第八話 レノvsローウェン
「……あぁ~、いい匂い……まずはご飯でも」
『まずは宿で風呂を借りて匂いを落としなさい。その後で新品の服に着替えること。金はあるわね?』
「はい! 胸当て以外の鎧を売ったので大丈夫です! 着替えが終わったらご飯……」
『無味無臭の乾パンだけ許可するわ』
「えぇ~!? せっかく久々に街へ帰ってきたのですから、ステーキとか煮魚とか……」
『ステーキや煮魚を食べてそのタレの匂いで相手に悟られたら最悪よ。我慢しなさい』
「……ふぁい」
レノは宿の風呂場で石鹸を使い体を洗う。草や土の匂いがついた服は廃棄。白い長袖の服に緑のスカート、スカートにはベルトを巻き付け、そのベルトに布袋を括り付ける。リュックは部屋に置いていき、鋼の胸当てに鋼の剣を腰に差す。この装備で宿を出る。
『いよいよ本番ね』
「緊張します……」
レノは人だかりの多い大通りに出る。
『本当にローウェンはここに現れるの?』
「養成所に行く際にこの大通りで何度かローウェン教官に会いました。ローウェン教官はほぼ間違いなくこの道を使います。ローウェン教官を見つけ次第尾行し、人通りのない場所に入ったところで鞘入りの剣で殴ります」
『イメージはちゃんとできているようね』
「仕掛ける前に一つ、セトさんに聞きたいことがあるのですが……樹海で調合したこの玉は何に使うのですか?」
いま、レノは腰に布の玉を括り付けている。それはセトの指示によって作ったモノだ。
『それは煙玉よ。地面に投げれば辺りを煙塗れにできる。もし不意打ちが失敗したらそれを使って逃げること。暗殺者たるもの、常に逃走手段は持っておくものよ』
「ぼ、僕は暗殺者じゃありません! 騎士です!」
『騎士だって常に逃げの手段は持っているものよ。いい、レノ、よく聞きなさい。“逃走を知らぬ英雄はいない”わ。どんな英雄だって一度は逃げたことがある』
「《聖天四雨》のセトさんが言うと説得力がありますね……」
『しっ! 来たわ。ローウェンよ』
ローウェンが街角から曲がってきた。
レノは現在、青いゴミ箱の中に隠れている。ゴミ箱には1センチほどの穴が空いており、そこから外を覗き見しているのだ。
ローウェンが大通りから小道に入る。養成所への近道である。
レノはゴミ箱から出てローウェンの後を追い、小道に入る。
(周囲に人はいない。距離10メートル……)
レノはローウェンの背後に忍び寄る。
――それは、あまりにも呆気なかった。
“風声”と“霊歩”を駆使したレノはゆっくりと鞘ごと剣を抜き、鞘に入った剣を振りかぶり、ローウェンの背中を勢いよく殴った。
「いっ!!?」
「え……」
呆気なく、本当に呆気なく、レノはローウェンから一本取った。
一本取ったはずのレノが納得のいかない顔をするほどに。
『そうよレノ。それが“不意打ち”よ。真正面から戦えば100戦中100敗する相手でも、完全なる不意をつけばこうもあっさり倒せる』
ローウェンは振り返り、レノを見て10秒ほどでようやく状況を理解する。
「馬鹿な……!」
最初はキョトンした顔をし、次に驚きに満ちた顔をし、次に悔しそうな顔をし、最後に怒りに溢れた顔をした。
「て、テメェ……!」
「教官、約束は守ってもらいますよ。僕はあなたから一本取りました。また養成所に通わせてもらいます!! ですが、今度からはあなた以外の教官を所望します!」
「……メス犬の分際で、誰に噛みついてやがる!!」
ローウェンは怒りのまま剣を引き抜いた。
抜き身の剣が太陽の光を受け輝く。
「教官……ここで真剣勝負をするつもりですか!?」
「勝負? 違うな。これは指導だ! 養成所に戻るんだろ? 俺からまず一つ、ルールを教授してやる!」
レノも剣を抜き、ローウェンが振り下ろした剣を受ける。
「ぐっ!」
「俺に逆らうなっていう、絶対なるルールをなぁ!!」
レノは簡単に押し負け、弾き飛ばされた。
レノは剣を手から離し、地面に尻餅つく。
レノが習ったのは“風声”と“霊歩”の暗殺術のみ。剣の腕は上がってない。正面から戦えばレノに勝ち目はない。
「二度と逆らえないよう、俺の名をその身に刻んでやる!」
『レノ! 煙玉よ!』
「はい!」
レノは煙玉をローウェンの足元に投げる。
白い煙が辺りを包む。
「クソ! くっせぇな! なに混ぜてやがる!」
レノは“風声”と“霊歩”で煙の中に潜伏する。
この煙にはハナマガリという悪臭を放つ果物を砕いて混ぜてある。これによりローウェンの鼻は利かない(レノは鼻を手で塞いでいる)。
視界と嗅覚は封じ、“風声”と“霊歩”で気配は消した。ローウェンは完全にレノを見失う。
『煙の継続時間は約1分。その間、端の方で身を屈めて、精神統一しなさい』
セトの言葉の意味をレノは瞬時に理解する。
(セトさん、まさか!)
『――後は任せなさい』
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