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(番外編)不遇なる王弟①

「死刑執行まであと一時間だ。何か思い残した事はあるか?」

「……」


 ボナヴィアの王都から離れた山岳地帯にある監獄。裁判で死刑を宣告された死刑囚達が収容されるこの監獄の独房で王弟だった男レオポルトはベッドで座りながら格子越しに外を眺めていた。彼もまた皇太子襲撃事件後に裁判で死刑を言い渡されこの監獄に入れられたのだ。そして今日はその死刑執行の日なのだがレオポルトは時間を告げる看守の言葉にも反応する様子もなく虚な目で静かに遠方を見続けている。


「……無視するならばもう未練はないと見なすぞ。いいな」

「……」

「ふん、かつての王弟殿下が聞いて呆れる。これではただの廃人ではないか。違う房に入っているウルバンやゲオルクの方がまだ元気があるぞ。刑執行の時間になったらまた来るからな」


 看守は目を合わさず返事も返さないレオポルトに対し不機嫌そうに嫌味を言うと独房の前から立ち去った。レオポルトは相変わらず外から見える山々を眺め続けているがその頭の中では自らの過去を思い返していた。自身が王子であった時代を、そして反乱を起こし一度処刑された時の事を……



★★★



 レオポルトは二十二年前、王宮にて王妃の第二子として産まれた。王妃やその親族にとって待望の男子であった為性別が分かった瞬間王妃は涙を流して歓喜した。レオポルトは王妃から愛情を受け黒髪に深紅の瞳をもった美青年に成長した。


「えいやぁ!またよのかちじゃな!レオポルトはまりょくがよわすぎる。だからまとにとどかぬのじゃ」

「うぅう……」


 しかし弱気で魔力も体力も強くなかったレオポルトは活発で男勝り、しかも生まれつき魔力も強いマルガレーテに叶わなかった。その為杖から放った光魔力弾で的を倒す訓練でもマルガレーテが倒せる距離の的も倒せなかった。


「これでマルガレーテは十勝〇敗だな!立派だぞマルガレーテ!……レオポルト、お前はもう少し努力が必要だな」

「はい……ちちうえ」


 義父である前国王もマルガレーテはよく褒めたがレオポルトはあまり褒めてもらえずその度にしょんぼりとした。王妃はそんなレオポルトを気遣い夜寝る前には必ず抱きしめて優しい言葉で慰めていた。


「レオポルト、陛下もあなたが嫌いな訳じゃないのよ。だから元気を出して」

「……ぼくはまほうではあねうえにまったくかないません。ぼくはだめなこなんです。だめなこはおうさまになれません。ちちうえもほめてくれなくてとうぜんです」


 レオポルトはそう弱気になって悲しそうな表情を浮かべる。王妃はレオポルトを励ます為に頭を撫でながら優しく言った。


「確かに魔力はマルガレーテの方が強いわ。だけれどそれだけで王様が決まる訳じゃないのよ。それにレオポルトは座学が得意で礼儀正しいじゃない。駄目な子なんかじゃないわ」

「それでは……ぼくはおうさまになれるのですか?」

「えぇ。それにこの国には古くから男の子が王位を継承するしきたりがあるの。だから将来国王になるのはレオポルトよ。だから心配いらないわ。陛下はマルガレーテをまるで男の子みたいに育てているけれどそろそろ家庭教師をつけて淑女らしい振る舞いを教えなくては駄目ね」


 王妃はレオポルトが将来の国王だと言って励ました。その言葉励みにレオポルトは苦手な魔法の特訓を重ねた。


「やった!的に当てられた!これで十回連続だ!」


 レオポルトは血の滲むような努力の甲斐あって十二歳を過ぎ王立学園に入る頃にはC級並に弱かった魔力もA級レベルにまで強くなっていた。


「すごいではないかレオポルト!これで学園での魔法実技試験も合格じゃな!そうであろう父上!!!」

「ふむ……まぁな。素晴らしい成長だ」


 マルガレーテは弟の成長を素直に喜んだが国王の方は何故か少し素っ気ない態度であった。マルガレーテはレオポルトに駆け寄ると力強く抱きしめた。


「強くなったなぁレオポルト!余は嬉しいぞ!」

「姉上離してください!苦しいです!」

「アッハッハ!良いではないか良いではないか!」


 この頃異性としての体格差や感情が表れていたレオポルトは女性らしい体に発育し始めていたマルガレーテに抱きしめられ恥ずかしそうに顔を赤くした。そして二人は王宮の庭にある東屋で休憩時間をとった。


