第十三話 フィン=バラスティ
〈パーシアン〉は城郭都市。10メートルほどの城壁に囲まれており、周囲を川が流れている。レノたちは橋を渡り、橋から続く門をくぐって中に入る。
「ここが〈パーシアン〉だ」
〈パーシアン〉は豊かな街だった。
馬車に乗った行商人が行き交い、武器屋・道具屋・薬屋・馬宿、必要な物がすべて揃っている。騎士の姿も多く見え、治安も良好そうだ。
「領主様が元気ない割に、街は活気に溢れてますね」
「領主様の息子が優秀でな、いまはその息子が領主役をやってくれている。――だが、アイツに頼ってばかりもいられねぇ」
「なぜです?」
「アイツは生まれつき病弱でな、今も肺を患っている。決して治らねぇ病気じゃねぇ、安静にしてりゃ短い期間で治るだろう。だけど、アイツはいま領主の仕事をやってるせいでロクに体を休めてないんだ。おかげで病状は悪化するばかり……」
ディルは心配そうに顔をしかめる。
「……その人も母親を失って辛いはずなのに」
『ここの領主はとんだクズね。死んだ妻に構って生きている息子をないがしろにするなんて』
「セトさん、口が悪いですよ」
「セト? あの《聖天四雨》のセトか?」
「え!? いや、その……」
「もしかしてお前、セトも好きなのか?」
セトの目がある手前、いいえとは絶対言えない。レノは高速で頷いた。
「そうなのか。俺はあんまり好きじゃねぇんだよなぁ。セト=ギルウェン」
『む……』
「奴の伝説を聞くに、暗殺しか能がねぇんだろ? 俺も合理的な方だし、不意打ち・闇討ちを批判する気はないが、華がないよなぁ」
レノは恐ろしくてセトの方を見れなかった。
『レノ。体を貸しなさい。この男、八つ裂きにしてくれる』
(落ち着いてください!)
レノは行商人たちの馬車、その荷車に描かれたエンブレムに目をつける。
紅い、竜の顔のようなエンブレムだ。
「ディルさん、あの絵はなんですか?」
「〈アギト商会〉のエンブレムだな。ウチの最大手の商会だよ。アレのおかげで経済は安定している。ホント、助かってるよ」
レノは〈アギト商会〉の名を頭の片隅に置き、前を向く。
街の中央に領主邸はあった。
王城と言われても納得できるような城。てっきり館のような物を想像していたレノは呆気に取られた。
「ここが領主邸だ。その名も〈フィアナ城〉!」
「か、カッコいいです……! こんな立派な城、はじめて見ました!!」
「なんせ大英雄の居城だった場所だからな。アラン様は王の次に敵国に狙われる立場、ゆえにこうしてガッツリ防備を固めたんだ。って、アラン様のファンのお前は知ってるよな」
「ええ、まぁ……」
知らなかった。
「それにアラン様は平民出身だったけど、その功績で二等貴族に昇格したれっきとした貴族だったからな。王族のみの特等貴族、御三家と呼ばれる王家御用達の三大貴族に与えられる称号一等貴族、これの次……つまり上から三番目の位だな。これぐらいの城は持つさ」
特等貴族、一等~五等貴族、平民という順で階級は並ぶ。
騎士の最高峰、騎士団長でさえ三等貴族であることを考えるに二等貴族を与えられたアランの凄さがわかる。
「もしかして、領主様はアラン様の子孫なのですか?」
「そうだよ」
『あのアラン=バラスティの血筋か。どんな人物か楽しみね』
二人は馬を降りる。
ディルが指を鳴らすと、ディルが乗ってきた黒い馬は突如として消え、宝石となった。
「あれ! お馬さんが!?」
「クロユリ(馬の名前)は錬成獣だ。この魔石を錬金術で加工して作り出した獣だよ」
ディルは黒いひし形の宝石――魔石を見せる。
(錬金術……名前は聞いたことありますが……)
『魔石や金属を昇華させたり、様々な素材を混ぜ合わせ新たな物質を作り出したりする術を錬金術と言うわ。共通するのは物質の魂源配列に干渉することね』
(そ、そうるあれい?)
『言い換えれば魂の情報ね。いかなる物質にも魂はあり、その魂の情報、魂源配列に干渉し改ざんすればまったく別の物質に変えることができる……)
(?????)
