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蝶の楽園?ニューギネア夢紀行②

「どうしてヨゼフさんがここに……!?」


 アルベルトは自分が閉じ込められた小屋で寝ていたヴェンツェルと瓜二つの老紳士を見て驚きを隠せなかった。しかしヴェンツェル似の老紳士もまたキョトンとした表情で首を傾げている。


「ヨゼフ?お前さん一体何を言っておる?というよりお前さん誰じゃ?」

「えっ!?ちょっとヨゼフさん僕ですよ!ベルンシュタイン伯爵家の次男のアルベルトです!」

「ベルンシュタイン伯爵家は知っておるがお前さんの事は全然知らんぞい!そもそもワシはヨゼフなどという名前ではない!」


 老紳士はアルベルトの事を知らないと言い張り困惑していた。


「悪い冗談はよしてください!この間も僕の屋敷裏にある研究室にお連れして蝶や蛾の標本コレクションを見せたじゃないですか!」

「じゃから知らんもんは知らんと……ん?蝶や蛾の標本じゃと?なるほどそういう事か……」

「?」


 老紳士はアルベルトの言葉で主張の食い違いの理由を察したようで髭を触りながら一人頷いた。アルベルトは訳が分からず首を傾げる。


「お前さんさてはワシを弟と勘違いしておるじゃろう」

「えっ!?ヨゼフさんではないのですか?」

「ヨゼフというのは弟がお忍びの時に使う名前じゃな?ワシはその双子の兄のフェリクスじゃ」

「よっ、ヨゼフさんのお兄さん!?」


 老紳士の正体はヴェンツェルでは無く双子の兄であるフェリクスであった。双子故によく似ているがよく見てみると左目の横にヴェンツェルには無いほくろがありまた瞳の色も青ではなくオリーブ色であった。


「たっ、確かにヨゼフさんから隠居後に冒険家をしているお兄さんがいると聞いていましたがまさかここで出会うなんて……!」

「冒険家と言っても目的無く旅しておる訳では無いぞい。蝶や蛾が好きな弟と違いワシは植物や花が好きでな。新種を求めて世界を巡るアマチュアのプラントハンターなんじゃ。このニューギネア島にもノルディア王国の大学教授が率いる探検隊と共に新種の蘭を探しに来たのじゃ」

「えっ?ここってニューギネア島なんですか!」

「何じゃお前さん知らんのか。ここはニューギネア島北東部の密林地帯じゃ。周辺の島々と共にヴィルクセン帝国が支配しておる」

「ええっ!?」


 アルベルトは自分が飛ばされたこの場所がニューギネア島と知り驚愕した。


「そんな……確かに僕はニューギネアに行ってみたいとは思っていたけど……」

「ワシは探検隊と北部を流れるスピック川沿いに奥地へ進んでおったが恥ずかしい事に途中で迷子になった挙句この村の住人であるイマンゴ族の畑に入ってしもうての。それで捕まった訳なんじゃ。まぁ弟ほどでは無いが強い水の魔力を持っておるから抵抗出来んでも無い。しかしこの際イマンゴ族と仲良くしてジャングルの植物について情報を聞き出そうと思い逃げずにおるんじゃよ」

「なっ、なるほど……」

「ワシからもお前さんに色々聞きたい事があるぞい。弟との関係やなぜパジャマ姿なのかとか……おや?誰か来たようじゃぞい」


 フェリクスがアルベルトに尋ねようとした時、小屋に誰かがやってくる気配を察し話を止めた。やがて小屋の入り口から縮れた白髪の表情の険しい老人が入って来た。老人は頭には黄色や緑の鮮やかな鳥の羽がついた冠を被り鼻には骨で作られた三日月型のピアスのようなものをつけている。そしてその老人に続いてアルベルトが森で助けた少女が入って来た。


(あっ!?あの子は確か森で出会った!?もしかしてお爺さんのお孫さんだったのかな?お爺さんは雰囲気からすると……村の村長さん?)


