第二十三話 第二の呼吸
「フィン様! 天馬隊が壊滅状態! さらに地下制圧隊も苦戦しているようです!」
伝令係の兵士の言葉を聞き、フィンは冷静に指示を出す。
「天馬隊が壊滅ということは包囲網が出来上がってないな。仕方ない。ここからはフィン隊とバンギス隊で行く。他の八隊は地下制圧隊と騎兵隊の援護に向かえ」
「ここからたったの二隊で行くのですか!? あまりにも無謀です!」
「大丈夫だ。バンギス隊の戦闘力は他の隊の五倍はある」
バンギスはフィンの称賛の言葉に笑みを浮かべる。
「散開しろ」
フィン隊とバンギス隊を残し、他の八隊は散っていった。
「フィンさん、僕はどこに……」
「レノ、お前はこっちについてきてくれ」
「はい!」
レノはフィン隊に紛れる。
「バンギス重装隊よ! バラスティ最硬の盾となり、フィン様をお守りせよ!!」
バンギスの檄で、六人の重装兵は雄たけびを上げ、先頭を突っ走る。
「鶴翼の陣!!」
バンギスを先頭に重装隊はVの字に広がる。陣の中央の隙間にフィン隊とレノは入る。
バンギス含む重装隊は全員大きな盾を左手に、ランスを右手に持っている。白いフルアーマーの重さは40kgを超えるが、兵隊たちはその重さをものともせず速く強く猛々しく敵を突破していく。
「す、凄いです……! まるで巨大な槍……いや、ドリルです!」
「攻めればバラスティ最強の槍となり、守ればバラスティ最強の盾となる。それがバンギス隊だ。本来はもっと人数もいる。百人を超えるバンギス隊の連携は圧巻だぞ」
「お褒めにあずかり光栄ですフィン様! このまま最上階までいきますぞ!」
バンギスは二階へ、三階へ、四階へ。その突破力でアギト商会の面々をなぎ倒していく。
「ぬはははっ! 脆弱・軟弱・惰弱! 相手にならぬわ!!」
「しかし、バンギス隊には明確な弱点がある。それは」
五階の大広間に踏み入った時、火炎の玉が無数に飛んできた。
「ぬっ!?」
バンギス隊は火炎を浴び、陣形を崩す。
「誰一人として弓をもたず、機動力は並み。射程のある魔術も使えないため、遠距離から魔術を撃たれれば成す術がない」
「なんとわかりやすい弱点……」
「ぬぬっ……! 無様な……」
修道服を着た十人の魔術師がバンギス隊の前に立ち塞がった。
魔術師の手袋の甲には焔の紋章がある。それを見たフィンは目の色を変えた。
「焔炉の騎士団か……」
フィンは背に携えていた二本の長斧を手に取る。
「フィン様!」
「バンギス。お前は一階から四階の敵を殲滅しろ。ここから上の階は俺の隊で対処する」
「し、しかし……」
「心配するな」
フィンの顔から表情が消える。
「――焔炉の騎士団は、一匹たりとも逃さん」
その顔に、レノとバンギスは戦慄した。まるで、血肉を貪る狼のような顔だった。
「了解しました」
バンギスは兵を率いて階段の方へ消える。
「フィン様、我々は……」
フィン隊の面々が聞くと、フィンは笑顔で、
「下がっていてくれ。こいつらは俺が殺る」
フィンが一人、前に出る。
「フィンさ――」
レノが加勢しようと足を一歩踏み出したところで、マーナがレノの前に立ちふさがった。
「マーナ様!?」
「やめておけ。――巻き込まれるぞ」
魔術師が一斉に魔術を発動する。
火、風、雷、土。それらの塊を全て、フィンの二本の長斧が打ち払った。
「轢き殺す」
そう呟くと、フィンは魔術師たちに向けて突進した。
放たれる様々な魔術を右手の斧を回転させて払い、空いた左手の長斧で魔術師たちを薙ぎ払う。
斧を喰らった魔術師たちは四肢を捥がれ、空に舞う。まるで馬車にでも轢き飛ばされたかのように――
『あなたとの手合わせ、本気じゃなかったようね』
「はい。僕はフィンさんと五十回手合わせして……戦績は一勝四十九敗でした。でも、もしフィンさんが全力なら……今と同じくらいの力を出していたら、一勝もできなかったでしょう」
『フィンの突破力は先ほどのバンギス隊を優に超える。アイツにとって他者は基本足手まといにしかならない。地上制圧隊を散開させたのは自分が大いに暴れるためだな』
二本の長斧があっという間にその場にいたすべての敵を轢き殺した。
フィンは返り血を浴びた顔でレノたちの方に振り返る。
