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我儘女王と雪の森にて②

「丁度今は鹿狩りのシーズンだ……女王は狩猟場であるこの森に来るはず……クズ領主を放置しやがって……絶対に許さねぇからな!」


 森の中で身を潜めながら移動している男は寒さに震えながらも猟銃を握りしめそう呟いた。憎しみのこもった男の視線の先には小さな広場が広がっており木造の狩猟小屋がぽつんと佇んでいた。


「もし来るとしたらあの道を馬が何かに乗ってやって来るかもしれねぇな……ん?」


 男はふと広場へ続く道の向こうから人がやって来る気配を察した。そして気配と同時に馬の鼻息や犬達の吠え声などが聞こえ男は身構える。


「とうとう来たのか!森に身を潜めて三日……長かったぜ……」


 男は銃口を広場の方に向け女王が通る瞬間を狙った。そして目の前に猟犬とアデリーナを連れバルカス号に跨るマルガレーテがやって来た。


「あの黒髪に青紫の瞳……女王で間違いねぇ!覚悟しやがれ!」


 男はそう小声で言って引き金を引こうとした。しかし次の瞬間見えたものに目を疑った。


「……えっ、誰だ?女王と共に馬に乗っているあの男は……」


 男は手綱を持つマルガレーテの前に共に乗るアルベルトを目撃して驚いたのだ。


(ちょっと待て、確か女王はまだ独身で婚約者はいなかった筈だろ。平民の俺だってそのくらい知っている……じゃああの男は一体誰なんだ?もしや秘密にしている愛人か何かか???)


 婚約者の噂が一切ないはずのマルガレーテが男を連れて森へ入って来た事に男は心の中で一瞬困惑した。


(いっ、いやそんな事なんてどうでも良いんだ!俺は女王さえ討ち取れれば……!)


 だがすぐに気を取り直し男は銃を構えた。一方何も知らないマルガレーテ達は広場に着くとバルカス号から降り続いて背が小さいアルベルトを下ろす手伝いをする。


「よっと……ありがとうございます陛下。降りる手伝いをしていただき……陛下?どうされたのですか?顔が赤いですよ?」

「なっ、何でもない……気にするでない!」

「陛下はバルカス号に乗っておられる間自分の前に乗るアルベルト様を意識……痛った!」

「アデリーナ!余計な事をほざく暇があればアルベルトの首輪にリードをつけぬか!!!」

「何も殴らなくったって……はいはい今装着しますよ。失礼しますアルベルト様」

「?はっはい……」


 アデリーナは主君の顔の赤い訳を話そうとして殴られぶつくさ文句をたれながらアルベルトの首輪にリードをつける。一方リードと聞いて森から見ていた男はまた銃を降ろして怪訝な表情をした。


(首輪?リード?犬じゃあるまいし一体何を言って……えぇ?ええええええぇぇぇ???)


男はアデリーナがアルベルトの首輪にリードをつけたのを見て顎が外れんばかりに驚き内心で叫んだ。


(いい一体何をしているんだ???あの男愛人じゃねえのかよ……ハッ!もしや女王ってそういう趣味か?でもそんなの噂でも聞いた事ねぇし……やべぇ秘密を知ってしまった……バレたら俺消されるんじゃねえか……!?)


 男は見てしまった女王の知られざる一面に驚愕すると同時に自身が抹殺されるのではないかと恐怖した。


(こうなったら女王の頭を銃でぶち抜いた後すぐに全速力で逃げるしかねぇ……!)


 男が銃を握り締めそう決意を固めた時、急にロムルスとレムスが男のいる藪の方に向け激しく吠え出した。


「一体どうした犬共?近くに何かおるのか?」


 マルガレーテ達が急に吠え出した犬達を見て驚く一方男は自分の存在がバレたのではないかと恐怖で震えた。


「!?もしや俺がいる事がバレたのか!?すっ、すぐに逃げ……」


 男は取り乱しその場から逃げようとしたがその時真横を大きな獣が一頭広場へ向かい通り過ぎた。


「へあぁ!?」


 男は驚き変な声を上げながら尻餅をついた。獣の正体は大きな角を生やした雄鹿であった。雄鹿は腰を抜かし動けなくなっている男に目もくれず木々の合間を通り抜け広場のマルガレーテ達の前に姿を現す。


「なっ……何と大きな鹿じゃ……!」

「急に出て来たから驚きましたよ……いやぁ立派な雄の赤鹿ですね」


 悠々と出て来た雄鹿に犬達が激しく吠え唸る中マルガレーテ達は立派な出立ちの雄鹿に驚きつつ思わず見惚れた。雄鹿は犬達を無視してゆっくりと前に進むとアルベルトの目の前にやって来た。


「えっ、ええ?ちょっと……」

「おい!アルベルトから離れよ!」


 アルベルトは自分に向かって来る雄鹿に身構えるが雄鹿は攻撃するそぶりも見せずにアルベルトの耳元に温かい鼻をつけると目を細め舐めて甘え始めた。


「あはっ、あはは、くすぐったいよ!あはははは……」


 アルベルトは舐められたくすぐったさから笑いだした。やがて雄鹿は後ろに少し下がるとと白い息を吐きながらアルベルトを見つめる。アルベルトは雄鹿にもっと近づくと顎や首を優しく撫でた。