 アルベルトは少女が共に来たのを見て心の中で色々と予想する。老人はお付きの男達が持ってきた椅子に腰かけるとアルベルト達に話しかけた。


「……お前達か。我が部族の森や畑に勝手に入り込んだ連中は」

(えっ!?村長さんが話しているの現地語じゃない!ヴィルクセン帝国で話される帝国語だ!そうか、帝国領だから喋れる人も一応いるのか……)


 アルベルトは老人が帝国語で話した事に驚いたがここが帝国領である事を思い出しすぐに納得した。


「あっ、あの……失礼ですがお爺さんは?」

われはソマエ。この村の長だ。若者よ、お前の事はここにいるプラウアから聞いた。敵の手先から守ったそうだな。名は何だ」

「あっ、アルベルトです!アルベルトと言います!」


 イマンゴ族の村長ソマエから聞かれアルベルトは名を名乗るがソマエはそれを聞いて眉に皺を寄せ不機嫌そうにする。


「アルベルトだと?やはりお前帝国人なのか?」

「えっ?いやその……」

「お父様!お父様が帝国人を嫌いなのは分かるけど彼は私を助けたのよ?」

「お前は静かにしてなさい。一人で畑にココナッツを収穫しに行こうとするから森の部族の連中に襲われたんだ」


 アルベルトを庇おうとした娘?のプラウアをソマエは叱った。プラウアは申し訳なさそうに縮こまる。


「村長さん!確かに僕はヴィルクセン帝国の人と同じ名前ですが僕は帝国出身ではありません!ボナヴィアという国から来たんです!」

「ボナヴィアだと?聞いた事無い国だがそこのラプンも同じ事を言ってたな。お前そいつの仲間か?」

「ラプン?」


 アルベルトが意味の分からない単語に首を傾げるとフェリクスは横から説明をしてくれた。


「彼ら原住民が使うビシン語で老人という意味じゃよ。ビシン語は南東大洋諸島の言語とユーロッパの言語、特にブリトニア語が合わさって出来た言葉じゃ」

「なるほど……それで一部ブリトニア語みたいに聞こえたんだ。不思議に思っていたけどそういう事か!」


 アルベルトは原住民の言語について理解しまた疑問も解消され納得した。一方ソマエは更にアルベルトに対して質問を続ける。


「今お前達が話し合っていたのを聞いて帝国人では無いのは理解した。言葉は似ているが話し方違う。それでお前はなぜ我らの土地にやって来た。ラプンからは理由を聞いたがお前からはまだ聞いていない」

「そっ、そのっ、信じられないかもしれないのですが実は不思議な仮面に眠らされて気がついたらジャングルに移動させられていたんです!」

「どういう事だ?」

「実はかくかくしかじか……という訳でして」


 アルベルトは自分がやって来た経緯を帝国語で事細かに説明した。横で聞いていたフェリクスはそのオカルトじみた内容が信じられない様子であった。


「お前さんそれでパジャマ姿なのか。しかし信じがたい話じゃのう……」

「そうなんですが事実なんです。どうか信じて下さい村長さん」


 自身の話を信じてもらえるか不安なアルベルトだが聞き終わったソマエは隣にいたお付きの男に目配せしてどこからか仮面を持ってこさせた。ソマエはそれを受け取りアルベルトに見せた。


「お前の言っている仮面はこれか?」

「あっ!!!それです!間違いありません!」


 見せられた仮面を確認したアルベルトはあの怪しい仮面と全く同じである事を認めた。するとソマエは神妙な面持ちになりアルベルトに告げる。


「これは我らに伝わる森のマサライの仮面だ」

「マサライ?」

「彼らの言葉で精霊という意味じゃよ」

「このマサライは森を守り豊かな恵みをもたらす。お前を森に連れて来たのもこのマサライだろう」

「はぁ……」

「マサライがお前を連れて来たのは何か意味があるはずだ。恐らく再びお前の元に現れるだろう。それまで村に滞在するのを許可する。ラプンはこいつの見張りにする。良いな」

「うっ、うむ」


 ソマエはアルベルトを連れて来たのは仮面のモデルである森の精霊だと判断しアルベルトに村での滞在を許可し同時にフェリクスを見張りにつける。だがソマエは最後に侵入者二人に忠告をした。


