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狙われた皇太子(後編)②

 レオポルトを相手に全魔力を開放したヴェンツェルと正面から剣をぶつけ合うレオポルトだがヴェンツェルの本気の猛攻と熱気に押され後退しながら間合いをとり剣の打ち合いを続けた。やがて屋敷から少し離れた草地に出た時ヴェンツェルが呟いた。


「この辺まで離れれば十分じゃな……爆熱穹窿(ヒッツェコーペル)!」

「!?」


 ヴェンツェルが剣先を空に向けて技を唱えた時、草地全体が巨大なドーム型の防御魔力によるバリアで包まれた。バリアは火の魔力により熱を帯びて赤色に発光し二人がいる内部の温度が急上昇していく。内部の草や低木はその熱でカラカラに枯れ始めやがて自然発火して煙を上げ始める。


「この一帯を防御魔力のバリアで包んで温室にした。これでバリア内部の熱と攻撃でダメージ与えつつ周囲への二次被害も防げるぞい」

「へっ、なるほど。だから俺をこの草地まで誘導しやがったのか……暑くて汗が出て来やがったぜ」

「言っておくがこの防御魔力によるバリアはワシの全魔力を開放して特別強力に張ってある。並の魔力攻撃では簡単には壊せぬ故破壊して脱出しようとは考えん事じゃ」

「つまりお前を殺して魔力を強制解除させない限りこの中からは出られないのだな。なら……お前の息の根を止めるまでだ!豪雨火球(プルウィアステラ)!!!」


 レオポルトはヴェンツェルを倒し灼熱のバリアを解除させる為光の魔力で集中砲火を喰らわせた。降り注ぐ光の球をヴェンツェルは避けながら魔剣の先をレオポルトに向けた。


「お返しじゃ!獅子吼火球(ベーレンフランメ)!」


 剣の先に出来た魔法陣から口を開けた獅子の顔をした火の塊が吼えるような轟音と共にレオポルトに向け発射された。レオポルトはサッと避けるが火の塊は旋回し再びレオポルトに背後から接近する。


「追跡型の魔力攻撃か!チッ!」


 レオポルトは後ろから戻ってくる火の塊に気づくと体を方向転換させて魔剣で火の塊を真っ二つに斬り裂く。火の塊は消滅したがその隙をついてヴェンツェルは更に複数の火の塊を魔法陣から出現させレオポルトに向けて飛ばす。レオポルトはそれを回避するとヴェンツェルに近づきそのまま剣による一騎打ちが再開した。だが段々とヴェンツェルの動くスピードが上がってきている事にレオポルトは動揺する。


(クソッ!さっきより剣を振る速度や動きが素早くなってやがる……!)


 やがて鍔迫り合いになった二人だがレオポルトの魔剣は押し合った瞬間、ヴェンツェルの熱く焼けた剣から伝わった高温に耐えきれずパキッという音と共に大きなヒビが入ったのだ。


「何ぃ!?俺の魔剣が……!」


 レオポルトはヴェンツェルから離れ剣を確かめたが剣のヒビは更に大きくなり遂に剣は折れてしまった。


「この役立たずがぁ!!!」


 折れた剣を怒り任せに地面に投げ捨てたレオポルトは腰のホルダーから杖を取り出しヴェンツェルに向ける。しかしその時急に立ちくらみを起こした。


「ゲホッ、ゲホッ、クソッ!熱さと草木が燃えた煙で息が苦しい……しかも目眩もしてきやがった……熱中症か?いや、奴の火の魔力攻撃がドーム内の酸素を急速に奪ってやがるのか?……ウッ!」


 レオポルトが自身の体に起こった異変に感づくと同時に痙攣を起こし杖を地面に落とす。それでも掌で光の球を作り攻撃しようとするレオポルトに対しヴェンツェルは更に攻撃を仕掛ける。


斬波炎(ヴェレフランメ)!!!」


 ヴェンツェルが剣を振ると炎の斬撃波がレオポルトに向かって飛んでいく。レオポルトは避けようとするが体が動かず斬撃波を喰らって吹っ飛ぶように地面に打ちつけられる。


「グアァァァ!」


 斬られた痛みと体についた火で地面にのたうち回るがその地面も高温の為二重のダメージを受けた。ヴェンツェルは弱ったレオポルトにとどめを指す為バリアの中心まで移動し地面に魔剣の先を向けた。


「杖も魔剣も使えなくなり大分弱ったようじゃな。これ以上火の魔力で空気が薄くなるとワシも危ない。ここらで決着をつけるとするかの……大火炎柱(グロースフォイアゾイレ)!!!」


 ヴェンツェルが技を唱えた瞬間バリア内部の地面全体を覆う巨大魔法陣が出現しバリア内部が火の海となった。波のような炎がヴェンツェルが立つ魔法陣の中心からレオポルトに押し寄せ二人を飲み込む。


