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蝶の怪盗現る④

「思いだしてくれたアルベール?約束通り恩返しに来たよ……」


時は戻り現在、パピヨンは廃教会でアルベルトにゼーレルアゲハの標本を差し出してそう言った。アルベルトはパピヨンの正体がクラリスだとは信じられずティーカップを持ったまま呆然とする。


「クラリス……本当に君なの?」

「仮面を外したら信じてくれるかい?」


パピヨンは自身がクラリスである事を証明する為標本を脇に置きシルクハットと蝶の仮面を外すと八年前と同じ微笑みを浮かべたクラリスの顔が現れた。その深い紫色の目からは熱い涙が溢れ頬を伝っている。


「本当に君なんだね……何で泥棒になんて」

「君の別荘から出て行った後私は前と同じように国中を放浪していた。その時ある紳士の財布を盗んだのだけど何と彼は怪盗紳士ファレーヌ・デュパンだった。彼に頭脳と盗みの才能を見込まれた私は養子として引き取られ育てられたんだ」

「……」

「そして私は師匠ファレーヌの意志を注ぎ快盗パピヨンになった。このゼーレルアゲハの雌雄モザイク標本も君に捧げる為かつて私を虐げ追放した叔父の家から盗んだ物だよ。何の因果か奴らが持っていたのさ」


パピヨンは自身が怪盗になった経緯を語ると同時に盗んだゼーレルアゲハが元は自身の義家族が所有していたものである事を明かした。


「この美しい蝶をあの連中が持つ資格はない。これは君が持つべきものさ。私は八年前のあの日君に救われそして恋をした。あの日以来私の心はずっと君に奪われたままだ。だからどうかこの標本を受け取って欲しい。君への恩返しの品として、そして私の愛の証として」

「クラリス……」

「私は君を愛している。本当ならばこのままボナヴィアからも連れ去ってしまいたいくらい。でも君には迷惑をかけられない。だからこの愛を込めた贈り物を捧げるんだ。受け取ってくれるね?」


パピヨンはまるで結婚指輪を渡すかの如く標本箱を改めてアルベルトの前に差し出す。アルベルトはその熱意にしばらく戸惑い返答できずにいたがやがて気持ちを整理し真剣な表情で口を開いた。


「……ごめんクラリス。僕はその標本を受け取れないよ」

「アルベール……」

「君が無事に生きていてくれたのは嬉しいよ。約束を守ってくれたのも。だけれど例え元の持ち主が悪い人でも盗まれた標本を受け取るのは許されないと思うんだ。だから……ごめん」


アルベルトは正義感からパピヨンが盗んだ標本を受け取る事を断った。それを聞いたパピヨンは少し寂しげな表情になり俯く。


「そうか……そうだね。普通に考えたら盗賊が盗んだものは受け取れないよね。ごめんアルベール」

「ううん。それに言いにくいのだけれどその標本はゼーレルアゲハじゃないよ」

「えっ!」

パピヨンは自分が持っている標本がゼーレルアゲハではないと聞いて目を丸くして驚く。


「でっ、でもこれは確かにゼーレルアゲハの雌雄モザイクだとラベルに書いてあるんだ!」

「ゼーレルアゲハはゼーレル諸島を調査した博物学者の記録以外にその存在の証拠が残っていない蝶なんだ。つまり標本がある事自体ありえないんだよ。それに翅を広げた大きさが記録にある五センチより大きいからそれは多分同じヒンド洋のユニオン島に生息するユニオンアゲハじゃないかな」

「そんな……!」

「ただユニオンアゲハでも雌雄モザイクは希少だからもしかしたらラベルを貼り替えた上で翅を片方切り落として性別が違う別個体の翅を接着した粗悪な偽物かもしれない。知識の浅いコレクターを騙して儲ける為のね」


アルベルトにそう指摘されたパピヨンは改めて標本箱の中の標本を顔を近づけて見た。すると右側の雄の翅の付け根に僅かながら細工した跡が見えた。偽物であると確信したパピヨンは呆然としていたが次第に肩を震わせて小さく笑いだし遂には教会全体に響くほど大声で笑った。


「ハハハハハ!!!どうやら叔父も私もとんだ偽物を掴まされたようだ!私はまだまだ怪盗としては二流だな!ハハハハハ!」

「パピヨン様……」

「残念そうな顔をするなアントワーヌ。アルベールに早く会いたいと焦るあまり下調べを怠った私の落ち度さ。それよりこの標本とアルベールのティーカップを下げてくれ」

「……かしこまりました」


アントワーヌは自傷気味に笑う己の主人を憐れむ様に見つめながらも偽物の標本と飲み終わったアルベルトのティーカップを回収する。そしてパピヨンは教会の長椅子に座ったままのアルベルトの前で片膝をつき見上げるように愛を囁く。