「さぁ、次の階へ行こうか」
フィン隊とレノは戦慄した。味方に、フィンに、恐怖を覚えた。
フィンはレノの怯えを孕んだ表情を見ると、哀しそうな顔をした。
「……お前には、この姿を見てほしくはなかったな」
その言葉が、誰に向けられたものかレノはわからなかった。
「行こう、敵将は近――ぐっ!?」
突然、フィンが胸を押さえ座り込む。
「フィンさん!」
「げほっ!! げほっ! げほっ!!!」
レノはフィンに走り寄る。
「ま、まさか肺の病気が……」
「いや、この程度の運動は大丈夫なはず……! これは……!」
「ダメダメ。肺病を患ってる人間が、こんな空気の悪い場所にいちゃ~ね」
声が聞こえると同時に天井が崩れる。
「な、なんだ!? うわぁ!!?」
天井が崩れ、降ってきた瓦礫がフィン隊の六人を襲う。
声の主は崩れた天井の瓦礫にのってゆったりと五階に舞い降りる。紺色の髪で、神父服を着た男だ。糸目で、冷ややかな殺意を感じさせる。
手袋の甲には焔の紋章がある。
「貴様は……」
「ロゼロと言う。君の母親を殺した男だよ」
「なにっ……!!」
レノはマーナを見る。
マーナが怒りに震えた表情をしている。どうやら、男――ロゼロの言葉は本当のようだ。
「す、すみません……フィン様……」
「キール!?」
ロゼロは右腕でキールを抱えていた。
「大丈夫。致命傷は与えちゃいない。いやぁ、強いねこの子。将来有望だ。面もいいし、俺っちの弟子にしてやろうと思ってね」
「その手を……放せ下郎!!」
フィンは咳き込みながらも立ち上がる。
「やめておきなよ。この階から上はいますべての窓を閉め密閉状態。さらに戦いの余波であちこちで火が上がり、煙が蔓延している。俺たち健常人も長時間居ちゃならない環境、肺病の君は少しの時間も居ちゃならない環境さ」
『そうか。先ほどの魔術師どもの狙いはフィンに魔術を当てることではなく、部屋中に火を散らせて煙を発生させることか! フィンの肺を潰すために……!』
レノは腰から剣を抜き、構える。
「フィンさん下がって! ここは僕が……」
「やめろレノ。そいつは俺の獲物だ……!」
フィンは長斧の柄でレノを押しのけ、後ろに下がらせる。
「でも、そんな体じゃ……」
「いいハンデさ」
「ひゅー! 言うねぇ!! 強がりは好きだよ」
フィンは飛び出し、ロゼロに迫る。
ロゼロは両裾からそれぞれ仕込み刀を出し、フィンの長斧を捌く。
「やっぱり、動きが悪いな。フィン君」
「そっちこそ、動きが鈍いんじゃないのか?」
フィンは膝をロゼロの脇腹に入れる。
「ぐっ!?」
ロゼロは顔を歪め、大きく飛びのき距離を取る。ロゼロの右わき腹からは血が滴る。
「キールに削られたか。余裕そうな顔をして、随分苦戦したと見える」
「まぁ――ねっ!!」
今度はロゼロが飛び出した。フィンも間合いを見て、走り出す。
――ガキン!!
二人は互いに武器を振り、すれ違う。
「ちっ」
ロゼロの右肩がぱっくりと裂け、血が飛び散る。
「その状態でここまでやるとは……恐ろしいやつめ」
一方、フィンは体中を刀によって刻まれていた。フィンは血をまき散らし、その場に倒れ込む。
『フィン!!』
「あとは君だけだね」
レノは剣を構え、自分の呼吸に集中していた。
『大丈夫よ。フィンはうまく致命傷を避けてる。あなたは呼吸に集中しなさい』
コオオオオォォォ!!! とレノは全身で呼吸し、心拍数を上げる。
(フィンさんとキールさんを傷つけたあなたは……絶対に許しません!! それに――)
レノはマーナを、ロゼロに殺されたマーナを見る。
レノは怒りをエネルギーに変え、全身に滾らせる。
「……皆さん……マーナ様の話をする時、寂しそうでした。バラスティの方々にとって、マーナ様がどれだけ大切な存在だったか……! あなたにわかりますか!?」
「わかるさ。だから殺したのさ。この地を手に入れるためにね」
「マーナ様の仇、皆さんに代わって僕が取る!!」
心拍数を上げ、身体能力を上げる技。その名を――
「第二の呼吸、“火声”ッ!!!」
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