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凡骨の冰姫  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二章 第二の師・武芸王アラン邂逅編

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第二十四話 凡骨の意地

 セトはレノを感心した風に見守っていた。


(完璧な“火声”……! これまでで一番練度が高い! 自分のためじゃなく、他人のために最大限の力を発揮する……それがあなたの本質なのね。レノ!)


 マーナは『ははっ!』と笑い声を出した。


『眠れる虎を起こしてしまったんじゃないのか? 糸目坊や』


 ロゼロは冷静に、楽しそうにレノを観察する。


「魔術による強化術は多く見てきた。だが君のは違うな。もっと古典的で効率的だ。呼吸で全身を発活(はっかつ)させ身体能力を向上させている。面白い……!」


 レノの傍にセトが歩み寄る。


『右の裾と左の裾に仕込み刀が一本ずつ。服の膨らみから察するに体に鎖を巻き付けて隠している。右の靴と左の靴にも刀を隠してる。恐らく刃渡りは靴と同じ直径。口の中に針。髪に紛れて黒い針が12本、ベルトはあの長さから見るに鞭にもなるタイプ』

(暗器使いですか)

『ええ。間違いなくね。私も似たようなものだったし、隠し場所も相手の動きも読める。いまのあなたじゃまだこの男との差があり過ぎる。その差を、私の経験で埋める。私の指示をちゃんと聞きなさい』

(はい!)

「さぁ、始めるよ!!」


 ロゼロは体を捻る。


『鎖が来るわ。斜め前にダッシュ!』


 レノは斜め前に飛び出す。同時にロゼロの両裾から放たれる鎖。鎖は先ほどまでレノが立っていた位置を通過した。


「なに……?」


 レノは“火声”で強化された身体能力をもってすぐさま距離を詰めていく。鎖を裾に戻している時間、ロゼロは無防備だ。ロゼロが鎖を戻した時にはすでに距離4メートルまで詰めていた。


『仕込み刀、右!』


 ロゼロは右腕を振り上げると同時に仕込み刀を出し、右腕を振り下ろしてレノに縦斬りを仕掛ける。レノはロゼロの刀を見切り、右に移動して避ける。


『仕込み刀、左!』


 ロゼロは左腕を薙ぐと同時に左裾から刀を出す。レノはこれを屈んでよける。


『蹴り上げ! 横にスライドして躱して!』


 ロゼロの蹴り上げ。靴の先に刃が出る。レノはこれを横っ飛びで回避。


『裾で口を隠した。針が来るわよ!』


 ロゼロは口元を右の裾で隠した後、腹を凹ませ口から針を発射させる。レノは剣で針を弾く。


「あぁん!?」


『脇腹に蹴り!!』

「――言われないでも!!」


 レノは思い切りロゼロの脇腹を蹴り飛ばした。キールにつけられた傷から血が飛び散る。


「ごほっ!」


 ロゼロは痛みのあまり悶絶し、片膝をつく。その隙をつきレノは前進しようとするが、


『追撃はダメ! バックステップ!!』

「!?」


 レノはセトの指示を理解できずとも後ろに飛ぶ。レノの前髪、その内の一本を、ロゼロの仕込み刀による斬撃で斬られた。ロゼロは中腰の態勢で斬り上げを繰り出したのだ。


(ふ、踏み込んでたらやられてた! 怯んだのは演技ですか!!)

『半分、演技ってところね。大丈夫、ダメージは入ってるわ』


 ロゼロは納得できない、という表情でレノを見る。


「俺っち、君と会うの初めてだよなぁ? どれもこれも初見で反応できるはずがないんだけど」


 鮮やかに、的確に、レノはロゼロの暗器を全て避けた。セトの指示のおかげだが、セトの存在など微塵も感じていないロゼロはレノに対し、得体の知れない恐怖を抱いていた。


「そうでしょうか? 簡単に見切れましたよ」


 レノの挑発。ロゼロは口を大きく開けて笑う。


「はっはっは! 可愛い挑発だねぇ。いいよ、乗ってあげる。俺っちの本気、見せてあげるよ」


 ロゼロは両裾から鎖を出し、地面に垂らす。


『やっぱりね。アイツのメインウェポンは鎖よ』

(どうしてわかるのですか?)

『他の武器と比べて、鎖の扱いだけとびぬけてうまかったから』

「理由はわからないが、俺っちの手の内は全部バレちまってるらしい。なら――」


 ロゼロの目線が鋭くなる。


「一の(らん)、“鳥牙(ちょうが)”」

『!? 左に飛んで!!』


 ロゼロの二本の鎖は風に乗った隼の如き速度でレノの右肩を抉った。


「いつっ!?」

「わかっていても避けきれない技なら、手の内がバレてようが関係ない。ってわけ」

(大丈夫! 鎖を引く隙を狙えば……!)


