狙われた皇太子(前編)⑤
「無駄話はもう終わりだ。首を刎ねてやる大男」
「ヒィ!?やめてくれぇ!!!」
ジークリードは剣を構えて怯える仕草をするゲオルクを斬ろうとする。ところがその瞬間近くの木陰に隠れていた手下が吹き矢を放ちジークリードの首筋に刺さった。
「っっっ!?一体なんだ……クソッ、目眩が……!」
矢が当たったジークリードは直後に剣を落としてよろめき始める。ジークリードが苦しみ始めたのを見たゲオルクは怯えた表情から一転してニヤリとした。
「おっ、毒が効き始めたようだなぁ。ゲハハハ……」
「きっ、貴様ぁ……ウグッ……」
「最初から皇太子様を実力で捕らえようたぁ思ってねぇんだよ。かと言って魔法銃は弾が貴重だし下手な場所に当てて重症を負わせたらいけねぇ。だから麻酔作用のある毒の吹き矢で仕留めるつもりだった訳だ。その毒は黒マンドラゴラの成分を濃縮した神経毒だ。体に入って数秒で作用する代物さ」
ゲオルクはむくりと立ち上がり苦しむジークリードに対して得意げに語った。
「光魔力保持者の素早い動きを止めるには隙を見て麻酔を打ち込むしかねぇからな。さーってと、どうしてやろうかなぁっとぉ!」
「グハァ!!!」
「皇太子殿!!!」
ゲオルクは倒れたジークリードの腹を思い切り蹴り飛ばし攻撃を加えた。ヴェンツェルとローゼンハイムは慌てて駆け寄る。
「おぉっと皇太子に近づくなよ?もし近づきたきゃあ俺を倒すんだなぁ!!!」
ゲオルクはそう言って指の関節を鳴らしながら二人の前に立ち塞がった。
「こうなれば仕方あるまい……ローゼンハイム殿一旦後ろに下がっておってくれ!少々本気を出すのでな」
「はっ、はい!」
ローゼンハイムはヴェンツェルの指示に従い駆け足で遠くまで避難した。
「ゲハハハハ!!!いやぁ光栄だぜぇ!ヴェンツェル様と本気の勝負が出来るたぁな!」
「王弟派の援軍が現れん内に決着をつけんとな……」
ヴェンツェルはそう言い剣を構えると次の瞬間身体に火を纏った。更に熱を帯びた波動が辺り一体に広がる。
「行くぞい!ゲオルク!」
ヴェンツェルは全身から熱気を発し鋭い眼光でゲオルクを睨みつけ剣を振り上げながら向かって行く。ゲオルクは間一髪よけると再び腕を土と石で太く強化しヴェンツェルに向かって行った。
「オラァ!!!くたばりやがれぇ!!!」
ゲオルクが叫びながら次々繰り出す連続パンチをヴェンツェルは見切りかわしていく。そして隙をみて炎を纏わせた剣で脇腹を斬り裂いた。
「グアアァァァァ!アチャチャチャ!!!」
ゲオルクは斬られた痛みと直後に自身の体についた火の熱さで倒れ込んだ。ゲオルクが地面に転げ回っているその隙にヴェンツェルは更に攻撃を加える為剣を構えた。
「斬波炎!!!」
ヴェンツェルが技を叫んで勢いよく剣を振ると赤い火の斬撃波がゲオルクに向かっていく。ゲオルクは慌てて振り返ると強化した腕を使い斬撃波を打ち払いガードした。
「ハァ……ハァ……流石はヴェンツェル様だ。歳くったとは思えねぇ実力だなぁ。カハァ!」
ゲオルクは吐血しながらも立ったまま脇腹を斬られた痛みと火傷に耐えて言った。
「褒めても何も出んぞいゲオルク。そろそろ決着をつけなくてはな」
「クッ、こうなりゃあ奥の手だ!!!」
ゲオルクは起き上がると腕を広げて叫び岩石嵐の体制になった。だが今度は小石を飛ばさず地面から沢山の土で出来た巨大なゴーレムを出現させヴェンツェルを囲む。
「地面から出る無数の刺客の攻撃!よけれるもんならよけてみやがれぇ!!!」
「まさかゴーレムを操れるようになっておるとは。十年前より強くなっておるのか……おおっとぉ!!!」
ヴェンツェルは真下から突き出して来た巨大な土の握り拳に驚きながらよける。更に次々襲い掛かるゴーレムの攻撃をかわしながら剣でゴーレム達の腕を切り裂く。
「どうだヴェンツェル様よぉ!!!近づく隙も魔法攻撃をしかける隙も与えねぇぜ!!!」
「うーむ、これは中々厄介じゃのぉ……」
ヴェンツェルはゴーレムの猛攻でよけるのに精一杯になり中々ゲオルクに攻撃を出来ずにいた。
(ゴーレムは無生物じゃから火の魔力が効かん!ゲオルクを倒さん限り無限に増殖して来るぞい!)
