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蝶の怪盗現る①

 本格的な春が訪れ暖かな風が吹く王都フラウ。しかし王宮では外の穏やかな雰囲気とは対照的に殺伐とした空気が漂っていた。王弟派の首領レオポルトと幹部達が王国でも最高レベルの警備がなされている監獄から脱獄し行方知れずとなっている為その対応に当たっているのだ。


「それでヴェンツェルよ、レオポルト達の行方はまだつかめぬのか?」

「陸軍と警察隊に全土を総動員で捜索するよう指示いたしましたが何も手掛かりはつかめず……目撃情報も皆無でした。今もヨハン君に新しい情報がないか確認させていますぞい」

「秘密情報局でも情報収集を行いましたが有力な情報はありませんでした。皇太子襲撃事件後の調査で王弟派との関係が発覚した貴族らも現在は関係を断っていますので匿われているといった事はないかと」


 マルガレーテは私室に呼んだヴェンツェルとアデリーナからレオポルト達の消息が分からない事を聞き眉にしわを寄せながらため息をついた。


「ハァー……なぜ誰も監獄内の内通者に気づけなかったのじゃ。レオポルトも愚かじゃ……薬物を使ってまで王座が欲しいというのか」

「王弟派は事件以降大規模摘発で壊滅状態ですので当分陛下を襲撃しようとは考えないでしょう。ですが油断は禁物です。秘密情報局に調査を継続するよう伝えました」


 監獄の警戒の甘さとレオポルトの愚かさに失望するマルガレーテにアデリーナは調査を継続するよう伝えた事を報告した。すると私室のドアからノックが聞こえマルガレーテが部屋に入るように伝えると一人の女官が入ってきた。


「失礼致します陛下」

「何じゃ?要件を申せ」

「陛下にお会いしたいという方がいらしておりまして……」

「余は今謁見どころではない。また後日にせい」


 来客の知らせを聞いたマルガレーテは謁見を別の日にするよう指示した。だが女官はその客が緊急の用事である事を伝える。


「それが大至急お会いしたいそうで……何でも重要な国際指名手配犯がボナヴィアに入国し王都に潜伏している疑いがあると……」

「何?国際指名手配犯じゃと?」


 国際指名手配犯と聞いてマルガレーテは驚き一転して強い興味を示す。そして急遽謁見が行われる事になった。


「ガロワ共和国パリス市警察のジョルジュ・アレニエールと申します。お忙しい中時間を頂き誠にありがとうございます女王陛下」


 訪問客の男は部屋に通されると目の前の玉座に座る女王にベージュ色の帽子を脱いでそう挨拶した。帽子と同じ色のトレンチコートに身を包み立派な口ひげを生やした初老の男は自身をガロワ共和国の警察官と名乗る。


「重要な国際指名手配犯が入国した話は聞いたがなぜわざわざ余に謁見する必要がある。我が国の警察と連携し捜索すれば良いだけの話であろう」

「その人物はただの国際指名手配犯ではないのです。快盗パピヨンと申しまして今ユーロッパを震撼させている大泥棒なのです!」

「むっ、快盗パピヨンじゃと?」


 国際指名手配犯の事が気になり謁見室までついて来ていたヴェンツェルは快盗パピヨンという名前を聞いて反応を示した。


「知っておるのか?」

「数年前から各国で数々の盗難事件を起こしている盗賊です。高度な変装と様々な小道具で一般の泥棒には不可能な盗みも行ってしまう魔術師のような人物だと聞いておりますぞい。性別は不明のようです」

「秘密情報局でも要注意人物として扱われていますね。ただ狙われるのはもっぱら王侯貴族や豪商らしく一般庶民は狙わないようです。時には悪どい手口で儲けた者から金品を奪う事もあるようで世間では義賊として称賛されているとか」

「義賊という盗賊はありませんぞ!法に背く者は誰であれ犯罪者です!……失礼致しました。ともかくそのような凶悪な盗賊が潜伏している疑いがありまして女王陛下にも直接警告を促すべきと思い参った次第です」


 アレニエールはアデリーナがパピヨンを義賊と表現した事にカッとなり反論したが直後に冷静になって謝罪した。そしてパピヨン確保の為ボナヴィアへ来た事を女王に説明した。


「話はわかった。奴の標的は王侯貴族、つまりこの王宮の財宝も狙われる可能性がある故厳重に警戒せよという事じゃな」

「そういう事でございます!」

「全く脱獄騒ぎの対応だけでも面倒だというのに怪盗対策までせねばならぬとは。ハァ……今日は厄日じゃ」


 マルガレーテは次から次へと舞い込む重大案件を処理しなくてはならない事に苛立ちまた深い溜息を吐いた。そんな女王を安心させる為アレニエールは胸に手を当てながら猛々しく宣言した。