「ギャアアアアアァァァ!!!」


 炎に呑まれるレオポルトの断末魔がバリア内に響き渡る。更に魔法陣の中心から黄色みを帯びた白色の炎の柱が現れドーム状のバリアの真上を高熱で突き破り上空まで噴き出した。バリア内は超高温の渦巻く炎で包まれ外からは内部が見れない状態になっていた。


「火力はゲオルクの時より十倍の強さじゃ……残りの全魔力をこの技に注ぐぞい!」


 ヴェンツェルは炎の柱の中で魔法陣のある地面に魔剣を向け続けながらそう呟いた。やがてヴェンツェルは魔力体力共に使い切ると魔法陣を解除して炎を消し同時に防御魔力のバリアを消滅させた。そしてヴェンツェルは赤く融解したり黒く焼けて炭化したりしている地面に膝をつき剣を地面に突き刺し力を失って倒れそうな体を支える。


「ぐうぅ……やはり本気の魔法攻撃は老体には堪えるわい……もう……蝋燭程の火すら出せんぞい……ハァ……」


 ヴェンツェルはゆっくり体を起こし立ち上がると横たわるレオポルトを見た。常人なら全身炭化するレベルの超高温で燃やされたにも関わらず火傷と服が少しボロボロになっただけで済んでいる。


(攻撃を受ける直前で自らの身体や衣服を防御魔力の膜で覆って身を守ったか……じゃが炭と化するのは避けられても高温によるダメージを防ぎきれなかったようじゃな。国の為とはいえ王族を手にかけるのは心苦しいのぅ。殿下、悪く思わんで下され……)


 ヴェンツェルは心の中で状況分析と同時にレオポルトに対する複雑な気持ちを呟く。そしてレオポルトに背を向けフラフラとよろめきながら屋敷の方へ向かって歩いていく。


「ハァ……ハァ……ワシはもう戦えん……まだ戦っておるアデリーナ殿や兵士諸君には悪いが戦線離脱させてもらうぞい……」


 おぼつかない足取りで動き出したヴェンツェルだったがその瞬間腹部に鋭い痛みが走った。何と倒れていた筈のレオポルトが起きあがりヴェンツェルの目の前まで瞬間移動し腹部を思い切り殴りつけたのだ。


「ぐふっ……なっ……でっ……殿下!?」

「ハハハ……油断したなぁジジイ」


 驚愕するヴェンツェルに対しレオポルトは邪悪な笑みを浮かべる。ヴェンツェルは目を見開いて驚きながら吐血した。



★★★



 同じ頃、アデリーナとウルバンは屋敷から更に離れた放牧地に入り戦っていた。ウルバンは氷の短剣でアデリーナのスティレットによる物理攻撃を防ぎ接近戦を続ける。


「フハハハハ!どうした?少し速度が落ちて来たんじゃないかぁ?」

「貴方の気のせいよウルバン。無駄口叩かないで」


 アデリーナは表情を動かさずにそう切り返しオルバンと距離を取った。そして再び電光爆雨(レーゲンブリッツ)と唱え空に魔法陣を作り無数の雷を地上に落とす。


「同じ技は喰らわねぇよ!」


 ウルバンは雷を避けてアデリーナに短剣を投げつけると杖を取り出し防御魔力のバリアで雷から身を守る。放牧地に放たれていた牛達は雷に驚き必死に家畜小屋の方へ向かって逃げ出した。一方アデリーナはウルバンの投げつけた短剣をスティレットで破壊して粉々の氷にする。


「フゥ……氷で武器を作れるとは言え防御や魔法攻撃の時にはいちいち杖を出さなきゃならねぇのは面倒だ。俺もそろそろお前のスティレットみたいな魔法武具でも持つか?」

「魔法の杖以外持たないのが貴方のこだわりじゃなかったのかしら?興味ないけど」

「興味ないと言う割に覚えているじゃねぇか。おや……?」


 ウルバンは自分の頭に落ちて来た水滴に気づいて天を見上げる。朝から曇っていた空から雨が降り出したのだ。


「雨が降って来やがった。だが好都合だ。氷魔力は空気中の水分が増えるほど氷を量産出来て攻撃の幅や威力が上がるからな」


 雨粒を浴びながらウルバンはそう呟いて不敵に笑う。そして睨み続けるアデリーナに対して更に語りかけた。


「しかし懐かしいなぁ。俺が秘密情報局を辞めてレオポルト様についた日もこんなシトシトとした雨だったぜ……」


 ウルバンのその一言にアデリーナはピクリと反応する。そして脳裏にかつて秘密情報局で自分と同じく諜報員をしていた一人の赤い髪をした女性の姿を思い浮かべる。


「……急に何なのよ」

「何となく思い出しただけさ。そういえばあの日裏切りの証拠集めて俺を追い詰めた女がいたっけなぁ。お前と一緒に活動していた……そうそうマルゴットって言う赤髪の女だったな。あいつは良い女だった。確かお前の先輩だったよな?」

「!?」


 アデリーナはその言葉を聞いて更に表情を険しくした。マルゴットはアデリーナと当時もっとも親しくしていた同僚だった。そして王弟側に密かについていた裏切り者であるウルバンを追い詰めて惨殺された。


