第十八話 暗闇散歩
真っ暗闇の〈フィオナ城〉。
正面玄関の前に二人、裏門に一人、東西にある見張り塔の上に一人ずつ騎士がいる。
レノはフィンより預かった全身を覆える黒い外套を羽織り、呼吸を整える。
「では、行きます」
レノは“風声”と“霊歩”を発動させる。すでにレノは走りながらの“霊歩”を習得している。駆け足でも足音はしない。
書室は〈フィオナ城〉の東側にある。ゆえに、東の見張り塔の前を通り過ぎなければならない。最大限、見張り塔の人間を警戒しなければいけないはずだが、レノはまったく気にせず、堂々と見張り塔の前を通った。
見張り塔の上にいる騎士は当然レノを発見するも、スルーした。
(ありがとうございます、キールさん!)
東の見張り塔で見張り番をしているのはピンク髪の少女、フィンの部下の一人であるキールだ。そして西の見張り塔で欠伸をしながらやる気なさそうにしているのはディルである。
――『今日の見張り番にディルとキールを指名しておいた。二人には事情は伏せてレノを見逃すよう言ってある。見張り塔は気にしなくていい』
と、フィンはレノに伝えていた。
レノは書室の窓から中に入り、書室の本棚と本棚の間で一度息を整えた。
(き、緊張したぁ……!)
『気を抜くなレノ。ここからが本番だぞ』
『……』
セトは依然として不機嫌な面持ちだ。
レノは書室の扉をそっと開き、廊下に出る。
『いいかレノ、警戒するのは階段だ。私の言った巡回ルートを外れるのは見張りがトイレに行く時、もしくは見張りが交代、食事休憩に入る時だ。騎士たちの休憩室も騎士専用のトイレも一階にある。だから三階、二階にいる見張りが休憩に入る時やトイレに行く時は必ず階段を使う。最大限、階段は警戒しろ』
基本的に〈フィオナ城〉の見回りは階ごとに二人ずついるらしい。
『階に二人ずついる見張りだが、見張りの片割れは深夜になると廊下を見通せる場所に椅子を置き座る。眠りについた者たちを自分の足音で起こさないために歩き回っての監視はしないんだ。もう片方は寝室のない部屋の前を歩き回る。このフォーメーションには僅かだが死角はある。まず一階は書室の前の廊下が死角だ。窓越しに見られるのを避けるため、身を屈めて動け』
レノは言われた通り身を屈めて移動する。
『そこの階段をあがれ。だがその先の廊下は騎士が巡回している。階段に身を隠しながら足音に気を張るんだ。足音が聞こえたらあがるのをやめて身を隠し、通り過ぎるのを待つ。相手が通り過ぎたら無音の歩法で背後を横切れ』
レノは耳を澄まして階段をのぼる。途中、足音がしたのでレノは一度足を止め、階段の影に身を隠す。音が遠ざかったのを確認して階段をのぼり、廊下を覗き見る。歩いている騎士が階段側に背中を向けているのを見て、すぐ側の二階から三階に繋がる階段に足を掛ける。
(よし、この調子なら……!)
『!? レノ! 待て!』
――上から、階段をおりてくる音が聞こえた。
(三階から誰かがおりてくる!)
レノは慌てて階段を下ろうとするが、今度は二階の廊下から階段に向かう足音が聞こえてきた。
(これはまさか……さっき廊下を歩いていた方が、折り返して戻ってきた!?)
『このまま戻ればそっちに見つかる……クソ! 運の無い!!』
進路も退路も断たれた。
足音が上下から挟み込んでくる。
(ど、どうしたら――)
顔を青ざめさせるレノ。
マーナも爪を噛み、必死に考え込むも名案は出ない。
(どうしたら……!!)
「ケイン」
上の階から、フィンの声が聞こえた。
「これはこれはフィン様、どうなされました?」
「少し相談したいことがあるんだが、いいか?」
どうやらケインとはいま階段を下りてきていた騎士の名前のようだ。ケインは「もちろんですとも」と言い、階段を上がっていく。レノはケインが階段を上がり切ったところで階段を駆け上がった。
三階の廊下をそっと覗く。ケインは廊下の先で、こちらに背を向けフィンと話していた。
「……フィンさん……た、助かりましたぁ……」
『こっちの作戦決行時間に合わせ、三階の見張りを一人引き受けるとはな。ふっ。さすがは私の息子といったところか』
レノは廊下に出て、フィンたちがいる地点の逆方向に行く。
マーナの案内のもと廊下を歩いていき、そして大きな扉の前……マーナの部屋の前に辿り着く。
部屋を覆うように薄緑の壁、結界が視える。
(マーナ様!)
『大丈夫。見覚えのあるやつだ』
レノは部屋の前で身を屈め、瞼を下す。
(お願い……一分間、誰も来ないでください……!)
真っ暗で、静寂な廊下で目を瞑り精神統一。一分が長く長く感じる。
瞼を下ろしてから50秒が過ぎた頃だった。
『……!?』
マーナは遠くからこちらに近づいてくる足音に気づいた。恐らく、ケインとは別のもう一人の三階担当の騎士。
『レ――』
マーナがレノに声を掛けようとした瞬間、セトがマーナの口を手で塞いだ。
『レノの集中を乱さないで。もう廊下を戻るのは無理、この部屋に逃げ込むしかない』
精神統一が――終わる。
(憑依!!)
マーナがレノに憑依する。同時に騎士がレノを視認できる場所まであと3歩のところまで来ていた。
マーナは結界に右手の平を押し付け、扉の部分だけ結界を解除。鍵を差して施錠を解除。扉をそっと開け、中に入り、扉を閉めた後で結界を元通りに修復する。
――憑依から10秒経過。
憑依が解除される。
ギリギリ……見つかる寸前で部屋に入ることに成功した。
「ありがとうございました……マーナ様」
『礼ならセト様にも言うんだな』
「え?」
『私が焦ってお前に声を掛けようとした時、セト様が止めてくれたんだ。私があの時、お前に声を掛けていたらお前の集中は乱れ、憑依は失敗し、あの騎士に見つかっていただろう』
「セトさん……ありがとうございます」
レノが頭を下げると、セトは照れながらもプイっとそっぽ向く。
『よし、長居することもない。さっさと資料を取るぞ。そこの本棚の下から二段目、赤い分厚い本があるだろう。それの200ページから232ページがアギト商会のレポートになっている。千切って持っていけ』
レノは言われた通り、本から32ページ千切り取る。
「アギト商会のレポート、入手成功です!」
『それではレノ、もう一度憑依だ』
「はい」
レノはまた一分、精神を統一させる。
(憑依!)
マーナを憑依させ、結界を中から解除。外に出て鍵を閉め、結界を修復。憑依を解く。
(あとは帰るだけです……!)
レノはまた“風声”と“霊歩”を駆使して廊下を歩く。
あともう少しでこの緊張から解放される。その緩みが引き金だった。
「あ、れ……?」
二階へ繋がる階段に足を掛けようとした瞬間だった。
体がグラッと揺れ、視界が混濁した。
『『レノ!!?』』
セトとマーナが同時に叫び声を上げる。
極限の緊張下で“風声”と“霊歩”の長時間併用。憑依の連続使用。朝からここまで不眠での活動。あらゆる要素が重なり、レノの気力は底を尽きた。セトは手を伸ばすが、霊体ゆえに支えることはできない。
レノが、階段に落ちる。その直前で――
「お疲れ」
フィンがレノを後ろから抱きしめて止めた。右腕でレノを抱擁し、左手でレポートを掴む。
「ゆっくりと休んでくれ。
――レノ」
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