(番外編)不遇なる王弟②
「ふざけるな!!!姉上を女王になんて絶対に認めないぞ!!!」
「殿下!どうかお鎮まりください!」
国王の遺言が発見されてからしばらくして当時の内閣は遺言に従いマルガレーテを次期女王に定める為王位継承法の改正を急いだ。王国議会において議論は紛糾したが宰相による根回しに加えて昨年から続く飢饉と不況による国民の政治不信払拭の為速やかな新王即位を望む声もあり最終的に過半数が賛同した。しかしその結果貴族達は女王派と王弟派に分かれ対立してしまった。レオポルトもまた納得せず閣議の行われている会議室に剣を持ち乗り込んで来た。
「これは王子殿下、剣を片手にとは穏やかではありませんな」
「とぼけるな宰相!!!あんな遺言お前の捏造だ!お前は僕と母上を支持する保守強行派を嫌っている!だから僕が国王になる事で失脚するのが怖いんだろう!」
「我々はただ亡き国王陛下の意思を汲み王女殿下を女王としてお支えするまでです」
「何が父上の意思だ!お前ら全員逆賊だ!殺してやる!!!」
「殿下!会議室を血で穢すような暴挙を犯してはなりません!どうかおやめを!」
宰相主張に激昂したレオポルトは会議室にいる閣僚達を抹殺しようと剣を振り上げ暴れ侍従らに制止される。ただならぬ雰囲気に宰相と当時まだ閣僚だったヴェンツェルは懐の魔法の杖を握って身構え当時の外務大臣フランクは青ざめた表情で隣の大臣の後ろに隠れガタガタと震えた。
「恐れながらこの場で暴れたところで勝ち目はございませんぞ。S級魔力保持者であるヴェンツェルを始めここにいる大臣の多くは上位魔力保持者ですからな。殿下は国王陛下のご遺言と議会の決定を尊重なさらないおつもりですか」
「あんな男もう国王だとも父上だとも思っちゃいない!!!そもそも姉上の意思はどうなんだ!!!女王になる気がないなら意味ないだろ!!!」
「生憎ですが王女殿下は即位を承諾されました」
「……は?」
「お疑いならば直接お聞きになって下さいませ」
レオポルトは宰相からマルガレーテが既に即位を受け入れたと聞かされ信じられず唖然とした表情をする。そして会議室を出て行き早速マルガレーテの部屋に行き直接に問いただした。
「姉上!女王に即位すると決めたなど嘘ですよね!嘘と言って下さい!」
「レオポルト……余は即位する」
「え……」
「父上は遺言で余を選び貴族議会も承認した。貴族間の分断を終わらせて民を安心させる為には一刻も早い新王即位が必要だと宰相に説得された。余も本意では無いが政情不安を防ぐ為にはやむおえぬと腹を括ったのじゃ」
マルガレーテが自身の即位を認めない展開を期待したレオポルトの希望はこの瞬間見事に打ち砕かれた。レオポルトはその場で放心状態となる。
「だがレオポルト、余は……」
「うっ……うっ……」
「レオポルト?」
「裏切ったな姉上えええぇぇぇ!!!」
「王女殿下危ないっ!!!」
更に話を続けようとしたマルガレーテに逆上したレオポルトは叫びながら剣を振り下ろした。マルガレーテの護衛達はすぐさま止めに入ろうとする。マルガレーテはレオポルトの剣をどうにかかわし一瞬にしてレオポルトの背後に回る。そして首の後ろに光の魔力で強化した手を強く当てた。
「うがっ……かっ……!」
レオポルトはその攻撃で気絶した。そばにいた護衛らが倒れるレオポルトの体を支える。
(済まぬ……そなたの国王になりたい気持ちは理解しておる。余はつなぎの女王として即位し機を見てなんとか譲位すると話すつもりであったが……逆上して余に飛び掛かるとは)
マルガレーテは気を失った弟を憐れみの籠った目で見つめながら心の中で自分が伝えようとしていた事を呟いた。レオポルトは侍従らによって医務室へ運ばれた。
「新しいボナヴィア王国女王の即位を祝福致します。神よ女王陛下を守りたまえ……」
まもなく王都の大聖堂にて新女王の戴冠式が行われた。国内外の有力者が出席し厳粛な雰囲気の中裏地にシロテンの毛皮があしらわれたガウンと金のジュエリードレスを纏い王笏と宝玉を持ったマルガレーテにグレゴリウス大神官が絢爛豪華な王冠を被せた。この瞬間マルガレーテは正式なボナヴィアの統治者となったのだ。だがレオポルトは戴冠式に出席する事はなかった。前王妃共々王都から離れた東部の古城にて軟禁されたのだ。その後マルガレーテはレオポルトに面会し言えなかった真意を話そうとしたがレオポルトらからは拒絶され宰相からも止められた。そしてレオポルトらは遂に大事件を起こす……
