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凡骨の冰姫  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第一章 第一の師・暗殺王セト邂逅編
6/25

第六話 はじめての技

 支度(したく)をし、街を出たレノは街から1キロほど離れた場所にある樹海へと足を運んだ。



 そして樹海の中でレノは――下着姿になっていた。



 鎧も服も着ていない。真っ白なブラジャーとパンツのみしか身に着けていない。森の中とはいえ、周りに木々しかないとはいえ、羞恥心が低めのレノとはいえ、顔に血がのぼるのを抑えられない。


「うぅ」

『なにをしているの? 全裸よ、全裸。下着も脱ぎなさい』


 レノはセトに全裸になることを強要されていた。


「……どうしても、必要なことなのでしょうか……」

『当然よ。修行に入る前に、まずはあなたの体を隅々まで観察しないとね。筋肉量や筋肉の質、肌質に関節の可動域、私なら裸を見るだけで全部正確に測れる』


 戦いにおいて、相手の力量を測る力は必須である。セトはその相手の力量を測る眼力が特別高い。

 暗殺者は相手の急所や相手の死角、能力値などを瞬時に測れなければならない。相手を一瞬で、誰にも気づかれず殺す。そのためには正確な分析が不可欠だった。


 セトが師の教えで初めて人体を解剖したのは7つの時。セトの師は口癖のように言っていた。『暗殺者たるもの、人体の構造を知り尽くさなければならない』と。セトはその教えを守り、人体の構造を研究し尽くした。結果、肌が露出していればその部分の筋肉・血行・骨密度・肌質を見るだけで測れるようになった。


『私に肉体があれば服の上から触れば済んだのだけど、霊体じゃね。さすがに服の上から眺めただけじゃあなたの肉体の完成度を測れない』


 レノは胸を隠す白布(ブラジャー)に手を掛ける。


『はやくして。あなたの肉体強度がわからないと修行のメニューを組み立てられないわ』


 野外で全裸……強い拒否感があるが、女性であるセトが(よこしま)な思いで全裸を要求しているとはおもえないし、目が真剣だ。ここで断るのは師に対する無礼に当たる。

 レノは14歳女子の羞恥心を脱ぎ去り、決心する。


『はやく』

「はい……」


 レノは下着を脱ぎ、裸を晒す。


『両手を上げて』

「……はい」


 胸や股を隠すことも許されず、レノは両腕を上げてTの字になる。


『足、肩幅』

「……ふぁい」


 足を閉じることも許されなかった。ここまできたらどうにでもなれ、と、レノは大きく足を開き、大の字になった。

 セトはレノの周囲をぐるりと回り、レノの体を隅々まで観察する。頭の先からつま先まで。果ては胸部も股間も……レノは恥ずかしさから涙目になっていた。同性が相手とはいえ、めちゃくちゃに恥ずかしかった。


(恥ずかしい……自分でもしっかりと見たことないところまで見られてます。もうお嫁にいけません……)

『弾力のある肌ね。関節も柔らかい。筋肉も薄くだけどついてる。鍛錬はしているようね』

「は、はい! 毎日ストレッチと筋トレは欠かしてません!」


 珍しく褒められたことが嬉しくて、レノは声を上ずらせた。


『でも酷い筋肉だわ』

「え、筋肉に良いとか悪いとかあるのですか?」

『あるわよ。あなたの筋肉は鎧みたいなモノ。外からの衝撃に強いけど運動には向かない。外功は強いけど内功は弱い。典型的な()()()

「無能肉……」

『せっかくの女性らしい柔軟な関節を無能肉が縛ってる。あなたの体で手放しに褒められるのは……胸が小さいことね』


 一切表情を動かさず、淡々とセトは言う。いじりとかではなく、真面目な発言のようだ。


『Bってところかしら。胸は大きいと重りになる。かと言ってまっ平だと胸部に対する攻撃への緩衝材にならない。Bはベストな大きさよ』

「うぅ……喜んでいいのやらわかりません」

『もう服を着ていいわよ』


 レノは服と鎧を纏う。


『さて、それじゃ技の修行に入るわ』

「はい!」

『まずは“霊歩”! ギルウェン流の基本歩法よ。音を消して歩く、ただそれだけの技。幽霊のように足音がしない歩き方、ゆえに“霊歩”という名がついた。まずは私がやるわ』


 セトは実践して見せようとするが、途中で動作を止めた。


『……でも私霊体だから、元々足音鳴らないし見本にならないわね。本当の意味で“霊歩”になっちゃう』

「あ! それなら僕の体を使ってください」

『憑依できるの?』


 憑依とは霊体を肉体に降ろし、一時的に霊に肉体の主導権を握らせる術である。


「できます!」

『……それなら、私があなたの体を使ってあの男を倒せば万事解決なんじゃないの?』

「いえ、それは無理かと思います。まず憑依するまでに1分間動かずに精神統一しないといけません。その後憑依できても10秒程度で憑依が解除されます。それに……」


 レノはグッと拳を握る。


「あの人からは……僕の手で一本取りたいです!」

『いい心意気ね。じゃ、とりあえずあなたに憑依して実践してみようかしら』


 レノは瞼を下ろし、両腕をぶらんと下げ、脱力する。

 まったく無防備な状態で1分間待つ。すると、


『!?』


 セトは突然、レノの体に引っ張られた。また腰の部分に鎖の感触……今度は鎖の姿も見える。レノの胸の中心から伸びた鎖が自分の腰に巻き付き、引っ張っている。

 抵抗はできる。が、セトはレノからの引力に逆らわず、レノの内へと引っ張り込まれた。


「憑依!!」


 レノは瞼を開ける。

 レノ――否、レノの体を乗っ取ったセトはまず両手を見る。


「成功、のようね」

(はい!)


