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狙われた皇太子(後編)④

「……こうして楽園と呼ばれた太陽の都は、大王アトムの息子達が争い合った結果人の住めない地となってしまったのです。そして同時に起こった水害が辛うじて残った建物や家畜を洗い流してしまいました……」


 時は遡り十数年前の王都フラウ。秋のある夜王宮の一室では一人のプラチナブロンドのふんわりした髪と青紫の瞳を持った女性がベッドで横になる黒髪の少女と黒髪の少年に本の読み聞かせをしていた。


「人間の愚かな争いに怒った神様は罰として生き延びた人間達が持っていた力をバラバラにしてしまいました。そうして争いの前は光の力しか持っていなかった人間は火、水、地、氷、雷、鉄、霊、光と皆が別々の力を持つようになりました。やがて人々はこの力を神様の罰を受けた悪魔の力であるとして(魔力)と呼ぶように……あら?二人とももう寝ちゃったかしら。ふふ」


 女性は聞き飽きて目を瞑る二人の子の顔を見て静かに微笑む。女性が本を閉じた時、ベッドの少年がパチリと目を開いた。


「ははうえ、さいごまでよまないのですか?」

「まぁレオポルト、起きていたの?」

「めをつぶりながらきいていました。あねうえはほんとうにねてしまわれたみたいですが」


 レオポルトと呼ばれた少年は赤色の瞳で女性を見つめながらそう言った。彼の横では少女が涎を垂らしながら幸せそうな表情で眠っている。


「マルガレーテは今日陛下と遊んでいたから疲れていたみたいね。レオポルトは眠くないのかしら?」

「ぼくはおひるにねたのでねむくないです」


 レオポルトが返事をすると女性は優しい笑みを見せてレオポルトの頭を撫でた。


「ねぇレオポルト。マルガレーテとはちゃんと仲良くしている?喧嘩したりしていない?」

「どういうことですかははうえ?」

「マルガレーテは大人しいレオポルトと違って女の子らしく無くてやんちゃで自分勝手なところがあるでしょう?私は仕事があるからずっと一緒にいられない分レオポルトが心配なのよ」


 女性はレオポルトにそう尋ねてるとレオポルトは笑みを浮かべ大丈夫だと伝えた。


「だいじょうぶですははうえ。あねうえはたしかにきびしいときはありますがそれでもぼくをいじめたりはしていません」

「そう?なら良かったわ。これからも姉弟同士で仲良くするのよ。読み聞かせた本に出て来たアトムの息子達のように喧嘩をしたらダメですからね」

「はい、ははうえ」

「ふふ、レオポルトは良い子ね」


 女性はレオポルトの頭をまた撫でながら優しい眼差しで見つめた。するとレオポルトは眠くなって来たのかウトウトし始める。


「ははうえ、なんだかまぶたがおもくなってきました……」

「あらあら眠くなって来たのね。それじゃあ今日はもう読み聞かせはお終い。おやすみレオポルト」

「おやすみなさいははうえ」


 女性はつけていたランプを消してレオポルトから離れると部屋を出て行った。そして出てすぐの廊下にいた侍女に話しかけた。


「二人共もう寝たわ。見回りの時は大きな音を立てないように皆に伝えて」

「かしこまりました、王妃殿下」


 指示を受けた侍女はペコリと頭を下げ廊下の奥へ歩いて行った。二人に本を読み聞かせていた女性の正体はボナヴィアの前王妃であったーーー


「……余とそなたは父上と王妃によって大切に育てられ共に王宮で過ごした。それ故余は……そなたを傷つけたくはないのだ!」


 再び時は戻り現在、マルガレーテは震える手でレオポルトに魔剣を向け雨に打たれながら説得を続けていた。


「心を入れ替えよレオポルト!もう王座に執着しないと誓え!さすれば無罪には出来ぬとも処遇は軽くしてやるつもりじゃ」

「……フッ……フフフ……」


 マルガレーテがそう説得を終えるとレオポルトは俯きながら何やら笑い出した。その笑い声は段々と大きくなっていく。


「フハハハ……アーッハッハッハッハ!!!」

「レオポルト……?」

「急に何を言いだすかと思えば!大事な弟?心を入れ替えろ?ふざけんなよクソ女!散々影でお前と比べられて傷ついた俺を無視して女王になった挙句、慕っていた母上を……王妃殿下を国外追放したお前が今更偉そうに説得しようとしてんじゃねぇよ!!!」


