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我儘女王マルガレーテ①

「良いですか閣下、アルベルト様と今後お会いになる時は必ず私に一言言って下さいね」

「分かっておるヨハン君。昨日は暗い中待たせてすまんかった」

「本当ですよ!閣下の趣味友達が出来て嬉しいお気持ちは尊重しますがそれでも周囲にバレないよう気をつけて頂かなくては……この国では閣下のご趣味は特殊なんですから」


研究室から帰った翌日の朝、ヴェンツェルは議会に出席するため執務室で髭と髪を整えつつ答弁の為の書類を準備してくれている秘書官ヨハンに昨晩の事を改めて謝罪していた。ヨハンは上司の気持ちに共感しつつもアルベルトとの関係がこれ以上バレないように気をつけて欲しいと釘を指す。


「そうじゃな……特に女王陛下にバレたらちと面倒じゃ。陛下はベルンシュタイン伯爵家、特にフランク殿を相当嫌っておられ……」

「失礼致します閣下、宜しいでしょうか」

「ん?この声はアデリーナ殿か!入って良いぞい」


ヴェンツェルが話している最中ふとドアからノックする音が聞こえた。声の主は女王付きのメイドのアデリーナであった。


「一体要件は何じゃねアデリーナ殿?」

「閣下、陛下が至急謁見室へ来る様にと仰せです」

「何?陛下がワシを?はて何の用事であろうか」


 部屋に通されたアデリーナは淡々とした声で要件を伝えた。呼ばれる理由に心当たりが無いヴェンツェルは疑問に思いながらもヨハンに残りの書類を任せアデリーナと共に謁見室へと向かった。


「女王陛下。宰相閣下をお連れ致しました」


 アデリーナが宰相の到着を知らせ謁見室のドアをノックすると控えていた者達がドアを開けた。謁見室の中央に敷かれた赤い毛氈は奥の三段高く作られた床まで続き、そこに置かれた豪華な玉座にあの紫のドレスを着て艶やかな長い黒髪に青紫色のぱっちりした吊り目が印象的な女王マルガレーテが座っていた。ヴェンツェルは横の窓から差す朝日を浴びながらマルガレーテの前まで来て跪き挨拶をした。


「陛下、おはようございます。朝早くから一体どの様な御用件でしょうか」


 ヴェンツェルが要件を伺うとマルガレーテは睨む様な目つきで口を開いた。


「単刀直入に聞く。そなた昨日ベルンシュタイン伯爵領で誰と会っていた」

「!?」


 思いがけない質問にヴェンツェルは動揺した。マルガレーテは更に話を続けた。


「隠しても無駄じゃヴェンツェル。昨日一日このアデリーナにそなたを見張らせていたからな。余は全て知っておるぞ」


 それを聞いてヴェンツェルは昨日畑で感じた視線と気配を思い出した。あれはアデリーナだったのかと今更になって気づき自分の側にいるアデリーナに一瞬視線を向けた。


「ずーーっと仕事人間でミスの少なかったそなたが急に休みをとる回数を増やしたり細かいミスが目立つようになったからおかしいと思ったのじゃ。それで調べさせてもらった」

「……そうでしたか。やはり陛下にはお見通しだったようですな」


 ヴェンツェルは気まずい顔をして自分の詰めの甘さを心の中で反省した。マルガレーテは更に目つきを鋭くして厳しい顔になる。


「ヴェンツェル、そなた宰相になる時こう申したな(一切の隠し事をせず野心を抱かず忠誠を尽くす)と。にも関わらず余に内緒で他の貴族と密かに交流しておった。しかも相手は贈収賄の罪でクビになった元外務大臣の次男だ!そなた本当に余に対して忠誠心を持っておるのか!!!」


 マルガレーテは玉座から立ち上がってヴェンツェルを叱責した。アデリーナは横で落ち着くようにマルガレーテを宥める。


「陛下、ワシは陛下に対して強い忠誠心を持っております。この命に変えてでも宰相として国と陛下をお守りするつもりです!」

「ほぅ?申したな。なら昨日何故元外務大臣の次男と会っておったのか、余に正直に説明できるな?」

「そっ……それはっ……その」

「この後に及んでまだ隠すつもりか!忠臣ならば一切の隠し事はしないはずであろう!それとも宰相になる時にしたあの宣言は偽りであったのか!?あぁ!」


 マルガレーテからの詰問に耐えかねたヴェンツェルはアルベルトに心の中で


(すまん……!アルベルト君……!)