「聞いたか!?王弟殿下が挙兵されたそうだぞ!」
「軟禁された城から脱走して王位奪還を目指す為に行動を起こしたらしい!一体どうなっちまうんだ!」
新女王即位から五日後、レオポルトは前王妃と共に古城を脱走し反体制派の貴族や軍人らと共に反乱を起こした。王位継承戦争の勃発である。反乱軍は東部のブレノを臨時首都に定め王都占領を目指して進軍した。
「レオポルト、本当に大丈夫なの?」
「心配なさらないでください母上。我々には姉上の即位に反対する多くの有力者がついています。それにヴィルクセン帝国領邦の王族出身の母上がこちらにいる以上帝国も我々を無視出来ない筈!王都を二ヶ月で落としてみせますよ!姉上には負けません!」
反乱を起こした事を不安がる前王妃をレオポルトは安心させる為に勇ましい口ぶりで心配ないと説得する。因みにこの頃からレオポルトは強い指導者を意識し一人称を俺に変え始めた。反乱軍は一時国土の三分のニを占領し王都フラウ近郊にも迫ったものの半年後には膠着状態に陥る。
「まだ王都を落とせないのか!?姉上とヴェンツェルがいかに強いといえどA級魔力保持者の軍人や貴族が束になれば脅威ではないはずだぞ!!!」
「王都の守りが我々の想像以上に固くその……」
「黙れこの役立たず!俺は二か月以内に戦争を終わらせる予定だったんだぞ!」
王都進軍が計画通り進まない事に苛立ったレオポルトは戦況報告をしに来た将軍に怒りをぶつけた。すると別の将軍が血相を変えてレオポルトの元へやって来た。
「殿下大変です!!!近隣諸国のヴィルクセン帝国とオストライヒ大公国、それとウンガリア王国が女王の即位を承認したとの事です!」
「そんな馬鹿な!何れも男子継承しか認めない国だった筈だ!俺につくと予想していたのに!」
「更に味方のラウニッツ侯爵家が王女側に寝返ったとの情報も……!」
「……くっ!」
レオポルトは絶望的な知らせを聞いて頭を抱える。ヴィルクセン帝国政府は前国王の親帝国路線を引き継ぐ可能性が高い女王を承認する方が国益になると判断し周辺国も続いたのだ。結果反乱軍は支援が途絶え徐々に瓦解する。そして内戦開始一年三か月後には国土の大半を回復し周辺国からの後押しも受けた政府軍を相手に東部にあるハヴィルフ村での籠城戦を強いられる事となった。
「レオポルト……何故反乱を起こしたのじゃ!余はそなたに何れ譲位するつもりだったのじゃぞ」
「そんな話誰が信じるか!俺は俺を国王として認めなかった全ての人間を憎む!前国王も、閣僚の連中も、そしてお前もだマルガレーテ!!!」
「もう……余を姉とも思わぬのだな。残念じゃ。余は今でもそなたを弟と思っておるのに……」
「俺とお前の姉弟関係は前国王が死んだあの日に終わった!この場でハッキリと決着をつける!最後に生きていた方がこの国の王だ!!!」
反乱軍を壊滅すべく政府軍を引き連れハヴィルフ村へ赴いたマルガレーテは両軍の総攻撃により燃える村を見下ろす丘でレオポルトと対峙する。互いに剣を構えて睨み合うが憎しみのみがこもったレオポルトの目とは対照的にマルガレーテの目には悲しみの感情が表れていた。
「行くぞマルガレーテ!俺こそがこの国の唯一にして真の王だ!うおおおぉぉぉ!!!」
「あぁ神よ……弟を止められぬ愚かな余を許してくれ……はあああぁぁぁ!!!」
そしてとうとう姉弟同士の戦いが始まった。しかし魔力においても体力においても未だ姉に敵わなかったレオポルトは一時間近く続いた戦闘の果てに剣を地面に落とし血まみれになりながら倒れ伏した。こうしてこの日反乱軍は壊滅した。
「もうすぐ処刑の時間だろ。最後に頼みがある」
「何だ?」
「母上に合わせてくれ。最後に話がしたい」
レオポルトは敗れた後死刑を宣告され監護に入った。そして処刑の日、レオポルトは自身の母である前王妃に会う事を望んだ。だが看守からの返事はあまりに残酷なものであった。