「……父上は僕の事が嫌いなんでしょうか」

「急にどうしたレオポルト?」

「父上は昔から僕を褒めてくれません。さっきだって僕が初めて十回連続で的に当てられたにも関わらずそっけない感じでした。母上は嫌われていないと言うけれどやっぱり嫌われているような気がします……」


 レオポルトは魔力訓練の際国王があまり褒めてくれなかった事についてを内心気にしていた。その気持ちをマルガレーテに吐露するとマルガレーテは笑顔のまま励ました。


「気にしすぎじゃレオポルト。父上に認められたい気持ちが強すぎるだけであろう。それにそなたは王宮でも学園でもよく頑張っておるじゃないか。努力していればいつか父上も認めてくれるはずじゃ!」

「そうでしょうか……姉上」

「そうじゃそうじゃ!元気を出せレオポルト!」


 マルガレーテはそう言ってレオポルトの背中をバンバンとやや強めに叩いた。


「ちょっと痛いです姉上!」

「すまんすまん!まぁ安心せい。学園卒業後にそなたが王になっても余はそばで支えてやる!」

「えっ?姉上は他国の王族と結婚して国外を出られるのでは?」

「余は強力な魔力保持者じゃ。安全保障上外に出る事は無い。全く余が男で無くて良かったわ。王になって趣味の狩猟や乗馬も出来ぬ程忙しくなるのは勘弁じゃからなぁ。アッハッハッハ!」

「ハハハ、姉上らしいですね。おかげで元気が出ました。ありがとうございます姉上」


 レオポルトはマルガレーテの言葉に心の中にあった不安が消えて笑顔になった。この頃の姉弟関係は決して悪くなく良好であった。だがまもなく王宮内で流れ始めたある噂が二人の関係にヒビを入れる事になる……


「陛下!?王位継承法を改正して女王の即位を可能にしようとなさっているというのは本当ですか!」


 ある日王妃が侍従を振り切って国王執務室へと乗り込んできた。王宮内で王位継承に関する法律を改正しようとしているという話が広がったからだ。国王は急な王妃の訪問に驚いたが話を聞くと冷静に話し始めた。


「……まだ審議中の段階じゃ。決定はしておらぬ」

「国王になるのはレオポルトで決まっている筈です!王位は男子継承というのが古くからのしきたり!まさか陛下はマルガレーテを女王になさるおつもりですか!」

「確かに古の法典では男が土地を継承すると定められておるしそれ故王位継承法もそれに倣い男子優先と決まっておる。だが余は古い伝統に囚われる必要はないと思う。次の王をマルガレーテにするか否かは答えられぬが何にせよボナヴィアの為になる者に継がせようと考えておる」

「むやみな改革は王家の貴族から支持を失う事になりかねません!どうせ今回の法改正も宰相の提案でしょう!あのずる賢い狐をなぜお側に置かれるのですか!」

「王妃よ、そなたが保守的な考えを持ち宰相と対立しておる事は知っておる。だが宰相もまた常に国の将来を憂いて行動しておる男だ。そう口汚く罵ってはいかん」


 女性ながらも王位継承について保守的で宰相と敵対する王妃と男性ながらも柔軟で宰相を信用する国王は真っ向から対立した。


「マルガレーテはもう十五歳!来年には学園の上級生となり生徒会に入るのです!にも関わらず淑女らしい趣味や仕草を身につけないばかりか狩猟や乗馬や剣術と男のやる事ばかりを嗜んでいるのです!女王になれば必ず顰蹙を買います!」

「だが馬に乗ったり剣を振る姿が格好良いと同年代のご令嬢から意外と人気だと聞いておるぞ。ワシが主催する狩猟大会にも参加する故閣僚らとも親しくしておるしな。寧ろレオポルトこそ男なのに狩猟などを好まず王宮にいる時間が多いではないか。人付き合いもそなたを介して親しくなった保守強行派の貴族とばかりで閣僚らとは距離をおいておる。その方が気がかりじゃ」

