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狙われた皇太子(中編)④

「おぉ皇太子殿!本当に回復されたようじゃな!いやぁ良かった良かった」

「心配致しましたぞ皇太子殿下!」

「このローゼンハイム!今日ほど殿下のご無事を祈った日はありません!ご回復なされて本当に安心致しました!」


 医務室になだれ込むように入ってきたヴェンツェルやフランク、ローゼンハイムは起き上がったジークリードに声をかけて一斉に励ました。一方アンナはヴェンツェル達が来る前に床を掃除し終えると他の仕事の為そそくさと部屋を出ていった。


「皆に心配をかけてすまない。このアルベルトが育てた薬草のおかげでこの通り回復した」

「いやぁよくやったぞアルベルト!バカ息子のお前でも稀には役立つものだなぁ!ガッハッハ!」

「稀にはって……」


 フランクはジークリードの言葉を聞いて珍しく息子を褒めたがその棘がある言い方にアルベルトは思わずムッとした。するとヴェンツェルは侍医から聞いた事について質問をする。


「ところで皇太子殿、侍医殿が何やらうなされながら母親を呼んでいたと話しておったのじゃが一体何があったのかね」

「あっ!宰相閣下どうかそれは聞かないであげてください!」


ヴェンツェルが尋ねた途端アルベルトはジークリードを気遣って聞くのを止めるように言った。


「良いんだアルベルト。正直に話す」

「えっ?」

「下手に誤魔化すより正直に話した方が良いだろう。だが皆の者、今から話す事はどうかここだけの話にしておいて欲しい」


 ジークリードは嘘で誤魔化すのは難しいと判断しアルベルトに話した内容と同じ事を三人に説明した。


「なるほどそのような事があったのですな。お辛い体験でしたな」

「それでは今まで殿下が皇后様のお話を避けられておられたのは皇后様がお嫌いだったからという訳ではなかったのですな」

「幼い頃に母親を亡くされていたとは……さぞ辛かった事でしょうなぁ……ううぅ」


 事情を聞いたヴェンツェルとローゼンハイムは口々にそう言って理解を示した。フランクに至っては号泣している。


「当たり前だ。優しくしてくれた皇后様を嫌いになどなるものか。さっきも言ったがこれはここだけの話にしてくれ。母親恋しさに泣く皇位継承者など社交界では醜聞以外の何者でもない。侍医や兵士どもにも口止めを頼む」

「うむ、了解した」

「かっ、かしこまりました!」

「ぐすっ、ずずずず、わかりました……」


 ジークリードに釘を刺された三人は返事をして了承した。するとジークリードはまだ泣いているフランクに視線を向け声をかけた。


「ところでそこの泣いてるお前、お前がアルベルトの父親か?アルベルトをバカ息子などと言っていたが」

「えっ!?そうですが……」

「名は何という」

「わっ、ワシはフランクと言います……あのもしやアルベルトが殿下に何か粗相を……?ももも申し訳ありません!!!」


 フランクは皇太子から急に質問され頭の中でアルベルトがやらかしたのではないかと勝手に想像し青ざめながら平伏した。だがジークリードの口から出たのは賞賛の言葉であった。


「フランク、私はお前の息子が気に入ったぞ」

「へっ?」

「皇后様を亡くした私の寂しい気持ちに寄り添い優しく気遣ってくれた上に思い出話も真剣に聞いてくれた。私に無駄に媚びる事もなく宮廷の貴族共と話している時より安心できる」

「はぁ……」


 ジークリードがにこやかな表情でアルベルトを褒めるのをフランクは冷や汗をかきながら怪訝な表情で聞いていた。


「蝶や蛾を採集するボナヴィア貴族には珍しい趣味があるそうだが母親に標本をプレゼントしたほどだと聞いて思わず笑ってしまった。中々面白い奴じゃないか」

「なっ!?お前蝶や蛾の趣味を皇太子殿下に話したのか!!!」

「話の流れでつい……」

「ハァァ……全くこのバカ息子が!」


 フランクは蝶や蛾を集める趣味をアルベルトが皇太子に話した事を聞き呆れてしまい大きなため息をついた。


「私は花を育てる趣味がある。だから蝶を呼ぶ為の庭園を作っているアルベルトとは価値観を共有出来る部分もあった。そもそも毒に侵された私を救ったのもアルベルトがその庭園で育てた薬草だ。アルベルトは私にとって命の恩人であり心を癒した恩人でもある。フランクお前は良い息子に恵まれたな」