「口封じで殺す前に一度でいいから抱きたかったぜ……おっ?」


 アデリーナは普段の無表情振りからは想像がつかないほど顔を引き攣らせ怒りを露わにした。そしてウルバンに右手のスティレットを向けて全身から激しく放電する。


「私を怒らせたいのかしら……」

「フハハハ、だから何となく思い出しただけだって」

「いい加減にしてっ!!!」


 軽口を叩き笑うウルバンにアデリーナは激しく怒りを燃やし感情的に怒鳴りつける。そして向けたスティレットの先に魔法陣を作り更にウルバンの周りにも沢山の魔法陣を出現させた。


「俺に大量の雷を浴びせて焼き殺そうってか?」

「私はあなたを絶対に許さない……!私の大切な同僚を……姉さんを殺したあなたをっっっ!!!」

「おうおう怒ってやがるなぁ。だがお前に俺は攻撃出来ねぇぜ?なぜなら……」


 怒るアデリーナに対しウルバンは余裕な表情を見せて言った。


「お前は今から俺の特殊魔力の餌食になるからな」

「!?」


 オルバンは金色の瞳を光らせアデリーナと視線を合わせる。するとアデリーナは発情し体温が上昇し心臓の鼓動が速くなった。スティレットを向ける腕が思わず震える。


「なっ……こっ、こんなのありえない!あなたを憎んでいる私が催淫眼(インクブスアウゲン)にかかるなんて……!」

「確かにその通り。俺の催淫眼(インクブスアウゲン)は俺に性的魅力を感じない女には効果が無い。だが魔法薬を使用していれば話は別だ……」


 ウルバンは得意げに言うと懐から紫の液体が入った小瓶を取り出す。


「これは魔力の威力を強化する成分を配合した目薬だ。表の世界には出回らない代物だがな」

「このクズ男……!」

「何とでも言え!いずれにせよお前は俺に逆らえなくなった。ここでお前のスカートでもたくし上げさせて辱めてやるか?フハハハハ!」

「誰があなたの思い通りになんか……殺してやる!」


 アデリーナは意識が飛びそうになりながらもまだ憎しみや敵対心から歯を食いしばりウルバンを睨みつけた。ウルバンはその様子を見て頭を掻きながらやや不満そうに呟く。


「ちっ、どうやら完全に意識が飛ぶまでには至っていないようだ。目薬の威力にも限界はあるか。屈辱を味わわせてやりたいところだが生憎皇太子を捕縛する目的を遂行しなくてはならない。だからお前はここで始末するとしよう。氷塊豪雨(レーゲンアイスザプフェン)!」


 アデリーナに杖を向けたウルバンは複数の魔法陣から大きな氷柱を発射してアデリーナを攻撃した。魅了魔力で逆らえなくなっていたアデリーナはなす術なく攻撃を受けてしまった。


「ぐっっっ!!!」


 肩や右胸や足に氷柱が深く刺さったアデリーナは苦悶の表情では牧草の上に倒れ伏した。ウルバンは更に止めを刺す為技を唱える。


冷却穹窿(カルトコーペル)!」


 アデリーナの倒れた体を氷魔力を帯び水色に光るドーム型の防御魔力の膜が包み込む。そして氷柱が刺さり瀕死の体を急速に冷やしていく。


「そのまま眠ってな。凍死するまでな……フハハハハ」


 ドーム内は氷点下となりアデリーナの体や牧草に霜がつき始める。アデリーナは寒さに震えながら必死に体を起こそうとするが深く傷つき冷えた体が言う事を聞かない。アデリーナはバリア越しに空を見上げながら心の中で後悔と主君への謝罪の言葉を呟いた。


(まさかウルバンにやられて重傷を負うなんて……私とした事が迂闊だった……もうダメかもしれない……陛下……お許しを)


 アデリーナは段々と意識が遠のいて瞼が重たくなっていった。ウルバンは杖を向け続けながらニヤリと笑う。


「これで邪魔な女は死んだ。後は皇太子を捕縛した上でマルガレーテを呼び寄せれば俺の任務は……」


 ウルバンがそう独り言を言いかけたその時だった。ウルバンのすぐ近くに赤い軍服に黒いブーツを履いた黒髪の女が突然姿を表しウルバンの顔に回し蹴りを喰らわせた。ウルバンは数メートル先まで吹っ飛ばされ牛糞の積もる地面に叩きつけられる。


「ぐはっ!いっ、一体何が起こった……!」


 ウルバンは自身の身に起こった事が理解出来ず鼻血を出しながら困惑する。黒髪の女は更に左手から光の球を出してウルバンに発射した。凄まじい爆発と共にキノコ雲が上がる。黒髪の女はそれをしばらく見つめるとアデリーナに視線を向けた。ウルバンが倒された事でバリアが解除されハッキリ外が見えるようになったアデリーナは弱々しい声で黒髪の女を見つめて呟く。


「陛……下……」

「すまぬアデリーナ……遅くなった」

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