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我儘女王と雪の森にて③

「はぁ……やっぱり焚火は良いですね。蝶や蛾を探して冷えた体が温まります」

「そなたずっと寒そうにしておったからな。おいアデリーナ、スープはまだ出来ぬのか」

「今作っている最中です。そんな急かさないでください」


アルベルトとマルガレーテは森の中から帰ってきた後、狩猟小屋のある広場で焚火の前の丸太に二人並んで腰かけ暖をとっていた。目の前ではアデリーナが干しキノコと塩漬け肉を使ったスープを作っている。


「早くせぬかアデリーナ!アルベルトほどではないが余も寒いのじゃ!」

「それなら狩猟小屋に入ってストーブにあたれば良いのでは」

「外で焚火をした方が風情があるであろう!それより早くスープを作らぬか!」

「はいはい分かってますよ。人使い荒いんだからったくもう……」


悪態をつくアデリーナにマルガレーテは眉にしわを寄せ激しく睨む。そんなマルガレーテを横から苦笑いで見ていたアルベルトは何気なく質問をした。


「ところで陛下はどのくらいの頻度で鹿狩りをなさっているのですか?」

「?何じゃ藪から棒に」

「いえ、ただ何となく気になりまして」

「まあそうじゃな……狩猟シーズンの間は週に二、三度ほどはしておるな。だがこの時期に狩るのは鹿だけではないぞ。そなたと初めて出会ったツェルニッツ公爵領の森にも兎や猪を狩る為に出かけておるし余が趣味でやるだけではなく他の貴族共との社交を兼ねておる場合もある」

「外国の要人との交流も兼ねる場合もありますね。いくら陛下でも仕事サボるためだけに狩猟やってる訳じゃないんですよ」

「アデリーナぁ!余計な事を言うのも大概にせぬか!」


アデリーナの棘のある一言にマルガレーテは怒りを爆発させるがアデリーナは表情一つ変えず出来たスープを器にすくい二人に手渡した。


「日頃の行いをそのまま言っているだけです。少しは政務に熱心に取り組んでくださいよ。ほらスープ出来ましたよ。アルベルト様もどうぞ」

「ぐぬぬ……」

「あっ、ありがとうございます」


マルガレーテは何も言い返せず悔しそうな表情のままスープを受け取った。その頃森の中では例の男が猟銃を脇に置きかじかんだ手で硬い黒パンをちぎって口にほおりこんでいた。


「くそぅ……俺もこんな硬いパンじゃなくてあったかいスープを飲みたいぜ……バレたら大変だから火も燃やせねぇしスープも作れねぇ。早いとこ食い終わって女王を撃ってから森を出なきゃな……」


男は身を隠している関係で火を焚けず調理も暖を取る事も出来ない現状を小声で嘆いた。その一方心の中ではアルベルトの事について疑問に思っていた。


(それにしても女王があんな虫取りが好きなガキを好んでいたとはな……王侯貴族の好みってのはわかんねぇもんだぜ。まぁ分かりたくもねぇがな。自分の事しか考えねぇ金持ち共の事なんざ……)


森の中の男がそう一人思いふけっているのをよそに温かいスープを飲むマルガレーテ達にアデリーナは淡々とした口調で話を続ける。


「この森にも何度か国内外のお偉いさん方を招いておりましたよね。あぁそういえば陛下の婚約者候補だったオストライヒ大公国の第一公子様とも狩りに来たことがありましたっけ」

「ぶっっっ!!!ごほっごほっ!!!」

「うわ汚ったね!じゃなくて汚いですよ陛下」


アデリーナの一言にマルガレーテは驚き口に含んでいたスープを噴き出した。アルベルトは婚約者と聞いて気になりアデリーナに問いただした。


「陛下には婚約者がおられたのですか?お見かけした事ないのですが」

「昔の話です。こんな我儘で乱暴な陛下にもかつて婚約者候補の男性が何人かおられたのですよ。その中には外国の王族や大公家の男性もいました。全て破談になりましたが」

「そっ、そんな恥ずかしい黒歴史をアルベルトに話すな!!!それに破談になったのではない!あやつらの態度が気に食わぬからこっちから断ったのじゃ!」

「それを破談になったと言うんですよ。まぁ相手も相手で何故か性格に問題ありな男ばかりだったのですが。第一公子様に至っては結婚したら王位を寄越せとか陛下の前で言ってのけましたからね」


