第十二話 ディル=ヴェン
〈スカ―〉を出てから三日が経った。
『まさか三日かかってもまだ着かないとはね』
他人事のように言うが、ここまで時間がかかったのはセトのせいである。
「セトさんが……こんな歩き方を強制するからですよ……」
今、レノは進行方向に体の側面を向け、横向きで歩いている。
しかも三歩歩いたら一歩戻るという制限付きである。
『新しい歩法の修行よ。それと呼吸、乱れてるわよ』
レノは「コオオオオォォォ!!」と喉・肺・腹を振動させ呼吸する。
「……この新しい呼吸法もキツい……! 全身で呼吸するから全身がどっと疲れます……」
『あなたは要領が悪いのだからその分、すべての時間を修行にあてないとね』
「うぅ。反論できない自分が悔しいです……!」
『はい、いちにーさん・し、いちにーさん・し』
セトは手拍子しながらリズムを口にする。
「はぁ……はぁ……!」
道の途中、レノは足を止め、膝に手をついた。
『限界のようね』
「いえ、まだ……!」
『限界よ。あなたの精神じゃなくて肉体がね。これ以上やったら怪我するわ。一度休みましょう』
その時、背後に馬の足音が寄ってきた。
「お困りかい? お嬢さん」
振り返ると、そこには馬に乗った騎士がいた。
男の騎士だ。長い黒髪を一つ結びにし、八重歯のある、ライトアーマーを装備した騎兵。馬にも武装が施してあり、身なりからどこかの騎士団に所属していることがわかる。
腰に剣、背に槍。手に骨付き肉。
「行き先はどこだ?」
「えと、〈パーシアン〉です!」
「へぇ、奇遇だな。俺も〈パーシアン〉に向かう途中なんだ」
男は肉を頬張った後、手に持った肉の骨で後ろを指した。
「ちょうど俺が朝狩りに来てて良かったな。乗ってけよ」
「え、いいのですか!?」
「汗だくの娘ほったらかしたら騎士の名折れよ。これでも高名な家に勤めてるもんでね、恥は晒せねぇ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
レノは男の手を借りて馬に乗る。
「軽いね~。ちゃんとメシ食ってんのか?」
レノは胸当てにリュックに剣を持っている。それなりの重さの装備をしているのに、それでも軽いと評されるほどレノは華奢だった。
一方、男の方は逞しい腕をしており、レノを軽く持ち上げられるほどの筋力を持っている。にもかかわらず、巨漢とは言えない。彼は騎兵、ゆえに体重管理に気を付けているのだろう。必要な筋肉をつけ、極限まで無駄を省いた肉体をしている。鎧を打ち抜けるだけの筋力を持ちながら馬に余計な負担を強いない、騎兵としてベストな体型だ。
「実は今日、まだ食事を摂れてなくて……」
地獄のような不味さの丸薬を除けば。とレノは心の内で付け足す。
「そうなのか? んじゃ、この肉食うか?」
男は自分がかじっていた骨付き肉を掲げる。
「いただきます!」
『レノ!』
すぐさま肉を受け取ろうとしたレノをセトが諫める。
『男が口にした物を軽々と受け取らない』
「うぅ……」
「どうした? 食わねぇのか?」
「すみません……」
男は「そうかい」と肉を食べ進める。
「嬢ちゃん、名前はなんて言うんだ?」
「レノって言います。レノ=グリーンハート」
「まったく聞いたことない名前だな。俺はディル=ヴェンだ。ディルって呼んでくれ。ところでレノ、お前〈パーシアン〉に何の用だ? 見たとこ行商人じゃないみたいだけど」
「アラン=バラスティ様の墓に行きたいのです」
「アラン様の!? お、お前ひょっとして、アラン様のファンか!?」
「え、えっと……」
『“はい”って言っときなさい』
セトの指示を受け、レノは首を縦に振った。
「はい!」
「マジか! 俺もアラン様の大ファンでよぉ、かっこいいよなぁ! 一人で百人の大群に突っ込んで無傷で帰ってくるんだぜ! 〈レッド・シェル〉の戦いじゃ、遠くから手斧を投げて敵大将の首をぶっ飛ばしたんだ。豪快且つ繊細なその戦いざま! 最期まで王に尽くした忠誠心! 俺たち騎士の憧れだぜ! ……あー、しかし」
ディルは申し訳なさそうに頭を掻く。
「いまアラン様の墓所に行くのは無理だな」
「無理!? な、なんでですか?」
「アラン様の墓所は〈バラスティ領〉の領主邸の地下にあるんだ。地下に入るには鍵が必要で、その鍵は領主様の手にある」
「ならば、領主様に頼んで鍵を貸してもらえば……」
「領主様は二年前に奥方を亡くしてな、それで完全に意気消沈してる。鍵貸してくれつっても、多分“うるさい、帰れ”と言われるのがオチだな」
「わかりました! ならば話は簡単ですね!」
「はぁ?」
ディルはレノの方を振り返る。
レノは握りこぶしを作り、
「領主様を元気にさせて、鍵を借りましょう!」
「おまっ、簡単に言いやがって……あのな、俺たち臣下がどれだけ慰めても駄目だったんだぞ。実の息子が説得しても無視だ。そんな相手に、赤の他人のお前になにができるよ?」
「頑張ることができます!!」
「……は、話が通じねー」
へへ、とディルは嬉しそうに笑う。
「いまあの城は辛気臭くて敵わんからな、お前みたいな馬鹿突っ込めばなにか起きるかもしれねぇか……いいぜ。連れてってやるよ。領主邸にな」
「ホントですか!? 助かります!」
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