蝶の楽園?ニューギネア夢紀行④
「よしっ、それじゃあいよいよ出発ですね!」
「そうじゃな。しかし君パジャマのままでジャングルに入るのかね」
「着替えが無いので仕方ありませんよ。幸い夏用を着ていたので暑さはましです」
宴会から一夜明け、アルベルトとフェリクスはジャングルに入る為に支度を整え村の出入り口付近に立っていた。
「昨日も美しい蝶には沢山出会ったけどまだトリバネアゲハには出会えていないんだよなぁ。いるかなぁ村長様から聞いた森に」
「標高の高い丘にある様々な花が咲く森じゃと言っておったな。ワシは新種の蘭を発見するのが目標じゃ」
「採集用の道具が無いから標本を作れないのが残念だけど仕方ないや。案内よろしくねプラウアさん!」
「えぇ、ルグルンバ様の頼みであれば喜んでご案内しますわ」
アルベルトは目的地までの案内役を買って出たプラウアに頼み込む。アルベルト達はそれぞれトリバネアゲハと新種の蘭を探す目的でプラウアを通じ村長ソマエに丁度良い場所を聞いたのだ。ソマエは何故そんな事を聞くのか疑問だったがアルベルトが故郷の森を久々に見て回りたいと言ったら納得してくれた。
「プラウアさんには悪いね。村長さんに話をつけてくれただけじゃ無くて案内まで引き受けてくれて」
「良いのよ。昨日助けてくれた恩を返したかったから。それに……ルグルンバ様の笑顔が見たいから……」
「もう~アルベルトで良いってば。僕は特別な人間じゃないんだよ?」
プラウアはアルベルトからお礼の言葉を掛けられて照れ臭そうにもじもじして視線を逸らした。フェリクスはその様子からプラウアの心中を察しアルベルトを茶化す。
「アルベルト殿、部族長の娘の心を射抜くとはお前さんやるのぅ」
「えっ?どういう意味ですか?」
「何じゃお前さん無自覚か……おっ!村長殿が見送りに来てくれたぞい」
やがて村からはアルベルト達を見送る村長ソマエや村人達が集まって来た。
「プラウアよ、ルグルンバ様達をきちんと案内するのだぞ。それとニニクに見つからないよう気を付けていきなさい」
「分かりましたお父様!では行ってきます!」
「行ってまいりますね村長様!皆さん!」
アルベルトはソマエや村人達に手を振りしばしの別れを告げた。一行は村を出ると案内役のプラウアを先頭に蒸し暑いジャングルの獣道を進んでいく。
「この周辺は毒蛇もいるから気を付けて。ルグ……アルベルトさんなら大丈夫だと思うけどね」
「確かにアルベルト殿なら大丈夫じゃろう。普通ニューギネアに来た探検家は必ず数か所は蚊に刺されるのに彼は一か所も刺されておらんからのぅ。マラリアに苦しめられた経験があるワシからすれば蚊にも愛され血を吸われないなんて羨ましい限りじゃ」
フェリクスはアルベルトの生き物に愛されるが故に蚊も刺してこない体質を羨ましがった。
「マラリアってそんなに怖いんですか?」
「ワシも罹って頭痛や酷い高熱と悪寒に悩まされた。重症化すると死ぬ事もある。以来ワシは予防薬も治療薬も携帯しておる」
「たっ、大変ですね……」
「村でも何人か罹っているわ。お父様も体が冷えて再発したらいけないから水浴びはしないの……待って止まって!」
「どうしたんじゃプラウア殿?」
「あの茂みに何かいるみたいなの……」
話をしている最中プラウアは茂みに気配を察し立ち止まるよう指示する。茂みの動きは次第に大きくなり三人は息を呑んだ。そして出て来たのは……
「きょっ、巨大な鳥?」
「あれはムルク!」
「何とヒクイドリではないか!鉄の魔力で出来たナイフの如き足の爪を持つ危険な鳥じゃ!」
