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狙われた皇太子(後編)⑤

「何だ何だ!?虹色をした蝶が沢山飛んで来たぞ!」


 突然空から群れで舞い降りて来たナナイロマダラにヴェンツェルを始めその場にいた一同は目を奪われ固まった。ナナイロマダラは負傷した兵士達の体に集まり細いストロー状の口をつけまた別の負傷兵の体へ飛び立つ事を繰り返している。やがて兵士達はナナイロマダラが飛び立った後自らの傷を見て驚いた。


「きっ、傷口が塞がっているぞ!」

「俺もだ!手甲剣で斬られた傷が綺麗さっぱり無くなったぞ!これは一体……!」


 何と敵の攻撃で負傷した箇所が綺麗に治癒したのだ。更に体力も回復し体が軽くなり動けるようにもなった。


「これは驚いた!ナナイロマダラのおかげで体の調子が良くなったぞい!どういう事じゃ!?」


 ヴェンツェルも自身の体に蝶が止まった後体が回復した事に驚愕し目を見張った。自身の光の魔力で負傷者全員を回復させようとしていたマルガレーテも天に広げた両手を下ろして呆然とする。


「一体何が……起こっておるのじゃ……なっ!?今度は獣や鳥がやって来おった!」


更に空からナナイロマダラに続いて小鳥達が口に葉っぱや木の実を咥えマルガレーテやヴェンツェル達の元へやって来た。周りを見ると鹿やリスやアナグマなどもそれぞれに植物を持って来ていた。アデリーナは動物達から植物を受け取り眺めてから言った。


「この植物はいずれも体力や魔力の回復を促す薬草ですね」

「ならばこの動物達はワシらを治療する為に薬草を?うーむしかしなぜ……」


 ヴェンツェルはなぜ野生動物達が自分達の怪我を治そうと薬草を持って来たのか分からず首を傾げた。


「奇跡じゃ……奇跡が起きたとしか言えぬ……!」


 マルガレーテは目の前で起こる現実離れした光景を見てただ奇跡だと言う事しか出来なかった。こうしてナナイロマダラのおかげでマルガレーテが光の魔力を激しく消耗する事なく負傷兵の傷の手当てが完了しまた動物達が持って来た薬草により体力や魔力も回復出来た。やがて雨が完全に止み曇っていた空から日の光が差して来た。そして空に一筋の虹が架かる。


「おぉ……」

「美しい虹だ……」


 負傷兵達は皆空に架かる大きな虹と治療を終えて飛んでいくナナイロマダラの群れに目を奪われ暫く眺め続けていた。


「ヨゼ……宰相閣下!ご無事でしたか!」

「良かった……」

「おぉアルベルト君!アンナ殿!心配をかけたのぅ」

「こんな地下室がベルンシュタイン邸にあったとはな。余は初めて知ったぞ」


 全てが終わり地下室に降りて来たヴェンツェルやマルガレーテをアルベルトとアンナが安堵した表情で出迎えた。マルガレーテは地下室の存在を初めて知り興味深そうに見渡す。


「宰相閣下、レオポルト様と牧草地で戦っておられたと父上から聞きましたが大丈夫だったのですか?僕何だか心配で……」

「正直言ってかなり危ないところじゃったが陛下が来て下さってどうにか倒す事が出来た。王弟殿下を含め王弟派の者達は皆拘束されたぞい」

「そうでしたか……ジーク様を狙っていた人達が捕まって良かったです」

「うむ、おぉそうじゃアルベルト君、君に聞いておきたい事があるんじゃがな」

「何でしょうか?」

「実は戦いが終わった後……」


 ヴェンツェルは戦闘後に起こった信じられない出来事についてアルベルトに話した。


「えぇ!?ナナイロマダラが現れたんですか!!!」

「ちょっとアルベルト様、声が大きいですよ!皆さん驚かれています!」

「あっ、すみません皆さん。あれほど探し回っても見つからなかったのに……」


 自身の憧れの蝶が現れたと聞きアルベルトは琥珀色の目を大きく見開き大声を出した。


「王弟派との戦いの後、ワシや皆が傷ついて動けなくなっておる所に群れで現れたのじゃ。しかも蝶達がワシや皆の体に止まると途端に怪我が治り体力が回復した。アルベルト君、ナナイロマダラは何か不思議な魔力を持っておるのか?」

