第十六話 逆鱗
ユキナ=アッシュロード。
彼女のことをレノはよく覚えている。
レノと同じ銀髪、レノと同じ緑の瞳だが……レノより瞳の色は暗かった。レノの瞳の色は陽に照らされた若葉のような緑色だが、ユキナは岩にこびりついた苔のような濃い緑の瞳だった。
美人で、スタイルも良く、上品。まさに才女。
そんな彼女にとって何もできないレノは侮蔑の対象だった。
「いい? レノ、あなたは私の言うとおりに生きるのよ」
それが彼女の口癖だった。
「私が薦めた学校に入って、私が薦めた相手と結婚して、私が示した通りの人生を歩むの。私の命令は絶対。何事も私の許可なくやっちゃダメ」
ユキナはレノに部屋の雑巾がけをやらせたり、耳かきをさせたり、召使いのように扱った。
命令を断ればユキナの側近にいじめられるため、レノは従うしかなかった。
「レノ……あなたは私から離れちゃダメなの。絶対にね……」
レノにとって、ユキナは焔王より恐ろしい存在だった。
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久しぶりにユキナの名を聞き、レノは身震いした。
「大丈夫か?」
レノの顔色が悪くなったのをフィンは見逃さなかった。
「すみません、大丈夫です。しかし驚きました。姉さんとフィンさんに交流があったとは……」
「自分で言うのもなんだが、俺はその……恐らく、多分、彼女に好意を寄せられている。だからか病を患う前まではよく家に呼ばれたんだ。アッシュロード家とバラスティ家は同じく騎士上がりの貴族だから、昔からよく交流自体はしていた。俺の代でその交流を断ち切るわけにもいかず、彼女の誘いを断ることができなかったんだ」
『私はあの家、嫌いだからあまり行かなかったな』
マーナの発言を受け、レノは苦笑いする。
「しかしお前に霊能力があるとまだ完全に信用することはできない。そうだな……いま、母はお前の側にいるのか? それとも墓にいるのかな」
「マーナ様なら僕の後ろに立ってます」
「そうか。では一つ質問しよう。母はディルのことをとある蔑称で呼んでいたのだが、それがなにかわかるか?」
『カマキリ小僧』
「カマキリ小僧、だそうです」
レノが言うと、フィンは肩を震わせて笑った。
「当たりだ。ディルが他人にその名を言うわけがないから、ディルから聞き出した可能性もない。本当に、お前は霊が視えるんだな」
「……ちなみに、なぜディルさんがカマキリ小僧なのか聞いてもいいですか?」
「ふふっ、母がいるのなら母に聞くといい」
『あのアホは生意気にもちっさい時から私に挑んできてね。そん時に使っていた武器が木の棒の先に鎌を括り付けたモンだったんだ。だからカマキリ小僧なのさ。アイツ、アレを槍だと言い張ってね。可愛かったねぇ~』
愉快気に笑うマーナ。
一方、レノは判決を待つ罪人のように、冷や汗を浮かばせていた。
「心配するな。お前が焔王と同じ能力を持っていたところで、俺がお前への対応を変えることはない」
レノの心中を察したフィンはフォローの言葉を投げかける。
「焔王の能力で忌むべきはそっちではないだろうに。お前に霊能力があるからと言って、お前を排斥したアッシュロード家には落胆の意しかないな」
「フィンさん……!」
レノはホッと胸を撫でおろした。
息子の対応を見てマーナもどこかうれしそうな顔をする。
「さてと話を戻そう。母の部屋になにか重要な物があるんだな?」
「はい」
「母から聞いた話を詳しく聞かせてほしい」
レノはマーナが言っていたことをそのままフィンに伝える。
「……なるほど。驚いたな。アギト商会が焔炉の騎士団に属する組織だったとは」
「早急にアギト商会を倒す必要があります。フィンさんの力でなんとかなりませんか?」
「商会が焔炉の騎士団と繋がっているという確たる証拠がない今、集められる兵の数は少ない。ディルやキールなら俺の言葉を信じてついてきてくれるだろうが、たったの3人ではさすがにきついな。相手は母の部隊を倒せるほどのレベルだ」
『不意をつかれなきゃあんなの返り討ちにしたさ!』
『言い訳ね。不意をつくのもつかれるのも実力の内よ』
『ぐ……!? ……仰る通りです』
ならば。とレノは言葉を紡ぐ。
「マーナ様の部屋に行って、証拠を取ってきましょう!」
「それも難しいんだ」
「なぜ!? 息子のフィンさんなら簡単に入れるんじゃ……」
「母が亡くなってすぐ、父が母の部屋を封鎖した。何人たりとも母の部屋に入ってはいけないと結界まで張ってな。息子の俺も例外じゃなく、あの部屋には入れない」
「どうして、そんなこと……」
「母の生きた痕跡を、そのままにしたいんだと思う」
悲しそうな眼をするフィン。
一方で、
『あんの……馬鹿者がぁ!!』
レノの背後でマーナは怒りに燃えていた。
『私の部屋を漁れば商会の闇に気づけたものを……! 領民を見捨て、死んだ女に縋りつく……なんっと軟弱な精神! 焔炉の騎士団の前に領主の首を取るぞ! レノ!!』
「無茶言わないでくださいっ!」
「なんとなくわかる。母はいま激怒しているだろう」
「ええ、それはもう、烈火の如く怒ってます……」
「母上。それだけ父上はあなたを愛していたということです。俺も気持ちはわかります。あなたはそれだけ、素敵な人だった」
息子の真摯な言葉を受け、マーナは腕を組み、『ふん!』と照れた表情を隠すために顔を逸らした。
『まったく、ウチの男共は軟弱者ばかりだ!』
照れ隠しにそう言うマーナに、レノはひそかに笑う。
「しかし、焔炉の騎士団を、アギト商会を殲滅するためには母の部屋に行くことは必須だな……なんとかして父を説得するしか方法はないか。勝算は薄いが……」
『まどろっこしい。もっとシンプルにいきましょう』
現在の状況を頭の中で整理したセトは一つの提案をする。
『マーナの部屋に忍び込むわよ』
「え?」
レノとマーナの視線がセトに集まる。フィンはなぜレノがいきなり後ろを向いたのか理解できてない様子だ。
『結界を張るのはできないけど、結界を破るのは得意。私に体を預けてくれれば一瞬で解く。扉の鍵も、私ならピッキングで開けられ――』
そこまで口にして、セトはなにかを閃いたかのように顎に手を添えた。
『そうだ……最初からこの手を使えば良かったんだ……』
(? どうしました、セトさん)
『私のピッキング技術を使えば多分、アランの墓所に繋がる扉も開けられる』
セトは薄く笑い、
『レノ! フィンからうまく墓所に繋がる扉の場所を聞きなさい。そうすれば私の力で扉をこじ開け、アランの墓所へ行ける!』
「え? でも、それって……」
『これ以上こいつらに関わる必要はない。ささっと墓所へ行ってアランを回収し、この街を出るわよ』
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