三人の前に現れたのは漆黒の羽毛で覆われた胴体に青い顔と深紅の喉、角のような硬質のとさかを持った怪鳥ヒクイドリであった。ヒクイドリは先史時代の恐竜の如く荒い鱗のついた太い足で一歩ずつ三人の元に迫っていくとアルベルトの前でピタリと立ち止まった。
「なっ、僕に何か用なの?」
ヒクイドリはその茶色い眼でアルベルトを見つめる。するとヒクイドリは体の位置を横向きに変え両足を畳み地面に座り込んだ。
「何じゃ?このヒクイドリは何をしたいんじゃ?」
「もしかして……僕を乗せてくれるの?」
アルベルトは座り込んだ理由を察し尋ねるとヒクイドリはまるで言葉を理解したかのように頭を縦に降った。
「やっぱりそうなんだ!でも気持ちは有難いけど僕は丘の森まで歩いて行くよ。ありがとうね。あはは」
アルベルトはそう感謝して首元を優しく撫でるとヒクイドリはまんざらでもなさそうに目を瞑り気持ちよさそうにする。するとヒクイドリは急に立ち上がりアルベルト達が進む方向へ少し歩き振り返った。
「もしやワシらを丘の森まで案内するつもりなのかの?」
「そっ、そうかもしれないわね。ムルクと会話出来るなんて凄いわルグルンバ様……!」
ヒクイドリの意図を察した一行はその後をとりあえずついて行く事にした。不思議な事にヒクイドリはアルベルト達の意思を理解しているようで目的地までの正確なルートを案内したのだった。
★★★
「凄いや……本当に花咲く丘の森なんだね!」
「ハイビスカスにヘリコニアに蘭……熱帯の花が数多く揃っておるぞい!」
途中瑠璃色のゾウムシやクスクスという猿みたいな奇妙な動物など現地の固有種に出会いながら進み目的地に着いたアルベルト達はその風景に息を呑む。ピンクや赤など様々な色のハイビスカスに鳥の嘴のようなヘリコニアの花、樹上にも名も知れない黄色や白の美しい花々が咲き誇り森に彩を添えていた。
「素敵なところでしょう?ここは乾季になると沢山の花が一斉開花するの。周辺に暮らす部族しか知らない場所よ」
「確かに探検隊からは聞いておらん。ここなら新種の蘭が発見できるかもしれんぞい!植物学者の楽園じゃ!」
プラウアの説明を聞きフェリクスは期待に胸を躍らせオリーブの瞳を輝かせる。アルベルトもまた気持ちは同じだった。
「昆虫学者の楽園でもありますよ!沢山の蝶達が花の周りを飛び回っていますから!君もここまで案内ありがとうね!あはは」
アルベルトはここまで案内してくれたヒクイドリの体を撫でてお礼を伝える。ヒクイドリは森へ消えて行った。
「君は確かトリバネアゲハを探しておると聞いたがどんな蝶なのかね?弟から標本は見せてもらった事はあるが詳しく知らんのじゃ」
「トリバネアゲハはその名の通り鳥のように大きな翅を持ったアゲハ蝶の仲間です。雄は美しい翅を持ち雌は質素な色ですが雄より大きいんです。風の魔力を持ちそれで森の高い樹冠まで舞い上がり飛ぶので捕獲が難しく散弾銃で撃ち落としたという話もあります」
「何と!捕まえ方まで鳥のようじゃ」
「僕が今回見つけたいのはその中でも最大種であるゴライオストリバネアゲハです!同じく最大種であるアトマストリバネアゲハはこの地域にはいないですがゴライオストリバネアゲハなら分布しているので機会があると思います!」
「なるほどのぅ。確かにお前さんがこの森におればトリバネアゲハの方から近づいてきそうじゃな。おっ、蝶が群がってきたぞい!」
フェリクスにトリバネアゲハの説明をしていたアルベルトに早速蝶達が挨拶するように群がって来た。ユリシーズアゲハなど既に出会った蝶達もいるがまだ出会っていなかった蝶達もいた。