「残念な結果に終わってしまったけれどそれでも私は君を愛しているよ。これからも君を見守り続けるし君が困った時は例えこの惑星の裏側にいようと君の元に駆けつける。約束するよアルベール」


そしてパピヨンはアルベルトの右手を手に取りその甲にキスをした。同時に廃教会の崩れた屋根から優しい日の光が二人を包むように差し込み神の祝福を受けているが如く雰囲気を演出した。だがその時鐘楼から見張っていた白鷲ボナパルトが甲高い声を上げ危険を知らせた。


「パピヨン様!この声は……!」

「ボナパルトの警戒を促す声だね。ムッシュ・アレニエールがここを嗅ぎつけて来たかな?相変らず勘の良いお方だ……アルベール、君をお屋敷まで帰してあげるつもりだったけれどここでお別れになりそうだ」

「クラリス……」

「悲しい顔をしないでアルベール。いつかまた会えるさ。そして次会う時は私をパピヨンの名で呼んで欲しい。君のおかげで私は美しい蝶に生まれ変われたのだから……」


パピヨンは悲し気なアルベルトの手を握り優しく囁いた。次の瞬間廃教会の入り口の扉が爆音と共に派手に蹴破られた。パピヨンもアルベルトも突然の事に目を丸くして驚く。


「なっ!ドアが破壊されて……!?ボナパルト!!!」


パピヨンは壊されたドアと同時に投げ込まれた傷だらけのボナパルトを見て思わず仮面も着け直さないままに駆け寄った。


「酷いケガだ!誰がこんな……あっ!あなたはこの国の女王陛下!?」

「陛下!?なぜここに!?」

「そなたを助ける為に決まっておろうアルベルト!アレニエールが白い鷲と怪しい馬車の目撃情報を元にアジトがこの廃教会と特定したからついて来たのじゃ」


パピヨンは目の前に現れた人物を見て驚く。扉を破壊したのは赤い軍服を身に着けたマルガレーテであった。マルガレーテは目の前のパピヨンを怒りを込めてキッと見下ろすように睨むとサーベルを抜いてかざした。


「そなたがパピヨンとかいう泥棒じゃな。余のアルベルトを誘拐しおって。覚悟は出来ておろうな貴様」

「パピヨン様!くっ、例え女王であっても仕方ない!覚悟!」

「やめろアントワーヌ!降参だ」


マルガレーテが攻撃を仕掛けると思ったアントワーヌは匕首を抜こうとしたがパピヨンは振り向いてそれを引き留める。


「パピヨン様!しかし……!」

「相手は光のS級魔力保持者、ボナヴィア最強の女王様だ。それに外には警官隊やヴェンツェル卿も待ち構えているだろう」


 パピヨンは状況が不利である事と女王のアルベルトへの思いも察すると静かに立ち上がり観念したように両手を上げた。


「どうやらアルベールは女王様の心まで盗んでしまっていたようだね。流石に予想外だった。完敗だよ」


 パピヨンがそう言ったと同時にアレニエールとヴェンツェルが顔面蒼白になりながらやって来た。


「陛下!?突入は私が説得してからと申し上げたはずですぞ!勝手に突入されては困ります!」

「万が一にもアルベルト君に何かあったらどうするつもりなのですか!もう少し慎重に考えて行動すべきですぞい!」

「黙れ黙れ!!!余の男が攫われたと聞いて冷静になれるか!元はと言えばそなたらが取り逃がしたから余が直々にアルベルトを取り戻しに来たのじゃ!」


マルガレーテはヴェンツェル達の苦言に対して逆ギレしながら返した。遅れてやって来たアデリーナはそれに対し冷静にツッコミを入れる。


「余の男ってまだアルベルト様と婚約してねぇでしょ……快盗パピヨン、並びにその部下アントワーヌ・クロヤマ、不法入国及び誘拐の罪で逮捕します。アレニエール様、手錠を」

「うむ!ようやく貴様に手錠をかけられたな!ボナヴィアでの取り調べ後速やかに本国に輸送する事になっておる!覚悟するんだな!」


アデリーナに指示されたアレニエールはパピヨンに手錠をかけた。同時に入って来た警官にアントワーヌも手錠をかけられたのであった。


★★★



「アルベルト!大丈夫だったか!?ケガはないか?変な事をされておらぬか?」

「だっ、大丈夫ですよ陛下。眠らされはしましたがこの通り元気です」

「はぁ良かった……そなたに何かあれば余は……余は……」


マルガレーテはパピヨン達が廃教会の外まで連行された後アルベルトの両肩を掴かみながら言葉を掛けた。アルベルトが大丈夫だとわかるとホッとしたのか安堵の表情を浮かべる。


