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蝶好き令息vs副宰相令息①

「いよいよ舞踏会の始まりかぁ。去年は兄上と一緒にやらかしちゃったから今年は行儀よくしていないと……」


 春が過ぎ初夏を迎えた王都フラウ。夏至の夜に開かれる恒例の宮廷舞踏会にアルベルトは去年に続き出席していた。女王による開会宣言も終わり周りの貴族達はダンスと談笑に明け暮れている。


「父上は他の貴族の方とお話に行っちゃったし兄上は遅れて来るって言っていたなぁ。踊る相手が一人でもいれば良いんだけれど……現実は厳しいや」


 アルベルトは会場の片隅で周囲を眺めつつ一人呟く。ただでさえ趣味と父親が原因で孤立気味のアルベルトだが去年兄と共に不祥事を起こしてしまった事も相まって踊ってくれるご令嬢がいないのだ。


「仕方ない。また庭でも散歩して……」

「アルベルト様!お久しぶりですわ!」

「えっ?クラウディア様!」


 去年と同じように庭園の散歩へ行こうとしたアルベルトは自分を呼び止める声に驚いた。声の先には白いフリル付きドレスを纏った水色髪の伯爵令嬢クラウディアがいた。陸軍大臣であるグスタフの孫娘だ。


「これクラウディア、友人に会えて嬉しいのは分かるが走るのははしたないぞ」

「あっ!ごめんなさいお祖父様。改めましてごきげんようアルベルト様。去年の夏以来ですわね」

「こんにちはクラウディア様。お元気そうで何よりです。陸軍大臣閣下もお久しぶりです」


 クラウディアが付き添って来たグスタフに自身の振る舞いを反省しつつカーテシーで改めて挨拶をするとアルベルトも会釈を返す。互いに久々の友人との再開に顔が綻んだ。


「久しぶりだなアルベルト君!孫娘と友人になってくれた件改めて礼を言うぞ!またいずれ我が屋敷に来るが良い!ワシの料理でもてなしてやろう!」

「あっ、ありがとうございます……ところでブルクハルト様とエラ様はどちらに?」

「む?二人は挨拶回りに行っておるが。そうか共に挨拶に来るべきだったな!すまんすまん!」

「いえお気になさらず」


 グスタフはクラウディアの両親と共に挨拶に来なかった事を謝罪した。するとクラウディアがアルベルトをにこやかな表情でダンスに誘う。


「そうですわアルベルト様!わたくしと一曲踊ってくださいまし!」

「えっ!?」

「何かご不満ですの?」

「いっ、いえ!ですが僕が相手で大丈夫ですか?あまり上手くないですよ?それに去年騒ぎを起こした僕と踊ったらご評判に支障をきたすのでは……」

「あら、アルベルト様と踊った程度で私の評価が落ちるとお思いですの?心配無用ですわ!寧ろ上位貴族の私と踊ればアルベルト様が一目置いてもらえますわ!」

「そっ、そうでしょうか?」


 アルベルトは自身と踊りたがるクラウディアにそう懸念を示すとクラウディアは腕を組んで心配無用と豪語した。


「それに今年の舞踏会はアルベルト様にお会い出来る事を楽しみにして来ましたもの。折角なら共に踊りたいですわ」

「クラウディア様……」


 にっこりと微笑むクラウディアの顔にアルベルトもつられて笑顔になる。そんな和やかムードを壊すが如くアルベルトに駆け寄って来る者がいた。


「そこにいたかアルベルト!!!」

「兄上!?」


 遅れてやって来たエルンストである。エルンストはアルベルトを力強く抱擁して頬ずりをした。


「会いたかったぞ我が愛しい弟よ!あぁこの温もり久しぶりだ!聖誕日には会う事が出来なかったからお兄ちゃんは嬉しさでいっぱいだぞ♡♡♡」

「ちょっと兄上やめてください!クラウディア様と陸軍大臣閣下の前なんですよ!」


 アルベルトは抱き着いて来た兄にそう苦言を述べるとエルンストはハッと目の前を見上げた。そこには目を丸くして呆然とするグスタフとクラウディアがいた。


「……ゴホン、失礼しました閣下。お久しぶりです」

「うっ、うむ久しぶりだな。兄弟仲が随分良いようでその……何よりだ」


 グスタフを前にいつものノリで弟に抱き着いてしまったエルンストは流石に恥ずかしくなり赤い顔で咳払いをして挨拶を交わした。


「クラウディア様もお久しぶりです。お見苦しい場面を見せてしまい申し訳ありません」

「いえ、私は大丈夫ですわ。エルンスト様は本当にアルベルト様を愛しておられるのですのね」

「兄上は僕の事になると周りが見えなくなるんですから……気を付けてくださいよ全く……」

「いやぁすまない弟よ。でもそうやって怒っている顔も可愛いなぁ♡よしよし♡」


 アルベルトに注意されたエルンストだったが怒った顔にまたにやけてしまいアルベルトを呆れさせる。一方弟を溺愛するエルンストを見てクラウディアは秘かに頬を染めて妄想していた。


