第十五話 焔炉の騎士団
『奴らは二年前の〈マヤ〉との戦時中、私の管理する戦場に友軍のフリをして現れ、私含む私の軍を殲滅した。言わば私の仇だな』
「焔炉の騎士団……はじめて聞く名前ですね……」
『私は知ってるわ。うざったかったわね。あの焔王信者の集まり……片っ端から暗殺してやったわよ。今になってもまだ蔓延ってるのね』
セトは道端に転がる虫の死骸を見るような眼をする。
「セトさんが活躍したのは約500年前、そんな昔から存在しているのですね」
マーナは『困ったもんさ』と肩を竦める。
『焔王が居ない今も焔王の誕生を夢見て着々と資金集めやら人材集めやらしている。あそこまでいくともう、焔王を神に据えた宗教だな』
宗教、というのは上手い例えだった。
実際、焔炉の騎士団を名乗る者たちは焔王を神格化している。たとえ焔王がこの世に存在しなくとも関係がない。彼らにとって焔王はリーダーではなく神、その姿がなくとも団体として成立し活動し続ける。
『うちのシマ……バラスティ領は奴らのターゲットにされた。奴らはバラスティ領に潜り込み、アギト商会という名を騙って利益を貪っている』
アギト商会、という名にレノは覚えがあった。
「アギト商会……ディルさんが言ってました。たしか、バラスティ領最大の商会!」
『そう。私は生前、奴らが人身売買をしているという噂を聞いてね、調査を進めていた。そしてついに奴らが奴隷や違法薬物を捌いている証拠を掴んだ。だが、事を起こす前に戦争のどさぐさに紛れて殺されちまった。あっちもあっちで私の動きを察知していたようだ』
マーナは悔しそうな顔をする。
焔炉の騎士団が許せないというより、敵に先手を取られた自分が許せないようだ。
『しくったよ……〈マヤ〉との戦いに集中させるため、旦那と息子に情報共有しなかったんだ』
『それじゃ、まだバラスティの人間は焔炉の騎士団が入り込んでいることに気づいてないのね』
『奴らが焔炉の騎士団だと気づいたのは死ぬ直前。私を殺した男が右手の甲に焔の紋章を刻んでいたので、それで気づきました。焔の紋章は焔炉の騎士団の証……奴らが焔炉の騎士団だとわかっていたなら、もっと早く動いていた……』
マーナはレノに頭を下げる。
『頼むレノ。フィンたちと協力してアギト商会を殲滅してくれ。奴らの焔が私の大切な場所を焼き尽くす前に……頼む!』
「やりましょう!」
『ちょっと……』
即答するレノに困惑するセト。
『あなたねぇ、焔炉の騎士団がどれだけイカレた連中かわかってるの? あなた程度じゃ命が百個あっても足りない相手よ』
「でも困っている人を放ってはおけません。恐らくいま、この状況をなんとかできるのはマーナ様の話を聞いた僕だけです。僕がなんとかするしかありません」
『私は何もレノ一人で動けと言っているわけではありません。私の息子は病弱ながらもできた奴です。フィンの協力を得られれば我が領内にいる焔炉の騎士団ぐらいなら何とかなります』
セトは呆れた様子で首を横に振る。
『レノがそのフィンを説得できると思ってるの? フィンにとってレノは今日知り合った赤の他人、一方その商会はこの領の大手。どっちを信用するかなんか決まってるわ』
『レノの霊能力を言えば……いや、それは無理ですね』
『そう。霊能力は焔王が有していた能力、例えレノの霊能力を証明できたとして、焔王と同じ能力を持つレノは信用されない。八方塞がりというやつよ』
レノの霊能力を証明する方法はいくらでもあるだろう。フィンとマーナしか知らない情報を言うとか、マーナしか知りえない情報を言う等々……しかし、霊能力の証明はレノの逆風となる。焔王と同じ能力を持つ少女の言葉は結局誰にも信じられない。
「一回、霊能力のことは隠して、フィンさん、ディルさん、キールさんに商会のことを話してみましょう。御三方がなにかしら商会に疑いを持っていれば僕の話を信用するかもしれません」
『そうね。試す価値はあるわ。でも一つ約束して。それで三人から信用を得られなかったらこの件は諦めて街を出ると』
「う……わ、わかりました」
しかし現状、手立てなしに信用を得るのは難しい。
「マーナ様、誰か商会に疑いを持っている人はいないのですか? 僕だけの力じゃ信用されるのは難しいかと」
『奴らに疑いを持っている人間、私の部下は皆あの戦で殺された。なにか良い手はないものか……』
マーナは目を見開く。
『――そうだ! 私の部屋に商会を調査したレポートがあったはず! アレをフィンに見せられればなんとかなるかもしれん』
「ホントですか!? ではまずはマーナ様の部屋に行きましょう!」
「お前、なに独り言言ってんだ?」
「わぁ!?」
背後からディルの声がした。
レノが振り返るとディルはため息交じりに、
「不思議ちゃんだとは思っていたが、これほどとはな……お前、ぬいぐるみとかに話しかけるタイプだろ」
「ななな、なぜディルさんがここに!?」
「ウチの大将にお前を連れてこいと頼まれてな。あんにゃろう、さっきはついていくなっつったクセに……」
「フィンさんが……?」
『好都合。フィンに頼んで私の部屋に案内してもらおう』
レノはディルに連れられ、〈フィオナ城〉に戻る。
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〈フィオナ城〉のフィンの部屋に連れてこられたレノ。
フィンは椅子に座っていた。格好も寝巻ではなく、騎士らしいマントを羽織った格好になっている。
『この城に来るのも、この部屋に来るのも久しぶりだねぇ。霊を視るだけじゃなく、霊を引き連れるとは驚いた』
『久しぶりの息子の姿に感動とかないの?』
『コイツは頻繁に墓参りに来ているので、懐かしくはないんですよ』
レノの背後にはセトとマーナ、そしてディルが居る。
「悪いな。また呼び戻して」
「いえ。ちょうど僕もフィンさんに話があって……」
フィンはレノの言葉を止めるように右手を前に出した。
「……ディル。レノと二人で話をしたい。席を外してくれ」
ディルはちょっとムッとするが、すぐに「はいはい」と呆れたような声を出す。
「ゴシュジンサマの命令は絶対ですからね~。従いますよ~」
「すまない」
ディルは不貞腐れた様子で部屋を出る。
「さてと、まずはお前の話から聞こうか」
「フィンさん。実はとある事情があって、マーナ様の部屋に行きたいのです」
「母の部屋か。そこに行けと、母に頼まれたのかな?」
「はい! ……え?」
フィンはレノの霊能力を知らないはず。
なのに、レノがマーナと話してきたことを知っているような口ぶりだ。
「銀色の髪、緑の瞳……やはり間違いない。レノ、お前はアッシュロード家の人間なのだろう?」
「なぜ、それを……」
「実はな、アッシュロード家には何度か父に連れられ行ったことがあるんだ。お前に会ったことはないが、お前の姉……ユキナとは話をしたことがある」
ユキナ。という名を聞いてレノは背筋を硬直させた。
「ユキナは常々、出来の悪い妹の話をしていた。アッシュロードの厄子、霊の視える妹の話を……」
メインタイトルの読み方は「ぼんこつのこおりひめ」です。
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