マルガレーテは顔を赤くしながらアデリーナをしかりつけた。初めて聞いたマルガレーテの婚約者事情にアルベルトと森の中の男は驚いた表情をした。


「そうじゃそうじゃ!あの野郎八つ裂きにしてやろうかと思ったわ!実際一発ぶん殴ってやったがな!」

「そのせいでオストライヒと外交危機に陥ったのをお忘れなく。妹様が第三公子様と婚約する事で事なきをえましたが」

「うっ!……あの時は少々やり過ぎた。流石に反省しておるわ」


アデリーナに釘を刺されマルガレーテは公子を殴った後の騒ぎを思い出し気まずい顔をして反省する。


「……余としても結婚しなくてはならぬ事はわかっておる。余だって努力はしてきた。普通の女みたいに着飾っておしとやかに振る舞ってみたり……だが肝心の男が問題のある奴らばかりじゃ。しまいには婚約話を聞くこと自体嫌に……すまぬアルベルト!つまらぬ話をしてしまって……」


マルガレーテは俯きながら自身の婚約に関する悩みを打ち明けたが途中でアルベルトに暗い話を聞かせてしまった事を詫びた。


「いっ、いえ……陛下も婚約で苦労なさっているのですね。でも何となく分かりますよ。僕も何度も婚約話が破談になったり婚約破棄されたりしましたから」

「!?」


アルベルトもまた婚約で苦労している事を聞いたマルガレーテは顔を上げてアルベルトを見た。アルベルトは自身の婚約に関する苦い体験を語り始めた。


「僕も以前は父上がご令嬢との縁談を度々持ってきたんですよ。でも相手が虫嫌いだったり男らしくない僕の外見を嫌って中々婚約に至りませんでした。一度だけ婚約が成立しましたけどそれも父上の失脚が原因で破棄されました。それ以来婚約者はいませんし縁談にも積極的になれません。陛下と同じですよ」

「そなたも……同じなのか……」

「婚約に苦労しているのは陛下だけじゃないですよ。あんまり気落ちしないでください」


アルベルトがそう微笑みながら言うとマルガレーテは少し気が楽になり微笑み返した。


「ハハハ……お互いに大変じゃな」

「ですけど陛下ならきっと大丈夫ですよ。陛下は我儘とか乱暴とかアデリーナさんに言われていますが案外お優しい所もあるじゃないですか」

「何?余が優しいじゃと?」


意外な事を言われマルガレーテは目を見開き驚きの表情を浮かべた。


「余はそなたを無理やり鹿狩りに連れてきた挙句首輪をつけるほど短気で束縛の強い女じゃぞ。そんな余が優しいじゃと?」

(一応自覚あったんだこの人)


自らの短所を述べるマルガレーテに対してアデリーナは心の中で突っ込みを入れた。


「陛下は僕が無礼をしても大抵は軽く罰するだけで済ませますし色々仰りながらも僕をバルカス号に乗せてくれたり蝶や蛾の採集に付き合ってくださいます。何より皆の命が危ない時は自ら率先して動いてくださるじゃないですか。根は優しいお方なんだなぁと見ていて思いますよ」


アルベルトの励ましの言葉にマルガレーテは少し恥ずかし気に感謝を伝える。


「そう褒められると恥ずかしいではないかアルベルト……フフフ……だが嬉しいぞ」

「いつか陛下の王配にふさわしい男性が見つかれば良いですね。僕も陰ながら応援していますよ」


アルベルトはそう言って微笑むとマルガレーテはそっぽを向き更に顔を赤くしもじもじしながらしばらく黙った後、アルベルトにある事を質問した。


「……アルベルト……そのっ、もっ、もしもじゃが……」

「?」

「もしもそなたが……その、王族になる事が出来たなら……国王を望むか?」

「えっ!?」


アルベルトは突然の質問の意図が分からず困惑した。


「僕が王族?一体なぜ急にそのような……?」

「つまり陛下はアルベルト様が王座を望まなければ王配に……むぐっっっ!」

「余計な事を言うなアデリーナぁ!!!」

「???」


自身の言葉の意図を勝手に代弁しようとしたアデリーナをマルガレーテは強引に口を塞いだ上で叱りつけた。アルベルトは訳が分からずキョトンとした表情をする。


「陛下が回りくどい言い方をされるから代弁しようと思ったのに」

「やかましいアデリーナ!例えばの話じゃアルベルト!例えばの!どうなのじゃ?」


アルベルトはマルガレーテが顔を赤くしながらそう聞いてくる意図を全く理解できずにいたがとりあえず真剣に考えて返事をした。


「……質問の真意はわかりませんが僕は王様になろうとは思いません。僕は人の上に立てるような素質の人間ではないですから」

「そっ、そうか……」

「ええ。でももし王族になれたならやってみたいと思う事はあります」

「やりたい事?それは何じゃ?」


マルガレーテが気になって聞くとアルベルトは曇り気味の空を見上げながら王族にもし慣れたら実現したい事を口にした。


「このボナヴィアを蝶や蛾の研究先進国にしたいんです!」



★★★



アルベルトの実現したい事を聞いたマルガレーテやアデリーナ、そして森の中の男は予想だにしない発言に目を見開いたまま固まった。そしてしばらくの静寂の後、マルガレーテが大笑いした。