ヴェンツェルがそう内心で厄介そうに呟いていた時、皇太子による攻撃の爆破から辛うじて残った林の木陰から長い筒を持ちヴェンツェルを狙う黒いローブを纏った男がいた。先程皇太子に猛毒の吹き矢を発射した手下だ。
(ゲオルク様の為に何としても宰相の動きを止めねば……!?)
手下はそう心の中で呟きヴェンツェルに狙いを定めようとする。その時背後に気配を感じる振り向くとそこには金髪翠眼の無表情のメイドが立っており手下を見下していた。
「なっ、何だ貴様グアァッ!!!」
メイドは吹き矢を持つ手下の背中を無言でスティレットで突き刺し一発で仕留めた。また林の中にいた魔法銃を持つ手下達も既に制圧され倒れていた。一方ヴェンツェルはゴーレムの猛攻をかわし続けていたが一瞬の隙を突かれ地面から生えて来たゴーレムの腕に足を掴まれた。
「しまった!!!」
瞬間一体のゴーレムがヴェンツェルに向かって巨大な腕を振り下ろす。ヴェンツェルはそれを剣で必死に受け止めた。
「ゲハハハ!そのまま潰れちまえジジイ!」
ゲオルクはそう笑いながら叫んだ次の瞬間
「ギャアアァァッッッ!!!」
頭上から突然落ちた青白い雷に打たれて倒れ動けなくなった。途端に魔法が解除されたのかゴーレム達が皆崩れ元の土へと戻る。
「おぉ!アデリーナ殿!」
「なっ……あ……アデリーナ……だと……」
ヴェンツェルはジークリードの周りにいた手下を始末したメイドに気づき声を掛ける。黒焦げのゲオルクが体を懸命に起こしながら驚いた表情で振り向くと体に青い電気をパチパチと纏う金髪翠眼のメイド、アデリーナの姿があった。
「閣下!皇太子殿下の事は私にお任せを!」
「なっ……あんのアマぁ……!!!」
ゲオルクはヴェンツェルに対して立ち上がりながら大声で返事をしたアデリーナを睨む。その時ゲオルクの真下の地面にラテン文字と六芒星の赤く光る巨大魔法陣が出現した。ヴェンツェルが作り出した魔法陣である。
「ゲオルク!ここいらで一気にケリをつけさせてもらうぞい!火炎柱!!!」
ヴェンツェルは先程手下に使ったのと同じ技を叫び魔法陣から空まで伸びる巨大な火柱を作りゲオルクの全身を燃やした。
「グギャアアアウアァァアアアァァァァァ!!!」
数千度を超える炎が軍服のみならず皮膚を焼き尽くしゲオルクは中で断末魔を上げた。一方ヴェンツェルも沢山の魔力を技に込め眉に皺を寄せ汗をかきながら赤く光る剣をゲオルクに向け続ける。
「ありったけの魔力を込め焼き尽くしてやるぞい!!!」
やがて魔法陣は解除されて炎が消えた。ゲオルクは全身に大火傷を負い軍服も下着も焼け焦げ全裸のままその場で失神した。
★★★
「フゥ……こんなにも魔力を込めた攻撃をしたのは久しぶりじゃわい。ドッと疲れてしもうた。アデリーナ殿、手伝ってくれて感謝するぞい」
「いえ、妙な胸騒ぎがしたので陛下の許可を経て後から追跡しておりましたがまさか王都のすぐ近くで襲撃されるとは……」
「ワシも想定外だったぞい。他の刺客達もどうやら護衛の諸君が討伐してくれたようじゃな……」
ゲオルクとの戦闘後ヴェンツェルは辺りを見渡しながらそうアデリーナに話しかけた。アデリーナはぐったりするジークリードをスレンダーな見た目に似合わない力で支えて介抱していた。
「なるほど。しかし大きな被害が出てしまった。ウルバン達が到着する前に負傷した兵士らと皇太子殿を介抱せねば……」
見渡した際に刺客や皇太子の攻撃による爆風で負傷した近衛兵や陸軍兵士、倒れた馬車に気絶した馬などの惨状を見たヴェンツェルは深刻そうに呟く。すると突然ジークリードが喀血し青ざめ息を荒くした。
「ガハァ!!!ハァ……ハァ……」
「皇太子殿!?いかん!黒マンドラゴラの濃縮毒のせいか!!!」