 レオポルトはマルガレーテの説得を聞き入れる事なく逆上し瞬間移動して自身の魔剣が刺さった場所まで移動した。そして魔剣を抜くとマルガレーテに向けた。


豪雨火球(プルウィアステラ)!!!」


 レオポルトはマルガレーテとの約束を反故にして光の魔力を放った。しかも薬で魔力が上がっている為通常より沢山の魔法陣を出現させて広範囲に弾丸の如く光の球を降らせた。


「ハハハハハ!!!くたばれマルガレーテ!!!」


 無数の光の球が地上に着弾しあちこちで小規模の爆発が起こる。マルガレーテだけでなくヴェンツェルも巻き込まれそうになった。


「くっ!逃げねばならぬのに体が動かん!」

「閣下、私が背負いますので早く退避を!」

「!?アデリーナ殿いつの間に!ウルバンは倒せたのか!」

「私もウルバンにやられそうになり陛下に助けていただきました!話は後です!私の背中に移動出来ますか?」


 アデリーナは詳細は語らずヴェンツェルを自身の背中に乗るよう誘導する。体格差がありしかも華奢な体つきでありながらアデリーナはヴェンツェルを背負い素早く退避した。その一方マルガレーテはレオポルトによる攻撃を全て見切ってかわすと魔剣を向け続けるレオポルトの顔面に魔力で強化した足で蹴りを喰らわせた。


「なっ!?ウガァッ!!!」


 レオポルトは蹴りを喰らい吹っ飛び後ろに出来ていた水たまりに背中から倒れる。マルガレーテが更に魔剣を振り光の魔力が込められた斬撃波で追撃をした。


大剣彗星(グラディウスコメーテス)!」


 自身に迫り来る斬撃波をレオポルトは転がって回避した。そして斬撃波が地面にぶつかり爆発すると同時に起き上がり再び魔剣同士での一騎打ちになった。しかし……


(クソッ!ヴェンツェルから継続して戦ってきたせいか疲れてきてしまった。しかもそろそろ魔力増強剤の効果も薄くなる頃だ……副作用で体が動かなくなる前に倒さねば……)


 レオポルトは自身の疲労による動作の鈍化と服用した薬のタイムリミットが迫って来た事に焦りを感じた。その動きの鈍りを察したマルガレーテは瞬間移動で背後に回り込んで背中を斬りつけた。


「グギャアアアアァァァ!!!」


 再びマルガレーテに斬られたレオポルトは剣を地面に刺して倒れそうになるのを堪えた。そして目の前に来たマルガレーテを恨みがましく見上げた。


「レオポルト、約束したはずじゃぞ。魔力を使わず剣術で決着をつけると……」

「ハァ……ハァ……黙れぇ……!誰が……誰がテメェと約束なんか……!」

「約束を破ってまで倒したいほど余が憎いか。そなたがその気なら余も魔力攻撃でトドメを刺してやる」

「ぐぅぅ……」


 マルガレーテがそう呟くとレオポルトから離れて距離を取り魔剣を向けた。そして自身の真上に直径三メートル程もある青紫色の巨大魔法陣を展開させその魔法陣から巨大な光の球を生み出した。レオポルトは再び立ち上がり戦おうとするがその時体に異変が起きた。体に力が入らなくなったのだ。


「しまった……!魔力増強剤の効果が切れやがった……ぐっ……体が動かねぇ……!今マルガレーテの攻撃を喰らったら……畜生!」


 動けなくなったレオポルトに対しマルガレーテは自身の強力な光の魔力を込めた攻撃でトドメを刺した。


「薬による偽りの力ではない本当のS級魔力を味合わせてやる。超大火球(マグヌスメテオリーテス)!」


 マルガレーテは技を言い放ち光の球をレオポルトに向け発射した。レオポルトのすぐ近くに落ちた瞬間激しい閃光が辺り一体を照らし大爆発を起こした。発生した震動や爆風により離れたベルンシュタイン邸の窓ガラスの一部はひび割れ揺れは王都まで伝わり大騒ぎになった。やがて轟音と共に大きなきのこ雲が上がるとマルガレーテはそれを悲しげな表情で見つめながら呟いた。


