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凡骨の冰姫  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第一章 第一の師・暗殺王セト邂逅編
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第五話 クズ・オブ・クズ

 《スカ―》の街にレノとセトは戻ってきた。


「無事に帰ってこれました!」

『どこがよ』


 レノは頭と腕と足に怪我をしていた。


『大工の手からすっぽ抜けた金槌に頭を打たれて、犬に腕を噛みつかれ、ぬかるんだ地面に足を取られて転ぶ……幸の薄さは一流のようね』

「まぁまぁ、気を取り直して行きましょう!」

『なんで私が慰められてるのかしら……』


 セトは自身の体を見つめる。


『死んでからずっと、あの墓から離れられなかったのに……今は隣街まで来れてる。これもあなたの能力?』

「はい。地縛霊だろうとなんだろうと僕が近くにいればどこへでも行けます。僕の体がセトさんの墓のような存在になっていると思ってください」

『じゃあ、もし今、私の墓のないこの街であなたから離れたらどうなるの?』

「えーっと……」


 レノは首を傾げる。


「さあ?」

『少しは自分の能力について検証しなさい。まったく……』


 セトはレノから距離を取っていく。


「セトさん!?」

『物は試しよ。さすがに、消滅することはないはず』


 セトはレノから20メートルほど距離を取った瞬間、なにかに引っ張られ、止められた。


『……そういう感じね』


 セトはレノのもとに戻る。


『どうやら、私とあなたはもう離れられないようね。一定以上の距離を取ると腰に鎖のような感触が現れて、その鎖に止められた。私とあなたはいま、見えない鎖で繋がれている』

「へぇ~、そうなんですねぇ~」

『自分の能力にもっと関心を持ちなさい』


 セトは一息つき、話を変える。


『ここに来るまでにあなたの事情は聞かせてもらったけど、問題は相手の教官の力量ね。一目でいいから見ることはできない?』

「教官の行きつけの食事処で張ってれば見れると思います」

『ならそこに向かうわよ。まずは敵の戦力分析。その後であなたに教える技を決めるわ』

「はい! 先生!」

『先生はやめなさい』

「じゃあなんとお呼びすれば……」


 セトはレノから目を逸らし、


『セ……セトちゃ……』


 セトはもごもごと口を動かした後、首を横に振った。


『セトさんと呼びなさい』

「わかりました! セトさん!」



 ---



 レノとセトはローウェン教官行きつけの食事処〈バッカス(てい)〉が見える建物の陰に隠れた。


「来ました! あの髭を蓄えた方です!」


 ローウェンが同僚を連れてやってくる。

 セトはローウェンをつまらなそうに見つめる。


『……なんだ、あの程度。あれなら二つ技を教えれば倒せるわね』

「ほ、ホントですか!?」

『でもその前に……レノ、あなた、あの男に挑みなさい』

「え……」

『あの男が一人になったタイミングで不意打ちを仕掛けるのよ』

「む、無理です!」


 レノは視線を斜め下に落として、後ろめたい表情をする。

 セトはレノの表情を見て、レノの心中を見抜く。


『まさかあなた、不意打ちなんて卑劣でやりたくない……とか思っているんじゃないでしょうね』

「え!? いい、いや、そんなことは!」

『あるようね。呆れた……私は暗殺術を極めた英雄よ。基本は不意打ちのための技を教えることになる。私の弟子になった時点で、そんなちんけなプライドや正義感は捨ててもらうわ』


 レノは10秒ほど思い悩んだ後、渋い顔をしながらも頷いた。


「そ、そうですね。覚悟を決めます。しかし、どっちにせよ不意打ちとはいえローウェン教官から一本取るのは難しいかと」

『別に負けていいの』


 セトはレノにも聞こえない小さな声で、


『……むしろこっぴどく負けてくれた方が好都合』

「? なんて言いました?」

『いえ別に。とにかく言う通りにしなさい。反論は聞かないわ。いま、あなたは私の弟子。師の言うことは絶対よ』

「うっ……わかりました。やってみます」


 2人は食堂を見守りながらローウェンが出てくるのを待つ。

 夕暮れ時、ローウェンは仲間たちと食堂を出る。食堂の前で解散し、ローウェンは一人、帰路についた。


「……なにかアドバイスとか……」

『ない』


 どうやらセトは手を貸してくれないらしい。

 レノはセトの思惑の一端に気づいていた。


(恐らく、これは僕の力を測るためのテストのようなモノです。僕の力……セトさんに見せつけてやります!!)