「アーッハッハッハッハ!!!いったい王族になり何を望むかと思えば我が国を蝶や蛾の研究先進国にとはなぁ!そなたどこまで蝶や蛾が好きなのじゃ!アッハハハハ……」

「陛下、あんまり大笑いされると失礼ですよ……フフフ」


マルガレーテはあまりに大笑いした為に出た涙を腕で拭った。アデリーナも主君を窘めつつもあまりに奇妙なアルベルトの願望に思わず笑いを堪えていた。またマルガレーテらと共に笹薮から聞いていた男もまた深くため息をついていた。


(はぁーっ……あの男いったいどれだけ蝶とか蛾が大好きなんだよ……蝶や蛾の研究先進国?馬鹿じゃねぇのか?……まぁあいつも所詮貴族の小僧か。自分の理想ばかりで俺たち庶民の生活の事なんてこれっぽっちも考え……)


男はアルベルトの発言に呆れながら呟き内心で軽蔑したが次の瞬間アルベルトが言った言葉で考えを改めた。


「ただその理想の為にまず全ての人達が生活に困らない豊かな国にする事に専念しようと思います」

(!?)

「ほう、なぜそれが先なのじゃ?」

「ボナヴィアは大学こそありますが僕のように蝶や蛾を専門に研究する人はほとんどいません。それに余裕をもって学問を学ぶ事ができるのは僕みたいな貴族や裕福な家庭の出身者です。でも僕は蝶や蛾を集めたり研究したりする友達をこの国でもっともっと増やしたいんです!それに貴族以外の人々とも趣味友達になりたいのです。ですのでまずはこの国を西側諸国と同水準の裕福な国にします!それで皆が豊かで余裕のある状態にした上で蝶や蛾を展示する温室を作り皆に関心を持ってもらいそして大学に研究機関を設けてこの王都を蝶や蛾の研究の都に……ってちょっと夢を膨らませ過ぎですね、あはは……でも僕はもし王族になれたならそんな事をしてみたいです」


アルベルトが目を輝かせ自身の理想を話し終えるとマルガレーテは優しい笑みを浮かべた。


「己の夢実現の為とはいえ国民生活にも気を配るとは関心じゃな。だが西側諸国……ブリトニアやガロワなどと同水準の豊かな国には簡単には出来ぬぞ。この国には希少な資源も少ないし港も植民地も無いからな。国の予算とて限りがある。何か考えはあるのか?」

「えっとそれは……王族になったら考えます。あははは……」


 マルガレーテはアルベルトの理想に関心しながらも為政者として現実的な問題を突きつけた。政治に疎いアルベルトは困った様子で苦笑いした。


「まぁ良い。国民の豊かさを願うのは余も一緒じゃ。これからじっくり考えていこう。王宮で二人でな……」

「えっ?それはどういう意味ですか陛下?」


 アルベルトにそう聞き返されたマルガレーテは自身が既にアルベルトを婚約者にしたような言い方をした事に気づき顔を真っ赤にした。


「いいい今の言葉は忘れよ馬鹿者!!!首を刎ねるぞっ!!!」

「えぇ!?」


 訳も分からぬまま脅迫されアルベルトは驚きの声を上げて困惑した。その頃森でそれを聞いていた男は……


「自分の理想の為まずは人々が生活に困らない豊かな国にしたい……そんな事を言う貴族様がいたなんてな。俺はこれまであのクソ領主しか見た事ねぇから知らなかった……自分の目先の欲望ばかり満たして俺達を搾取し顧みない、貴族様なんてそんな奴ばかりと思ってた」


 男は驚いたままそう一人呟いてアルベルトを改めて見直した。そして手に構えていた猟銃を降ろして一人考え込んだ。


(もしあのクソ領主があんな奴ならきっと女王を殺そうなんて思わなかっただろうな。あいつがもし本当に王族になったら……この国も俺の村も豊かにしてくれるのだろうか……俺は本当にここで女王を殺して良いのか?)

(お知らせ)

久しぶりの投稿になりました。投稿していない間にいくつか改稿予定だった話を改稿しました。


次回投稿予定:25日

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