「でっ、ですがマルガレーテはレオポルトほど座学に熱心ではありません!じゃじゃ馬娘なせいでまだ婚約も決まっていないのです!」

「ワシも王子時代座学を嫌いテストの点も良く無かったが王となった後は国に対する責任感から必死に努力した。マルガレーテはワシによく似ておる。女王になれば大臣らと協力し努力するであろう。婚約についてはマルガレーテより相手方に非があって解消したケースが多い。そもそもまだ十五歳、ゆっくり決めれば良い」


 国王と王妃の言い合いは一向に治らず更に激しくなった。


「わかったわ……あなたはレオポルトを私と前の法務大臣との不義密通の子だと未だに思っているのね!だからレオポルトを次期国王に認めないし可愛がってあげないのだわ!」

「王妃!?……そっ、それは……!」

「ほら!否定なさらないでは無いですか!レオポルトは正真正銘私とあなたの子なのよ!それなのにどうして……どうして……!」


 王妃は怒りを爆発させると両手で顔を覆い泣き崩れた。実はレオポルトが産まれる少し前に王妃とその元婚約者でレオポルトと同じ真紅の瞳を持つ法務大臣の不倫疑惑が持ち上がっていた。証拠はなく法務大臣が辞任する形で幕引きとなったが王妃はその事で国王がレオポルトに不信感を持っていると思ったのだ。しかしそれをドア越しに聞いて王妃以上にショックを受けた者がいた。


(僕が父上から不義の子だと思われている……!?)


 王妃に続いて噂の真偽を確かめに来たレオポルトであった。レオポルトは握りかけていたドアノブを話すと放心状態で廊下を歩き庭園まで出てきた。


「レオポルトではないか?どうしたのじゃ噴水など見つめて?」

「……」

「レオポルト?」


 同じ頃たまたま庭園を散歩していたマルガレーテは項垂れるレオポルトを見つけて声を掛けた。ところがそのとぼけた姉の態度が癪に障ったのかレオポルトはマルガレーテを睨み突然突き飛ばした。


「!?なっ!何をするのじゃっ!」

「姉上は良いですね……不義の子の疑惑がなくて父上にも愛されて魔力も強くて……何より次期女王候補に選ばれて!!!」

「なっ、何を言っておるのじゃレオポルト!」

「もううんざりなんだ!!!僕は体力も魔力も弱くてずーっと周囲にも婚約者にも影で馬鹿にされてきたと言うのに!姉上は大した努力もしなくても全部初めから持ってる!僕は姉上が妬ましかったんだ!でも国王になれるという希望だけが唯一僕を支えていたんだ!!!」

「レオポルト……」

「なのに……国王になれるかどうかわからないなんて……その上父上からも不信感を持たれていたなんて……僕は何のために生まれたんだ……」


 レオポルトは自身の運命に失望し立ち尽くしたまま涙を流した。マルガレーテはそれを憐れみの表情で眺める事しか出来なかった。その直後国王に仕える侍従が血相を変えながら二人の元にやって来た。


「王女殿下!王子殿下!こちらにおられたのですね!すぐに国王陛下のお部屋に来てください!」

「いっ、一体何事じゃ!」

「陛下がお倒れになりました!」

「「!?」」


 父王の急病の知らせに二人は戸惑いの表情を見せた。国王は王妃との口論の最中に突然胸を押さえ倒れたのだ。すぐに宮廷医達による処置が行われたが国王は治療の甲斐なくその日の夜に亡くなった。死因は心臓の急な発作であった。


「失礼致します閣下」

「ん?どうした?」

「はっ!国王陛下のお部屋を整理いたしましたところこれが……」


 国王急逝から数日後、国全体が喪に服す中白髪混じりの髪を生やした厳格そうな当時の宰相の元へ秘書官が何やら書類を持って来た。


「これは……遺言状か!」

「そのようでして……」

「そうか……陛下は元々心臓があまりお強くない方だった。だから万が一の事を考え遺言状を残されたのか」


 宰相はそう推察して遺言状の内容に目を通す。そこには遺産の分配や死後に内閣の大臣達がすべき対応などが事細かに記されていた。そして自身の後継者を誰にするかも書かれていた。そこにはーーーマルガレーテ・アインブルクの名があった。

(お知らせ)

王弟レオポルトの過去に関する間話的な番外編です。一話にまとめるつもりでしたが結局前編後編の二話になりました。


次回更新予定:11月5日

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