「だが言っておく。我はお前らを信用していない。滞在中はこの小屋で大人しくしていろ。どちらか一人でも勝手な行動すれば二人共命は無い」

「わっ、分かりました!」

「了解した……気を付けよう」


 ソマエの剣幕に二人共身震いしながら返事をした。こうしてアルベルトは友人の兄と共にイマンゴ族の村に滞在する事になった。



★★★



「ではお前さんは弟を宰相と知った上で付き合っておるのじゃな?」

「えぇ。この間もお屋敷にお招き頂いて標本を沢山見せて下さいました。フェリクス様は確か領主を務めていらしたのですよね?」

「その通りじゃ。今は息子が領主を継いでおるがな。しかし弟にこんな若い令息の友人が出来るとは驚いたぞい」


 アルベルト達はソマエ達が小屋を出て行った後改めてお互いについて語り合う。


「僕もヨゼh、いや宰相閣下と友達になるなんて思わなかったですよ。それにしても入った時から思いましたけどこの小屋の中ずっと火を焚いているので煙たいですね……ごほっ」

「こうしておかんと室内に蚊が入って来るんじゃよ。熱帯の蚊は怖いぞい。マラリアなど致死性の病気を運んでくるからのぅ。特にこの地方は湿地帯が多いから蚊の動きが活発なんじゃ」

「なるほど……」

「ただあんまり咳き込んだり目が痛いのであれば出入り口付近に出て外の新鮮な空気を吸うと良いぞい」

「分かりました……」


 フェリクスにアドバイスされアルベルトは出入り口に出て新鮮な空気を吸い込む。さっきまで置かれていた見張りの男は既におらず小屋の周辺では村の子供達が放し飼いの犬や豚と踏み固められた赤土の地面で元気そうに遊んでいた。


「子供達は良いですね。自由に元気よく外で遊べて……僕も小屋の外で蝶や蛾の採集をしたいなぁ……」

「ワシらは村長殿に信頼されとらんから仕方あるまい」

「勝手に行動したら命が無いと言ってましたけどまさか食べられちゃったりするのでしょうか……正直怖いです」

「イマンゴ族に食人の風習があるかは知らんが何れにせよ小屋から動かんのが無難じゃ」


 アルベルトはソマエに言われた事を思い出し不安な表情を浮かべる一方フェリクスはこういった状況に慣れているのか小屋の中で足を組み横になっていた。その時誰かが両手に二つほど丸い何かを抱えながら小屋に向かって来た。


「あれ?彼女は確かプラウアさん?」

「あらアルベルトさん!暑さで喉が渇いていないかしら?ココナッツを持ってきたわ!」


 やって来たのは先ほどソマエと小屋に来た娘プラウアであった。プラウアは出入り口付近にいたアルベルトを見つけると嬉しそうに微笑む。そして小屋に入ると囲炉裏の傍で持ってきた皮を剥いた若いココナッツを二人に手渡した。


「どうぞ。既に穴を開けてあるからそのまま飲めるわ」

「僕ヤシの実の水を飲むの初めてなんだけど美味しいのかなぁ」

「ワシは何度も飲んでおるが少し甘みがあって美味しいぞい。無菌状態の清潔な水じゃから安心して飲めるしのぅ。因みに中の白い果肉も食べられる」

「へぇーそうなんですね!ありがとうございますプラウアさん」


 アルベルトは食べ物を持ってきてくれたプラウアに感謝すると彼女は笑顔で謙遜した。


「お礼言うほどじゃないわ。アルベルトさんは村の熱出した子供に水をあげたくてココナッツ取りに行った私を助けてくれたから……それにソマエお父様からあなた達に近づくなって言われてるけどあなた達悪い人達には見えないわ」

