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蝶好き令息vs副宰相令息③

「アルベルトが勝手に出かけただとぉ!?」


アルベルトが王都で老婆を助けた翌日の朝、屋敷から突然いなくなったアルベルトを探していたフランクはメイドのアンナから自分の許可なく出かけてしまった事を告げられ唖然とした。


「申し訳ありません旦那様!今朝急にクラドルヴァ辺境伯領に行くと言って出て行ってしまわれました!」

「あぁんのバカ息子がぁ!!!今日は領地の見回りの日だと言っておっただろうが!」

「見回りは旦那様にお願いすると……」

「ふざけるなぁ!しかもクラドルヴァ辺境伯領だと!?一体何しに行ったんだあんなクソ田舎に!そもそも貢ぎ物はどうするつもりだ!ヨハネスのガキより良い物を用意出来なかったらワシら一族全員の恥になるんだぞ!」


フランクがそのように屋敷で喚き散らしていたその頃、王都にあるハイネ侯爵邸の庭ではテオドールが余裕の表情でお茶会を楽しんでいた。


「陛下に送るドレスのデザインも職人達への指示も全て終わらせた。あとはドレスの完成と対決の日を待つだけか……退屈だねぇ」

「テオさんなら絶対大丈夫です!負ける訳ありませんよ!」

「そうそう。あの蝶や蛾を捕まえるしか能がないベルンシュタイン家の次男坊なんざテオ様の足元にも及ばないでやんすよ」


テオドールの言葉にお茶会に誘われた取り巻きの下級貴族令息二人が反応する。テオドールは自身を持ち上げる取り巻き達の言葉にまんざらでもない表情をする。


「ハハハ、ありがとうお前達。この勝負で私は何としても陛下のお心を掴んで見せるさ」

「そう言えばファンクラブの令嬢から聞いたでやんすがアルベルトの奴何故かヴィルクセン帝国方面へ向かう駅馬車に乗るのを見たそうでやんす。それも旅行鞄を持って」

「それは本当かマックス!さてはアルベルトの奴テオさんに怖気ついて国外にでも逃げるつもりではないですかねぇ?ぷぷぷ」

「笑うのはやめたまえよディーター。まだ彼が逃げたとは決まっていないじゃないか」


 取り巻きの一人マックスからアルベルトの動向を聞いたもう一人の取り巻きディーターが口に手を当てて笑うとテオドールが余裕の笑みのまま窘めた。


「でもこのタイミングで国外へ行くなんて逃げたとしか思えないでやんすよ。もう不戦勝で良いんじゃないでやんすかテオ様」

「まぁここは約束の一か月後まで待ってあげようではないか。彼が逃げようが逃げまいが私が勝って見せるけどな。ハッハッハッハ!」


 テオドールはそう自分の勝利を確信し高らかに笑った。そして更にその頃王宮ではヴェンツェルが国王執務室にいるマルガレーテに重要書類を提出していた。


「こちらが議会で採決された追加の予算案です。内容のご確認と承認のサインをお願い致します」

「わかったわかった。後でやっておくから下がれ」

「そう言ってちゃんとやったためし無いんですから今やって下さい」


 書類を面倒くさそうにあしらうマルガレーテにアデリーナが鋭くツッコミを入れるとマルガレーテは不機嫌そうにアデリーナの方を睨み舌打ちした。


「重要な内容故迅速にして頂きたいですぞい……それはそうと陛下、申し上げたい事が」

「何じゃ?申してみよ」

「アルベルト君とテオドール殿の対決の事です。なぜ陛下はテオドール殿を罰しないばかりかあのような勝負を承認されたのですか。どう考えてもアルベルト君が不利では無いですか」


 ヴェンツェルは勝負を仕掛けられ追い詰められているアルベルトの事を気の毒に思い改めて苦言を呈した。


「余の決定にまだ文句があると申すか。二人の男が女王たる余の寵愛を求めて競い合う、これが面白くない訳がなかろう。それに余は今までアルベルトの趣味に付き合ったり狩猟に連れて行ったりと散々尽くしてやったのにあやつは全然余に尽くそうとしてくれぬ。せめて貢ぎ物の一つでもプレゼントしてくれぬと納得いかぬわ」

「はぁ……」

(少なくともアルベルト様に関しちゃ寵愛を求める気は無いだろ)


