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蝶の楽園?ニューギネア夢紀行①

「父上……何ですかその仮面は?」

「骨董仲間からフソウ国の香炉と交換で貰ったんだ。何でもニューギネアとかいう南の島の仮面らしくてな。近年の異国趣味ブームによって高値で取り引きされるらしい」

「何だか不気味な仮面ですね……少し怖いかも」


 ハイデマリーとの婚約が電撃離婚で終わり数日経ったある日、応接間に入ったアルベルトはソファに座る父フランクの前に置かれた謎の仮面を見て怪訝な表情を浮かべた。黒檀で出来たその仮面は縦に長く舌を出した人の顔をしており不思議な白い模様も彫られていた。アルベルトと共に入って来たアンナは仮面を怖がりやや引き気味になる。


「ニューギネアと言えばトリバネアゲハの仲間が生息している南東太洋の島ですね」

「フン、トリバネだか何だか知らんがワシは東洋の焼物以外興味は無い。近々知り合いにいる珍品好きの子爵にでも売り払うつもりだ」


 フランクはそう言って仮面を元々入れてあった箱の中にしまった。


「だけど良いなぁニューギネア……トリバネアゲハの仲間を始め美しいアゲハ蝶の仲間が沢山いるんだよねぇ。ボナヴィアと違って熱帯だから年中温かいし海もジャングルもあるしきっと楽園みたいな場所なんだろうなぁ。一度行ってみたいなぁ」

「そうですか?私は正直怖いですけど」


 アルベルトはまだ見ぬニューギネアを頭の中で楽園のように想像し胸を躍らせる。しかしアンナは反対に不安げな表情をしていた。


「何で?珍しい蝶がいて寒い冬もないし最高じゃない!」

「宰相か……ヨゼフさんのお話を忘れたのですか?そういう所には危険な猛獣とか人食い人種とかがいるって言っていたじゃないですか」

「そんな話してたっけ?まぁ滅多に出会う事は無いと思うから大丈夫だよアンナ」

「本当に呑気ですねアルベルト様は……はぁ……」


 アンナは恐ろしい話を聞いても警戒感が全く無い主人に呆れてため息をつく。フランクもまたアルベルトに釘を刺した。


「おいアルベルト、随分楽しそうに話しているがお前はこの屋敷から出られんのを忘れてはいないだろうな」

「うっ……それは言わない約束ですよ父上」

「やかましい!!!結婚してすぐ離婚するような大バカ者が息子なのが恥ずかしくてならんわ!いいか!何度でも言うが次の婚約者が見つかるまで決っっっして外に出る事は許さんからなぁ!」

「分かりましたよ父上……しつこいですね」

「何か言ったかバカ息子!」

「何でもありませんよ!自分のお部屋に戻ります……」


 父親から念押しするように外出禁止を言い渡されたアルベルトは残念そうに項垂れつつ応接間を後にした。


「旦那様、やっぱり私がアルベルト様の婚約者になります!」

「だから無理だって言っとるだろうが!!!婚約対象は貴族令嬢だけだ!」


 部屋に残ったアンナはフランクにまた自身が婚約者になるなどと主張して口論を起こしている。廊下を歩いて部屋に戻る最中アルベルトは頭の中で思いを巡らせていた。


(家から出られるようになったとしてもユーロッパの外へ行くにはお金も沢山かかるんだよなぁ……大学の研究者にでもなれば船に乗せてもらえるかもしれないけど父上が大学行きを許す訳ないし……あーあ、一度でいいからニューギネアに行けないかなぁ……)


 願望が叶わない事の失望感でまた項垂れながらアルベルトは自室へと戻って行ったのだった。その願望が思わぬ形で実現するとは知らず……


「ん……うぅ……何だか寝苦しいなぁ……っ!?」


 その日の深夜、自室のベッドで眠っていたアルベルトは謎の寝苦しさに襲われて目を薄っすらと開ける。すると目に飛び込んできたのは金色のオーラを纏い光るあのニューギネアの仮面であった。


「なっ!?ちっ、父上が交換してきた仮面!?」


 自分が寝る布団の上に浮かぶ仮面にアルベルトは驚愕する。よく見ると閉めたはずの部屋のドアも開いている。


「一体何がどうなって……!?体が動かない!」


 アルベルトは訳が分からず起き上がろうとすると体が硬直して動かない事に気がついた。どうやら金縛り状態らしい。すると仮面は目を光らせてアルベルトの顔を見つめたまま謎の呪文を唱え始めた。


「×%〇※●%※……」

「何を言って……うっ、頭に直接響いて気持ち悪い……うぅ!」


 仮面の呪文はアルベルトの脳内に直接響きわたりアルベルトは汗をぐっしょりと掻きながら苦しそうに悶える。やがてそのまま気を失ってしまった……



★★★



「……うん?あの仮面の声が聞こえない……それに空気が急に暑くジメジメした感じになったような……騒がしい鳥の声みたいなのも聞こえるし土臭い……」


 仮面に気絶させられて時間が経った頃、再び目を覚ましたアルベルトは周囲の空気や寝心地に違和感を感じ目を開いた。するとそこはいつもの部屋ではなく太い円柱のような巨木が生い茂るジャングルの中であった。


