まれた。だから俺は例の本棚を動かして一階から彼女の名を呼んだ。しかし、何度名前を呼んでも返事が来なかった。それは丁度、山の無い平地で『ヤッホー』と叫んでも返って来ないのと同じ様に感じて、俺は地下室を見に行く事にした。
一段ずつ階段を降りながらセーラに話しかけた。
「歓迎会があるから来てくれってクラインが言って…………」
地下室に辿り着いた。目に入った惨状を前に、言葉が出なかった。『ヤッホー』を返す山は四肢がバラバラになってその周辺は血塗れになっていた。




