僕が「余命10分で死ぬ病」に罹った話
初春、まだ雪の溶けない季節の冷たい空気に喉がカラカラに乾いたせいか目がさめる。
窓の外を見れば既に日が高く登っている。
唐突だが昨日、大学受験の合格発表の日があった。そして僕は落ちていた。
落ち込んで夜眠れなかったせいか、少し寝すぎてしまったかなと思いながら洗面台に向かった。
「あれ……?なんだろうこの痣」
顔を洗って鏡を見てみると、左の頬にデジタル時計のような痣が浮かび上がっていた。
9:47と書かれている。
そして驚く事にそれは本当のタイマーみたいに、時間が減っていき、9:46……45……44と秒を刻んでいた。
「取りあえずスマホで調べてみるか」
▽
現代に現れた謎の奇病、後天性寿命不全症候群、通称「余命10分で死ぬ病」に僕は罹ったらしい。
原因は不明、ある日突然頬にタイマーのような痣が現れ、10分経てばその人は死ぬ。
ただ、分かっていることは発症する人には共通点があり、それは「死にたいと思っている人」らしい。
自分は全く興味が無くスルーしていたけれど、既に大量の死者が出ていて社会問題にもなっているらしい。
僕の調べた記事には、色々書かれていた。
『カルト教団が宣言『これは神に与えられた救いである!』』
『○○国で国民が自死権を人権として主張』
『自殺者がそのまま病死者に変化しただけという意見も』
『政府は後天性寿命不全症候群対策特別措置法を可決』
「凄い事になってるな」
他人事のようにつぶやき、政府公式ホームページを開いた。
「それにしても、僕がこんな病気になるなんてな……」
どうやら「余命10分で死ぬ病」にかかった国民にはそれを申告する義務があるらしい。
申告すれば職員が来て爆速でカウンセリングを行い、死にたいという気持ちを抑止して「余命10分で死ぬ病」の治療を行う。
僕が個人情報の入力を終える頃には頬の痣は6分台を示していた。
「さて、どんな人が来るかな」
SNS上ではイケメン/美女が来て慰めてくれたおかげで生きようと思えたなんて意見がちらほら見られた。
(ピンポーン)
僕のアパートの部屋のインターホンの音だ。もしかしてもう来たのか?まだ入力して1分もしていないのにどうやって来たんだろうか。
「はーい」
期待しながらドアを開けるとそこにはヨボヨボなおばあさんが居た。
僕は僕よりこの人の命の心配をしたほうが良いのではと思った。
「こんにちは、はじめまして。あなたが「余命10分で死ぬ病」、を自己申告された方ですね?中に入ってもよろしいですか?」
お年を召しているせいかゆっくりとした話し方だった。
「えっと、……とりあえず中へどうぞ」
僕がそう言うとおばあさんは玄関を上がってスタスタと廊下を通ってリビングの食卓に座った。
呆然と眺めていると、しわくちゃなにこやかな笑顔で僕を手招きした。せっかちな人なのかもしれない。
▽
「どうぞ、麦茶です」
「ありがとうございます」
おばあさんが麦茶を飲んで、コップを机においた。
「それでは、時間も無いですし、早速話を聞かせてもらえますか?」
「その、やっぱり話さないと駄目ですか」
「別に嫌なら、構いませんよ。私はそのまま、帰ります」
「あれ、カウンセリングに来たんじゃないんですか?」
「確かに、普通なら、あなたが死ぬのを止めなければなりませんけど、私は臨時でこの仕事に雇われたんですよ。見ての通り、私は老い先短い、老人なので、自分が死ぬときの為に、他人の死を見て勉強しようと思って、この仕事に応募したんです」
なんだその変な理由は。
「さて、それでは貴方が、死にたいと思う理由を、聞かせてくれますか?」
「結局聞くんですね……」
「仕事ですからね……」
「僕……大学受験に失敗しちゃったんです。昨日が合格発表だったんですけど」
「ふんふん、それで?」
「それで、死にたいなって思って……」
「……?どうして大学に行けない事で死にたくなったんですか……?」
「え、大学に行けなかったら将来が不安……?になるからです、かね?」
「はぁ、なるほど。しかし、私が若い頃は学校なんて全部焼けてましたし、将来なんて不安しか無かったですけど、意外となんとかなりましたよ」
まさかの戦前世代だったとは。なんでこの人雇われたんだろう。生死感が違いすぎてカウンセリングにならないじゃないか。
「ところで、あなたはもう受験結果は家族や友人に伝えましたか?」
「いえ、伝えてません。落ちたことを伝えずらくて……」
「それなら伝えておきなさい。このあと死ぬんですからやり残しを残してはいけませんよ」
「えぇ……?分かりましたよ」
おばあさんに急かされるまま、親と友人のグループに『大学落ちた』と一言だけメッセージを送った。
「伝えましたよ」
「そうですか、なら安心して死ねますね」
「もう死ぬことは確定なんですか」
「別にいいじゃないですか。他にやり残した事があるんですか?」
「いや、まぁ、死にたいと思ってますけども」
「なら私が言うことは何もありません。それでは仕事も終わったので帰りますね」
そう言うとおばあさんは席を立ち上がって玄関に向かった。
おばあさんがアパートの階段を降りるまで付き添い、自分の部屋に戻り扉を閉める。姿見を見れば痣の時間は1分を切っていた。
リビングに戻り椅子に座る。
「もうすぐ死ぬのかー……、そういえばさっきのメッセージの返事来たかな」
スマホを取り出しメッセージを確認するとどちらからも返信が来ていた。
「えっと、なになに……親からは『残念だったね来年また頑張れ』って……?」
親からの返事はとても意外だった。普段勉強とかには厳しい人だったし、もっと何か言われるかと思った。
「友達からは……『マジかー残念だったなお前』『てことはお前は来年後輩か、先輩を敬え』ムカつくわーこいつら。『俺は社会人だぞもっと敬え』『俺も落ちたから一緒に頑張ろうな』、えっ、あいつ落ちたのかすげー頭良かったのに……『いやお前は難関大学だろうが』、っと」
メッセージを送信する。みんな色々あるんだな。
そういえばもうそろそろ時間切れかな。……どうせ大学落ちるならこいつらともっと遊んでおけば良かったかな。
(ピコン)
通知が来た。
『浪人組が忙しがしく無かったら夏休み旅行いこーぜ』
「…………」
スマホの電源を切る。黒い画面に映る自分の顔からは、既に痣は消えて無くなっていた。
「『将来なんて不安しか無かったですけど、意外となんとかなりましたよ』……か」
スマホを起動して『絶対行くわ』と返信した。
僕が「余命10分で死ぬ病に」罹った話
おわり。