と謝り、真相を全て話した。


「……蝶や蛾の趣味を共有する友人???」


 ヴェンツェルから本当の事を聞いたマルガレーテは呆気にとられた顔をする。ヴェンツェルは恥ずかしさで赤面しながらも説明を続ける。


「陛下には以前お話ししましたがワシは蝶や蛾の標本を集める趣味を持っております。実は最近フランク殿の次男アルベルト殿が同じ趣味を持っている事を知りこの間の訪問を機に彼と交流を持ったのです。それ以来彼と共に関係を秘密にしながら趣味を楽しむ事にしました」


 真相を話し終えるとヴェンツェルは片膝を床につけマルガレーテに対して謝罪した。


「陛下、ワシは全ての真相をお話し致しました。アルベルト殿との間に何もやましい事はございません。しかし宰相就任時に誓った事を忘れて隠し事をした事については深くお詫び申し上げます……」


 ヴェンツェルの跪く姿をマルガレーテは厳しい表情のまま見下ろしてしばらく沈黙した後、玉座にまた座り口を開いた。


「……顔を上げるが良い。話はよく分かった。そなたが余に隠し事をした事については許すとしよう」


 マルガレーテの言葉にヴェンツェルは顔を上げ安堵の表情を浮かべた。


「だが、そのベルンシュタイン家の次男については余は信用する事ができぬ。一度罪を犯し左遷された男の息子じゃ。そなたの立場を利用し国家権力に取り入り父親を復権させようと考えていないとも限らぬ。今後はそやつと会う事はまかりならぬ」

「しっ、しかしながらワシの目から見て彼はフランク殿とは違い腹の底に野心を抱えるような男には見えませんでしたぞい!」

「いいや信用せぬぞ。第一人は見かけや言葉だけで信用すべきで無いといつも言っておるのはそなたでは無いか。話は以上じゃ。下がれ」


 マルガレーテから今後アルベルトと会う事は許さないと厳しく言われヴェンツェルは項垂れながら退室した。



★★★



やがて謁見室はマルガレーテとアデリーナの二人きりになった。しばらくの沈黙の後マルガレーテがアデリーナに視線を向け口を開いた。


「さて、アデリーナよ」

「何でしょうか」

「余は狩猟に行きたい♡」

「ダメです」


 先ほどまでと一転して笑顔と甘えた声でお願いするマルガレーテに表情一つ変えず即答するアデリーナ。部屋の中に再び沈黙が流れた。


「何故じゃ!余はこの国の女王ぞ!女王が狩猟に出かけて何が悪いのじゃ!!!」


 マルガレーテは玉座から再び勢いよく立ち上がりアデリーナに強い口調で詰め寄った。


「狩猟が悪いとは申しておりません。ですがその前に政務をきちんと終わらせて下さい」

「政務など後回しで良いでは無いか!余は今すぐ森に出かけてウサギやヤマシギを撃ちたいのじゃ!!!」

「いけません。昨日もそう言って政務を後回しにしたではありませんか。そのせいで署名が必要な法案が沢山溜まっていますしこの後は経済の専門家をお招きした勉強会もあるでしょう?」


 主君の我儘に対して冷静かつ淡々とした態度を崩さず対応するアデリーナ。マルガレーテはアデリーナの顔をぐぐっと睨みつけた後、大きなため息を吐いて玉座にドカッと座った。


「はぁ……どうして余は王族に生まれたのじゃ。何故父上は余を次期国王に選んだのじゃ。政治に全く関心が無いでも無いが余はもう少し気楽な立場で狩猟や乗馬などの趣味を楽しみたかった……」

「陛下……」


 マルガレーテは王族に生まれしかも自らの意思と無関係に王位を継ぐ事になってしまった自らの運命を悔やみしょんぼりとする。アデリーナはそんなマルガレーテの側に寄り優しい声で言った。


「それでも先代の国王陛下に選ばれた以上は女王としての務めを全うしなければなりません。大丈夫です。私がついております。一生懸命お支え致しますから」

「アデリーナ……」


 アデリーナを見上げ少し目を潤ませるマルガレーテ。しかしアデリーナはすぐに冷静な声に戻り厳しく言った。


「という訳でさっさと女王としての責任を持って政務を片付けやがって下さい」

「優しいのは一瞬だけか!もっと主君に対して優しくしてくれても良いであろう!!!」


 元通りの態度に戻ったアデリーナにマルガレーテは更に激しく不満をぶつける。


「いやじゃいやじゃ!!!余は今すぐに狩猟に行きたいのじゃ〜〜〜!!!」


 玉座の上で手足をジタバタとしてまるで駄々っ子の様に暴れるマルガレーテに対して流石のアデリーナも少し語気を強めて対応する。


「いい加減にして下さい!陛下が真面目に政務をして頂かなければ国全体が立ち行かなくなってしまいます。さぁ、早く国王執務室へ参りますよ」


 アデリーナが顔をむくれさせる主君の腕を引いて玉座から立ち上がらせようとすると


「良いのか?アデリーナ。余をそんなぞんざいに扱って」

「はっ?」

「もしそなたが狩猟に行くのを認めてくれないのであれば余は一人で裏口から勝手に宮殿を出発するぞ。さぞ宮殿内は大騒ぎになるであろうな。それでも反対するのか?」


 とむくれたまま脅迫した。アデリーナは困った顔で大きくため息をつき


「……分かりました。ただし夕方までには帰ると約束してください」


 と狩猟に行くのを仕方なく承諾する。マルガレーテは満面の笑みでアデリーナに言った。


「それでこそ余の忠実なるメイドじゃ♡よし早速狩猟に出かける準備をするぞ!」


 上機嫌で玉座から立ち上がり謁見室を後にするマルガレーテの後ろでアデリーナが再び大きくため息をついて呟く。


「本っ当に我儘なんですからこの人は……」

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