「えっ!?えぇっ!?!?」


 アルベルトは驚愕しながら飛び起き周囲を見回す。ジャングルの中は非常に蒸し暑く様々な動物や鳥の声が騒がしく響き渡る。アルベルトは倒木に横たわっていたようで気がつけばパジャマのまま別の場所に移動していたのだ。なお傍には寝る前に脱いだ靴もあった。


「何で!?僕部屋にいたよね!?……いや待って、もしかして夢?」


 軽くパニックになるアルベルトであったがふと夢を見ているのではないかと思ったアルベルトは自身の頬をつねる。


「痛い……という事はここは夢じゃないんだ!どういう事なの!?もしやあの仮面のせい!?いくら小説の中でも急展開すぎるよ!」


 だが痛みはきちんと感じられアルベルトは益々困惑した。暫く寝ていた地面に座ったまま呆然としていたアルベルトであったがやがて冷静になり立ち上がると靴を拾い履き始めた。


「とっ、とりあえずこの場所がどこなのかを確認しなくちゃ……このジャングルのどこかに手掛かりになりそうなものがあれば良いけど……」


 そう呟くと近くの獣道から光があまり届かず薄暗いジャングルに入り散策し始めた。大きなシダや棕櫚などの低木の枝葉を掻き分け木の根に足を取られつつ進むと小さな小川が流れ日が差す場所に出て来た。小川には曇りなきガラスの様に澄んだ水が流れ底の小石や砂がはっきり見えている。アルベルトが慎重にその小川を渡ろうとした時側の濡れた砂地で給水する蝶の群れを発見した。


「ん?あれはヒイロトラフタテハの群れだ!火の魔力を持つ東南イースシアで見られる蝶じゃないか!給水しているという事は雄だな!あっ!シロチョウの仲間もいる!」


 アルベルトは黒い縞模様に白の斑点とオレンジ色の美しい蝶と白色や黄色の美しい蝶を見て驚愕する。更に近くに咲いていた赤いハイビスカスには表の翅が光沢ある翠緑の美しい蝶と黒地に白い班模様がある翅の大きな蝶がお互いに蜜を巡り争っていた。


「あれはユリシーズアゲハとネッタイモンキアゲハの仲間!どっちも東南イースシアにいる蝶だ!という事はやはりここは東洋のどこかにある南の島?」


 アルベルトはハイビスカスにいた蝶達からこの場所が東洋の南の島である事を推測する。その時給水や給蜜の最中であった蝶達がアルベルトの元へと一斉に集まって来た。


「わわっ、蝶達が僕のところに……!」


 蝶達はアルベルトの腕や頭に止まったり周囲を飛び回ったりしてまるで歓迎するかのような振る舞いをした。更にユリシーズアゲハのうち一匹はアルベルトの伸ばした手の指先に止まると翅を開閉させ挨拶をする。その様子を見たアルベルトは感激し自身の状況に対する不安が和らいだ。


「あは、あはは、凄いや!ユーロッパで見れない蝶が僕の指先に止まってる!こんな日が来るなんて思わなかった!あはは!」


 アルベルトは珍しい蝶に触る事が出来目をキラキラさせ興奮した。だがその時……


「キャアアァーーーッ!!!」

「!?」


 突然ジャングルに若い女性の叫び声が響き渡った。アルベルトは驚き目を丸くする。


「今のは悲鳴!?小川の向こうから聞こえたような……行ってみよう!」


 アルベルトは悲鳴のした方へと走り出しそれと同時に集まっていた蝶達は一斉にアルベルトの元を離れ飛んでいく。小川を超えその先にあったつる植物の藪を掻き分けると更にその先の開けた場所で少女が二人の男に襲われ大木に追い詰められているのを目撃した。


「大変だ!女の子が男の人達に襲われてる!」


 襲われていた少女は黒く短い縮れた髪に赤いハイビスカスをつけており貝殻の首飾りとオレンジの布を腰と胸に巻いていた。彼女を襲おうとしていた男達もまた暗い色の肌に黒い縮れ毛で腰蓑だけの姿をした屈強そうな男達であった。


「あの特徴からしてどちらも原住民かな?とにかく助けなくちゃ!でもどうすれば……うーんこうなったら一か八かだ!!!」


 アルベルトは側に落ちていた枝や石ころを男達に向けて投げつけた。それらは男達の頭に見事命中する。


「おーい!こっちこっち!!!」


 アルベルトはすぐに藪から身を乗り出すと敢えて男達を挑発するように手を振る。男二人は少女の事を放置し怒りの形相でアルベルトの方へ向けて走り出した。


(よし!これでどうにかあの子から意識を逸らせたけど今度は僕が逃げなくちゃ!!!)


