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蝶の楽園?ニューギネア夢紀行⑤

 ニニク一味に捕まったアルベルト達は魔力を制御する手錠を嵌められた上イリエワニの生息する大きな沼に連れてこさせられた。アルベルトは更に手足も追加で縛られ事前に用意された木製のカヌーに寝かせるように乗せられニニクと後ろでオールを漕ぐ村男一人が乗り込む。


「お願い!私あなたに嫁ぐわ!だからアルベルトさんを殺さないで!」

「俺の女になる決意をしたのは賢明だ。だがこのガキにはワニの餌になってもらうぜ」


 岸にフェリクスと共に残されたプラウアは村男達に抑えられながらも結婚と引き換えにアルベルトの助命を乞うたがニニクは聞き入れなかった。


「ここに来るまで獣や虫から妨害を受けなかったところをみると代理人の言った事は本当だったようだな。特殊魔力がなきゃお前はただのガキだ!ワニもお前を単なる餌だと認識するだろうぜ!」

「僕はどうなっても構いません!プラウアさん達には何も乱暴はしないで下さい!村の人達にもです!」

「フン!こんな状況でも他の連中の心配か?偽善者が!おっ、沼でワニ共が一番多い場所に着いたぜ!」


 カヌーの先頭に立っていたニニクは沼で一番ワニが多いという場所に来た。すると気配に気づいたワニ達が続々と縦細の瞳孔の眼と鼻を水面に出した。


「早速集まって来やがったな!だが数が多いな……しっ!しっ!カヌーに近づき過ぎるなこの馬鹿ワニ共が!」


 カヌーに近づきすぎたワニ達をニニクは杖から火を噴き出し威嚇する。そしてワニ達が適度に離れたタイミングでニニクは指示を出した。


「おい!いよいよこのガキを沼に放り込むぞ!持ち上げるのを手伝え!」


 その指示に従い村男はニニクと縛られ身動きが出来ないアルベルトの体を持ち上げた。それを見たプラウアは泣きそうな顔で叫ぶ。


「アルベルトさん!!!お願いやめてぇ!!!」

「もう遅い!こいつがワニの餌になるのをそこから見ているんだな!」


 沼に投げ込まれそうになり絶体絶命のアルベルトはこれまでかと覚悟を決め目を瞑った。


(もう駄目みたいだ……ごめんボナヴィアの皆んな!)


 その時何か気配を察したのか水面から目を出していたワニ達が急に沼の中へ消えた。


「あぁ?ワニ共が急に沼の中に消えちまったぞ?一体何……どわぁっ!!!」

「(ひぎゃあぁぁぁっ!!!)」

「わあぁっ!!!」


 ニニクが異変に気付いた瞬間沼の中から他の個体よりも遥かに巨大なワニが魚雷のように水しぶきを上げカヌーに突進してきた。カヌーは衝撃で転覆し乗っていた全員が沼に投げ出された。


「いやあぁぁぁ!!!アルベルトさぁん!!!」

「何じゃ今のは!?あんな巨大なワニ見た事無いぞい!?」


 ワニに襲われ投げ出された三人を見てプラウアは絶叫しフェリクスは奇襲を仕掛けたワニの巨大さに驚く。アルベルトと違い手足の自由が利くニニクと村男は浮上し泳いで転覆したカヌーにしがみ付く。


「ぷはぁ!ゲホッ、何だ今のは!?馬鹿でかいワニが体当たりしてきやがった!」

「(あれはこの沼の主です!隣村の奴が言っていました!この沼で八メートルはある巨大なワニを見たって!)」

「そんな規格外のがいるなら何故先に言わねぇんだ馬鹿野郎ぉ!?ひっ!?」


 ニニクは村男をどやしつけた時周囲を見て悲鳴を上げた。何と一度水中に身を潜めた他のワニ達が再び浮上しカヌーに捕まる二人を取り囲んでいたからだ。


「なっ、なぁ待てワニ達よぉ?俺達部族はお前らを崇拝しているんだ。偉大なご先祖様だってな!それに俺達よりもーっと柔らかくて美味しい肉を投げただろ?多分手足の自由がきかなくて水底に沈んじまったと思うが……ハッ……ハハハ……」


