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凡骨の冰姫  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第一章 第一の師・暗殺王セト邂逅編
2/25

第二話 不幸? いいえ、幸運です!

 〈バサラ王国〉南西にある街、〈スカー〉には今日も平和な空気が流れていた。

 〈バサラ王国〉は2年前まで隣国〈マヤ魔導国〉と血で血を洗う戦争をしていたが、他国が勢力を伸ばすと両国は同盟を結び、戦乱は去った。


 街を見回る騎士たちは剣や槍を持つもその刃に一切の血錆びは付いておらず、市場には色鮮やかな野菜や果物が並ぶ。夕暮れ時の今は民家から料理の香りが飛び込んでくる。


 鼻腔をくすぐる旨そうな匂いを気に留めず、和やかな空気にそぐわぬ落胆の表情でレノは街道を歩いていた。


「やれやれ……どうしたものですかね」

『すまないな。君を一人前の騎士にするって約束したのに、この体たらく』

「いえいえ。アイザックさんは頑張ってくれました。アイザックさんが指導してくれたおかげで、矢が的まで飛ぶようになったのですから!」

『……養成所の訓練プラス元騎士団長の俺が修行つけてアレだもんなぁ』


 アイザックはため息をつく。


『正直、俺はあの教官の言うことに賛成だな。酷なこと言うが、レノちゃんに騎士は向いてない。鈍くさくて不器用で無知で、しかも――』


 ゴツン! とレノの頭に一軒家の二階から植木鉢が落ちた。

 植木鉢はレノの頭でバウンドし、地面に落ちて割れた。


「ごめんよー! 大丈夫かい!?」


 慌てた表情で小太りの女性が家から出てくる。


「平気です! 問題なし(モーマンタイ)です! ―ぼはぁ!?」


 レノは笑顔で応えたが、すぐさま今度は背後から馬車に轢かれた。

 レノは天高く舞い上がり、地面に落ちる。

 馬車はレノに気づかず走り去っていく。


「あ、アンタ、大丈夫かい……?」

「はい! モーマンタイ――」


 今度はレノの後頭部に酒瓶が激突し、割れた。


「テメェ! 人の足踏んずけておいてその態度はねぇだろ!」

「あんだと! 細けぇこと気にしてんじゃねぇよ!」


 道の向こうの酒屋から怒声が聞こえる。どうやらあそこから飛んできたようだ。


「もー、まん、たい……」

『この不幸体質。褒められるのは度重なる不幸のおかげで身に着いたタフさぐらいだな』

「……いいえ、アイザックさん。これは不幸じゃありませんよ」

『?』


 レノは植木鉢から零れた花と土を指さす。


「この花、また植え直せば元気になりそうですね」

「え? 確かに、状態は悪くないね……」

「僕の頭にぶつかったおかげで、落ちる場所がズレて馬車に轢かれませんでした! もしも僕がたまたまここを通ってなかったら、花は馬車の通り道に落ちていたでしょう。そうなれば、花は馬車に轢かれ二度と咲くことはなかった」


 レノは女性に笑みを向ける。


()()()()、でしたね!」

「あ、ああ。そうだね……」


 女性はレノの春風のような笑みに釣られ、つい笑ってしまった。


(かたく)なに不幸を認めないその精神もあっぱれだよ』

「そうだ。アイザックさん、言うの忘れてました。約束のアレ、完成しましたよ」

『!? 本当かい!?』

「はい! いま案内します」



 --- 



 郊外にある野原。

 〈スカ―〉の街並みが見下ろせる丘に、磨かれた白い岩があった。

 岩には“アイザック=フォーリナー”、“セリア=フォーリナー”、“リリィ=フォーリナー”と3名の名前が刻まれている。


 岩の前には花束が添えてある。不格好だが、これは墓のようだ。


「アイザックさんと奥さんと娘さんのお墓です。すみません……僕1人ではこれが限界でした」

『いや、いいんだ。これで』


 アイザックは岩の前で跪き、涙を流す。


『……俺が留守の時に妻と娘は焔王の軍勢に襲われ、殺された。怒りから俺は、彼女たちの墓も作らずにここに家族の骨を埋めて仇討ちに出て……そして、返り討ちに遭った。同じ墓へ入ろうと、妻と約束していたのに、その約束を果たせずにいた。俺の骨はここには無いけれど、それでも……形だけでも、俺は、家族と同じ墓に入りたかった』