「ワシも心配したぞいアルベルト君。しかしなぜパピヨンは君を誘拐なぞしたのじゃ?訳を聞いておらんかのう?」

「そっ、それは……」


アルベルトはヴェンツェルから誘拐の理由についてを問われ戸惑う。今は盗賊であるとはいえ友でもあるクラリスとの関係を話すべきか迷ったのだ。


「そっ、そうだ!僕の屋敷から骨董品を盗む為に情報を聞き出そうとしていましたよ!父上が所蔵している珍しい茶碗や壺が沢山あるので!」

「なるほどのう。フランク殿の骨董狙いじゃったか」

「えっ、えぇ……」


アルベルトは少し苦悩した末にもっともらしい嘘をついて誤魔化した。アルベルトとパピヨンの過去を知らないヴェンツェルはあっさり信じた。その頃パピヨン達は白鷲ボナパルトと共にアレニエールに拳銃を突き付けられながら護送用の馬車に乗せられるところであった。


「よーし大人しく馬車に乗れ!貴様を監獄へ招待してやる!」

「はいはいムッシュ。ところで教会内に盗んだゼーレルアゲハの標本が入ったアタッシュケースがあるのですがちゃんと押収しましたか?」

「何ぃ?おい、こいつの言っている事は本当か!」

「ええ。確かに教会内から怪しいアタッシュケースを押収しました。今から開けて調べるところです」


アレニエールに標本入りケースについて聞かれた警官はそう答える。そのすぐ後ろでは警官達がそのケースを開けて中身を確認していた。ところが警官達が蓋を開けるとそこには標本は入っておらずリンゴが数個入っていた。


「どれどれ……何だ?リンゴしか入っていないじゃないか」

「リンゴだと!?まずい!その蓋を今すぐ閉めろ!!!」


アレニエールはそのリンゴの正体が煙幕弾である事を察し部下にケースを閉めるよう言ったが手遅れであった。次の瞬間リンゴは大爆発したちまち一帯に濃い煙幕が広がった。


「うわぁ!!!ごほっ!ごほっ!」

「ごほっ!がはっ!パピヨンめぇ!!!」

「何じゃ今の爆発音は!!!クッ!これは煙幕か……!」


爆発音を聞いたマルガレーテも外に出るが白い煙幕に阻まれて何も確認出来なくなっていた。やがて煙が晴れた時馬車とパピヨン達の姿がその場から消えており地面には外された手錠と眠らされた御者が転がり、御者の額にはメッセージカードが貼られていた。


「(馬車は逃走用にいただきました。ごきげんようムッシュ・アレニエール)だとぉ!?おのれパピヨンもう許さぁん!!!」


カードのメッセージを読んだアレニエールは大声で憤慨する。そして廃教会の向こうへ続く道を見ると護送用の馬車が猛スピードで離れて行っていた。


「アレニエール!!!貴様またパピヨンを逃したのか!」

「ももも申し訳ありません女王陛下ぁ!何とお詫びすれば良いやら」

「詫びておる暇があれば馬車を追いかけぬか馬鹿者!!!」

「はっ!?そっ、そうでしたな!おい皆の者!あの護送用馬車を追跡するぞ!」

「「「ははっ!!!」」」


マルガレーテから怒鳴られたアレニエールは警官達と共に急いで逃走した馬車を追いかけた。


「おいヴェンツェル!余もあの不埒な盗賊を追いかける!アルベルトを頼んだぞ!」

「へっ、陛下しかしこの後は謁見の予定が……」

「黙れ!延期じゃ延期!おいアデリーナ馬車を追うぞ!」

「はいはいわかりました」


マルガレーテも逃走した馬車を追いかけて行ってしまった事で廃教会にはアルベルトとヴェンツェルの二人だけになった。


「全く身勝手なお方じゃ陛下は……しかし快盗パピヨン、悪知恵が働く厄介な人物じゃったのう。今後はより警戒せねば……ん?どうしたのかねアルベルト君」

「あっ、いえちょっと物思いにふけっていただけです。泥棒になったのは残念だけど……生きていてくれて良かった」

「?」


ヴェンツェルはどこか遠い目をするアルベルトを見て問いかけたが返事の意味が分からず首をかしげる。そんな廃教会前の二人を傍の木陰と藪から見ている者達がいた。パピヨンとアントワーヌだ。


「護送用馬車のおとり作戦はうまくいきましたね。パピヨン様」

「ああ。相変わらずムッシュは初歩的な囮に引っかかりやすい。さて、ボナパルトのケガを急いで直さなくちゃいけない。早いところずらかろう」

「御意」


パピヨンの指示でアントワーヌはボナパルトを抱えて共にその場を後にした。そして最後にパピヨンはアルベルトの方をまた振り向き小さく呟いたのだった。


愛しているよ(ジュテーム)、私のアルベール……」

(お知らせ)



次回更新予定:12月3日

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