 ニニクは寄って来るワニ達に冷静に説得を試みた。だがワニがそれを理解する筈は無くまた水に濡れ杖も落とした事で肝心の強い火の魔力も使えなくなったニニク達は最早ワニ達にとってただの柔らかな肉であった。間もなく鋭い牙の並ぶ大口を開いたワニ達が一斉に目の前の二つのご馳走にありつく。


「「ギャアアアアァァァーーーーーッッッ!!!」」

「「「(ニニク様ぁぁぁっっっ!!!)」」」

「プラウア殿!見てはならん!!!」


 ニニク達の天を切り裂くような断末魔が周囲に響き渡ると森の部族の村男達は恐怖で叫び始めた。同じく見ていたホフマンも青ざめた顔でガタガタ震えプラウアとフェリクスはむごたらしい惨状に顔を背けた。文章にするのも憚られるワニの地獄の宴は五分間にわたり続き水面を鮮血で赤く染め上げる。やがてワニ達が暴れる水の音が止むと沼は静寂に包まれそこには転覆したカヌーだけが浮かんでいた。


「そんな……アルベルトさん……」

「彼は泳げない状態じゃ……今頃は沼に沈んでしまっておるじゃろう。何という悲しい結末であろうか……ん?」


 絶望に沈むプラウアにフェリクスが寄り添っていると水面に何かが浮かびそして自分達がいる岸に急速に接近してくるのが見えた。目を凝らして見てみるとそれは何とカヌーを襲ったあの超巨大ワニだった。


「(おい!?あのワニがこっちに泳いでくるぞ!杖と猟銃を持ってこい!)」

「(無駄だ!ワニの固い鱗はどんな銃弾も魔法も通さねぇ!しかもあの巨大さだ敵わねぇよ!)」

「ひぃ!!!上陸してくるぞ逃げろぉっ!!!」


 巨大ワニは遂に岸へ最接近しホフマンと森の部族達は人質であるプラウア達を置き去りにし岸辺の森へ一斉に避難した。フェリクスも部族ら同様に岸から離れようとする。


「プラウア殿!ワシらも逃げなくては!」

「待って!あのワニ誰か口に銜えているわ!」

「何じゃと!?あっ、あれはアルベルト君!!!」


 プラウアから言われて浅瀬から岸に這い上がった巨大ワニの口元を見たフェリクスは驚いた。何と沼に沈んだ筈のアルベルトを銜えていたからだ。アルベルトは意識こそないが体は無傷である。それに巨大ワニはアルベルトを腹に収めようとする気は無いようでフェリクス達の手前までのしのし歩いて来ると口を開き濡れて水草の絡まったアルベルトの体を地面に降ろした。


「アルベルトさん!!!」

「アルベルト殿!!!きっと枷で抑えきれず漏れていた彼の特殊魔力をこのワニは察知し助けたのじゃな!じゃが……」


 プラウアと共に駆け寄ったフェリクスはアルベルトにもう意識も体温も無く顔も蒼白になっているのを見て助かる見込みが無いのを察し沈痛の表情を浮かべた。


「アルベルトさん!お願い目を覚まして!!!うっ、ううぅ……」


 プラウアも何度体を揺らし呼び掛けても返事が無いアルベルトに大粒の涙をこぼし項垂れる。その時上空から黒い翅脈に虹色の鱗粉が美しく輝く蝶達が群れを成し飛来して来るのをフェリクスは目にした。


「なっ!?何じゃあの奇妙な虹色の蝶達は!?」


 蝶達はフェリクス達のいる岸に近づくと急降下してアルベルトの上半身に一斉に止まった。そしてその美しい虹の翅を更に輝かせて開閉させる。まるで目を覚まさぬアルベルトを一生懸命助けようとしているようであった。