「あっ、ありがたき幸せ……ハハハ……」


 フランクは恥ずかしいと思っている息子の趣味を知られて素直に喜べず複雑な気持ちであった。


「買い被りすぎですよジーク様、僕はただジーク様とお話しをしただけですし解毒剤だって調合したのは侍医さんです。僕は大した事はしていません」

「おいお前!皇太子殿下に向かって馴れ馴れしくジーク様などと呼ぶんじゃない!失礼だろうが!」

「いや構わない。私がそう呼んで良いと言ったのだ」

「えぇ!?」


 アルベルトは謙遜した態度をとると己の主君に対する馴れ馴れしい呼び方にローゼンハイムが怒り叱責した。だが直後にジークリード自らが呼ばせたと知りローゼンハイムは驚いた。


「しかしこの男と殿下には圧倒的な身分の差があるのですぞ!礼節を欠いた呼び方をさせるのはどうかと……」

「私が許可したのだ。黙ってろローデンバッハ」

「だからローゼンハイムぅぅぅ!!!」


 ジークリードは自身に意見するローゼンハイムを不機嫌そうに睨みつけた。また姓を間違えられ怒り出すローゼンハイムをよそにジークリードはアルベルトに穏やかな視線を向けた。


「アルベルト、いずれお前を我が神聖帝国に招待し今日の恩を返すつもりだ。その時は是非来てほしい」

「えっ!?よろしいんですか!やった!」


 自らの誘いを喜んだアルベルトにジークリードは柔和な微笑みを見せた。ローゼンハイムはそんな二人を悔しそうに取り出したハンカチを噛みながら見ていた。


(キィーッ!私なんて敬称以外の呼び方が許されないどころか姓も名前もろくに覚えてもらえないというのに!なぜ殿下は八年も尽くしている私ではなくこの小僧なんかを贔屓するのだ!今日会ったばかりの伯爵令息風情を!)


 ローゼンハイムは内心で対して不満をぶちまける一方ヴェンツェルは二人のやり取りを見て小さく呟いた。


「まさか皇太子殿にまで気に入られてしまうとは。何でこんなにも身分の高い者達に気に入られやすいのかのぅ彼は……末恐ろしい子じゃ」



★★★




 翌日早朝、暗雲が空に広がる中ヴェンツェルは王弟派の襲撃に備え応援で来た兵士らと屋敷の庭で見張りをしていた。すると見回りを終えたアデリーナに声を掛ける。


「どうじゃねアデリーナ殿、外の様子は」

「やはり怪しい者達が数人うろついている気配があります」

「うーむやはり皇太子殿がご回復するまで移動を延期したのは正しかったようじゃのう」

「一応王都に電報を打ち追加の応援要請をしてあります」

「うむご苦労。しかしアデリーナ殿は王宮には戻らないで大丈夫かね?メイドとしての業務があるじゃろう」


 ヴェンツェルは女王のメイドとしての仕事に戻らないアデリーナが気になり問いかけた。


「仕事につきましては他の陛下付きの女官に代行して貰っております。あの男だけは何としても私自身で始末しておきたいのです……あのウルバンだけは」


 アデリーナは顔をしかめて持っていたスティレットを強く握りウルバンへの敵意心を剥き出しにする。その表情を見たヴェンツェルは十年前の内戦を思い出しながら尋ねた。


「やはり今でも恨んでおるのかね。ウルバンを」

「閣下が内戦で前宰相を亡くされたように私も秘密情報局時代の大切な仲間を亡くしたのです。あの男の裏切りによって……絶対に許せません」

「弔い合戦という訳じゃな」


ウルバンに対する並々ならぬ怨みを語るアデリーナの事情をヴェンツェルは理解した。すると屋敷から中世の銀色の鎧と剣を持ったフランクが自信満々な表情でやって来た。


「フランク殿!?何じゃねその格好は!」

「宰相閣下!これはベルンシュタイン家の先祖が着ていた鎧と剣です!ワシも警護に加わりますぞ!」

「ちょっと父上!宰相閣下からお屋敷にいるよう指示されたじゃないですか!」

「アルベルト君の言う通りじゃ。すぐ屋敷に戻るんじゃフランク殿」

「恐れながらご心配には及びません!万が一王弟派が攻めてきても下っ端程度ならやっつけられますぞ!何より領地の平和を守るのは領主たる者の務めですからなぁ!ガッハッハッハ!」

