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凡骨の冰姫  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二章 第二の師・武芸王アラン邂逅編

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第二十話 修行場

 レノは〈パーシアン〉にある宿の一室を借りた。バラスティが直属に管理する宿らしく、フィンの口利きでタダで食事つきで泊まれることになった。


「フィンさんのおかげで一週間の間、宿とご飯の心配はしなくて良さそうですね」


 ベッドに寝転がり、休もうとしたレノを他所に、セトはマーナに質問する。


『マーナ、この辺りで修行に使える場所はある?』

『そうですね、宿の近くで音を立てるのは他の客に迷惑ですし……少し歩きますが、私の騎士団で使っていた訓練場があります。あそこならば恐らく今は誰も使っていませんし、フィンの名を出せば借りられるでしょう』

「えーっと、セトさん……やっぱり」

『修行するに決まってるでしょ。あと一週間しかないんだからそれはもう厳しくいくわ』


 悪魔のような笑みを浮かべるセト。レノは背筋に悪寒を感じた。

 マーナの案内で(くだん)の訓練場へ。訓練場は簡素なモノだった。屋根付きだが、下は地面で、周囲は壁でなく鉄柵で囲われているのみ。扉も一か所のみだ。


『む……鍵が開いているな』


 扉の鍵が開いている。

 ついでに言うと、中から凄まじい風切り音が聞こえる。レノは柵から中を覗き見る。


「アレは……」


 訓練場の中央には上裸のフィンがいた。

 長斧を二振り、両手にそれぞれ持ち、なにやら型の確認をしている。


(す、すごい……あんな長い斧を片手で、二本同時に、軽々と振り回している……!)


 着痩せするタイプなのか、服の上からだと細めの印象だったが発達した腕・肩・胸・腹の筋肉が見える。


「……!? そこにいるのは誰だ!」


 レノの気配に気づいたフィンが怒号を飛ばす。

 フィンは相手がレノだとわかると微笑みを浮かべた。


「なんだお前か。どうした?」


 レノは扉から中に入る。


「えっと、実はここで修行をしたくてですね」

「……母にここを紹介されたのか」


 相変わらず察しがいいと思いつつ、レノは頷く。


「いいぞ。好きに使うといい。鍵も後で渡そう」

「ありがとうございます! フィンさんはよくここで修行をしているのですか?」

「そうだな、修行する時は大体ここだ。城から近く、周囲は麦畑で人気(ひとけ)もない。集中するにはうってつけだ。それに……」


 フィンは物憂げな表情で、


「ここにいると、母を思い出せる。ここで剣や槍を振るっていた母をな……父のことを悪く言えないな。俺もまだ、母離れできていないらしい」

『……』


 マーナは、申し訳なさそうに顔を背けた。まだ成人してない子を置いて死んでしまったことを悔いていた。


「別にいいじゃないですか」


 レノは真っすぐな瞳でフィンを見る。


「亡くなった人に甘えることは、罪じゃないですよ」

「……!」

「いなくなった人たちを振り切って、前に進むのも強さだと思いますが、背負って抱えて進むのもまた強さだと思います。前に進んでさえいれば、無理に目を背ける必要もありません。あくまで自論ですが」

『レノ……ありがとう』


 マーナはレノに、心からの感謝を述べた。

 フィンはレノに背中を向ける。


「まったく、ディルの言っていた通りだな。不思議ちゃんだ……お前は」

「ふ、不思議ちゃん!? ……まったくディルさんってば、馬鹿にして……」

「……不思議と、人の心の急所を突いてくる」


 最後のフィンの言葉はレノには届かなかったが、聞こえたセトは小さく二度頷いた。


「どうだろうレノ、これから一週間、俺はこの時間帯だけはここにいる。その間、俺と手合わせをしないか?」

「手合わせ!? で、でもフィンさん体が弱いんですよね? 大丈夫ですか?」

「一日一時間程度なら運動しても問題はない。お前が来てからというもの、体の調子がいいんだ。お前には、人を元気にさせる力があるのかもな」

「え、えへへ……そうでしょうか」

『いい提案ね。乗りましょう』


 セトが前に出る。


『いまあなたに教えている二つの技……“火声”と“乱歩”の内、“乱歩”は実践する相手がいないと完成させられないわ』


 “火声”と“乱歩”はセトがローウェンを倒す際に使った技である。


(そうですね。“乱歩”は相手の視線を惑わし、眩暈を与える技……相手がいないとうまくできたかわからないです)

『そう。それにもう一つ、あなたに教えたい技がある。その技も試す相手がいないと習得は難しい』

(もう一つですか!?)

『ええ。あなたにピッタリの技よ。あなた、人は殺せないでしょ?』

(殺せません!)

『即答……まぁいいわ。そんなあなたが戦場で戦えるようになるのは、相手を殺さず無力化する技が必要となる。歩法でもなく、呼吸法でもない。一撃必殺ならぬ一撃必倒(ひっとう)の技』

(一撃必倒……)

『楽しみにしておくといいわ』

「? どうした、レノ」


 無言のまま立ち尽くしていたレノにフィンは心配の眼差しを向ける。


「い、いえ! ぜひやりましょう! 手合わせ!」

「そうか。助かるよ。戦いの勘を思い出したくてね」



 --- 



 アギト商会本部。

 地上七階、地下は五階まである計十二階層の建物。その一番上の階の会長室に、黒い神父服を着た男が訪れていた。


「なるなるな~るほど。そんじゃ、あともう少しでバラスティ領を掌握できる。ってわけね」


 男はソファーに腰掛け、足をテーブルの上に投げ出している。

 男の前にはアギト商会会長のプギー=アギトが立っていた。その脂ぎった顔中に汗を這わせ、怯えている様子だ。

 男は見た目的に二十歳といったところだ。糸目で、紺色の髪をしている。常に浮かべている薄い笑みからはどこか(いや)らしさを感じる。


「は、はい。あとはあのフィンとかいうバラスティの跡取りさえなんとかできれば……」

「なんとかって、具体的な案は?」

「えっと、今のところは……」

「おいおいお~い。ちょっと怠けちゃってんじゃねぇのお~い。俺っちがテメェらのボディガードしてるおかげで今も存続できてること忘れてないか? 俺っちたちがいなきゃ今頃、お前……あのマーナとかいう女にぶっ殺されてたぜ? だらけてると許さない、ってわけ」

「ええ! それはもう百も承知で……焔炉の騎士団(ファーネス)、ひいてはロゼロ様のおかげで我々はやっていけてます。はい!」


 焔炉の騎士団(ファーネス)の男――ロゼロは「わかってりゃいいのよ」と笑う。


「マーナ=バラスティ……懐かしいね。あの女との戦いは実に楽しかった」


 ロゼロはペロッと唇を舐める。


「……そういや、あの女の息子――そう、そのフィンって男も結構やるって話だったよなぁ。クク……! チャンスがありゃ、戦ってみたいもんだ」

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