「昨日出会えていなかった蝶達も集まって来た!これはヒノコカザリシロチョウだね。黒い翅の脈にオレンジ色が映えて綺麗だなぁ……あっ!ヤイロタイマイ!黒地の翅に青、赤、ピンク、黄緑などの模様を持つアゲハの仲間だ!個体ごとに保有する魔力も違うから面白いんだよね。この子は翅の付け根がピンクだから風の魔力かな?」
「お前さん本当に詳しいのぅ。流石弟の友人じゃわい。ワシも植物探しを始めようかの……」
「あはは、ホウジャクとニセツバメアゲハの仲間も寄って来た!それにしても肝心のトリバネアゲハがまだ僕の元には……あっ!あそこでハイビスカスの蜜を吸ってる!」
トリバネアゲハを探し周辺を見渡していたアルベルトは近くに生えたハイビスカスの低木の高い場所に咲く鮮やかな赤い花で翅をパタパタさせながら給蜜する二頭のトリバネアゲハを発見した。一頭は上翅の表面の黒地がまるで眼鏡のリムのようにメタリックな黄緑色の模様で縁取られ下翅の黄緑色の表面には黒い小さなハート模様が三つずつ並んでいた。翅の裏面も黄緑色と黒色のコントラストが鮮やかだ。もう一頭は薄茶色と黒の質素な翅だが前述の一頭より巨大だ。
「あれはハートメガネトリバネアゲハの番いだ!メガネトリバネアゲハの仲間は同じ種でも島ごとに色の変異が大きくて青やオレンジ色の亜種もいるんだよね。でも全然僕のところに降りてきてくれないや……何でだろう?」
アルベルトは他の蝶と違い何故か自分の側に寄って来てくれないトリバネアゲハに首を傾げた。一方フェリクスはプラウアに植物の事について色々と聞いていた。
「この草は私達の部族では痛み止めに使うわ。この葉っぱは非常食になるの」
「ふむふむなるほどのぅ。この蘭については何かに使うのかね?ワシは見た事が無い種類じゃが」
「特に用途は無いけれどハリナシバチの仲間がよく来るわ。蜂蜜は絶品よ」
「うーむ新種らしき花や植物が沢山見られるばかりかプラウア殿から現地情報も得られるから面白いぞい……ん?これはヒルガオ科の蔓かのう?いや、この葉の質感に赤紫のラッパのような花、ウマノスズクサの仲間か!」
プラウアから植物に関する情報を聞いてメモしつつ葉や花を採集し自身の銅乱に詰めていたフェリクスはくびれて三つに分かれた葉を持つ蔓植物を見つけた。それはウマノスズクサという植物の一種であった。
「何か見つけたのですかフェリクス様?」
「あぁ、ウマノスズクサという植物の一種を見つけてのぅ。見た事無い葉の形をしておるから観察しとった……むっ?何やら茎に大きな芋虫がおるな。黒くて棘だらけじゃが一部分に白い模様があるぞい」
「ウマノスズクサの芋虫?まさか……やっぱり!これはトリバネアゲハの仲間の幼虫だ!」
フェリクスがウマノスズクサの茎で発見した芋虫にアルベルトは目をキラキラさせた。それはトリバネアゲハの仲間の終齢幼虫だったからだ。
「トリバネアゲハはウマノスズクサを食べるのかね。毒草じゃぞい」
「そうなんです!トリバネアゲハは幼虫時代にウマノスズクサを食べる事で成虫になっても体内に毒を貯め身を護るんです!それにしてもこの幼虫、かなりサイズが大きいのを見るとお目当てのゴライオストリバネアゲハかもしれません!」
アルベルトは幼虫の大きさからお目当ての蝶かもしれないと推測し胸を躍らせた。その時側でプラウアが何かを発見して声を上げる。
「アルベルトさん!この蔓に大きな蝶が止まっているわ!」
「えっ!?どこどこ?あぁっ!!!ゴライオストリバネアゲハの雄だ!しかも蛹から羽化したばかりじゃないか!」