 レノは意気揚々と作戦を練る。


(とりあえず人目のつかないところで仕掛けましょう。後ろからこっそり近づいて、剣の腹で頭を叩く!)


 レノは緊張から呼吸を乱す。一旦深呼吸をし、呼吸を整え進む。

 鎧のズレる音で気づかれないよう鎧を左腕で抱えるようにして体に密着させる。レノなりの消気法(しょうきほう)(気配を消す技)を(おこな)っているようだが、セトは呆れたような瞳で背後から見守っていた。


――距離10メートル程度で深呼吸とか馬鹿じゃないの? あのレベルなら呼吸音で気づく。なんで鎧が邪魔なら脱がないの? 歩く(たび)靴と小石がぶつかってジャリジャリいってるの気づかないの? 馬鹿なのアホなのポンコツなの?


 言いたいことを全て飲み込み、セトはレノを見守り続ける。


 ローウェンが街角を曲がり、人気のない路地裏に入る。


 レノの目がキラリと光る。


(今です!)


 レノは酒屋の陰に隠れ路地裏を覗き、道にローウェン以外が居ないことを確認。そしてすぐさまローウェンの背中に向かって走り出した。


「やーっ!!」


 剣を振る際、声を発することで力が増す……というローウェンの教育を実践するレノ。落胆通り越して絶望するセト。

 ローウェンに剣が届く、その直前で、


「!?」


 ギョロ。と、ローウェンが振り返ってきた。


「うるせぇな」


 ローウェンは深くレノの懐に踏み込み、レノの両手を左手で押さえ、もう一方の手でレノの三つ編みを掴んで引っ張った 。


「痛っ!」


 レノが痛みから怯んだところで足払いし、レノを転倒させる。

 うつ伏せに倒れたレノの頭を、ローウェンは右足で踏みつける。


「気配だだ漏れ。飯屋から出た時には気づいていたぞ、お前の気配に」


 ローウェンは「くっくっく!」と笑う。


「さぁって! ここなら思う存分できるなぁ」


 ローウェンは拳を鳴らし、口角を鋭く上げた。


「……そういやこの前、お前、あの飯屋で俺の後ろにいたよな?」


 レノはギクリと背筋を震わす。


「ならわかってるはずだ、俺の本性が……俺はな、お前みたいな健気で青いガキが汚い大人の世界に染まっていくのが好きなんだよ。これからお前の両足を折って置き去りにしてやる。それでお前の人生は終わりだ。全治3か月程度、その間仕事もできず治療費で金は底を尽きるだろう。そこからはただ落ちていくのみ」


 ローウェンの顔が歪んでいく。


「お前の人生、終わりだよ」

「どうして、僕にそこまでするのですか。僕が、あなたになにかしましたか?」

「さっきも言っただろう。お前のような純粋なガキが堕ちていく様が好きだってな。まぁそれに、女が騎士になるってのが許せない性質(タチ)でな。お前のような騎士志望の女は決まってこうして叩き潰してきた」

「!? まさか、僕以外の人にも同じようなことを……!!」

「騎士は男の仕事だ。女がなるもんじゃない。テメェらメスは男に媚びへつらってりゃいいんだよ。恨むんなら、女に生まれてきたテメェの不幸を恨みな。つーか、焔王の能力持ってるんだよなぁ、お前。女に生まれて、焔王の能力も持ってて、ほんっとなんつーか、生まれた時点で終わってるな」