ヴェンツェルは容体が急変しジークリードを見てオロオロと慌てた。アデリーナは黒マンドラゴラの毒と聞いて動揺する。
「黒マンドラゴラの毒は分量を間違えると死に至る猛毒です!すぐ解毒剤を点滴しなくては命に関わります!」
「ゲオルクめ厄介な事をしてくれたわい!しかしこの場には兵士はおっても医師がおらん!どうするか……」
ヴェンツェルはジークリードを助ける為にどうすれば良いか懸命に考える。すると遠くから聞きなれた若き友人の声が聞こえて来た。
「うわっ!人が沢山倒れてる!?」
「あれはアルベルト君!」
王都方面の道から聞こえた声の正体は背中に捕虫網を担ぎ愛ロバルーカスに乗ったアルベルトだった。ルーカスから降りたアルベルトに気づいたヴェンツェルは駆け寄る。
「アルベルト君!どうしてここに!?」
「あっ!ヨゼフさん!どうしても何も四日前から引き続きナナイロマダラを探していたんです!そうしたら爆発音がこの道がある方から聞こえたので来てみたらこんな事に……一体何があったんですか?向こうの林はなくなってますし」
「緊急事態故手短に伝えるが実はかくかくしかじかと言う訳でな……」
ヴェンツェルはこの場で起こった事をアルベルトに説明した。するとアルベルト顎に手を当て少し考えた後ヴェンツェルに言った。
「ヨゼフさん……いや宰相閣下。もしかしたら研究室前にある畑の薬草で解毒出来るかも知れません」
「何っ!?それは本当かね!!!」
「畑にはポーションミントというハーブが生えています。黒マンドラゴラの毒を含め様々な神経毒の作用を弱められる優れものです!それをベースに他の薬草を合わせれば何とか……」
「なるほど。配合の方法はわかるかね?」
ヴェンツェルは解毒出来るかもしれないと聞いてアルベルトに配合出来るか質問をする。
「僕は配合出来ませんが屋敷の侍医さんなら出来ると思います。昔上位貴族のお屋敷で薬師として働いていた事があるそうなので」
「おぉ渡りに船とはまさにこの事じゃ!なら急がねば!こうしておる間にも皇太子殿の体調が悪化しておるからな」
解毒剤を作れる人物がベルンシュタイン邸にいると知りヴェンツェルは安堵した。そしてアデリーナに指示を出した。
「アデリーナ殿、ワシはアルベルト君やローゼンハイム殿と屋敷まで皇太子殿を運ぶ事にするぞい。アデリーナ殿は一度王都まで戻って応援を呼んでくれんか」
「わかりました。倒れているゲオルクはどう致しますか?」
「拘束して連れて行きたいところじゃが難しいじゃろうな。ここに置いていくしかないがどっちにしろゲオルクはもう戦えんじゃろう。さてワシらは皇太子殿を屋敷まで連れていかねばな。しかし……」
ヴェンツェルはジークリードの攻撃の際倒れた馬車と気絶した輓馬を見てから続けて言った。
「馬車が使えん以上どう運ぶか。困ったのぉ……」
「閣下!僕のルーカスに乗せては駄目ですか?」
「そうしたいところじゃが皇太子殿の意識は混濁しておってロバにもまともに乗せられそうに無いんじゃ」
「宰相閣下!ここは私が殿下をおぶって運びます!殿下に仕える者としてそれくらいはせねば」
「おぉ本当かねローゼンハイム殿!じゃが無理はせんようにな」
自分が運ぶと名乗りを挙げたローゼンハイムにヴェンツェルは感謝と労わりの言葉を掛けた。
「よしそれではベルンシュタイン邸まで急ぐぞい!アルベルト君は屋敷までの先導を頼む!」
「はい!」
こうして生死の境を彷徨うジークリードをローゼンハイムがおぶるとアルベルトの先導でまだ動ける負傷兵や近衛兵らと共に一同は急いでベルンシュタイン邸へ向かったのであった。
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