「レオポルト……反乱さえ起こさなければ余はそなたに機を見て譲位する事さえ検討しておったのに……」



★★★



「レオポルト様もウルバンも共に上位魔力保持者だ!注意して拘束せよ!」


 戦いが終わり雨も小雨になった頃、応援でやって来た兵士達はレオポルトやウルバンが倒れている場所に駆けつけ両者を拘束した。レオポルトもウルバンもマルガレーテの強力な技を受けたにも関わらず生きていた。だが服はボロボロで身体のあちこちに傷やあざや骨折が見られる酷い状態であった。だが兵士達は二人が共に上位魔力保持者である事から数人がかりで慎重に拘束していた。


「畜生……!何で俺が……!」


 放牧地で倒れ牛に囲まれていたウルバンは瀕死ではあるがまだ意識があった。悔しそうな表情を浮かべるウルバンはやってきた兵士達によって両腕を後ろに回され魔力を制限する手錠を二重につけられた。更に両足にまで錠前をつけられ担架に乗せられる。


「これより重罪人アドルフ・ウルバンを連行する!」


 兵士達はウルバンを厳戒態勢の中運ばれていった。その様子を遠くからスティレットを強く握りながらアデリーナが見つめていた。その隣にはマルガレーテが立っている。


「アデリーナ、そなたがウルバンを憎む気持ちはわかる。だが生きて拘束された以上刑が執行される前に殺害するのは法に背く行為じゃ。わかっておろう」

「……はい」

「光の魔力で皆の怪我を癒やしてやらねばならぬ。行くぞ」


 マルガレーテはアデリーナが拘束されたウルバンに危害を加える可能性を察しアデリーナの肩に手を置き忠告をした。アデリーナは納得のいかない表情をしながらも主君の言葉に従いその場を後にした。


「陛下!レオポルト様の拘束が完了致しました!」

「うむ、気絶しておる上傷もウルバン以上に深い。余が魔力(・・)で多少応急処置はしてやったが気をつけて運べ」

「ははっ!!!」


 マルガレーテがアデリーナと避難したヴェンツェルの様子を見に屋敷前まで来ると兵士の一人が敬礼しながらマルガレーテにレオポルトの事について報告した。マルガレーテは歩きながら兵士に指示を出した後手下との戦いで怪我をして治療を受ける他の兵士達の間を通りながら入り口付近の壁にもたれ傷口を消毒されているヴェンツェルに話しかける。


「どうじゃヴェンツェル、調子は」

「おぉ陛下……身体のあちこちが痛みますぞい……ウグッ」

「動くでない。今余が治療を施してやる」


 マルガレーテは膝をついて姿勢を低くするとヴェンツェルの腹部や肩など特に傷が深い場所に手を当て青紫色の光を当てた。更に顔の傷にも光を当てるとみるみるうちに傷口が塞がり癒えていった。光の魔力は攻撃のみならず身体の傷や病気を癒す力もあるのだ。


「ありがとうございます陛下、おかげ様で傷の痛みが和らいできましたぞい……」

「まだ無理に動いてはならぬ。さて……他の兵士達の傷も治さねば……」


 マルガレーテは立ち上がり周りにいる負傷兵や農民達を眺めた。


「かなりの人数を治療してやらねばならぬな。レオポルトとの戦いにアデリーナやヴェンツェルの治療もやって魔力を消耗してしまっておるが家臣の為じゃ。やむおえまい」


 そう言ってマルガレーテは怪我をした兵士達や農民達をまとめて治癒するつもりで空に両手を上げて広げた。するとその時、どこからかヒラヒラと一匹の虹色の羽をした蝶が舞って来た。


「?何じゃこの蝶は?」


 マルガレーテはその美しい蝶に呆気に取られていると空の向こうから次々と同じ虹色の蝶達が飛んで来た。蝶達は怪我をした者達の周りに飛来しその体に続々と止まる。ヴェンツェルの元にも三匹ほど飛来しその蝶を見たヴェンツェルは驚愕の表情を浮かべ呟いたのだった。


「信じられん……!この蝶は幻の蝶……ナナイロマダラではないか……!」

(お知らせ)

狙われた皇太子(後編)③の一部を改稿しました

次回更新予定:16日

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