 レノの目の色が変わる。

 レノはローウェンの足を掴み、押しのけ、体を起こしていく。


「あぁ?」

「女性に生まれたことも、焔王の能力を持って生まれたことも、不幸じゃない。本当に不幸は人間は……! 他人を差別しても、痛めつけても心が痛まない……あなたのような人間だ」

「こいつ……!」


 レノは立ち上がり、剣を振る。ローウェンは下がってそれを避ける。


「悲しい人……僕はあなたに心底同情しますよ。ローウェン教官」

「なんだと……」

「ローウェン教官、あなたの瞳からは女性に対する蔑みの意より、女性に対する恐怖を感じます」

「!?」


 レノの発言は的を射ていた。

 ローウェンが女性に抱いていたのは蔑みの気持ちではなく、恐怖。


「前に噂で聞いたことがあります。ローウェン教官はとある騎士に決闘を挑んで惨敗し、その騎士の命令で左遷させられたと。その騎士が、女性だったのではないですか?」

「……っ!!」

「哀れですね。本人にやり返せないから、僕ら子供をターゲットに八つ当たりとは」


 レノは本気で、同情の視線をローウェンに向けた。


『へぇ』


 そんなレノに対し、セトは感心したように笑った。

 一方ローウェンはレノの同情の視線が逆鱗に触れたようだった。ローウェンは勢いよく腰の剣を振り抜く。


「テメェ如きが、俺を哀れむんじゃねぇ!!!」

『レノ、大声を出しなさい。とにかく大きな声を』

「わああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!」

「げっ!?」 


 レノは喉が裂けるぐらいの声をあげる。

 声を聞いた人たちが路地裏に足を向ける。


「ちぃ! 先に喉を潰すべきだったか! クソ!」


 ローウェンはレノを放置し、逃げ去った。


「なんだ? こっちの方から女の子の悲鳴が……」

「おい君! 大丈夫か!?」


 レノを心配して現れた人たちにレノは「大丈夫です!」と頭を下げ、そそくさとその場から離れた。


『想像以上のクズだったわね』

「……ローウェン教官……」

『これで不意打ちへの抵抗感はなかったでしょ。あんな奴、慈悲を掛けるだけ無駄だわ』

「もしかして今の行動はローウェン教官の負の面を見せて、僕にあの人への躊躇(ためら)いを無くすためのもの?」

『違うわ。目的は二つあった。一つはあなたのアサシンの適正を見ること。今のであなたの適正、暗殺術の才能は測れた』

「ほう! して、結果の程はいかに?」

『ゼロ。これまで多くの人間を見てきたけどこれほどに才能のない人間を初めて見た』

「グサ!」

『3歳の私でもあなたの不意打ちは捌ける』

「グサグサ!」


 容赦ない罵詈雑言がレノに突き刺さる。


『ま、でもおかげで二つ目の目的を完璧に果たすことができた』

「そ、それは一体なんでしょうか……?」

『相手を油断させることよ。あの男、きっとあなたの不意打ちを頭の片隅にずっと置いていたのでしょう。常に腰の剣に手を添えてたし、眼球の動きも活発だった』

「警戒していた、というわけですね」

『でもあなたが無様な不意打ちを仕掛けたことで警戒心はなくなった。あれだけ滑稽な不意打ちを受ければ、あなたのことを頭の片隅からも追い出すでしょう。無意識で捌けると判断してね』

「……セトさん、僕のメンタルはもう限界です……」

『これで準備は整った。早速技の特訓に移るわ』


 レノはキラキラとした瞳でセトを見上げる。


「例のローウェン教官を倒す二つの技ですね!」

『ええ。ギルウェン流暗殺術の基本形2種。“霊歩(れいほ)”と……もう一つの技の名前は後で教える。この街にはもう用はないわ。森に行くわよ。準備しなさい』

「なにか必要なモノは……」

『その腰の剣だけで十分。食料も水も森で採る。これから一週間は森で過ごしてもらうわ』

「え? それはつまり……さ、サバイバルということですか!?」

『そうよ』


 セトは街の外へ足を向ける。


『暗殺術の基礎はすべて、自然にある』

【読者の皆様へ】

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