第十話 次なる英雄を目指して
セト曰く、ローウェンは三か月はまともに剣を振れないほどの怪我らしい。しかも腕の重要な筋をズタズタにしたので、復帰したとして以前のような剣術を得るにはさらに長時間のリハビリが必要なようだ。『これで多少はあの腐った性根も治るでしょう』とはセトの言である。ちなみに、これっきりローウェンは女性恐怖症に陥り、女性に触れられるだけで体が硬直するようになったという。
ローウェンとの戦いから一日が過ぎた。
レノは宿で街を出る準備をしていた。
『いいの? 養成所に戻らなくて。あの男がいなければまた通えるんじゃないの?』
「いいんです。養成所に通うより、もっと効率的に強くなる方法がわかりましたから」
レノは荷造りを終え、リュックを閉じる。
『その方法ってなにかしら?
――ま、わかりきったことだけど』
セトは自信満々の顔をする。
『私に集中的に指導してもら――』
「ズバリ! 《聖天四雨》の皆さんを僕の師にするのです!」
『……なんですって』
「セトさん一人で僕をここまで成長させることができたのです。ならばもう三人、大英雄を師にすることができれば……むふふ」
レノの瞳は欲望に満ちている。自分の提案に一切の疑いを持たず、セトが反対することなどないと確信している様子。
――その確信は誤りだった。
セトは部屋の隅に行き、膝を抱えて座り込む。
「???」
セトはプクーッと頬を膨らまし、
『別れましょう。私たち』
「なんでぇ!!?」
友達になって二日目、レノは絶縁を言い渡されたのだった。
「セトさん、なにをそんなに怒っているのですか?」
『……不満なの』
「はい?」
『師匠が、私一人じゃ不満なの?』
通常、師は一人だ。多数の師に師事するなど師に対する無礼にあたる。
ローウェンから一本取らせたにもかかわらず、新たに師を求めようとするレノにセトが怒りを覚えるのも無理はない。
だがレノもレノで引くわけにはいかない。レノは人一倍強さへの飢えが強い。《聖天四雨》を全員師にする……こんなワクワクする提案を下げる気はない。セトへの配慮が足りなかったことは反省するも、だからといって意見は変えない。
返答の難しい質問だ。
不満、と答えれば当然ふてくされるし、不満じゃないと答えれば『なら私一人でいいでしょ』と返されてしまう。
レノの返答は……、
「不満じゃないです。でも満足もしません。腹八分目です!」
よくわからない言い回しにセトは頭に?を浮かべる。
「セトさんだけでも僕を立派な騎士にできると思います。でも、セトさん一人では僕は絶対にセトさんより強くなれません。肩を並べることもできません」
『……』
それはその通りだとセトは思った。
レノに暗殺術の才能はない。これから二十年……仮に千年と訓練したところで、セトに勝つのは不可能だ。それが才能の壁、努力では埋まらない高い高い壁だ。
「僕はいつか、セトさんと対等な存在になりたいのです。セトさんと同じくらい強くなって、セトさんと同じ景色を見たいのです。友達として! 《聖天四雨》を全て師にできれば、その目標に手がかかると思うのです!!」
『ほんっと、変な子ね……』
セトは立ち上がり、髪をサラッと流す。
『ま、そういうことなら受け入れてあげる。私もあなたに簡単に死なれちゃ困るから、少しでも強くなってもらわないとね』
レノは敬礼のポーズをとる。
「はい! 精進します!」
絶縁宣言から一分で仲直りした二人であった。
『それで、次はどこに向かうつもり?』
次なる目的地、次なる英雄を求めて向かうは――
「第一の英雄、アラン様の墓に行こうと思います。場所は〈バサラ王国〉の西にある街〈パーシアン〉です!」
◆◆◆
バラスティ領〈パーシアン〉。
領主邸の謁見室にて。
「ネフト様、こちら領民の意見をまとめた書類になります」
「……」
領主ネフトは部下が運んできた書類に目もくれず、椅子に座って項垂れるのみだ。
「特に魔物による畑荒らしの対策を求める声が多く――」
「……どうでもいい」
「は……?」
領主のとんでもない発言に、部下は思わず怒りの表情を浮かべる。
「お言葉ですがネフト様、領主としての責務を果たしてください! 奥方が亡くなって辛いのはわかりますが、あなたはこの〈パーシアン〉の長なのですよ!」
「……ディル。その書類はそのまま俺の部屋に持ってきてくれ」
謁見室に一人の少年が入ってくる。
顔色の悪い、赤髪の少年だ。
「フィン……様。そんな体で仕事をなさるつもりですか?」
「仕方ないだろ。父は見ての通りだ。俺がやらねばならない」
ディルは書類を抱え、フィンと共に謁見室を去る。
「まったく! 困ったもんだぜあの親父には!」
謁見室から出ると、ディルは口の悪さを隠さなくなった。
「父にとって母はとても大きな存在だったんだ。もう暫く時間をやってくれ」
「もう二年だぜ。奥方が亡くなってよ! ……息子のお前がこうして開き直ってんのに、情けねぇぜ」
「母なら、今の父になんと声を掛けるかな……」
「あの方は厳しい人だったからな~。叱るんじゃねぇか」
「ふふっ、そうだな」
フィンはある銅像の前で足を止める。
「いずれは父に立ち直っていただかないとな。このまま〈パーシアン〉を腐らせては我が先祖――アラン=バラスティに顔向けできん」
銅像の男は斧を構えた重装の戦士。《聖天四雨》、アラン=バラスティである。
そしてこの男、フィン=バラスティはアランの子孫である。
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