「前王妃殿下は国外追放となった」
「……は?」
「拘束後に女王陛下から尋問された際反省の態度を見せず口論になったそうだ。それで女王陛下は国外追放を決断された。残念だが会う事は出来ない」
「そっ……そんな……!」
レオポルトは最愛の母親が自身の処刑より先に国外へ追放されてしまった事を知り膝から崩れ落ちた。そして大粒の涙を流し大声で泣き喚いた。
「ううあああぁああああぅあぁぁぁ!!!母上ええぇぇぇぇ!!!」
どれだけ泣き喚こうが時間は無常にも過ぎていく。その後失意のレオポルトは二人の看守に両脇を抱えられながら断頭台のある広場に向かい大衆が見ている中斬首刑に処され一度目の生涯を終えたのであった。
★★★
「時間だ。出ろ十三番」
頭の中で過去を振り返っていたレオポルトは看守のその言葉にハッとする。あの日処刑された後首と遺体をこっそり持ち去ったウルバンらによって蘇生魔力を施されレオポルトは復活した。だが皇太子襲撃作戦に失敗して今再び獄中にいるのだ。
「……」
「お前は過去大衆の前で斬首刑に処されたが現在我が国では斬首も公開処刑も廃止されている。これより我々看守と神官立ち合いの元絞首刑に処される。処刑室まで共に来い」
「……あぁ」
檻の鍵を開けた看守から説明を受けたレオポルトは一言返事を返してから立ち上がり二人の看守と共に死刑を実行する処刑室へと向かった。だが……
「大変だ!!!十三番が腕と足の魔力制御器具を破壊して暴れ始めたぞ!!!」
「何者かが魔力増強剤を差し入れ強化した魔力で自ら破壊したらしい!王都に至急連絡を!」
「他の王弟派の囚人も脱獄させて回っているようだ!このままでは……うわあぁぁぁぁ!!!」
レオポルトは監獄内に潜入していた残党によって処刑前の食事に入れられた魔力増強剤で自らの魔力を強化し拘束具を破壊、処刑室に同行していた看守と神官を血祭りにあげ監獄内で暴れ始めた。更に同じ監獄に収容されていたウルバンやゲオルク、王弟派の手下数十名を脱獄させると看守の待機する部屋などを次々と破壊し監獄を壊滅状態にしたのだ。レオポルトの脱獄を王都に連絡しようとした看守達も光の魔力攻撃に巻き込まれてしまった。
「……これで全員脱獄出来たか」
光の魔力による攻撃と火災により黒煙を上げる監獄を背後にレオポルトは王弟派のメンバーと合流した。ウルバンは不気味な笑みを浮かべながら己の主君を出迎える。
「いやはや脱獄出来て本当に良かったですよ。看守の女を籠絡しようかとも思いましたが自慢の催淫眼も魔力制御器具のせいで使えませんでしたし退屈で仕方なかった」
「無事外には出れましたがこれからどうするんです国王陛下?組織も裏から支援して来た貴族達も一斉摘発で壊滅状態らしいじゃないですか。資金も手下も極端に減ってこれじゃ当分政府側と戦うどころじゃないですぜ」
暇な獄中から解放され嬉しげなウルバンとは対照的にゲオルクはやや心配そうな表情をしながらレオポルトに尋ねた。
「軍資金や手下についてはまた一からかき集めるしかないだろう。それに魔力増強剤を使いすぎた反動で当分戦う事は難しいから体を休めなくてはな。そして今後は確実に王位を奪還出来るようにマルガレーテの首だけではなくアレも狙う……(スプリング・エフェメラル)をな」
レオポルトはゲオルクの疑問に答えると同時に聞きなれない単語を呟く。ゲオルクもウルバンもその単語の意味を知っているのか驚いた表情で口を開いた。
「!?ですが陛下!あれはあくまで伝説上の話……!」
「ユーロッパ中の裏社会の連中が狙っている代物だぞ。本物は世界のどこかに必ずあるはずだ。何としても探し出せ。これは王命だぞウルバン、ゲオルク」
「はっ、ははっ!」
「わっ、分かりました……!」
レオポルトは自身の狙う物を伝説上の話と否定したウルバンの言葉を一蹴し必ず探し出すように命じた。そして忠実な僕達と共に付近の暗く深い山中へと消えていった。その後レオポルト達王弟派の脱獄のニュースは翌日の朝刊で監獄破壊と共に報道され、ボナヴィアの全階級に不安と混乱を与えたのであった。
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