「これはもしかして(虹の蝶)かしら……」

「何か知っておるのかプラウア殿!」

「部族に伝わる伝説に不思議な蝶のお話があるの。怪我人や病人を直す力を持つ虹色の蝶の話よ。もしかしたこの蝶々達が……」


 プラウアが蝶にまつわる伝説を話していた時アルベルトの体に群がっていた虹色の蝶達は一斉に離れ飛び去った。間もなくアルベルトの顔には血色が戻り薄っすらと目を開けた。


「ん……んん……」

「アルベルト殿!?アルベルト殿が目を覚ましたぞい!!!」

「フェリクス様……プラウアさんも……うっ!?ゲホッ!ゴホッ!!!」


 アルベルトは虹色の蝶のおかげか奇跡的に意識を取り戻した。そして沼に放り出された際に取り込んでしまった沼の水を激しく咳き込んで吐き出す。


「はぁ……はぁ……僕確か沼に投げ出された筈なのに何で岸にいるんだろう?」

「アルベルトさんっ!!!」

「うわっ!プラウアさん!!!」

「ひぐっ、ぐすっ、良かったぁ……心配したんだから!」


 プラウアは起き上がったアルベルトに泣きながら抱き着いた。アルベルトがまだ状況を掴めず呆然としているとフェリクスが詳しく話してくれた。


「気がついて良かったぞい。お前さんが沼に落ちた時はもう助からんと思うたがそこにいる大きなワニがお前さんを岸まで運んでくれたんじゃ」

「ワニが僕を?うわっ!本当だ傍にいた!」

「意識が戻らないお前さんの体に見た事が無い虹色の蝶が群がってのぅ。それで離れて行ったと思ったら急にお前さんが目を覚ました訳じゃ」

「虹色の蝶ですって!?それってまさかナナイロマダラじゃ……!」


 アルベルトは自分の体に来た蝶が長年追い求めるナナイロマダラでは無いかと思い驚きを露わにする。


「そっ、それでその虹色の蝶達は今どこに!?」

「お前さんが意識を取り戻したと同時に空の彼方に飛んで行ってしもうたぞい」

「そうですか……残念だなぁ確かめるチャンスだったのに」

「ところで森の部族達が逃げる時に落とした枷の鍵を拾った。すまんがプラウア殿、ワシらの枷を外してくれんかの」

「はっ、はい!」


話が落ち着くとフェリクスからの頼みでプラウアは二人の手枷を外した。すると森の中からトリバネアゲハがアルベルト達の元に一斉に集まって来た。そして一斉にアルベルトの周りを円を描き飛び回る。


「何じゃ?トリバネアゲハがワシらを囲むように飛び回っておる!さっきまでアルベルト君には見向きもせんかったのに」

「そうか!もしかしたら体に毒があるから僕に触れられるのを遠慮していたのかも。周りを飛んでいるのは僕達を守ってくれているのかも知れません。あっ!ゴライオストリバネアゲハの雌が今飛んでいました!あはは、ようやく見れた!」


 アルベルトはトリバネアゲハが自分に寄って来なかった理由を察したと同時に念願の蝶の雌を見られて満面の笑みを浮かべる。森の鳥達もアルベルトの復活を祝福するように囀り沼のワニ達も水面でしぶきを上げ飛び跳ねたのであった。

 


★★★



「そのような事が……それでルグルンバ様は今どこに?」

「疲れてしもうたようで先に小屋で休んでおるぞい」


 その日の夜、村に戻ったフェリクスは村長ソマエに火を焚いた囲炉裏の前で一連の出来事を報告した。疲れたアルベルトは既に小屋で眠ってしまっている。


「我の考えは正しかった。森のマサライは村をニニクの魔の手から守らんと異国の地よりルグルンバ様を遣わしたのであろう」

「あの場には総督代理の男もおった。この一連の出来事は植民地政府に知られるやもしれんぞい」

「ニニクはマサライの怒りに触れ死んだ。森の部族は今後我らを恐れ敵対しないであろう。帝国人が攻めて来てもルグルンバ様がいらっしゃるならば大丈夫だ。ラプンは村を出てはぐれた者達を探すのであろう?合流出来る事を祈っておる」


