蝶好き令息vs副宰相令息②
「陛下!?いや違うんですこれは……うわっ!」
「女王陛下!お会いしとうございました!あぁ変わらずお麗しい……」
マルガレーテから騒ぎの中心だと勘違いされたアルベルトは弁解しようとするがマルガレーテに近づこうとするテオドールに押しのけられてしまった。
「うっ!そなたテオドールか。なぜそなたもおる……」
「ん?お前さんは確かヨハネス殿の。お前さんもこの騒ぎに関わっておるのかね?」
目を輝かせ自身に近づくテオドールを見たマルガレーテは嫌そうな表情を浮かべる。傍に控えるヴェンツェルがテオドールも騒ぎに関わっているのかと尋ねるとグスタフが横から詳細を上司二人に告げた。
「陛下ぁ!閣下ぁ!このヨハネスのガキは我が孫娘の親友アルベルト君に向かって数々の暴言を吐いたばかりか陛下の寵愛を賭けて勝負しろなどとのたまいたのですぞぉ!!!」
「お祖父様の仰る通りですわ!それにアルベルト様を聖誕日に鹿狩りに誘った噂だけを根拠に陛下が男として意識していると主張したのですわ!不敬ですわ!」
「なっ!?」
マルガレーテはグスタフとクラウディアの訴えを聞いて一瞬で顔が赤くなった。一方共に同行していた後ろで纏めたやや長い金髪に割れ顎が印象的なテオドールの父親で財務大臣兼副宰相のヨハネスは反対に顔がみるみる青くなる。
「テオドールっ!そそそなた何という事を申すのじゃ!よっ、余はアルベルトを男として見てなどおらぬ!聖誕日に誘ったのも偶然じゃ!それに勝負とは何じゃ!そなた決闘をするつもりか!」
「舞踏会の空気を乱しただけでも問題じゃと言うのにその様な事を……」
「申し訳ございません女王陛下!宰相閣下!吾輩のせがれがとんでもない事を主張して舞踏会をお騒がせしてしまいまして!おいお前も謝れテオドール!!!」
ヨハネスは機嫌を損ねた上司二人の前で慌てて陳謝した。そして自身の息子テオドールにも謝罪をするよう迫るがテオドールは謝らなかった。
「胸の内を隠す事はございません陛下!しかし私も陛下を愛する男!アルベルトに陛下の寵愛を奪われる事が許せないのです!それ故貢ぎ物対決をして陛下のお心を掴み勝利してみせます!」
「そなたこの期に及んで……ん?ちょっと待て、何じゃその貢ぎ物対決というのは?」
「はい陛下!実は……」
テオドールは貢ぎ物対決という言葉が気になったマルガレーテに詳細を説明した。
「……という勝負でございます!」
「陛下!こいつは我が愛する弟を中傷した上に根拠不十分の主張で陛下に不敬を働き舞踏会を騒がせました!厳正なる処罰をお願いします!!!」
エルンストは貢ぎ物勝負の詳細を聞き終えたマルガレーテに改めてテオドールの処罰を求めた。しかし次にマルガレーテの口から出たのは予想外の言葉であった。
「貢ぎ物対決か……中々面白そうではないか」
「陛下?」
「テオドールが余に何を献上するかは大体見当がつくがアルベルトが標本以外で何を献上するかは想像がつかぬ。アルベルト、この勝負を受けよ」
「えぇ!?いやでも」
「これは王命じゃ。逆らう事は許さぬ」
「そんなぁ……」
「流石陛下!興味を示してくださると信じておりました!」
マルガレーテに貢ぎ物勝負を命じられてしまったアルベルトは愕然とする一方テオドールは歓喜した。
「テオドールは舞踏会を騒がせた不届き者!話に乗ってはいけません!」
「エルンスト君の言う通りですぞ!陛下!そのガキを処罰して下され!」
「陛下、流石にアルベルト君にテオドール殿と勝負しろというのは……」
「そなたらは口を挟むでない。余はテオドールの提案を気に入った。勝負の邪魔をする事は許さぬぞ。ヴェンツェルそなたもじゃ」
「「ぐっ……!」」
「うぅ……」
エルンストとグスタフはなおもテオドールの処罰を訴えヴェンツェルも苦言を呈したがマルガレーテの一声で黙らされてしまった。一方ヨハネスも行き過ぎた行動に出た息子を叱りつけた。
「全くこのアホ息子が!陛下のお怒りを買わずに済んだとはいえ舞踏会でしょうもない騒ぎを起こしおって!」
「舞踏会を騒がせた事は謝ります父上。ですが私はこの勝負で陛下に新しい技術を駆使した特注品を献上するつもりです。もし勝利を得る事が出来れば我が社は更に評判を呼びハイネ一族の名はより一層輝く事になるでしょう。父上にも悪い話ではない筈です!」
「お前なぁ……」