「お前さん村長殿の娘じゃったか。てっきり孫かと思ったぞい」

「フフッ、よく言われます。さぁ遠慮せず飲んで!」

「それじゃあ……うん!優しい甘みがあって美味しい!丁度暑くて喉が渇いていたから助かったよ!」


 アルベルトは早速ココナッツの中の水を飲み笑顔でそう言うとプラウアは少し気恥ずかしそうに視線を横に向け更にもじもじする。


「お口にあって良かったわ。アルベルトさん男なのに可愛いお顔しているのね……」

「ワシも喉がカラカラじゃったから丁度良かったわい。ところで村長殿はユーロッパ人、それも神聖帝国の人間を嫌悪しておる様子じゃったが何故あそこまで敵対的なんじゃ?」

「それは……お父様の過去に関係しているわ」


 フェリクスはソマエのユーロッパ人嫌いを不思議に思い尋ねてみるとプラウアは表情を曇らせつつ部族と村長の過去について話し始めた。


「昔私達はここより海に近い低地に暮らしていたの。周辺の部族と交流しながら生活していたわ。けれどある時一人の帝国人の男が浜に漂着した。私達に介抱され回復した彼はたまたま通った帝国の船に乗って一度は去ったけどその後沢山の見た事ない品々を持って戻って来た。そこから私達部族と帝国人の交易関係が始まったの。帝国人から貨幣の貝殻と金属製品を受け取り私達は彼らにココナッツと豚を売る関係ね。お父様もその為に帝国語を教わったのよ」

「ふむ」

「先代村長様も帝国人とは仲良くしていたけど彼らが主張していたイリス教の教会作りについては懐疑的だった。だけど彼らは暫くして神官を連れて村を訪ねるようになってやがて布教も始めた。それで先代村長様は神官達と言い争いになり一人の神官を怪我させてしまった。それが悲劇の始まりだった。彼らは私達部族と敵対していた(森の部族)と新たに交流を始めたわ。そして森の部族は神官を怪我させた事を口実に帝国軍と共に私達の村を攻撃したの。彼らは魔法が出る小さな棒とか火を噴く鉄の筒とか見た事の無い武器で攻撃してきた。私達の部族は皆火魔法を持っているけどしきたりで戦いに魔法使わないと決まっていて武器も弓と槍しかないから勝てなかった。それで海より遠いこの地に逃げた」

「「……」」


 アルベルト達は部族の苦難の歴史を聞かされ思わず沈黙し複雑な表情をする。


「先代の村長様はその時戦った傷で亡くなったわ。村からは大切な家畜や作物が奪われてしまった。お父様はそれ以来帝国人を信用しなくなったの。お父様は村の皆を守る為新しい村長になったわ。私達部族の村長になるには血筋では無く皆に分け隔てなく与えられる豊かな富と誰よりも強い火の魔力が必要なの。同時にお父様は私に帝国語を教えたわ。また村を侵略しに来た時に交渉し被害を少なくする為よ」

「それでプラウアさんも帝国語をお話しできるんですね」

「しかしそんな過去があったとは。辛い事を聞いてすまんのぅ」


 フェリクスはプラウアに軽々しく村長について質問した事を詫びた。


「気にしないで。今のところ私達の村には帝国人は再び攻めてきていない。でも今それ以上に厄介なのは……」

「(おい!!!村長はいるか!!!)」

「「「!?」」」


 プラウアが何かを言いかけた時外から現地語で男が大声を上げた。小屋にいた全員が外を見ると村の中に丸々と太った原住民らしき男が村の男達を連れて仁王立ちしていたのだ。


「(村長を出せ!この森の部族長ニニク様が話があると伝えろ!)」

(お知らせ)



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