我儘女王と雪の森にて④
(もし女王を撃っちまったらあいつが王配になる機会を奪っちまうんじゃねぇか……?)
アルベルトの理想の為にまず国民を思い遣ろうとする人間性を知った森の中の男は猟銃を下したまま心の中で自身の行動に疑問を呈していた。だがすぐに猟銃を構えてマルガレーテに銃口を向けた。
(ええぃ!何考えてんだ俺は!俺は女王をぶっ殺しに来たんだろうがよ!大体あいつが良い奴だからって女王が良い人間とは限らねぇだろ!クソ領主を放置したのもあの女王だぞ!三日間も寒い森で待っていたんだ!今更後に引けるかっっっ!)
男はそう内心で決意するとマルガレーテに狙いを定めた。だがその時男の首元に金属の短剣のようなものが突き付けられた。なんと背後に広場でスープを煮込んでいたはずのアデリーナがおりスティレットを突き付けていたのだ。
「ひっ!?」
男は想定外の状況に動けなくなった。そんな男をアデリーナは冷ややかな目で見つめいつもの淡々とした口調で警告を発する。
「無駄な抵抗はなさらない方が良いですよ。陛下もとっくに気が付いておられますから」
男はその言葉が信じられず広場のの女王の顔を見るとこちらを警戒し睨みつけているのが見え全てバレていた事を察した。
「うっ……うわあああぁぁぁ!!!」
追い詰められた男は叫びながらアデリーナを押しのけ逃げようとする。だがアデリーナは雷魔力で空から一筋の稲妻を落とし男を感電させた。こうして女王の命を狙っていた男はあっさり身柄を確保されたのであった。
「どうやら森に隠れておったのは蝶や蛾だけでは無かったようじゃな。そなた名は何という」
「……エルヴィン・アッカーマン」
捕らえられた男、エルヴィンはアデリーナによって縛り上げられた上でマルガレーテの前に突き出された。男は自身の名前を尋ねられると目線を下に向けながら答える。
「出身はどこの領地じゃ。なぜ余の命を狙った。正直に白状せよ」
「……その前によ……いつから俺に気づいていたんだ女王様」
続いて領地と動機について聞いてきたマルガレーテにエルヴィンが反対に質問をするとアデリーナがすかさず窘める。
「あなたに質問する権利はありません。陛下の質問にのみ答えなさい」
「構わぬアデリーナ。この広場にやって来た時からじゃ」
「!?」
エルヴィンは自分が女王一行の姿を認識した時からすでに気づかれていた事実に驚愕し顔を上げた。マルガレーテは更に詳細を話した。
「広場に来た時点で何者かの怪しい気配を感じておった。明らかに獣ではない気配をな。だが攻撃する様子がない故にあえて平静を装い様子を見ておったのじゃ。因みにアデリーナも気づいておったぞ。何も知らなかったのはこのアルベルトだけじゃ」
マルガレーテは後ろを振り向き心配そうに見ていたアルベルトに視線を向けた。アルベルトは急に視線を向けられ肩をビクッと震わせる。
「私は陛下よりスープを作り終わってもまだいるようであれば拘束せよと密かに命じられておりました。それであのタイミングで捕縛したのです」
「だがもし万が一そなたが発砲したとしても余はアルベルトを守りながら避ける事もできたし何ならば銃弾を掴み防ぐ事も出来た。それに急所に当たらなければ傷も秒で再生する。光の魔力保持者の素早さと回復力を舐めるな」
「……ハハッ。結局全てお見通しな上に無駄だった……という訳か」
全てを理解したエルヴィンは自分を嘲笑しながら観念した様子でそう言った。そして出身地と動機について供述し始めた。
「俺はラウニッツ侯爵領出身だ。そして田舎の村に母さんと住んでる。だが元々はベーミシェンって町に住んでいた」
「ラウニッツ侯爵領と言えばこの森に隣接する領地か。ベーミシェンというと領都か」
「ああ。元々は親父が町でパン屋をやってたんだよ。けど俺が物心ついた頃に親父は悪い連中に誘われて賭け事にのめり込むようになっちまった。夜な夜な領主様の屋敷で開催されている賭博場で金を使って気がつけば借金まみれよ」
「領主の屋敷の賭博場じゃと?そんなバカな……」
領主が賭博場を主催していると聞いてマルガレーテは耳を疑った。
「本当の話さ。それでとうとう首が回らなくなった親父は炭鉱に連れていかれちまった。母さんは体が弱いから娼館に売られずに済んだが店も家財道具も全部売り払わなきゃならなくて結局村にいる貧しい農家の親戚に頼るしかなかったんだ」
エルヴィンは村に移住するようになった経緯を話し悔しそうな表情をした。
