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メイドアンナの受難③

「父上、初対面で小汚いという言い方はダメですよ!それとジジイじゃありません。畑のお手伝いの為に来てもらった農民のヨゼフさんです」


 アルベルトはヴェンツェルを指差し小汚いジジイと言った父親をたしなめる。それを聞いたフランクは更に眉にシワを寄せ怒鳴った。


「何ぃ!?お前勝手にこのくだらん畑を手伝わせるためによく分からん農民ジジイを雇ったのか!給料は誰が払うと思っとるんだこのバカ息子!」

「雇った訳じゃありません!ボランティアです!」


 アルベルトが叱られながら隣にいるヴェンツェルの顔を覗くと片方の眉をピクピクと動かし眉間に深いシワを寄せ怒りを堪えている。それを見てやばいと察したアルベルトは父の説教を早く終わらせなければと心の中で慌てた。


「何がボランティアだ!お前はいつも事後報告ばかりだ!この研究室とかいうボロ小屋だってワシに無断で狩猟小屋を改築して作りおった!!!いい加減にくだらん蝶集めの趣味はやめて貴族の子としての自覚をもってだな……」

「ち、父上!お叱りは後でいくらでもお聞きします!!!それより王都に用事があるのであれば今から出かけた方が良いのでは無いですか!?」

「やかましいこのバカ息子!!!」


 アルベルトがフランクの説教を遮り王都へと早く出発する様に促すとフランクは更に語気を強めて怒鳴る。しかしその後少し考え


「……だが確かにそうだ。早く行かなければ日が暮れてしまう。おいアルベルト!説教の続きは明日の昼帰ってからするからな!」


 と言って怒りながらもアルベルトの提案を受け入れフランクは屋敷へと続く森の小道を歩いて行った。どうにかヴェンツェルが怒り出す事態を防いだアルベルトはホッと胸を撫で下ろした。



★★★



「全く何と無礼な男じゃ!ワシの正体に気づかなかったとは言えいきなり指を差して小汚いジジイなどと言いおって!」


 ヴェンツェルはかんかんに怒りながら草むしりの作業を再開した。アルベルトはフランクに叱られていた時同様の申し訳なさそうな顔で謝罪する。


「本当にすみません。父上は昔から公の場以外ではあんな感じで口が悪いんです」

「怒りのあまりワシが宰相である事をバラしてしまおうかと思ったわ!」

「やめて下さいよ。知られたら大騒ぎだって言っていたのはヨゼフさん自身じゃないですか」


 そう話し合っているとヴェンツェルは森の中から誰かに見張られている気配に気づいた。ヴェンツェルは立ち上がり気配の先を見つめる。


「……気のせいだろうか?」

「?どうしましたヨゼフさん」


 アルベルトは突然立ち上がったヴェンツェルを不思議そうに見つめる。ヴェンツェルはアルベルトの方を振り向いて言った。


「アルベルト君、ワシらは何者かに見張られているかもしれん」

「えっ!?」

「理由は分からん。だが安全の為に研究室の中へ入った方が良かろう」


 ヴェンツェルはそう判断しアルベルトと研究室へ向かった。研究室に入り中から鍵を閉めるとヴェンツェルは畑が見える西の窓から森の方を見張った。


「やはり気のせいだったのだろうか……。いやワシを狙う(王弟派)の刺客の可能性も否定できん。いずれにせよ油断は禁物じゃな……」


 ヴェンツェルは窓から森の向こうの動きに更に目を凝らしたその時


「あぁーーーー!!!!!!」

「!?どうした!何があったのかねアルベルト君!!!」


 突然のアルベルトの大きな叫び声にヴェンツェルは窓から目を離しアルベルトの方に視線を向ける。アルベルトは金網を乗せた鉢を覗きこんでいた。


「閣下!宰相閣下!育てていたカミナリスズメが羽化しましたよ!」


 アルベルトは鉢からヴェンツェルに顔を向けて満面の笑みで育てていたスズメガが羽化した事を知らせ、その場で小躍りしだした。ぽかんとその様子を見ていたヴェンツェルだったがすぐに我にかえり咳払いをして言った。


「アルベルト君、君が嬉しいと思う気持ちは分かるが今ワシらは見張られておるのだぞ。少しは緊張感を持ったらどうかね。あとここでのワシはヨゼフじゃ」

「あっ……すいません。カミナリスズメが羽化していたのを見てつい興奮してしまって見張られていた事を忘れてしまいました」


 アルベルトはえへへと少し笑いながら謝った。ヴェンツェルはその様子を見て大きくため息をつく。


「まったく君は……しかしカミナリスズメの幼虫は三日前ここへ初めて来た時に見せてもらったがもう羽化したのかね。随分早いではないか」

「いえ、実はあの時既に鉢の土に潜って蛹になっていた個体がいたんです。それが今日羽化したみたいで。いやぁ嬉しいなぁ」


 アルベルトはニコニコしながら金網を開け葉っぱの端に止まるカミナリスズメの成虫を後ろから右手でつつきながら左手の甲に乗せた。


「こうして近くで見るとカミナリスズメの成虫って中々綺麗な模様をしていますよね。頭部と胸部は黒、前羽には黒地に黄色い稲妻模様があって後ろ羽は黄色。腹部には蜂みたいな黒と黄色の縞模様。あぁ格好いいなぁ」


 成虫を眺めてうっとりとするアルベルト。ヴェンツェルは蛾に夢中で緊張感を持てていないアルベルトに呆れてまた窓の外を監視する。


「本当は成虫になった以上すぐに逃したいけど今は外に出られないから鉢の中に戻さないと。ごめんね」


 そう言ってアルベルトは手に乗せたカミナリスズメをそっと鉢の中に戻そうとする。


「さっきは指でお尻をつついて手に乗せたけど成虫も雷の魔力を持っているからもっと慎重に移動させた方が……」


 そう呟きながら戻そうとしたその時カミナリスズメが左手の甲にバチッと弱い電流を流した。


「あっっっ!!!」


 アルベルトが痛みのあまり思わず左手を引っ込めるとその瞬間カミナリスズメは飛び上がって天井を右往左往した後、玄関ドアの方へと高速で飛んでいった。


「ヨゼフさん!!!カミナリスズメが!」

「何じゃ!どうした!」


 ヴェンツェルがアルベルトの唯ならぬ声に気づいてアルベルトの方へ向く。それと同時に

ガチャガチャとドアノブを回そうとする音がした。直後に玄関ドアが開き、


「アルベルト様!」


 と言ってアンナが入ってきた。突然のアンナの入室に二人の視線は玄関ドアへと向く。


「アンナ!!!危ない!!!」


 アルベルトがアンナに大きな声で警告したが手遅れだった。カミナリスズメはアンナの眼前に飛び込んできて、アンナの唇の上に止まった。

アンナはしばらく沈黙(・・)した後ゆっくりと白目を剥いてその場に倒れ込んだ。


「アンナぁーーーー!!!!!!」


 アルベルトの叫びが研究室全体に響いた。

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