「兄弟同士というのも悪くありませんわね……エルンスト様が攻めでアルベルト様が受け……フフ腐」

「?何をボソボソ呟いとるんだクラウディア」

「ハッ!何でもございませんわお祖父様!そそそれよりエルンスト様に去年の事をお詫びすると言っていらしたわよね!」


 クラウディアの独り言にグスタフが怪訝な表情をするとクラウディアは慌てて誤魔化して話題を逸らした。


「おぉそうだ!危うく忘れるところだったわい!エルンスト君!」

「はっ、はい閣下!何でしょうか?」

「前の舞踏会では弟君を侮辱してすまなかった!手紙で一度謝罪はしたが顔を合わせて謝りたかったのだ!」

「ご丁寧にどうも。あの件はもう過ぎた事ですし陛下から大したお咎めもなかったので気にしておりません。お互い水に流しましょう」

「許してくれて感謝するぞエルンスト君!フランクは大嫌いだが君達の事は信用しておる。今後は仲良くしていこう!」


 グスタフとエルンストはこの場において完全に和解しがっちりと握手を交わした。それを見たアルベルトとクラウディアはお互いに顔を合わせて微笑んだ。


「フフッ、良かったですわねアルベルト様」

「えぇ。これで完全に蟠りがなくなって安心しました」


 今日の舞踏会は平和に終わりそうだ、そうアルベルトが心の中で安堵したその時一人の背の高い男がアルベルト達に背後から接近してきた。


「失礼。君がベルンシュタイン伯爵家のアルベルト君だな?」

「ん?はっ、はい!そうですが……?」


 アルベルトは突然背後から何者かに話しかけられ仰天して振り向いた。そこには爽やかなバターブロンドのウェーブがかかった長髪とルビーのような赤い瞳を持った鋭い目つきの美青年がワイングラスを片手に立っていた。アルベルトの隣のクラウディアは思わず見惚れ頬を染めている。


「げっ!?お前はテオドール!」


 一方エルンストはその男を見た瞬間嫌そうに反応しながら眉に皺を寄せた。


「おや、そういうお前は元副会長のエルンストか。さっきそこの弟君に抱き着いているところを見たが相変らずのブラコンのようだな。全く気持ち悪い男だ」

「うるさい!お前も学園の会長時代から嫌味ったらしい態度は相変わらずだな!」


 話しかけて来たテオドールという男はエルンストの振る舞いを髪を靡かせながらあざ笑うとエルンストは声を荒げて反発した。


「あのすいません。あなたは一体……?」

「私を知らないとは世間知らずだな君。私はテオドール・アウグスト・フォン・ハイネ。由緒正しいハイネ侯爵家の者だ」

「ハイネ侯爵家……?」

「副宰相をやっとるヨハネスの家だ!そうかあの若造のガキか!久々でワシも忘れておったわ!」


 家名を聞いてもピンとこないアルベルトにグスタフは横から詳しく解説をした。


「ご解説感謝いたします陸軍大臣閣下。さて私は君に一言申し上げたくて声を掛けたのだが良いかな?」

「はぁ……一体何でしょうか?」


 アルベルトは一言とは何であろうかとやや緊張の面持ちで尋ねる。テオドールはアルベルトをキッと睨みつけると指を指しながら大きな声で言い放った。


「アルベルト・ベルンシュタイン!この私と女王陛下の寵愛を賭けて勝負したまえ!」



★★★



「えっ!?えぇぇ???」


 テオドールの大声に周囲の貴族達は仰天して振り向いた。一方自身に対して敵意全開のテオドールにアルベルトはただただ困惑している。


「ハッ!何を言い出すかと思えば意味が分からん!陛下の寵愛を賭けて弟と勝負だ?寝言は寝て言え!」

「私はお前の弟と話をしているんだ。部外者は黙っててくれ」

「なっ……!」


 テオドールは弟に代わり反論してきたエルンストに侮蔑した態度を向けながら黙るように促す。エルンストは歯ぎしりをしながらテオドールを睨みつけた。


「君は最近何かと女王陛下から呼び出されているな。去年の宮廷舞踏会も狩猟中の陛下を大猪から助けた事で数年ぶりに伯爵家全員での参加が許されて出席したと聞いているよ」

「えっ、えぇまぁ……」

「それに加えヴィルクセン帝国の皇太子殿下の命を救ったとか。君主が功績を上げた臣下を褒め称え寵愛するのは当然の事。だが私は納得できない……田舎伯爵家の次男坊如き君が陛下から気に入られている事にね!」

「えぇ!?いや僕は……」

「黙りたまえ!君はそこのエルンストと同じく失脚した元外務大臣の子息!これを機に陛下の愛人となり父親の復権や王位簒奪を図ろうと画策していないとも限らないだろう!そうなれば我が侯爵家にとっても脅威だ!」