(全く従軍経験も無い癖に変な自信を見せおって……ワシに良いところを見せて政界に返り咲く機会を得たいだけじゃろう……)


 ヴェンツェルは引き留める為ついて来たアルベルトや自身の忠告を無視して勝手な行動をとるフランクの分かりやすい魂胆を見透かし呆れた顔をする。


「お前さん体力も魔力もアルベルト君同様弱いじゃろう。とてもまともに戦えるとは思えんぞい」

「寧ろ足手纏いになる可能性が高いので大人しく指示に従って頂けますか?」

「こっこれアデリーナ殿、もう少し優しい言い方をな……」

「宰相閣下!怪しい集団が屋敷に向け接近して来ます!」

「何!?想定より早い襲撃じゃな……あの連中の格好、昨日襲撃して来た者達とは違うようじゃな……あれはウルバン!」


 突然響いた兵士の報告に場は一気に緊張感に包まれた。ヴェンツェルが門に続く道の先に目を凝らしてみると十メートルほど向こうから紫の長髪を後ろで結んだ燕尾服の男を先頭に黒装束の男達が屋敷に向かって来た。燕尾服の男の正体はウルバンで一同に気づくと丁寧な口調で声をかけた。


「おや、これはこれはヴェンツェル様。またお会いしましたねぇ」

「二ヶ月前以来じゃな。出来ればもう二度と会いたくなかったが」

「ゲオルクのバカが勝手に手下を引き抜いてベルンシュタイン領で襲撃したせいで本来襲撃する地点から移動する羽目になり大変でしたよ。いい迷惑です」


 ウルバンはゲオルクが勝手に動いた事で予定を変えざるおえなくなった事を愚痴りやれやれと首を振った。フランクは目の前に現れたウルバンを見て驚いた。


「ウルバンさん!?」

「なっ!?おっ、お前は確かワシが雇っておったウルバンか!?」

「おや旦那様ではありませんか。それにアルベルト様まで。急に辞めてしまい申し訳ございません。事情がありましてね」

「ワシと暗殺に失敗したという事情がのぅ」

「なっ、暗殺!?」

「もう丁寧語など使わず本性を表したらどうじゃね、ウルバンよ」


 アルベルトとフランクは以前雇用していたウルバンが敵として現れた事に驚き呆然とする。ヴェンツェルはウルバンを睨み本性を隠さず表すよう言った。


「まぁそう仰るなら……そうさせてもらうぜジジイ。早速だが皇太子の身柄をこっちに寄越しな。この屋敷に匿ってんのは手下から聞いて知ってんだ」


 ウルバンは素の粗暴な口調になると悪どい笑みを浮かべ皇太子の引き渡しを要求する。当然ヴェンツェルは要求を受け入れる訳もなくつっぱねた。


「お断りじゃ。お前に皇太子殿の身柄を渡す訳がないじゃろう」

「へっ、そりゃそうだよなぁ。まぁこっちだって始めから交渉して引き渡してもらおうなんざ考えてねぇよ。力ずくで奪うつもりで来たからな」


 ウルバンが右腕を上げると後ろに控えていた全身タイツのような黒衣装と両手に手甲剣を嵌めた二十名ほどの覆面集団が横に広がり門前のヴェンツェル達や兵士達と対峙した。


「連れてきた手下がそれだけとは随分貧相じゃな。ゲオルクが襲撃してきた時より少ないではないか」

「あのバカが引き抜いた手下は金だけで動くような質の悪いゴロツキ共だ。だがこいつらは元陸軍兵士で構成されたエリートさ。それに(国王陛下)も参戦なさるしな」

「何?」


 ウルバンの発言にヴェンツェルは怪訝な表情を浮かべる。するとウルバンは手下らと共に横側に寄り道を開けた。その中央から一人の黒いローブを身につけた男がゆっくりと近づいて来る。その男が頭のフードを脱ぎ顔を見せた瞬間全員は戦慄した。


「なっ!?レオポルト王弟殿下!?」

「そっ、そんなバカな!?ワシは幻でも見ておるのか……!?」

(お知らせ)

・次回更新予定:6月4日


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