「女王陛下ご安心ください!私が来たからにはこの国で何一つ盗ませはしません!私はパピヨンを五年追いかけております!その前も奴の師匠である怪盗紳士ファレーヌ・デュパンを十五年追いかけておりました!奴ら怪盗の手口は十分把握しておりますので必ず逮捕して見せましょう!」

「言い換えれば合計二十年追いかけても師弟どちらも逮捕出来ていないという事ですが本当に大丈夫なのですか?」


 アレニエールの宣言に対し淡々とした口調で懸念を示したアデリーナの言葉にアレニエールはばつの悪そうな顔をする。


「こ、これアデリーナ殿!ワシも思ったが言わんかった事をあっさり……とっ、ところでパピヨンは犯行前に予告状を出す事が多いと聞くがどこかで届いたという情報は入っておるのかね。今のところ王宮には届いておらんが……」


 ヴェンツェルは遠慮のない物言いをするアデリーナを窘めつつアレニエールに予告状が届いた情報があるかを確認する。


「それは現在ボナヴィア王国警察隊の方で調査してもらっております!奴はこの国で必ず行動を起こすはずです!」

「とにかく王都全域の警戒レベルを引き上げ捜索するしかあるまい。ヴェンツェル、早速警察隊長官に警戒をより強化するよう指示せよ!アデリーナ、そなたは秘密情報局に対してパピヨン捜索に協力するよう伝えよ」

「「かしこまりました」」


 マルガレーテは苛立ち頭を掻きむしりながらもパピヨンの捜索を臣下の二人に命じた。こうして国家全体での大追跡が始まったのだった。



★★★



「王都に来るのは久しぶりだなぁ。さて中心部の広場に向かわないと」


 それからしばらくしてアルベルトが王都へとやって来た。手元には今朝アルベルト宛に屋敷へ届いた差出人不明の奇妙な手紙を持っている。


「この手紙には王都の中央広場に正午に来て欲しいって書かれていたけれど一体何だろう……ん?」


 手紙を読みながらアルベルトが中央広場に来るとそこには馬車の多いボナヴィアでは珍しい自動車が数台止まっていた。その周りでは黒い制服とシャコー帽を被った警察官達がたむろしている。


「警察官だ。何か事件でもあったのかな?……あれ?あの人達ボナヴィアの警察官じゃない。それに話しているのはガロワ語だ!」


 アルベルトは警察官達の服装や言語でボナヴィアの警察ではない事を見抜き不思議がる。すると彼らに二人の髭を生やした男が近づいてきた。アレニエールとヴェンツェルだ。


「皆ご苦労!王都内で怪しい人物の情報はなかったか?」

「はっ警部殿!ボナヴィア警察隊と市民の方々にご協力いただき調査しておりますが今のところ何も。予告状が届いたという報告もありません!」

「ううむパピヨンめ……数日前にボナヴィア方面に向かったと言う消息筋からの確かな情報はあったから来たが音沙汰無しか」

「とにかく虱潰しに情報収集するしかないようですな。ワシはこの後閣議があるので警備体制の確認が終わり次第王宮に戻らせて頂きますぞい」


 二人はパピヨンの目的が分からず眉に皺をよせて言葉を交わした。アルベルトはその様子がつい気になりヴェンツェルに背後から話しかけた。


「あのヨゼフさん?何かあったのですか?」

「!?アルベルト君!」

「ん?ヨゼフさんですと?」

「ああいやちょっとな。アルベルト君少しこっちに……」


 アルベルトに突然声を掛けられたヴェンツェルは驚き肩をビクッと震わせた。そしてアルベルトの腕を引っ張り不審がるアレニエールから一旦離れた。


「アルベルト君!今のワシは宰相のヴェンツェルじゃよ。貴族の服装をしておるじゃろう」

「あっ!?すみません閣下つい!……それはそうとこの広場で一体何をなさっているのですか?ガロワの警察官が来ていますしガロワ語で蝶を意味するパピヨンと言っていますが?」

「パピヨンという名の国際指名手配犯が王都に潜伏しておるそうなのじゃよ。それで陛下に捜査協力するよう言われての。念の為聞くがアルベルト君の家にはパピヨンから犯行予告は届いておらんか?王都市外とは言え近いからの」

「あの、関連しているかは分からないのですが今朝僕宛に家に不審な手紙が来まして……それで気になって広場まで来てみたのですけど」

「何?不審な手紙じゃと?一応アレニエール殿に見せてみるかの」


 アルベルトはヴェンツェルに自身の家に届いた不審な手紙を見せた。その手紙にはボナヴィア語で正午に広場に来るように、とだけ書かれていた。ヴェンツェルは早速アレニエールにそれを見せると驚きの表情でわなわなと震えた。