 鎖を伸ばせば鎖を引くまで次の技を出せない。そう踏んだレノは前に出ようとするが、


「四の乱、“象牙(ぞうが)”」


 ロゼロは鎖を伸ばしたまま、体をコマのように回転させて範囲攻撃を仕掛ける。レノは振り回された鎖を左腕に受け、そのまま弾き飛ばされた。レノが倒れたのを見てロゼロはゆっくりと鎖を裾に戻した。


「俺っちの“鎖法(さほう)十頭術(じゅっとうじゅつ)”に隙は無い。終わり、ってわけ」 


 レノは左腕の鈍い痛みに顔を歪ませながらも立ち上がる。


「タフだねぇ。でも立ち上がったところで、無駄なんだよ」


 レノは冷静に、()()()をぶつけるための準備を進めていた。


『怯むなよレノ。あれだけ長い鎖を振り回すんだ。鎖技はかなりの体力を使うだろう。使わせた分だけこちらの有利になる』


 マーナの言葉に、レノは静かに頷く。


(キールさん、フィンさん、そして僕との連戦。ロゼロはすでに相当疲弊しているはず。鎖技を温存していたのはきっと、もう余力が少ないからです!)


 レノは“火声”を練り直す。


(もう少し、あと一つか二つ大技を使わせれば、必ず隙ができる。そこで、アレをぶつける!!)


 レノとロゼロ、距離は約16メートル。


「……」

「……」


 先に動いたのは――ロゼロ。


「六の乱、“蛇牙(じゃが)”!!」


 ロゼロは右裾から鎖を出し、地を這うようにして鎖をレノに向けて伸ばす。その動きはまるで蛇のようだった。


(速度は遅い! これなら逃げれる!!)


 レノは斜めに走るが、鎖はすぐさま進行方向をレノの走っていく先へ向けた。


「追尾!?」

『これまでの技の中で一番緻密な操作ね……!』

『気を付けろレノ! この技は距離2メートルで超加速する!! 思い出した……私を殺したのはこの技だ……!』


 鎖を二本同時に動かすのではなく、一本に集中することでそのコントロールはより繊細になっている。地を這う鎖はレノを逃がさない。レノと鎖の距離が2メートルまで接近する。


(ここ!!)


 レノは脚に力を込め、ジャンプする。“火声”のおかげで強化された体によるジャンプは3メートルに達する。

 鎖は急激に速度を上げ、地から離れレノを追撃しようとするが、急に高度を上げたレノを追い切れずレノの残像を貫いた。


(マーナ様の忠告が無かったら、心臓を貫かれていた!!)

「……飛んだな」


 ロゼロは鎖を手元に戻し、両手を前に出す。


「一の乱、(きわみ)。“無尽鳥牙(むじんちょうが)”」


 高速で放たれた鎖の突き。二本の鎖はレノの右わき腹と頬を掠める。


――だが、ここで攻撃は終わらない。


 ロゼロは再び鎖を戻し、撃つ。また戻して撃つ。高速の鎖による突き、それが二十八回続いた。


『『レノ!!!』』

「今度こそ、終わりってわけ」


 鎖を全身に浴びたレノは血をまき散らし、地上に落下する。

 ロゼロは苦い顔をして、両腕をだらんと下した。ロゼロの腕の筋肉はピクピクと脈打っている。どうやら腕に負担を強いる大技だったようだ。


「この技を俺っちに使わせたこと、あの世で自慢するといい」


――レノ=グリーンハートは生まれつき不幸だった。


 そのせいで馬に轢かれたり、落とし穴に落ちたり、階段から転げ落ちたりは日常茶飯事だった。

 ゆえに、彼女は大英雄セトに認められるほどの外功――外からの衝撃に強い筋肉を自然と身に着けることができた。強い衝撃に耐えるための肉の鎧を自然と身に着けていた。その外功に加え、今は“火声”で内功も高めている。


 今の彼女のタフさは――


「――嘘だろ」


 ロゼロは、立ち上がったレノを見て、その余裕な表情を崩し頬に汗をかいた。


――全身の傷の数は30を超える。

――剣は折れた。

――それでも大切な内蔵と骨は守り切った。

――まだ動く。戦える。


(フィンさんに五十回試して、成功したのはたった一回だった……でもやるしかない!!)


 レノは小さく笑うと、折れた剣を捨て、血の滴る足を動かし、独特なステップを踏み始めた。

【読者の皆様へ】


この小説を読んで、わずかでも

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