叫んでない夜を知らない
「赦せ、子供のやったことだ。お前らの信仰しているところの神は、十歳そこらの子供でも殴り飛ばすことを信条にしているのか?」
ティーチが間に割って入ってきた。相手の信仰派の牧師と思われる男は、二対一では分が悪いと踏んだのか、先ほどの威勢は消え失せ、顔をしかめてこちらを睨んできた。少し気に食わないところもあるが、なんとか、この場は穏便に収められそうだ。
チリーン……
ちょうど、聞き覚えのある金属音が辺りに響いた。それと同時に、落ち着いた足音がこちらへ近づいてくる。俺とティーチは顔を見合わせたあと、焦るように手に提げたランタンで、周囲を照らしながら見回した。
俺とティーチは明らかに動揺していた。それもそのはず、俺たちはその音の正体とその危険性をすでに知っていたからだ。しかし、どれだけ集中しても、その音はこちらへ近づきはしているものの、どこから鳴っているのかまったく掴めないのだ。それが分からない以上、俺たちは逃げようにも逃げられなかった。
「なにか揉め事、ですかなァ……」
振り返ると、俺たちの背後には先の司教がいた。間違いなく、みなの言う"殺人司教"だ。初めて間近で見たその威圧感に、俺は無意識に息を止めていた。あのガタイのティーチですら、その迫力に萎縮している。
「司教様、この者どもが我々の神聖なる教会に無礼を働いたようで………」
牧師が答える。司教は割れた教会の窓ガラスを見て、状況を理解したように頷いた。というか、それ壊したのは俺たちじゃねえし。
「そういうことですかァ……まあ、誰にだって間違いはありますからなァ、お互い、怪我のないだけ善いことですよ。そういう運命であったと受け入れるべきでしょう。人同士で争い合っても、何も生まれませんからなァ……」
どんな仕打ちが飛んでくるのかと待ち構えていたが、案外その通り名にそぐわず、真っ当に司教らしいことを言われて、俺もティーチも拍子抜けした。殺人司教なんて革命派は呼んで恐れていたが、それは連中に落ち度があるだけで、本来の司教は心優しい人間なのだと確信した。すっかり気が緩んで、一応謝りでもしようかと口を開けようとした瞬間、司教は続けた。
「争い、殺してもいいのは、"革命派の犬ども"だけですから……」
前言撤回。その言葉を聞くや否や、俺はまた息の詰まるような感覚に陥った。やはりこの男はその通り名の通り、殺人司教に相応しい人間であった。俺の鼓動がどんどんと早まっていく。
「そちらのお二方は、何か、信仰している宗教などはあるのですかァ………無ければ、時間のあるときに、是非とも我々の教会に入って、教典でも見ていってくださいなァ……」
緊張のあまり声が出ず、返事はできなかったが、そう言うと司教はまた金属音を鳴らしながら、どこか暗闇の中へと消えていった。牧師の男も、こちらを睨みつけた後、司教の後を追うように教会の中へと戻っていった。
しんとした静寂の中、俺とティーチだけが後に残された。二人とも、放心状態であり、俺の心臓はいまだ苦しそうに鼓動している。そういえば、昨日も司教が去った後、同じような状況に陥っていたことを思い出した。
「……………えっと、何しに来たんだっけ、俺ら………」
ティーチに尋ねるも、彼ももはや何をしに来たか覚えていないようで、俺も分からない、と首を横に振ってサインを出した。
「とりあえず………宿に戻らなっ」ガッ
首の辺りに衝撃を感じると、俺の視界は一気にぼやけ始めた。どうやら、何者かに背後を取られていたらしい。だんだんと意識が遠のいていく中、俺の頭では、あの司教の鳴らす金属音が妙にこだましていた。
「あ………ぐ……」
◆◆◆◆
目が覚めると、小屋のようなところの中に俺とティーチは寝かせられていた。ティーチの方を揺り起こすと、部屋の奥から、二人の男がこちらへ向かってきた。
「やあ、目を覚ましたか。同志たちよ!ここは我々、"革命派"のコテージだ!」
男の一人が手を広げながら話しかける。
「いやはや、先の君たちの勇姿は素晴らしいものだった!あの教会の窓を割って、襲撃しようとしていたのだろう?遠くから、一部始終を全て見ていたよ」
「割ってないけど」
「いや、隠す必要はあるまい。なぜなら、我々も君たちと同じ思想を持つ人間だからだよ!あの司教が出てきたときはどうなるかと思ったが、怯まずに司教と相対していたときは、久しく深い感動を覚えた!」
「そりゃどうも」
この男のテンションとはかけ離れた態度で返答する。周囲を見渡してみると、やはりここは男の言っていた通り、革命派の隠れ家であることは間違いなさそうだ。