 アイザックはレノの方を振り返る。


『ありがとう。レノちゃん。君のおかげで、約束を叶えることができた』

「いえいえ。代わりにアイザックさんには修行をつけてもらってましたから!」


 アイザックの体から、光の粒が上がっていく。

 アイザックの体が徐々に透けていく。


『これは……』

「未練がなくなったのでしょう。おめでとうございます。もうこの世に留まる理由がなくなったのです」

『で、でも、まだ俺はレノちゃんを一人前の騎士にできていない! まだあの世に行くわけにはいかない!』

「いいんですよ。僕のことは気にしないでください。ほら、アイザックさん。後ろ」


 レノはアイザックの背後を指さす。

 アイザックは墓の方を向き、目を見開いた。

 そこに立っていたのは手を繋いだ母と娘。アイザックの家族の2人だった。


「あなたには待っている方がいるではありませんか」

『……ごめん。待たせたな、2人共……ただいま』


 アイザックは家族に手を引かれ、天へと旅立っていった。

 そして1人取り残されたレノは、


「ああああああああ!!」


 アイザックを手を振って見送った後、レノは膝を抱えて座り込んだ。


「……唯一の味方を、失ってしまいました……! もう! 僕のバカ! カッコつけて自分を追い込んで! アイザックさんの手を借りずにローウェン教官から一本取れるはずがありません! どうしましょう……!」


 レノの心模様を表すように、空に暗雲が立ち込め始めた。


「いけません。雨が降りそうです! 街に戻らないと!」


 レノは慌てて〈スカ―〉の街に戻る。


「……まったく、踏んだり蹴ったりです。なんて不幸な一日――」


 レノは首をブンブンと横に振る。


「いえ! 不幸じゃありません! これは試練! 僕が成長するための試練なのです!」


 街に戻った頃には土砂降り。宿までは遠いため、レノは近くの食事処に入ることにした。


(とりあえずここで雨宿りしましょう)


 レノは三つ編みを解き、濡れた銀の長髪をハンカチで拭きながら席に着く。

 すると、背後の席から見知った声が聞こえてきた。


「それにしても、あの小娘が厄子(やくご)だったとはねぇ」


 聞こえてきたのはローウェン教官の声。自分の教官の声だった。互いに背中を向けて座っているので、ローウェンはレノに気づいていない。


「誰のことだ?」


 こちらも聞いたことのある男の声。名前までは思い出せないが、ローウェンと同じ養成所の教官だ。


「レノだよ。レノ=グリーンハート。昨日、アイツの実家から使いが来てな。俺にアイツの過去を教えてくれたんだよ」

「!?」


 レノの顔が青ざめる。

 過去のトラウマが、脳裏に過る。


「なんでもアイツ、霊が視えるシャーマンらしいんだ」

「シャーマン!? あの初代焔王と同じの……」

「そうそう。焔王と同じ性質を持っていて、不器用で、しかもかなりの不幸体質。物心ついてからずっと迫害されてきたらしい。ま、当然だな。家によっちゃシャーマンなんてわかった時点で殺されていてもおかしくない。結果としてアイツの家、アッシュロード家はアイツから家名をはく奪し、領地から追放したそうだ」

「そのアッシュロードがなんで今更ウチに?」

「『レノを騎士にさせるな』と忠告しにきたんだ。アッシュロード家は多くの高名な騎士を輩出した名家だ。騎士という職に強い誇りを持っている。迫害し、追い出したレノが騎士になるのをあの家は認められない。だから俺に釘を刺しにきたのさ。レノは奴らにとって()()なんだよ」


 レノはぎゅっとスカートを握る。

 溢れそうになる涙を必死に堪える。


「そんで、お前は素直に釘を刺されたのか。お前、レノのこと気に入ってなかったか?」

「今時あれだけ健気で純粋で真っ白な奴はいない。見た目もまぁ垢が抜けちゃいないが悪くない。ああいうのを汚すのが最高に趣味なんだよなぁ。どっちみち、俺はあいつを騎士にさせる気はなかったよ。ある程度月謝で金絞り切って、一文無しになったところで梯子を外す。するとどうなる?」


 ローウェンは下卑(げび)た笑みを浮かべる。


「……年端もいかない家出娘が、金を稼ぐ方法なんて限られている。あの女は器用じゃない。となればだ……必然と道は1つ」


 ぞわ。とレノは背筋に悪寒を感じた。


「そうなりゃ、俺は()としてアイツの世話になれるってわけよ」


 ローウェンはケラケラと笑う。

 レノは鳥肌が止まらなかった。

 ローウェンが言いたいことがわかったわけじゃない。ローウェンの邪気をその身に感じたのだ。


「つーか、これまではどうやって金を賄ってたんだ?」

「遠くに行けるぐらいの金は持たせたらしいぞ。近くで死なれても迷惑だっつってな」

「ひでぇ話」

「はっはっは! まったくだ!」


 レノは2人に気づかれないよう席を立ち、店を出た。

 その顔に、さっきまでの元気はなかった。

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