「それにベルンシュタイン家の次男坊如きに何が献上できましょうか?あのアルベルトが負ければ父上の大嫌いなフランク様も悔しがるは必然。父上は内閣の中でも今以上に大きな顔が出来ますよ。あの老いぼれ陸軍大臣閣下にも、です」
「なっ!あのガキ今ワシを老いぼれと言いおったな!」
「まぁ!お祖父様まで侮辱するなんて!何て嫌味な方かしら!」
テオドールは怒る父親を説得すると同時に敢えて周囲に聞こえる声でグスタフを侮辱し焚きつける。するとヨハネスは悪い顔になり息子に賛同した。
「なるほど……あのジジイにデカい顔が出来るなら吾輩にも悪い話ではないなぁ」
「何ぃ!?」
グスタフはヨハネスからも挑発され更に怒りを見せる。テオドールは改めてアルベルトに顔を向けると指を指しながら言い放つ。
「そういう訳だ我がライバルアルベルト!一か月後に献上品を持って王宮へ来たまえ!もし来なければ私が不戦勝となるがな!ハッハッハ!!!」
「うっ、うぅ……」
「それでは父上、私は先にお暇させていただきます。早速献上品の準備をしなくてはいけませんから」
テオドールはヨハネスにそう言い残して会場を後にする。困った表情で立ち尽くすアルベルトにエルンスト達が一斉に詰め寄った。
「アルベルト!お兄ちゃんはお前を応援しているからな!あの野郎に負けるんじゃないぞ!」
「ワシはあのガキを許しておけん!!!対決に勝って彼奴の鼻っ柱をへし折ってやれ!!!」
「私もお祖父様を侮辱されてとても不愉快でしたわ!!!アルベルト様!必ず勝ってくださいまし!!!」
「クラウディア様までそんな……あぁ何でこんな事に!」
アルベルトは兄や友人達に詰め寄られて困った表情を浮かべる。こうしてアルベルトは女王への献上品で勝負せざるおえなくなってしまったのだった。
★★★
「やれやれ君も厄介な勝負を仕掛けられてしもうたのぅ」
「本当ですよ……僕争い事は嫌いなのに」
舞踏会の翌日、アルベルトの研究室を訪ねて来たヴェンツェルは畑の種まきを手伝いながら舞踏会での件についてアルベルトに憐みの言葉を掛けた。
「あの時たまたま会場にいなかった父上にも(ヨハネスのガキに負けたらただじゃおかんからな!)と言われてしまいまして……」
「しかし勝負の相手がテオドール殿となるとこれは大変じゃぞい」
「その事なんですがそもそもテオドール様って一体どんな方なのですか?」
テオドールと言う人物が何者なのかを一切知らないアルベルトは気になってヴェンツェルに聞く事にした。
「テオドール殿は副宰相ヨハネス殿の一人息子でな。高級衣料品会社の社長をしておる若き天才令息じゃ。主に貴族相手に礼服やドレスの他ハンカチなどの布製品を自社工房で作り販売しておる。因みに陛下も彼の仕立てるドレスがお気に入りでの。王家御用達のブランドじゃよ」
「そっ、そんなに凄い人だったなんて!」
「その上女性への紳士的な振る舞いと甘いマスクで社交界のご令嬢達やご婦人も虜にしておる。現に彼のファンクラブまで存在する程じゃ。じゃが彼自身はあくまで陛下一筋のようでの。最も陛下ご自身は彼のブランドの製品は好きでも彼自身には苦手意識を持っておるがな。顔がタイプじゃない上にナルシスト気味な性格がうっとおしいらしいぞい」
「はぁ……」
ヴェンツェルからテオドールの詳細について聞かされたアルベルトは自分がかなり手ごわい相手に勝負を仕掛けられてしまった事を実感した。
「アルベルト君はこの対決で蝶や蛾の標本以外の貢ぎ物を自分の力で用意せねばならん。面倒な事じゃ」
「うぅ……どうすれば良いんでしょうヨゼフさん」
「一応手がない訳ではないがの……君が持つ希少な標本を需要がある隣国で売って宝石などに替えるという方法じゃが」
「そんな!嫌ですよ!命と家族の次に大事な標本を売るだなんて!!!」
ヴェンツェルから提案された方法にアルベルトは困った顔で反発する。
「まぁそう言うと思ったわい。仮にそうしても勝てるかどうか……テオドール殿は恐らく今回の勝負で自らデザインを考え自ら厳選した素材と職人で仕立てた新作ドレスを陛下に献上するつもりじゃろう。彼にはデザイナーとしての才能もあるからな。単に標本を売って得ただけの宝石などではいまいちアピールポイントに欠けるかもしれん」
「うぅ……」