「こっ、これは!ボナヴィア語で書かれてこそいるがこの字体は間違いない!奴だ!パピヨンだ!」

「!?それは本当かね!」

「奴の予告状の字体はしっかり記憶していますので間違いありません!ただ内容的に予告状ではないですな。アルベルトという青年にこの広場へ来るよう促しているだけのようだ……というよりその青年は一体?」


 アレニエールは手紙の内容を要約した後ふとアルベルトの存在に気づきヴェンツェルに問うた。


「おぉ紹介を忘れておりましたな。この子が手紙を持ってきたアルベルト君ですぞい。王都近郊に住む貴族のご子息で蝶や蛾の研究が趣味なのじゃよ。ワシらがしきりにパピヨンと言うから気になって話しかけたそうじゃ」

「そうでありましたか!どうも!パリス市警のジョルジュ・アレニエールと申します」

「えっと……アンシャンテジュマペール、アルベール・ベルンシュタイン」

「おぉガロワ語で返してくれるとは!それに発音も中々様になっていますなぁ!」


 ボナヴィア語で挨拶したアレニエールにアルベルトがガロワ語で返すとアレニエールは発音の上手さに驚き称賛する。


「昔から南ガロワの別荘に行く機会があったので勉強して覚えたんです!」

「ほうそうですか!それにしても蝶や蛾が好きか……そういえば奴がこの国に来る前盗んだのも蝶の標本だったな」


 アレニエールはアルベルトが蝶や蛾が好きと聞きパピヨンがボナヴィアに来る前盗んだ蝶の標本について思い出す。それを聞いたアルベルトは興味を抱いた。


「えっ!?どんな蝶の標本なんですか?」

「確かヒンド洋の孤島にいた絶滅したとされる蝶の標本とか聞いたが……」

「ヒンド洋……絶滅……もしやゼーレルアゲハですか?」

「おおそれだ!よくわかりましたな!」


 アルベルトは僅かな情報から蝶の種類を言い当てるとアレニエールはそれだと言ってアルベルトの知識に感心する。


「どんな蝶かね?アルベルト君」

「昔ガロワ領だったゼーレル諸島に生息していたアゲハ蝶ですよ。発見例が少なく絶滅したのではと言われていて謎だらけの蝶なんです。でもゼーレルアゲハって確か……」


 アルベルトは盗まれた蝶の事を詳しく話すとゼーレルアゲハの事について何か言いかけた。その時広場の隅にいた金髪の少女が片手に下げたバスケットから赤いりんごを一つ取ってアルベルト達の元に近づいてきた。


「お仕事ご苦労様です♡美味しいりんごはいかがですか?」

「ん?誰じゃね君は?」

「あら、これは失礼しましたわお貴族様。りんごを売っている農家の娘です」

「ご親切にどうもマドモワゼル。ですが我々は捜査の最中でしてな……」

「まぁまぁそう言わずに……ほらっ!」


 アレニエールが娘の親切に感謝しつつ断ると娘はお構いなしにりんごを投げつけた。アレニエールは慌ててりんごを両手でキャッチする。


「おわっと……!一体何を!」

「もちろん怪盗・・の捜査中なのはわかっておりますわ……ムッシュ・アレニエール?」

「なっ!?その口ぶりはまさか……!?」


 アレニエールはニヤリと笑った娘が自身の名を口にした瞬間その正体・・を察した。そしてアレニエールが渡されたりんごをよく見てみると茎の部分が導火線になっておりバチバチと火が点いていたのだ。

「!?もしやこれは爆弾か!?ひぃっ!」


 アレニエールが恐怖でりんごを地面に落とすとりんごは爆音と共に破裂し周囲に白い煙が充満した。アレニエール達を含め警官達はパニックに陥る。


「ごほっ、ごほっ、しまった!煙幕か!!!」

「ごほっ、アレニエール殿!アルベルト君!大丈夫かね!?」

「わっ、私は大丈夫ですが……げほっ!」


 ヴェンツェルの呼びかけに対しアレニエールはむせながらも反応したがアルベルトの返事がなかった。心配になったヴェンツェルはようやく煙が晴れた時慌てて周りを見渡したがアルベルトの姿が消えてしまっていた。


「アルベルト君!?一体どこにおるんじゃ!?」

「なっ!?アルベール殿がいなくなったのですか!?これは大変だ!」

「ご心配は無用。アルベールは私の腕の中で保護しておりますから」

「「!?」」


 アルベルトの姿が消えヴェンツェル達が慌てていたその時真上から聞こえて来た声に二人は驚いた。二人が近くに止めていた車の上を見上げるとそこには眠っているアルベルトを両腕に抱える人物の影があった。


「お初にお目にかかります宰相閣下プルミエミニストル。そしてごきげんようムッシュ・アレニエール。フフフ……」

「やはり貴様だったか……パピヨン!!!」

(お知らせ)



次回投稿予定:12日

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