実は、ティーチの話を聞いたときから、革命派の連中と一度接触してみたいと思っていたところがあった。彼らの思想は、図らずとも俺たちの目的と一致するところがある。それが今、偶然にもこのような形で叶えられたところに少し感慨を覚えている自分もいる。
「少々、手荒な真似をして済まないな★」
もう一人の方が、申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。だが、なんだろうか、なんか全然謝られた気持ちにならない。
「突然で申し訳ないが、僕たち革命派の一員になってくれないか?いや、というか君たちはそうなるべきだ!!どうだ!?」
「頼む★」
ティーチの方を見る。ティーチは何とも言えないような顔を返してみせる。思うに、俺の出方を伺っているのだろう。
「まあ別にいいけど」
俺は特に躊躇うこともなく答えた。
「うぇ!?マジ!?うぉっしゃァァッ!!!」
「やったな★」
革命派の二人は声を上げて喜んでいる。わざわざ、こんな人攫いじみたことまでして、人員不足なのだろうか。
「本当によかったのか。革命派になると言うだけで、それはあの司教たち、信仰派の連中を敵に回すことを意味するんだぞ」
「分かってる。そんなこと早いか遅いかなだけで、俺たちの目的を考えればいずれ直面する問題だ。それよりも、この絶好の機会を逃す方が俺は考えられねェぜ」
ティーチはまた面倒なことになってしまった、と言わんばかりにため息を吐いた。
「ありがとう、助かるよ!僕は一応、この革命派のリーダーをさせてもらってるクラインだ。こっちのやつはダウン」
「よろしく★」
「君たちはなんて言うんだい?」
「俺、シーク」
「ティーチ」
「シークとティーチさんか!よろしく頼むよ。今日は、コテージに三人しか集まってないけど、他にも仲間はたくさんいるから安心してくれよ!」
俺が呼び捨てで、ティーチがさん付けだったの、聞き逃してないからな。まあ、おそらくティーチの年季の入った見た目から年上だと踏んだのだろう。だが残念だったな、そいつはまだ21歳の若造だ。クラインは見た感じ二十代後半辺りに感じるから、おそらくティーチの方が年下だ。
それにしても、クラインはこのコテージに三人いるといったが、どこを見回しても三人目の姿が見当たらない。
「聞き間違いだったら済まないが、アンタさっき今日は三人いるとか言ってなかったか?どこ見ても三人目が見当たらないんだが」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
クラインとダウンは数ある内の一つの本棚を二人がかりで動かし始めた。ザッザッという音と共に本棚はずれていくが、よく見ると下の方に滑車がついているらしく、その重々しい見た目とは反して、案外すんなりと移動させられた。見ると、本棚の跡には地下へ続くであろう階段が姿を現していた。
「地下室だ。我々、革命派はいつ信仰派に襲撃されてもおかしくないからな。重要なことは全てこの地下で保管、実行している。最後の一人も今はここにいる。着いてきてくれ」
クラインはランタンを灯すと、足早に階段を降りていった。俺たちも置いていかれないように暗く長い階段を降りていくと、重厚な鉄の扉が俺たちの行く手に現れた。クラインは手持ちの鍵でそれを開けると、扉は重々しい音を立てながら開いた。そこに広がる光景とは。
「まずはコレをぶち込んでェええええ!!!!調合済みのコッチを反応させるとォおおおおお!!!!究極最強破壊神魔法の出来上がりよォおおおおおお!!!!!!私が現世の最強にして最恐にして最狂にして最凶のマッド・ウィザードよォおおおおお!!!!!!!!」
そこにはクラインと同い年くらいの女性が大釜を囲んでいた。信じたくないが、先ほどから鉄扉を貫いてまで聞こえていたあの奇声はこの人のものらしい。しかしクラインは冷静に話し始めた。
「彼女はここの魔術開発担当のセーラさんだ。あの吸血鬼を倒すため、日夜、日光のチカラを取り入れた強力な魔法を開発している。まあ、あんな感じだけど、悪い人じゃないから仲良くしてやってくれ」
「クラインンンンンン!!!!おはようねェえええええ!!!!アンタ朝早いのねェえええええ!!!!」
「もう夕方ですよ」
やばいところに入ってしまった。確信した。
「こっちの二人は新しい俺たちの仲間のシークとティーチさんです」
「二人ともよろしくねェえええええ!!!!!」
今からでも、やっぱ革命派やめときます、と言っても遅くないだろうか。俺とティーチは珍しく同じ思考に至った。