「ん〜図鑑にそんな記述あったかなぁ……あっ」

「何か知っておるのかね!?」


アルベルトはナナイロマダラの不思議な行動を聞き顎に手を当てしばらく考えた後ふとある言い伝えを思い出した。


「実は世界各地に戦争中に現れる虹色の蝶の話が伝わっていてそれがナナイロマダラではないかと言われているんです。でも負傷した人達を治せるかどうかまでは……」

「その神話、余も聞いた事があるぞ」

「陛下!」


 マルガレーテはアルベルトの話を耳にして口を挟んだ。アルベルトはマルガレーテに対し驚いた顔をする。


「昔父上から聞いたのじゃ。単なる御伽噺としか思っていなかったが今日この目で目撃して真実だと分かった。だが十年前の戦争では見た事がない。一体どんな条件で現れるのか検討がつかぬ」

「そうなのですね……」

「それに傷や体力を回復できる魔力としたら属性魔力は光であろう。だが光魔力を持つのは人間だけのはずじゃ」


 マルガレーテもアルベルトもナナイロマダラに対する疑問で首を傾げた。やがてアルベルトは貴重な現場に立ち会えなかった事を後悔した。


「だけどまさかナナイロマダラが現れるなんて……折角の生態解明と採集のチャンスを見逃しちゃったなぁ。でもまた一つ面白い生態を知る事が出来たのでますますナナイロマダラをこの手で採集したくなりました!」

「全く相変わらず蝶や蛾が大好きだなそなたは。さて……」


 マルガレーテは目をキラキラさせるアルベルトを見て微笑んだ後ジークリードに視線を移す。そして王弟派による襲撃の一件を謝罪した。


「皇太子殿、こたびは我が弟と王弟派による襲撃を未然に防げず怪我を負う結果になってしまった事を国王として謝罪する。本当に申し訳なかった」

「……正直毒に侵された時、私はボナヴィアには多額の賠償を請求しようと思った。だがそこにいるアルベルトが育てた薬草で私を助け更に私の心のケアをしてくれた。その件でアルベルトに大変感謝している」


 ジークリードは謝罪の言葉をかけたマルガレーテに普段とは違う柔和な表情でそう返事をした。


「女王陛下であるあなた自らこの地下室まで赴いて私に頭を下げた。何より私も命が助かっている。この一件は不問にするつもりだ」

「皇太子殿の慈悲深い判断に感謝する」


 ジークリードが襲撃の件を咎めない判断を下した事にマルガレーテはホッとした様子で感謝した。するとジークリードはふとヴェンツェルの方に視線を向ける。


「ところで宰相殿、あなたはアルベルトを君付けしたりして随分親密そうにお話しされているが知り合いなのか?」

「!?」

「そう言えば昨日屋敷の廊下でアルベルト殿と二人きりで何やら話し合っておりましたな。その時も何処か親密そうでした」

「そっ、それはこの地下室の事についての話を聞いていたのであってその……」


 ヴェンツェルは突然ジークリードとローゼンハイムからアルベルトとの距離感の近さを疑われ動揺ししどろもどろになる。答えづらい質問にどう返答するか迷った挙句アルベルトに別の話題を振り話を逸らした。


「おっ、おぉそうじゃアルベルト君!フランク殿はこの地下室におるかね?戦いになった後姿を見ておらんから心配しておるんじゃ」

「父上ですか?父上でしたらあそこに……」


 アルベルトが指差した先をヴェンツェル達が見るとそこには鎧を着たまま酒瓶を片手に壁にもたれ他の使用人と酔っ払って寝ているフランクがいた。


「何じゃ疲れて眠ってしもうたのかね?」

「いえ、この地下室に保管していたへそくりの高級酒を一緒に寝ている料理長さん達に飲まれてしまってヤケ酒をしたのでそれで……」

「……」


 アルベルトから説明を聞いたヴェンツェルはだらしないいびきをかいて寝ているフランクに軽蔑した視線を送った。何はともあれ皇太子を取り巻く脅威は去り全ては丸く収まったのであった。




★★★



 その後他の使用人らと共に地下室を出たジークリードはマルガレーテの提案により一度王都へ戻る事を勧められたがこれを断りベルンシュタイン伯爵邸に体調が完全に回復するまで二泊ほどする事になった。ところが……