 テオドールはそう憶測に基づいた主張を展開し更にアルベルトを困惑させた。身勝手な主張にエルンスト達は一斉に抗議の声を上げた。


「いい加減にしろ!俺の純粋無垢な弟がそんな事をする訳ないだろうが!」

「そうですわ!ご友人への根拠のない言いがかりはやめてくださいまし!」

「彼は孫娘の友人だ!侮辱はワシが許さぁん!!!」

「やれやれ外野がやかましくていけないな。ともかく私は君を陛下の愛人になどさせる訳にもいかないし認める訳にもいかないのさ!」

「そう言われましても……あの、そもそもなぜテオドール様は陛下から寵愛?される僕を敵視なさるのですか?」


 アルベルトが疑問をぶつけるとテオドールは自身の胸に手を当て自身の女王に対する気持ちを明らかにした。


「決まっているだろう……私が陛下をお慕いしているからだ!」

「えっ!?ええぇ???」

「黒く艶やかな髪に宝石のような青紫の瞳、狩猟や乗馬をされる勇ましいお姿も強い魔力も含めて陛下の全てを愛している!貴族の男共の中にはあの方を女らしくなくて生意気だなどとほざく奴らもいるようだが私はそんな連中より陛下の方がずっと格好良いと思っている!」

「はっ、はぁ……」

「私は以前舞踏会で陛下にお会いした際その美しさに心を奪われた。それから私は陛下に寵愛されたい一心で努力していたがその矢先陛下が君を呼び出すようになった!ただ最初は単なる偶然だと思い気にもしなかった。だが君が去年の聖誕日に陛下から鹿狩りに誘われたという噂を聞いて考えを改めた……陛下は君を男として愛しておられるようだとね!」

「なっ!?違いますよ!誘われたのは事実ですがあれは皇太子殿下襲撃事件で活躍したお礼にと……」

「聖誕日に異性から誘われる意味を知らないと言うのか?他の貴族達は考えすぎだと言うが私は陛下が君を愛人にしようとしていると確信している!今や君は私にとって最大の恋敵であり脅威だ!絶対に陛下を奪われてなるものか!魔力が弱く身分も釣り合わない君になどな!」


 アルベルトから反論の余地を奪うかの如くテオドールは捲し立てる。アルベルトへの立て続けの侮辱にエルンストがとうとう我慢の限界を迎えた。


「おのれテオドール!!!弟に対する中傷の数々、もう我慢ならん!勝負が望みなら俺が決闘の相手をしてやる!表に出ろ!」

「エルンスト君の怒りはごもっとも!ワシが立会人になろう!」

「兄上も閣下もよしてください!また過ちを繰り返すつもりですか!テオドール様!僕は陛下の愛人なんて狙っていません!信じてください!」


 決闘を仕掛けようとした兄と立会人に名乗りを上げたグスタフをアルベルトは慌てて止めた上で改めてテオドールの主張を否定した。


「まだしらを切るつもりかい?まぁ良い。最初に宣言した通り君には僕と陛下の寵愛を賭けて勝負してもらう。ただし決闘ではない。貢ぎ物で対決するんだ!」

「みっ、貢ぎ物?」


 テオドールはアルベルトに対し決闘ではなく陛下への貢ぎ物で勝負をしろと提案してきた。


「貢ぎ物の種類は問わない!一か月の準備期間もやろう!献上して陛下がお気に召した方の勝ちだ!私は陛下の為に我がブランドのとっておきの品を献上するつもりだ!そしてこの勝負をきっかけに陛下のお心を君から引き離して見せる!」

「……」

「ただしお互い献上品は自分の力で用意するのだ!親の力など借りてはならない!それと王族に献上するにふさわしい物を用意したまえ!君は蝶や蛾が好きらしいが間違っても標本など献上してはならないぞ!」

「えぇ!?でも蝶や蛾には翅が綺麗な種類も……」

「どれだけ翅が美しかろうが虫は虫だ!恐れ多くも女王陛下に虫の死骸を献上しようというのかい?あぁ汚らしい!」

「おい勝手に弟に勝負を仕掛けるな!お前の相手は俺がしてやる!」

「だから元副会長君は黙っていろと言っているだろう?」

「何ぃ!」


 弟を侮辱した上に一方的に勝負を仕掛けたテオドールの態度に再びエルンストは怒りを露わにして対立した。その時この騒ぎを聞きつけ集まった貴族達を押しのけ一人の青いスレンダーラインのドレスを着た女性が接近してきた。


「おい、これは一体何の騒ぎじゃ」

「「「!?陛下!!!」」」


 女性の正体は女王マルガレーテだった。そばには宰相ヴェンツェルと財務大臣兼副宰相のヨハネスも控えている。


「誰かと思えばアルベルト、またそなたが騒ぎの中心におるのか。今度は何をやらかしたのじゃ」

(お知らせ)



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