「母さんは慣れない村の環境のせいで病気になっちまった。だから俺は母さんの分まで忙しく働かなきゃならなくなったんだ。そんなある日聞いたんだよ。この森に女王が侯爵と狩猟をしにくる事があるって……」
「……それで余の命を狙った、と」
「最初はクソ領主さえ殺せれば良かった。だがあのクソ領主を放置しているのは他でもねぇ女王だ。だから両方、最悪どちらかを殺してやろうと思ったんだ。俺は魔力は弱いから貴族王族に正面からじゃ勝てねぇ。だから盗んだ猟銃を使った。でも誤算だったよ……まさかクソ領主じゃなくてそのアルベルトとかいう愛人と一緒だったのはな」
「!?」
愛人という言葉を聞いたマルガレーテは目を見開き顔を一瞬で赤く染めた。後ろのアルベルトも顔を少し染めながら慌てて弁解する。
「ぼぼ僕は陛下の愛人なんかじゃないですよ!!!何を言っているんですか!!!」
「そっ、そうじゃ!こやつとはまだそんな仲ではない!」
「えぇ!?嘘だろ!あんな親しそうにしていやがったのにか!?首輪つけてんのもそういう野外プレイを楽しんでいるからじゃなかったのかよ!」
(まぁ傍から見たらそういう性癖のカップルにしか見えませんよね)
二人が愛人関係ではないという事実を知り驚いたエルヴィンの反応にアデリーナは内心納得する。マルガレーテは更に顔を赤くし大声で反論した。
「だから違うと言っておろうが馬鹿者!!!こやつは皇太子襲撃事件で貢献をした故に褒美として鹿狩りに連れてきてやったのじゃ!この首輪もこやつが勝手に行動するのを制限するためつけておるだけじゃ!」
「行動制限する為たって首輪までつける奴ぁ普通いねぇだろ!」
マルガレーテの言葉にエルヴィンは至極もっともな突っ込みを入れた。だが直後に大きなため息をついて俯く。
「ハァ……だが今となっちゃ愛人云々は俺には関係ねぇか。ともかくそのアルベルトって奴の言葉に動揺して撃てなくなったんだよ。俺ぁ貴族と言えばあのクソ領主しか知らなかったからな。自分の理想より先に皆を豊かにしたいなんて言う貴族見たのはそいつが初めてだ。だからそいつがあんたの王配になったらって想像して本当に女王を撃つべきか迷っちまった……けどすぐに我に返って撃とうとしたらこのざまさ。つくづく運がねぇ男だ俺は……」
エルヴィンはそこまで語るとマルガレーテを再び見上げて覚悟を決めたように言った。
「これで全て話した。女王を狙った罪が重いのはわかってる。この場で処刑されても文句言えねぇ。けどよ、せめて母さんと親戚だけは何も罪に問わねぇでくれねぇか。全部俺の独断だからな」
全てを話し終えたエルヴィンは目をつむり覚悟を決めたように黙り込んだ。それを見た女王は真剣な表情をして口を開いた。
「そなたの事情は理解した。だが余を狙った事については無罪放免には出来ぬ。そなたの身柄は王都の高等裁判所に送るとしよう。国王を狙った罪は確かに重い。死罪も覚悟せねばなるまい」
「あぁ……」
マルガレーテが裁判で死罪になるかもしれないと告げるとエルヴィンは小さく返事を返した。アルベルトは緊張した空気が流れる中心配そうにエルヴィンを見つめた。だがその後マルガレーテは思わぬ事を口にした。
「……そなたは病気の母親に肉を食べさせて精をつけさせようと許可無く森へ入り狩猟をした。そして偶然居合わせた余を獣と誤認し撃とうとしてしまった。そうであったな?」
「!?」
「法廷ではそう証言せよ。弁護士もつけてやる。誤認かつ未遂、森へ入った理由も情状酌量の余地があれば少なくとも死罪とはならぬであろう」
「……!」
「母親や親戚については咎めはせぬ。もし必要ならば病気の母親を看護する者を派遣しよう」
エルヴィンは命を狙ったにも関わらず自分の罪が軽くなるよう取り計らおうとする女王を見あげ驚きの顔のまま固まった。
「それとこの国では領主が賭博場を経営する事は禁止されておる。そなたの話が本当ならラウニッツ侯爵も裁かねばなるまい。アデリーナ、王都に戻り次第侯爵領を内密に調査するよう秘密情報局長官に伝えよ」
「承知いたしました」
マルガレーテは侯爵の調査についてをアデリーナに命じた後、改めてエルヴィンの方に視線を向け謝罪をした。
「エルヴィン・アッカーマンよ、領主の犯罪に気づかず申し訳なかった。今後そなたが住む領地の状況を必ず改善させる事を約束する」
マルガレーテの謝罪を聞いたエルヴィンは目に大量の涙を浮かべ顔をくしゃくしゃにしながら寛大な処置に深く感謝した。