アルベルトはプラウアが指差した先のウマノスズクサの蔓を見て驚嘆した。そこには独特の形の蛹から羽化し羽を伸ばしたばかりのゴライオストリバネアゲハの雄がいたからだ。黒い翅脈に映える輝く黄緑色と腹の檸檬色、そして黒い胸部にある一つの赤い斑点が大変に美しかった。
「何て美しいんだろう……あぁ触ってみたいなぁ……うわぁ!!!」
「キャッ!!!」
「うおっ!?何じゃこの風はっ!」
アルベルトはその息を飲む美しさに見惚れまるで術にでもかかったかのように蝶に手を伸ばした。その時危険を察したか蝶は風魔力を放ちながら羽を広げ宙に舞った。トリバネアゲハの風魔力は強力なようで周囲の草花を一気に薙ぎ倒しアルベルト達も驚いて後ろに転んでしまった。蝶はそのまま羽ばたいて樹上の大空へと消えていった。
「あぁ……飛んでいっちゃった」
「そうですね……」
「そうじゃのぅ」
三人は森の地面に背中をつけ飛んでいく蝶を眺めていた。暫くしてアルベルトは笑い出した。
「……ふっ、ふふふ、あははは!」
「アルベルトさん?」
「ごめんねプラウアさん、フェリクス様、まさか憧れの蝶に風の魔力で倒されるなんて貴重な体験をしたから興奮と感動で何だか笑いが込み上げちゃって。あはははは!」
「そうなんですね。ふふふ、ははははは!」
「ハッハッハッハッハ!」
アルベルトが笑った理由を話しまた笑い出すとプラウアやフェリクスも釣られて笑い出す。やがて三人は起き上がりお互いに顔を見合わせた。
「いやぁゴライオストリバネアゲハを見れて良かったですよ!何故か僕には懐いてくれないけれど観察出来ただけでも満足ですよ!」
「ワシも沢山の植物や蘭を採集出来て満足じゃ。あのウマノスズクサの葉と花の特徴もワシが見た事の無い種類じゃ。ひょっとしたら新種かもしれん。サンプルを採取して調べてみるか。もし新種でワシが命名出来たらどういう学名にしようかのぅ、なんてなハッハッハ!」
「さっき見たのは雄のゴライオストリバネアゲハだったけどもっと大きな雌もいる筈!よーしもっとこの森を探して見つけて見せるぞ!……うわぁっ!!!ぐっ!!!」
「キャア!アルベルト様ぁ!!!」
「アルベルト殿!?なっ……!!!」
アルベルトがゴライオストリバネアゲハの雌を探す為歩き始めたその時両脇の藪から突然隠れていた複数の原住民の男達が飛び出しラグビーでボールを奪う時のようにアルベルトを抑え込んだ。アルベルトは抵抗するが屈強な男達の力には敵わず両腕に金属の枷を嵌められた。
「何じゃお前達!アルベルト殿を放さんとワシが……ぐあっ!!!」
「フェリクス様っ!!!やめてっ!放してぇ!!!」
アルベルトを助けようと魔法の杖を取り出したフェリクスだったが背後から男にこん棒で殴られ気絶する。そしてアルベルト同様枷を嵌められた。更に数人の男が出て来てプラウアを抑え込む。そして押し倒されたアルベルトの前にあのニニクが総督代理人のホフマンを連れて姿を現した。
「あなたはニニクさん!それに代理人さんも!」
「名前を憶えてくれて光栄だよ。お前の生き物に好かれる性質はこのホフマン曰く特殊魔力の仕業だそうだ。理屈さえわかれば怖くねぇ。だから魔力を制御する枷を嵌めてやったのさ!」
「ニニク!アルベルトさんをどうするつもりなの!!!」
勝ち誇ったようにニヤニヤするニニクに対しプラウアが恨めしさと怒りの混じった表情で問いかけるとニニクは答えた。
「そうだなぁ。本来なら俺の魔力で火炙りにしてやるところだが折角ならこいつにおあつらえ向きの処刑方法にしてやるぜ……付近の沼に住むイリエワニの餌にしてやらぁ!」
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