第十七話 絶交
『……?』
名案を言ったと思ったセト。だがセトの予想に反して、レノは不服そうな目でセトを見た。
「マーナ様の部屋に忍び込みましょう」
セトを無視し、フィンの方に向き直ったレノはそう提案する。
『ちょっと、レノ! 私の話を聞いて――』
「忍び込む……か。そう簡単な話ではないぞ。さっき言った通り結界が張ってあるからな」
セトの声が聞こえないフィンはセトの言葉を遮って話を続ける。
「そうですね、その結界をなんとかしないことには……」
『なに勝手に話を進めてるの! 私の話を聞きなさい!』
「……すみませんフィンさん、ちょっとお手洗いに行ってもいいですか」
仕方なく、レノは一度話を切る。
「場所はわかるか?」
「はい! 失礼します」
レノは部屋を出て、誰もいない庭に足を運んだ。
『レノ。どういうつもりか聞かせてくれる?』
セトはご立腹な面持ちだ。だが、それはレノも同様。
「こっちのセリフです! バラスティ領の方々を見捨てて、こっちの利益だけ貪るなんて提案、セトさんの口から聞きたくありませんでした!」
『意味がわからないわ。あなたがコイツらに協力しているのはアランの墓に行くためでしょ? 私の提案ならコイツらの力がなくても墓に行ける。ならコイツらに協力する必要ないじゃない』
レノはセトの発言を聞き、プルプルと肩を震わせた。
「――ガッカリです」
『なにがよ』
「僕が打算だけでバラスティの方々に協力していると、セトさんがそう思っていたことにガッカリしました!」
『え? 違うの?』
「違います! 確かに僕の利益のためでもあります。ですがそれ以上に僕は純粋な善意で、彼らに協力したいと思っているのです!」
『くだらない。自分の利益にならないのに危険を冒すなんて』
幼少期から暗殺者として教育されてきたセトには正義感や善意というものが理解できなかった。セトは冷徹であれと教育され、合理的で打算的な人間に育てられた。実際、焔王を倒したのだって自分のためであって人々のためではなかった。
一方、レノは真逆だ。自分の利のためだけに生きることはできず、誰かのための自分と考えるタイプ。
レノの実家、アッシュロード家は他者を蹴落とし、自分たちが成り上がるのを良しとする。そんな彼らに虐められたレノは彼らを悪しき手本として見てきたのだ。
利己主義と利他主義。相反する主義主張。ゆえに、起きた衝突。
「……絶交です」
『え……』
「セトさんとは絶交です! 友達解消です!! もう知りません!」
セトの全身に電流が走る。
『ぜ、ぜっこう……?』
セトは足元をふらつかせた。
40度を超える高熱でも患ったかのように、目線が定まらなくなり、汗が止まらなくなる。悪寒が収まらない。顔色がみるみる悪くなる。
『お、落ち着きなよレノ。セト様の協力なしにこの問題を解決できないだろう』
さすがに見かねたマーナが仲裁に入る。が、時すでに遅し。
「……嫌です。セトさんとは距離を置きます」
『ふ、ふーん』
セトは唇をわなわなと震わせながらも気丈な振る舞いをする。
『わわ、わたしの手を借りずに解決できるもんならしてみなさいよ。どうせすぐに泣きついてくるんだから』
「むかっ」
『はー、なんでこんなことに……』
マーナは頭を抱えた。
「もういいですっ! マーナ様、二人で打開策を考えましょう」
『はいはいわかったよ』
『まず結界をどうする気なのかしら。私がいなきゃ、領主が張った結界をどうにもできないでしょ? あなたはどうせ、結界を張ることも破ることもできないでしょうに』
ネチネチと言ってくるセト。
『結界ならなんとかできる、かもしれん』
『え?』
『レノ、私がアンタに憑依することは可能かい?』
「はい、大丈夫です。10秒程度ですが」
『十分。アイツの結界術は知り尽くしてる。私なら余裕で解除できるよ』
『へ、部屋の鍵はどうする気よ。きっと部屋には鍵が……』
『私の部屋の鍵はフィンに一つ渡している。だからアイツは結界については言及しても部屋の鍵については言及しなかった』
「それなら、結界も鍵の問題も解決ですね!」
『あとは部屋の前まで誰にも気づかれずに行ければ……』
セトの意に反して話はトントン拍子に進んでいく。不満を表すように、セトの頬が次第に膨らんでいった。
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フィンの部屋に戻ったレノは早速フィンに作戦を伝える。
「……母を憑依、それで結界を解く、か。やれやれ、そんなこともできるのか」
フィンは動揺と感心の混じった表情をする。
「部屋の鍵はフィンさんが持ってると聞きました。それをお借りできれば、マーナ様の部屋に入れます」
「しかし問題はどうやって母の部屋まで辿り着くかだ。母の部屋には近づくことすら許されていない。ディルやキールならともかく、他の警備兵や使用人に見つかったら父に報告されるだろう。そうなれば部外者であるお前はどんな目に遭わされるかわからない」
「潜入には少しばかり自信があります」
「ほう」
「見ててください!」
レノは“風声”と“霊歩”を同時に使う。
部屋を歩いているのに、その気配は一切感じない。フィンと、それにマーナも、レノの技術に驚きを隠せなかった。
「これは凄い。まったく気配がなかったぞ」
『ああ、見事だ』
「えへへ!」
『……私が教えた技でしょーが』
納得のいかない様子のセト。
「その技を使えばいけるかもしれないな。よし、では今日の深夜に作戦を決行しよう。一階の書室の窓の鍵を開けておくから、そこから中へ入ってきてくれ。書室は深夜ならば誰もいないし、あそこは階段にも近い」
「了解です!」
「見回り兵は灯りを持ってうろついている。灯りを見つけたらすぐに身を隠すんだ。母の部屋は三階の一番奥だ。地図も後で渡そう」
「はい!」
『そうそううまくいくかしらね』
レノは〈フィアナ城〉から出て、近くの食堂で食事をしながらマーナより城内の間取りや見回り兵の見回りルートなどを聞く。
夜――レノの潜入ミッションが始まる。
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