 マルガレーテの言い分にヴェンツェルは呆れた様子で返事をしアデリーナは内心で毒舌を吐いた。


「別にアルベルトが何を献上しようが文句は言わぬ。だが折角ならテオドールのように自分の才能を生かした品が余は欲しいぞ。単に金を出して買った高級品よりもな」

「うっ……」

「とにかくこれは決定事項じゃ。余はこの対決を楽しみにしておる。これ以上口出しはするなヴェンツェル」

「……失礼致しました」


 マルガレーテから忠告されたヴェンツェルは大人しく引っ込むしかなく国王執務室を後にした。そして王宮の廊下の窓を見ながら一人心配そうに呟いた。


「アルベルト君……応援しか出来んで申し訳ないのぅ……」


 やがて日は流れ舞踏会から一か月後、とうとう対決の日がやって来た。



★★★



「アルベルト様遅いですわ……もうすぐ対決の時刻ですのに」


 対決開始時刻である正午を前に王宮の門前ではハイネ公爵家の父子とアルベルト陣営の者達が集まっていた。更に周囲には対決の様子が気になり集まった貴族達がたむろしている。ところが肝心のアルベルトがまだ来ておらずアルベルト陣営側のクラウディアは懐中時計を見て心配そうに呟く。


「アルベルト様本当に遅いですね。正午まであと三分ですよ」

「可愛い弟よなぜ現れない……まさか事故にでもあったのではなかろうか」

「縁起でもない事言わないでくださいエルンスト様」


 エルンストの発言にアンナは眉をひそめて窘める。一方クラウディアと共に見守りに来たグスタフも不安と焦りからフランクを問い詰める。


「おいフランク!なぜ貴様の次男坊はこんなにも遅いのだ!」

「そんなのワシが知りたいわグスタフ!あのバカ息子はクラドルヴァ辺境伯領へ出かけたきり何の連絡もないんだ!まさか今日が勝負の日である事を忘れているんじゃあるまいな……」

「おやおやどうした失脚した元外務大臣と老いぼれ陸軍大臣。早速仲間割れか?フッフッフ」

「「何ぃ!?」」


 揉めるグスタフとフランクの様子を横目で見ながらテオドールの父親ヨハネスが下卑た笑みを浮かべて挑発すると二人は一斉にヨハネスを睨みつけた。


「フランク、どうやらお前の次男坊がまだ来とらんようだな。息子の話ではヴィルクセン国境へ向かう馬車に乗っていたそうだが吾輩の息子を相手に怖気づいて逃げたのではないかね?」

「やかましい!クラドルヴァ辺境伯領へ行っているだけだ!目的は知らんがな!」

「まぁ来たとしても吾輩自慢の息子であるテオドールが作り上げた貢ぎ物には敵うまい。どちらにせよお前ら二人の屈辱で歪んだ顔を拝むのが今から楽しみだ」

「黙れ若造がぁ!!!アルベルト君は必ず勝負に現れ貴様に勝利するわい!」


 ヨハネスの挑発にカッとなったグスタフは威勢よく啖呵を切った。しかしフランクはアルベルトが用意した貢ぎ物が分からないだけに不安が拭えず言い返せない。その時対決を見に来た野次馬貴族らを掻き分けアルベルトが慌てた様子でやって来た。


「すいません皆さん!遅くなりました!」

「「「「「!?」」」」」


 遅れて来たアルベルトを見たアルベルト陣営の一同は一斉に駆け寄り心配と励ましの声を掛ける。


「おい遅いぞバカ息子!どこで油を売っていた!」

「アルベルト!お兄ちゃんは心配したぞ!」

「アルベルト様!私も心配しましたよ!」

「アルベルト様!間に合って良かったですわ!」

「ようやく来たかアルベルト君!対決でヨハネスの小僧を打ち負かしてやれ!」

「あはは……本当にすいません。王都までの道が事故で混んでいて遅くなりました」


 駆け寄って来る一同にアルベルトは申し訳なさそうに遅れた理由を話した。


「おいアルベルト。お前クラドルヴァ伯爵領に行ったみたいだが貢ぎ物は準備できておるんだろうな?」

「えぇ大丈夫です。この木箱の中に入っています」

「何を作ったかは知らんが用意出来ているなら良い!絶対に勝て!いいな!」

「お兄ちゃんも期待しているぞ!頑張れ!」


 フランクとエルンストは二人揃ってアルベルトを激励する。一方ヨハネスは不満そうに舌打ちをした。


「チッ、このまま不戦勝になれば楽だったのだがなぁ」

「まぁまぁ父上。どの道蝶好き令息風情が私に勝てる訳がありませんよ」

「ふん、それもそうだな」


 ヨハネスとテオドールが余裕ぶっていると王宮の門が開き中からアデリーナが出て来た。いよいよ対決の時が来たのだ。


「対決のお時間となりました。アルベルト様、テオドール様、いらっしゃいますでしょうか」

「はっ、はい!」

「もちろんだともアデリーナ嬢」

「大丈夫ですね。では陛下がお待ちですので皆様はどうぞ中へ」


 アデリーナは勝負する二人とその関係者のみを王宮内に通し野次馬の貴族達は衛兵に指示して止めさせた。アルベルト達は長い廊下を進み謁見室へと通される。部屋の奥にある玉座には期待の笑みを浮かべるマルガレーテが座っていた。傍にはヴェンツェルも控えている。


「よく来たなアルベルトそしてテオドール。余はこの一か月間そなたらの貢ぎ物が楽しみでたまらなかったぞ。早速対決を始めよう。最初は対決の発案者であるテオドール、そなたからじゃ」