「皇太子殿下が屋敷にいらっしゃらないだとぉ!?」


 ジークリードがいよいよ出発する日の朝、早くに目を覚ましたフランクは慌てた様子で報告に来たメイドの話を聞いて目を丸くして叫んだ。


「皇太子様はアルベルト様のお部屋でご就寝されていたのですが……今朝起こしに行った者が部屋を開けたところ居られなくなっていて……」

「まさか王弟派の残党に連れ去られたのでは……そうなったら大惨事だぞ!ワシの首が飛んでしまう!!!」


 フランクは最悪の事態を想定して顔面蒼白になりながら頭を抱えた。その時共に宿泊していたローゼンハイムが走りながらフランクに近づいて来た。


「フランク殿!?殿下をお見かけしませんでしたか!?」

「なっ、ローゼンハイム殿も皇太子殿下の行方が分からないのですか!?」

「今朝はお見かけしたのですが屋敷の裏に行ってくると告げたきりお姿が見えなくなり……」


 ローゼンハイムがそう伝えるとフランクはアルベルトが裏の森に作っている研究室と畑を思い出しハッとした。


「屋敷の裏だと!?まさかあのバカ息子殿下を裏の建物へ……!」


 フランクの悪い予感は当たっていた。アルベルトは朝から研究室前にある畑と花壇の剪定作業にジークリードを誘っていたのだ。フランク達が急いで裏の研究室まで行くとそこには作業着姿のアルベルトとシャツを土まみれにしたジークリード、そして呆れた表情のアンナがいたのだった。フランクとローゼンハイムは口をあんぐり開けて驚愕する。


「なっ、ばばばバカ息子の奴何を……!」

「で……殿下!一体何をなさって……!」

「ん?あぁローゼンベルクか。見れば分かるだろう。アルベルトを手伝っている」

「ジーク様、マリーゴールドの植え替え作業を手伝って下さってありがとうございます!」

「気にするな。ところでこの後お前の研究室を見せてもらってもいいか?お前の蝶や蛾の趣味の事についてもっと知りたい」

「構いませんよ。ユーロッパによくいる種類から海外の蝶や蛾まで色んな標本があるので是非ご覧になってください!図鑑もありますよ!」

「そうだな、折角だから見学するとしよう」


 アルベルトがそう言うとジークリードは穏やかに微笑んだ。すると二匹の蝶がどこからともなく飛んで来て畑に咲いた黄色いマリーゴールドの花に止まった。


「あっ!ジーク様!マリーゴールドにエムタテハがやって来ましたよ!オレンジ色の翅が綺麗で可愛いなぁ」

「エムタテハといえばお前が母親に標本をプレゼントした蝶か。秋も深くなって肌寒い時期だというのに元気そうだな」

「エムタテハを始めタテハチョウの仲間には蝶の姿で越冬する種類もいるんですよ。だからこの子達も越冬前に餌を求めて蜜を吸いに来たんだと思います。


 アルベルトはしゃがみながらマリーゴールドの蜜を吸う二匹のエムタテハをうっとりとした表情で観察しながら蝶にまつわる言い伝えについて呟いた。


「ジーク様にお話した通り母上にプレゼントした蝶なので特別思い入れがあるんです。エムタテハを見るたびに母上が見守ってくれているようで……」

「そうか」

「東洋では亡くなった人の魂は蝶になって現れるというお話があるそうです。もしかしたらこのエムタテハ達も僕達を見守る為に姿を変えた僕の母上や皇后様かも知れません」


 アルベルトから笑顔を向けながらそう言われたジークリードは一瞬キョトンとして固まったがやがて愉快そうに笑った。


「ハハハッ!皇后様が私を……そうかもしれないな」


 ジークリードが笑うとアルベルトも柔和な笑みを浮かべる。二人の間に穏やかな空気が流れる一方後ろでは頭に手を当て深いため息をつくローゼンハイムとショックで泡を吹き気を失ったフランクがアンナと他のメイドに介抱されていた。こうしてボナヴィアでの皇太子を巡る騒動は幕を下ろしたのであった。

(お知らせ)

久しぶりに連載再開しました。狙われた皇太子編はこれで終わりになります。


・次回更新予定:8月24日

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