 レノはセトのように霊体になっているわけでなく、魂は体の内側に残したまま、体の操縦権だけセトに渡している。


(レノの魂を内側に感じる……これが憑依)


 10秒が過ぎ、セトはレノの体から弾かれた。


『ごめんなさい。久々の肉体にちょっと浮かれたわ。次はちゃんと技を実践する』

「大丈夫です! もう一回やりましょう!」


 もう一度一分間瞑想し、憑依する。

 今度は憑依してから間髪入れず、レノ(INセト)は動き出す。


「よく見ておきなさい」


 セトはつま先から踏み込み、早歩きする。

 かなり速い速度で歩いている。なのに、音は一切鳴らない。


(す、すごい! まったく音がしない……下には枯れ葉や枝が落ちているのに!)


 10秒が過ぎ、憑依が解ける。


『つま先から着地して、次に踵を下す。この時、踵に体重は掛けず少し浮かせるぐらいのイメージにする』


 レノは早速言われた通り、足を上げ、つま先から着地する。しかし枯れ葉を踏みつけミシ……と音を鳴らした。


『つま先の小さな面積を活かして地面に転がる発音物質を避けなさい。つま先から後ろはなにか踏みつけても音が鳴らないよう体重を掛けない』

「はい!」

『薄氷の上をヒビを作らず歩くイメージよ』

「はい!!」


 レノはひたすら道を歩く。

 とても面白いとは言えない修行、だがレノは実直にやり続けた。

 そして2時間後。辺りが真っ暗になってきたところで修行は終わりにした。

 レノは火を焚き、そこらの木々から採った木の実をかじる。


『まるで成長してないわ』

「なんと!」


 セトからの衝撃の一言を受けてレノは木の実を手から落とした。


『……なんというか、普通にやってもダメそうね。絶望的にセンスがない……本当に……』


 シュンとするレノ。

 セトは考え込んだ後、小さく笑い、レノの方を向く。


『こうなったら体に覚え込ませるしかないわね』

「と言うと?」

『明日は1日、精神統一と憑依を繰り返して“霊歩”を体に染み込ませるわ』

「……憑依はかなり精神を疲弊させるのですが……」

『文句でも?』

「ありません!」


――2日目。


 起きてからすぐ精神統一と憑依を繰り返す。


『そろそろ休憩しましょう』

「ふぁ、ふぁい……」


 昼になり、レノは膝を崩してへたり込む。


(ふくらはぎが痛い……! ということは、“霊歩”はここの筋肉を使う技なのですね)

『そうよ。体の状態から学びなさい。“霊歩”によってどこが酷使されどこを使ってないのか』


 その日は一日中精神統一と憑依を繰り返した。

 1分の瞑想→10秒の憑依。延々と日が落ちるまでひたすらに……。


――3日目。


 この日は憑依はせず、昨日得た経験を元に“霊歩”を実践する。

 レノの足音は時間が()つにつれ、減っていく……。


「はぁ……! はぁ……!」


 夕方になる。

 食事の時以外、1日中歩き続けた。もう全身疲労困憊だ。


『今日はこの辺りにしておく?』

「いえ! まだやります!」


 セトはどこか楽しそうにレノの修行を見守っていた。


(弟子を持つ、ってこういう感覚なのね……)


 それから夜までレノは歩き続けた。


『レノ――』


 セトはレノを制止しようとして、やめた。

 レノの歩き方が変わったからだ。


「もう、ダメ……」


 体に力が入らなくなり、諦めかけた頃、その時はきた。


「あ、あれ?」


 足音が――消えた。


『疲労で体から余分な力が無くなってようやく足音がなくなったわね』

「や、やっぱり今!」

『ええ。できていたわ。今のは確かに“霊歩”だった。よく頑張ったわね』


 レノは、涙を流した。


『は……? なにを泣いてるの……?』

「うっ……ひぐっ!」


 ポタポタと涙が落ちる。


「だって、これまで、いくら努力しても一つも技を覚えられなかったのでっ……! うれしいんです……!」


 覚えた技はたかが足音を消すだけのモノ。

 それでもレノはうれしかった。技と呼べるモノを習得できたのがうれしかった。


『馬鹿ね』


 セトは笑う。


『私の弟子になったからには、これから10でも100でも技を教えてあげるわよ』


 そう言うセトの顔は、妹を可愛がる姉のようだった。

 こうして、レノ=グリーンハートは初めての技、“霊歩”を覚えた。

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