 アルベルトは追いかけて来る男二人からジャングルの中を無我夢中で逃げる。しかし先住民である彼らとアルベルトでは体力に差がありあっという間に追いつかれてしまった。


「はぁ、はぁ、うわぁ!しまった!!!」


 男二人はアルベルトに追いつくと強引に羽交い絞めにする。そして男の一人がアルベルトの体を押さえもう一人が火の魔力で掌から大きな火を出してアルベルトを脅した。


「(この小僧!誰か知らねぇが火だるまにしてやる!!!)」

(ひっ!?どうしよう……何を言っているか分からないけど僕今絶対大ピンチだよね!?ヤバい……死んじゃうかも)


 アルベルトは火を出した男の脅しが現地語で理解出来ないながらも絶対絶命の状況である事は察し涙目になる。やがて火を出した男がアルベルトにその火を近づけた。その時近くのヤシの木に一本の矢が刺さった。


「「「!?」」」


 アルベルトと男二人は突然飛んで来た矢に驚き固まった。更に矢が飛んで来た方向から弓や槍を持った男達が数人現れた。彼らはアルベルトを脅している男二人と同じ特徴をした原住民のようであった。


「(森の部族の連中だな!ここは我らの領域だ出ていけ!!!)」


 現れた男達は槍や弓矢を向け現地語で男二人とアルベルトを牽制した。すると男二人は分が悪いと判断したのかアルベルトを突き放しジャングルの中に急いで逃げて行った。


「(クソッ、撤退だ!このガキだけ置いて逃げよう!)」

「うわぁ!っとっと……!?」


 アルベルトは急に突き放されよろけそうになる。何とか立ち上がるが今度は槍と弓矢を向けた男達に囲まれ絶望的な状況は変わらなかった。


「(おい!お前は一体何者だ!)」

(どうしよう!一難去ってまた一難だ!僕はユーロッパ大陸の主要言語しか知らないし……話している言葉は少しブリトニア語っぽいけど全く別の言葉だから意思疎通が出来ないよ!)


 男達はアルベルトに対し現地語で怒鳴りつけて来た。しかしユーロッパの言語しか知らないアルベルトは心の中で戸惑うしかない。男達はアルベルトを益々怪しいと思ったのか矢を一本真横に飛ばして威嚇してきた。


「(怪しい奴め!何を動揺している!)」

「ひいっ!!!」


 飛ばした矢は最初に放たれた矢が刺さったヤシの木にまた突き刺さりアルベルトは恐ろしくなり慌てて両手を上げた。それを見た男達の一人がアルベルトの背後に周り槍で軽くつつきながら声を荒げる。


「(村まで連れて行くぞ!おら前に進め!)」

「痛いっ!痛いって!もしかして前に歩けって事?分かったよぅ……」


 しつこくつつかれ痛がるアルベルトは意味を察して歩き始めた。そしてアルベルトは男達と共にジャングルを進みやがて彼らの集落と思しき場所にやって来た。


「ここは……この人達の村なのかな?」


 アルベルトは連れてこられた集落を怯えながら見渡す。藁ぶき屋根と木材で作られた簡素な家があちこちに建っておりその家から男達と同じ肌色の住民達がアルベルトを興味深そうに見ている。裸のまま地べたで放し飼いの豚や鶏と遊んでいた子供らもアルベルトに気づくと不思議そうに観察していた。やがて男達の一部と少女が途中にあった屋根が縦に尖り長い奇妙な家の方に向かって離れていきアルベルトはそれとは別の小さな小屋の前に連れて行かれた。


「(このハウスの中に入れ!入るんだ!)」

(えっ?ハウスって言った?この家に入れって事かな?)


 アルベルトは男達に指示された通り小屋に入る。室内は薄暗く中央の囲炉裏で火が焚かれ煙たくなっていた。開いている窓にもガラスは無く竹で出来た格子があるだけで入り口もドアは無く開けっ放しであった。ただ入り口付近には槍を持った見張りの男が一人立っているようで出られそうには無い。


「ゴホッ、ゴホッ、何だか煙たいなぁ。だけどまさかこんな事になるなんて思いもしなかったよ……僕これからどうなっちゃうんだろう……ん?部屋の奥に誰かいる?」


 不安がっていたアルベルトであったがふと部屋の奥で御座を敷いて腕枕で寝転がる人物がもう一人いるのを発見した。アルベルトは恐る恐る近づき耳元で声を掛ける。


「あのー、失礼ながらどちら様でしょうか?」

「ん……んん?誰じゃ人の昼寝中に横からボナヴィア語で囁く奴は……よっこいせっと」

「!?」

「ん?誰じゃお前さんは?」


 その人物は昼寝中だったようだがアルベルトの声に気づき起き上がる。その人物はアルベルトと同じく肌が白く髭と髪色も真っ白のユーロッパ人の老紳士で探検家がよく着るベージュのサファリジャケットを着用していた。アルベルトはどこか見覚えのある老紳士の顔を見た瞬間に目を丸くして仰天した。


「よっ、ヨゼフさん!!!どうしてこの場所に!?」

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