「昨日の事も舞踏会で敢えて対決を仕掛け他の貴族の注目を集める事で自社のブランドを宣伝し尚且つ君を勝負で下し恥をかかせようという計算の上での行動だったのじゃろう。陛下が勝負に興味を持つであろう事も折込済みでな。無謀なようでいて狡猾じゃわい」
ヴェンツェルは昨日の騒動を引き起こしたテオドールの思惑をそのように考察した。そして中腰の姿勢から立ち上がると首にかけたタオルで汗をぬぐった。
「ふぅ……ワシは君の味方ではあるが残念ながら何も手助けはしてやれん。出来るのは応援する事だけじゃ」
「そんなぁ……ヨゼフさんまでそんな事を」
「ただ君も何度か陛下とお会いしてその人となりを知っておるはずじゃ。その記憶を頼りに陛下のお心を掴めるような品を献上するしかなかろうな。それだけはアドバイスしておくぞい」
「ちょっとヨゼフさんどちらに!」
「ワシは午後から仕事があるからのぅ。そろそろ着替えて王都に戻るぞい」
ヴェンツェルは最後にあまり参考になるとは思えないアドバイスを残して研究所の出入り口である森の小道へと行ってしまった。アルベルトは兄や友人達に詰め寄られた時同様困った顔で呆然とするしかなかった。
「はぁ……あの舞踏会から三日目だというのに何も思い浮かばないよ。どうしよう……」
それから三日後、アルベルトは用事があり王都に訪れ大通りを歩いていた時にそう呟いた。舞踏会の日以来何を献上しようか考えていたのだが結局テオドールに対抗できるような品が何も浮かばず悩み続けていた。
「こうなったら本当に蝶を売ってダイヤにでも変えて献上しようかな……」
アルベルトが半ばやけくそ気味に呟いた時、目の前を歩いている荷物を背負った老婆が突然よろけて倒れそうになるのを目撃した。
「!?お婆さん!大丈夫ですか!」
アルベルトは慌てて老婆の元に駆け寄りその体を支えた。老婆は疲れ果てた表情をしながらもアルベルトに感謝の意思を示した。
「あぁ危うく倒れるところだったよ。ありがとう」
「いえいえ。お顔の色が優れないようですがどこか具合が悪いのですか?」
「いや病気じゃないのさ。ただ王都に来るまで何日も飲まず食わずだったからもうへとへとでねぇ」
「そうなんですか……」
老婆から事情を聞いたアルベルトは老婆をすぐ近くのカフェに案内し水と軽食のパンを注文し食べさせた。老婆は空腹と渇きから解放されるとアルベルトに改めて深々と頭を下げお礼を言った。
「本当にありがとうねぇ優しいお坊ちゃん。あんたは命の恩人だよ」
「そんな……パンと水を御馳走しただけで命の恩人というほどでは……」
「謙遜しなさんな。お坊ちゃんの行いはきっと神様も見ておいでだ。良い事があるよ」
「あはは、なら良いのですが。あの、お婆さんはどちらの出身なのですか?王都の方ではないようですが」
アルベルトはふと老婆にどの地域から王都に来たのかを尋ねる。
「私はクラドルヴァ辺境伯領から来たのさ。王都に住んでいる親戚の家に身を寄せる為にねぇ」
「えっ!クラドルヴァ伯爵領と言えば西部の国境付近にある小さな領地ですよね」
「おや、知っているんだねぇ」
「えぇ!あそこは唯一ボナヴィアで養蚕が行われている場所ですから!」
アルベルトは辺境伯領の事を楽しそうに話した。しかしそれを聞いた老婆の表情が何故だか曇っている。
「お婆さん?どうしましたか?」
「それがねぇ……今はもうお蚕さんを育てている農家は少なくなってしまったんだよ。輸入される生糸の値段が安くなって売れなくなってしまったのさ」
「えっ!?」
「その上今年に入ってお蚕さんがおかしな病気に罹るようになってしまってねぇ。残っていた村の養蚕農家も廃業せざるおえなくなったのさ」
「そんな、あそこの蚕は貴重なのに……」
アルベルトは辺境伯領の養蚕の実情を聞き残念そうに肩を落とす。しかしすぐに顔を上げて老婆に蚕の病気についてを詳しく聞いた。
「お婆さん、その蚕の病気とはどんなのですか?」
「どんな病気かだって?そうさねぇ……」
老婆は蚕の病気について具体的な症状の説明をした。するとアルベルトは納得した様子で頷いてから老婆に言った。
「なるほど……お婆さん、僕は蝶や蛾の採集や研究をしていて南ガロワで養蚕をしている知り合いもいます。なので蚕の病気についても知識があります。辺境伯領の蚕の病気、僕の知識が役立つかもしれません!」
12月17日:辺境伯領の地名を一文字変更