『……錬金術の授業はまた今度にしましょうか。とにかく、コイツは魔石を錬金術で昇華させて馬を生成したのよ』
レノの頭がパンクしそうだったのでセトは話を切り上げた。
「と、とにかくアレですね! ディルさんは凄い方ってことですね! 騎士でしかも錬金術も使えるなんて!」
「俺は錬金術を使う騎士、アルケミーナイトだからな」
「アルケミーナイト! なんとカッコいい響き……!」
「今時、騎兵のほとんどはアルケミーナイトだぜ。っと、無駄話はこの辺にしとくか」
領主邸の敷地内に入るとディルは表情を引き締めた。
「まずは息子の方に会わせてやる。領主様に会ったところで今は無駄だと思うからな」
「息子さんはディルさんと同じくらいの年齢なのですか?」
「俺が十六でアイツが十五、一つ違いだな」
「あ、では僕と息子さんは同い年ですね」
「あぁん!? お前、十五なのか!?」
「? はい、そうですよ」
「てっきりもうちょい下だと思ってたぜ……」
ディルはレノの慎ましい胸部を見て言う。
「ウチの天馬騎士といい、最近の娘はこじんまりしてるよなぁ~」
バカにされているとはわからず首を傾げるレノ。
一方で、ディルの発言の意味を理解していたとある女子は、ディルの後頭部に銀の槍を叩きつけた。
「うごあっ!?」
ディルは痛みに耐えかねて後頭部を押さえうずくまる。
「どうも。こじんまりしてる天馬騎士よ」
ピンク色の長髪に赤い瞳の少女がご立腹の様子で現れた。
ディルは立ち上がり、
「キール……! こんにゃろ、思いっ切り殴りやがったな……!」
「刃を向けなかっただけ感謝して欲しいものね」
「相変わらず生意気なガキだ……!」
「ガキって、同い年でしょうが」
キールと呼ばれた少女はレノより頭一つほど小さい。しかし身に着けている鎧はすべて銀色で、きちんとした騎士であるとわかる。
「で、誰よ。この子」
「郊外で拾ったんだ。なんでもアラン様の墓に用があるんだと。今からフィンに会わせるところだ」
「身分は?」
「知らん」
「出身は?」
「知らん」
「アンタ! そんな不審者を城に入れたの!? 信じられない!!」
レノは手を挙げ、
「レノ=グリーンハートです! 身分は平民! 出身は〈フォルス〉です!」
「〈フォルス〉? って、アッシュロードが領主をしている街ね」
「……そうです」
「私、アイツら嫌いなのよねぇ。騎士の誇りがなんやらとのたまいながら、陰湿なことばっかりやるし。騎士の悪いところと貴族の悪いところを煮詰めたような連中……あー、思い出しただけでイラついてきた」
キールはレノを一瞬、哀れむように見ると肩の力を抜いた。
「ま、いいんじゃない。害は無さそう。まるでウサギみたいだわ。一切怖さを感じない」
「ウサギ……」
「気にすんなレノ。コイツは誰にでも毒を吐く。他人との距離の詰め方がドヘタなんだ」
「……なんですって」
その時、
レノの側にあった銅像の足元にヒビが入った。
『レノ!』
いち早く気づいたセトが注意するも遅い。銅像は崩れ、ガッシャーンとレノに倒れ込んだ。
「おい! 大丈夫か!?」
ディルが銅像を持ち上げる。
「――モーマンタイです!」
レノは笑顔で立ち上がる。
「この城の銅像が壊れるとこ初めて見た。運が悪かったわね」
「悪くありません!」
「はぁ?」
「見てください! 僕がクッションになったおかげで床が壊れずに済みました! 僕が居なかったら確実に銅像が倒れ込んだ衝撃で穴が空いてましたね。良かったです!」
「「……」」
あまりのポジティブ発言に絶句する2人。
「……なんとなくアンタが連れて来た意味がわかったわ」
「なぁ? 面白いだろ?」
「今のフィン様の肩の力を抜くにはちょうどいいかもね。銅像は私が処理しておくから早く用事を済ませてきなさい」
「助かるよ。レノ、怪我はないか?」
「ないです」
「んじゃ行くか。そろそろフィンの奴の往診も終わった頃だ」
「フィン?」
「さっき話した領主の息子だよ」
ディルはレノを連れて二階の奥、フィンの部屋の前に行く。
「入るぞ、フィン」
ディルがドアを開ける。レノはディルの後に続いて部屋に入る。
「やぁディル……と、君は?」
赤色の髪、青色の真っすぐな瞳。
透き通った白い肌に整った顔立ち。白馬が似合いそうな彼がこの街の領主の息子、フィン=バラスティである。
ベッドに座った状態で、彼はレノを迎えた。
「レノ=グリーンハートです! 初めましてフィン様!」
屈託のない笑顔を浮かべる見知らぬ少女。氷すら溶かしてしまいそうな眩い笑顔を前にして、フィンは自然と笑ってしまった。
PV不振のため、更新の度にいろんなタイトル試してます。
混乱させて申し訳ありません……。
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