「もしかして君はこの森の主なのかな?僕に挨拶しに来てくれたの?毛並みが綺麗だねぇ。角も立派でかっこいいなぁ」

「そなた……犬や馬だけでなく野生動物にも懐かれるのか?」

「えぇ。ですが最近は何故かより生き物達から好かれるようになったんですよね。おや?」


 アルベルトが雄鹿を愛でていると近くの藪から他の鹿達も続々姿を現した。更に森からは栗鼠や兎や狐も現れアルベルトの周りに集まって来る。そして周囲では小鳥達が囀り気がつけばアルベルトは沢山の動物達に囲まれていた。


「凄い……いつの間にか森の動物達が僕の周りに……わわっ、バルカス号まで!もぅ……あははは」


 動物に囲まれるアルベルトに嫉妬したバルカス号はアルベルトに近づき顎の先をすり寄せくっついて来た。猟犬達もいつの間にか吠えるのをやめ尻尾を振って他の動物と共にアルベルトの足元に寄っている。マルガレーテはその様子をアデリーナと共にその御伽話のような光景を唖然と眺めていたがすぐに我に返り怒鳴りつけた。


「おい!!!いつまで戯れておるつもりじゃ!余とそなたは鹿を撃ちに来たのじゃぞ!」


 マルガレーテに怒鳴られたアルベルトも我に返りハッとする。


「はっ!?すみません忘れていました!……でも」


 アルベルトは目的を忘れた事に反省し謝罪したがふと集まる小動物や鹿達がつぶらな瞳で自分を見つめてくる姿を見て段々可愛そうだという感情が湧き起こってしまった。


「あの陛下、鹿狩り……なさるのですか?」

「あぁ?するに決まっておろう!だからこの森まで来たのではないか!」

「そうですが……やっぱり今日はやめませんか?」

「何じゃと!?」

「その……僕に挨拶に来てくれた鹿達を見ていたら命を奪ってしまうのが可哀想になってしまいました……普段から蝶や蛾の採集をする僕が言うのも変ですが」


 アルベルトはそう言って悲しげな表情と瞳でマルガレーテを見つめた。


「ふっ、ふざけるなよ貴様!?折角余が鹿狩りを楽しもうとしておるのに……っ!?」


 マルガレーテは激怒し目をつり上げてアルベルトを叱りつけたがアルベルトの悲しそうな顔や動物達から向けられるまるでぴえんとでも言いそうな潤んだ瞳と表情に何も言えなくなってしまった。


「恐れながらここはアルベルト様の気持ちを汲み取った方が良いのでは?」


 アルベルトや動物の強い視線に加えアデリーナの進言でマルガレーテは罪悪感に益々苛まれとうとう悔しそうに叫んだ。


「ええぃ鹿狩りはやめじゃやめじゃぁ!!!そんな目で見つめられて鹿を撃てるかぁ!!!」


 こうして鹿狩りは中止となりマルガレーテは持っていた猟銃を下したのであった。一方森の中にいた男は異様なほど動物に好かれるアルベルトに驚愕していた。


「いっ、一体何者だあの男……まるで御伽噺のお姫様みてぇに動物が群がってやがった……!ただの貴族令息じゃなさそうだが……」



★★★



「全くそなたといるとまるで狩猟にならぬ!これでは森へ来た意味がないではないか!」


 マルガレーテはアルベルトが動物達に好かれすぎるが故に鹿狩りが出来ず不満を漏らした。周りにはまだ動物達がたむろしてアルベルトを見ている。


「この後王宮へ戻るまで一体どう時間をつぶせば良いのじゃ……」

「本当にすいません……あの、折角森に来ているので蝶や蛾を一緒に探すのはどうでしょうか?」

「そなたなぁ……はぁー……」


 こんな時まで蝶や蛾の事ばかりのアルベルトにマルガレーテは呆れた表情をしながら深いため息をつく。


「誰のせいで暇になったと思っておるのじゃ。大体さっき観察しておった変な蛾ならともかくこの真冬の森に他に蝶や蛾などおらぬであろう」

「そんな事はありませんよ陛下!真冬でも僕達の見えない場所で蝶や蛾達は命を繋いでいるんです!」


 蝶や蛾は真冬にいないだろうとぼやいたマルガレーテに対しアルベルトは顔を近づけ前のめりに反論した。意中の男が目の前に近づいて強い眼差しを向けてきた事でマルガレーテは思わず頬を染め恥ずかしそうにする。