 フェリクスとソマエがそう会話を交わしていた時傍に居たプラウアはすっと立ち上がった。


「お父様、フェリクスさん、私もう寝る事にしますね」

「……プラウアよ。お前の気持ちは知っている。ルグルンバ様に嫁ぎたいのであればそうしなさい」

「えっ!?そっ、それは……!」


 ソマエからの思いもよらない言葉にプラウアは驚くと同時に顔が熱くなり胸をドキドキさせた。


「お前がルグルンバ様に惚れている事は分かっているという事だ。我は父親として幸せな結婚をさせてやりたい」

「お父様……」

「まさか村長殿から認められるとは!良かったのぅプラウア殿。ハッハッハ!」


 アルベルトに嫁いで良いと言われプラウアは嬉しさで目を潤ませフェリクスも笑って祝福した。だがその直後村男の一人が血相を変え飛び込んできた。


「(村長様大変です!!!)」

「何事だ!?」

「(そのっ……ルグルンバ様が突然消えました!)」

「「「!?」」」


 小屋で寝ている筈のアルベルトが消えたと聞いて一同に衝撃が走った。三人が急いで小屋に向かい中に入るとアルベルトが寝床にしていたベッド代わりの積んだ椰子の葉の上からアルベルトの姿が消えており傍にはあの森のマサライの仮面が転がっていた。フェリクスはそれを拾いアルベルトが言っていた事を思い起こした。


「これは例の仮面!そう言えばアルベルト殿は仮面によってこの地へ送られたと言っておったな。という事は……」

「恐らく目的を果たした為にマサライが異国へお帰しになったのだ。残念だ。我らの村にずっと居て欲しかった。家も畑も娘も望むものをお捧げしようと思っていたのに」

「アルベルトさん……」


 アルベルトとの突然の別れをソマエは大変に惜しがりプラウアは悲しげな顔でポロリと涙を零した。そしてアルベルトは……


「……んん……あれっ、ここは僕の部屋!?」


 小屋で再び例の仮面に襲われたアルベルトが暫くして意識を取り戻し瞼を開いた時、柔らかな寝心地や見慣れた天井から自室のベッドに戻された事に気がつき飛び起きる。


「またあの仮面が就寝中に現れたから今度はどこに飛ばされるのかと思えばまさか自分の部屋に帰れるとは!?」


 アルベルトは部屋を見渡しまた窓から景色を眺めた。日の射し方からどうやら朝の時間らしい事は分かった。暫くしてアルベルトはニューギネアでの冒険が現実では無かったのではと考え始めた。


「だけどよく考えたら全部夢だったのかも。あり得ないもんねこんな小説みたいな事なんて……随分リアルな夢だったなぁ」


 自分の見た夢のあまりのリアルさに驚いていたアルベルトはやがてフランクなどに挨拶をする為に部屋を出た。


「とにかく父上と屋敷の皆に朝の挨拶でもしようかなぁ……あっ!アンナおはよう!」


 アルベルトは廊下へ出てすぐ出会ったメイドのアンナににこやかに挨拶をする。ところがアンナはアルベルトを見た瞬間空色の瞳の目を見開いてお盆を落としかなり驚いた様子であった。


「どうしたのアンナ?そんなに驚いた顔して」

「あっ、アルベルト様……一体今の今までどこに行ってらしたのですかっ!!!」

「えぇ!?いやずっと部屋で寝ていたと思うけど!?」

「何言っているんですか!アルベルト様二日前にお部屋から突然居なくなってお屋敷中大騒ぎだったんですから!おまけにパジャマを土まみれにして!」

「えぇ!?本当だ土がついてる……」


 自分のパジャマを見たアルベルトは赤土まみれで皺が沢山ついてしまっている事に気がつく。アンナはフランクに報告をする為慌てた様子で走り出した。


「そっ、それじゃあ僕本当に……」

「大変だわ!すぐに旦那様に報告しなくちゃ!」

「あっ!待ってよアンナ!!!」


 慌てるアンナを追いかけてアルベルトは下の階へ降りて行った。


「この大馬鹿息子ぉ!!!屋敷抜け出してどこに行っていたぁ!!!」

「ちっ、父上落ち着いて下さい!」

「うるさい!!!外出禁止にした事に我慢できないからって勝手に出て行きやがってぇ!」


 それから間もなく屋敷全体にフランクの怒号が響き渡った。こうしてアルベルトの不思議な夢のような冒険は幕を閉じたのであった。

(お知らせ)

予定より早めに完成したのでアップしました。これでニューギネア夢紀行は完結です。次回はエルンストが主人公の番外編です。


・次回投稿予定:5月4日

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