「うっ……ぐずっ……ありがでぇ!ごんな……命を狙っだ愚がな俺を……いのぢを助げようどじでぐだざって……!なんて寛大な女王様だ……ううぅ……ありがどうございまず!」
マルガレーテは袖で涙を拭いながら感謝の言葉を述べるエルヴィンに優しい微笑みを向けた。アルベルトやアデリーナも穏やかな表情でその様子を見つめていた。やがてアルベルトはエルヴィンの傍に行き膝をついて言った。
「良かったですねエルヴィンさん。罰を軽くする為に取り計らって貰えて」
「アルベルト……様」
アルベルトがそう笑顔で励ますとエルヴィンはアルベルトの手を両手で掴んで泣きながら言った。
「アルベルト様!俺は……俺はやっぱりあんたにこの国の王配になってもらいてぇ!!!」
「えぇ!?」
「なっ……!」
手を握られながら思わぬ事を言われたアルベルトは驚きの声を上げた。マルガレーテも顔を一瞬で赤くする。
「何を言っているんですかエルヴィンさん!さっきも言いましたが僕は女王陛下とはそんな関係じゃありませんよ!それに僕は伯爵家の次男ですし蝶や蛾が好きな変人です。陛下となんかとてもつり合いが……!」
「そんなのは関係ねぇさ。あんたは自分の理想の為とはいえ国民を豊かにしようという考えがある!顔つきからも性格の良さがよくわかるぜ。それにあの女王様だって様子を見てりゃまんざらでもなさそうだしな」
エルヴィンの言葉を聞いてマルガレーテはますます顔を赤くし茹でダコのようになったが鈍感なアルベルトは否定し続けた。
「からかわないでくださいよエルヴィンさん!陛下が僕みたいな変な男を選ぶような趣味の悪い方な訳ないじゃないですか!」
「趣味が悪いじゃとぉ!?」
女王の恋心を察しないアルベルトの無神経発言にカッとなったマルガレーテはアルベルトのリードを強引に引っ張った。
「ぐえっ!!!陛下っ!何を!」
「貴様よくも趣味が悪いなどとほざきおったな!あぁ!?」
「!?いや違うんです別に陛下を侮辱した訳では……!」
「黙れ貴様は裁判無しで死刑じゃ!!!この場において首を刎ねてやる!!!」
「えええええぇぇぇぇぇ!!!」
突然怒り出したマルガレーテに死刑を宣告されアルベルトは驚きと恐怖で絶叫した。エルヴィンもこの状況に動揺しどうすればいいのかわからず困惑していた。それをアデリーナは少し離れた場所から冷めた表情と死んだ目で眺めながら心の中で呟く。
(良い話で終われると思ったのになぁ……)
★★★
その後エルヴィンは高等裁判所に出廷したが弁護士の働きもあり死刑にはならず半年間の懲役で済んだ。また女王の命で母親を看護する者が派遣された事を収監中に知りエルヴィンは女王の慈悲深さに改めて感謝した。一方ラウニッツ侯爵はその後の秘密情報局による調査で違法賭博は勿論政府から支給された公金の横領も発覚し黙認していた家族共々拘束、女王の裁きにより身分はく奪の上労役刑を科され炭鉱送りとなった。侯爵領は侯爵家の分家が継ぐ事になったが政府から監視役が派遣され指導が入った結果領地の状況は改善した。因みに賭博で炭鉱や娼館に送られた者達も解放されたがエルヴィンの父親含めて賭博中毒になった者は療養施設に当分入る事になった。だが女王により救われた者がいる一方で女王に泣かされた者も聖誕日にいた……
「エルンスト様良い加減お部屋から出てきてください。食堂に晩餐の準備が出来ていますよ。旦那様もお待ちですし……」
「いらないと言っているだろうアンナ!うぅ……陛下め一生恨むぞ!俺の可愛い弟を聖誕日に奪っていきやがって……!」
聖誕日に家族で過ごす為帰省していたエルンストは最愛の弟アルベルトに久々に会えるのを楽しみにしていたのだがアルベルトがマルガレーテにより強制的に連れていかれた事を知り屋敷の自室で一人引きこもり枕を濡らしていた。
「弟のいない聖誕日なんて聖誕日じゃない!ううぅ……」
「エルンスト様本当にお気の毒……でも何で陛下は聖誕日にアルベルト様を……!?そんなまさかね」
アンナはなぜアルベルトがマルガレーテから聖誕日に呼ばれたのかを疑問に思い一瞬あらぬ考えに至ったがすぐにありえないと首を振り食堂へと戻っていった。屋敷でそんな事になっているとは知らないアルベルトは離宮での豪華な晩餐をマルガレーテと呑気に楽しんでいたのだった。
(お知らせ)
予定よりも早く仕上がったので本日投稿しました。また我儘女王と雪の森にての1~3の細かい部分を改稿しました。
次回投稿予定日:10月1日