「そっ、そなた近づきすぎじゃ……!余から離れよ……」

「あっ、失礼しました。とにかく真冬でも探せば蝶や蛾が様々な姿で潜んでいるのですよ。ほら、陛下のすぐ近くの枝にもミノガの仲間が越冬しています!」


 アルベルトが指差した先をマルガレーテが見つめると小さな氷柱がついた枯れ枝の先に大ぶりのミノムシの蓑が複数くっついていた。


「このミノムシの事か?これも蝶や蛾の仲間なのか?」

「えぇ!このミノムシも立派な蛾の仲間ですよ!でも実は蛾の姿になって空を飛ぶようになるのは雄だけで雌は蓑の中で芋虫状の姿のまま一生を過ごすんです!」

「そっ、そうなのか……」

「陛下!探せばミノムシ以外にも様々な種類の蝶や蛾の仲間に会えますよ!一緒に探しに行きましょう!」

「おいアルベルト!」


 アルベルトは森の中に向かって指を指しマルガレーテを誘いながら駆け出した。


「うぐぅ!……しまった首輪しているの忘れてた」


 しかし首輪とリードをつけている事を一瞬忘れていた為苦しそうな表情をしてすぐに止まった。マルガレーテは急に走り出したアルベルトを叱りつける。


「おい急に駆け出すでないアルベルト!余までよろけそうになったではないか!」

「すいません陛下……」

「全くそなたという男は……だがまぁどうせ暇じゃ。そなたの趣味に付きおうてやろう。アデリーナもついてまいれ。……怪しい気配・・を感じるしな」

「えぇ。私も先ほどから察しております。万が一の事があればお任せを」

「?」


 アルベルトはマルガレーテ達の謎の会話に首を傾げつつも特に追求せず共に森へ入っていった。しばらくもみの木や落葉広葉樹が混在した雪深い森を進んでいるとアルベルトが急に木の根元の雪が積もらず落ち葉が見える地面の前で止まりしゃがみ込んだ。


「急にしゃがんでどうしたのじゃアルベルト?」

「この木はポプラの仲間ですね。という事は落ち葉の下に……やっぱり!ユーロッパコムラサキの若齢幼虫が越冬しています!」


 アルベルトがしゃがみ込んで落ち葉をガサガサ探ると二匹の角が生えた茶色の芋虫が葉の裏でじっとしているのを見つけた。マルガレーテも膝を突きそっと覗き込む。


「ほう、こんな寒い中でも落ち葉の裏に芋虫がおるとはな。黄緑色をしておらぬ上に棘のついた角が生えておる。奇妙な芋虫じゃな」

「この子は前に陛下に紹介したフソウオオムラサキと同じタテハチョウの仲間なんです!」


 アルベルトはそう得意げに説明した後近くの別の枯葉を見て指を差した。


「あっ!すぐ近くでエムタテハが一頭枯葉に紛れて越冬しています!」

「何?あぁあれか。幼虫ではなく蝶の姿みたいじゃが……?」

「実はタテハチョウの一部は成虫で越冬するんです!だから冬でも暖かい日は飛んでいる事があります。今は翅の裏側しか見えませんが翅の表側はオレンジや黒のコントラストがとても美しい蝶なんですよ」

「まさか芋虫だけでなく蝶も真冬におるとはな……この森には何度も狩りに来ておるが気にした事もなかった」


 マルガレーテはアルベルトの丁寧な解説を興味深そうに聞いていた。


「他には何かいるかなぁ……あっ!蛾の繭がある!何の蛾だろう?あれ?あの枝にあるのはイラガの仲間の繭かな?卵形の硬い繭で可愛いんだよなぁ」


 アルベルトは更に姿勢を低くし倒木の周りや低木の枝や幹などを観察し隠れた蝶や蛾を熱心に探し続ける。そんなアルベルトを見てマルガレーテは片手を口元に当て笑い始めた。


「フフ……フフフフ」

「ん?どうしました陛下?」

「いや、まるで宝探しをする子供のように蝶や蛾を探すそなたを見ておったらとても貴族令息には見えなくてつい可笑しくてな……しかしこんな寒い真冬でも至る所で蝶も蛾も命を繋いでおるのだな。知らなかった」

「そうなんですよ!冬の森も沢山の蝶や蛾の命に溢れているんです!」

「うむ、博識なそなたのおかげで普段狩猟に来た時に見るのとは違う冬の森の一面が知れた。意外に暇つぶしになったな」

「あはは、恐縮です!」


 マルガレーテがそう言って照れながら微笑むとアルベルトも満面の笑みを浮かべた。その綺麗な笑顔を見たマルガレーテは心臓がどくっと高鳴る。


「そっ、その無駄に可愛らしい顔で余を見るでない……益々惚れてしまうではないか……」

「えっ?」

「何でもないわ!そっ、それよりも……寒くなってきたからそろそろ焚き火でもするぞ!」

「えっ?あっはい……確かに僕も体が冷えてきました……くしゅん!」

「アルベルト様がお風邪をひくといけませんので早く戻りましょう」


マルガレーテは自身の赤くなった顔を紛らわす為そっぽを向いて話を誤魔化した。そして一行は森を出て広場へと戻って行った。

(お知らせ)

予定より一日更新が遅れました。申し訳ありません。


次回更新予定:諸事情により未定

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