「ははっ!この私テオドールが心から愛する女王陛下に献上させていただきますのは最高級のシルクと最先端技術を取り入れ仕立て上げたドレスでございます!」

「ほぅシルクのドレスか。してそれはどこにあるのじゃ?」


 マルガレーテはテオドールの貢ぎ物がドレスと聞いて目を輝かせるが肝心のドレスが見当たらず謁見室を見渡す。


「ご心配なく陛下。この謁見室の隣の部屋に用意してございます。ご試着なさいませ」

「そうか。では早速試着させてもらうぞ。おいアデリーナ着替えを手伝え」

「かしこまりました」


 マルガレーテはアデリーナを連れて試着の為一旦謁見室を後にする。しばらくして着替え終えたマルガレーテを見た一同は息を呑んだ。


「おぉ何と……」

「綺麗……!」


 献上された新作ドレスは夜会用のマーメイドドレスであった。シルクの艶と深い紅色が美しいドレスは黒髪に優れたプロポーションを持ったマルガレーテにぴったりな一品である。


「中々素晴らしいドレスではないかテオドール。サイズも余にピッタリじゃ」

「お褒め頂き光栄です!素材にはシルクの中でも特に質が良いフソウ国のジョーモー産シルクを使用しております!更に私自らデザインも考えその上で我が社の工房が誇るビタリア王国出身の一流職人達に仕立てさせました!」

「ジョーモーのシルクとな!道理で肌触りが良いはずじゃ。東洋最大の絹輸出国であるフソウ国でも特に質が良いシルクを生産すると言われておるからな。それに体のラインが分かりやすいドレスが好みじゃと言ったのも覚えておったのじゃな」


 マルガレーテは侍女達が持ってきた鏡の前で嬉しそうにポーズを決めながら言うとテオドールは自身に満ちた表情でドレスのもう一つの秘密について打ち明ける。


「しかし陛下、まだ最先端の技術をお見せしておりません。そのドレスがすごいのはここからなのです」

「何?どういう事じゃ?」

「試しにご自身の光魔力をお体全体に纏わせてみてください」

「うっ、うむこうじゃな……!?」


 マルガレーテは魔力を体全体に纏うよう指示され自分の青紫色の光の魔力を体全体に纏わせてみる。すると何とドレスが深紅から深い青へと一瞬で変化した。


「どういう事じゃ!?ドレスの色が変わったぞ!」

「もしやこれは属性魔力に反応する染料を利用したドレスかね?ヴィルクセン帝国で最近開発されたと聞いておったがこれほど早く色が変わるとは……」


 ドレスの色彩変化にマルガレーテは驚く一方ヴェンツェルはそれが最新の染料によるものである事を突き止める。


「流石は宰相閣下ご存じでしたか。私はボナヴィアで一番の高級衣料品会社の社長として最新技術をいち早く取り入れるべきだと常日頃から考えております。属性魔力に反応し色が変わる最新の染料を使ったドレス、夜会での良い余興になりましょう」

「その通りじゃなテオドール!余はこのドレスが気に入った!褒めて遣わすぞ!」

「お褒め頂き恐悦至極にございます!陛下のお墨付きとあらば他の令嬢達も我が社のドレスを買い求めようとする筈です!私は更なる富と名声を手にして誰よりも陛下にふさわしい男だと皆から認められるでしょう。完璧な男であるこの私を王配として選ばれる日を楽しみにしておりますよ。愛しき女王陛下……」


 テオドールは最後に一輪のバラを取り出すとマルガレーテに跪いて熱烈なアプローチをする。マルガレーテは引きつった笑顔を見せながらもバラは受け取った。


「そっ、そなたの余を慕う気持ちはありがたいがその……それより次はアルベルト!そなたの番じゃ!」

「あっ、はいっ!」


 マルガレーテはテオドールから話題を逸らすようにアルベルトに貢ぎ物を求める。テオドールの実力を見せつけられたアルベルト陣営の者達は不安そうな表情を浮かべていた。


「ヨハネスのガキめ想像の倍凄い貢ぎ物を用意しおって。色まで変わるなど予想外じゃわい」

「あのドレスを超えられなかったら終わりだぞ……本当に大丈夫なんだろうなバカ息子」

「アルベルト様……大丈夫でしょうか」

「アルベルト様……」

「俺はお前の勝利を信じているぞ……高級ドレスなんかに負けるな弟よ」


 アルベルト陣営全員の期待を背負ったアルベルトはテオドールのドレスを着たまま玉座に座ったマルガレーテの前に出て貢ぎ物が入った小さな木箱を差し出す。アデリーナを介して受け取ったマルガレーテが開けると中には純白の布が一枚入っていた。


「これがそなたの献上品か。何じゃこれは?」

「ボナヴィアのクラドルヴァ辺境伯領産シルクを使用した……ハンカチでございます」

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